長編 #4247の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
5 8月19日。 この日は、星南高校で夏休み最後の登校日にあたっていた。午前中だけだが、 生徒たちにとっては、時間の無駄としか思えない行事が続く。 立川めぐみの件も、正式に生徒たちに知らされた。もっとも、その内容はいた って簡潔で、めぐみが長期療養を必要とする病気のため、絵画コンクールへの出 品を断念した、というものにとどまった。もっとも、教師の中でも真実を知って いるのは由希と野上教師だけだったのだが。 小沢律子の欠席については、事前に連絡が担任に入っていたので、誰も気にす る者はいなかった。この日、欠席したのはもちろん律子だけではなかった。家族 旅行の最中であったり、病気であったり、単に面倒くさいだけだったりと、全学 年で20人程度が休んでいた。その欠席者の中に、8月4日の夜、美術室で立川 めぐみを襲った男子たちが全員含まれていたことに気付いたのは、生徒では朝倉 祐子だけだった。 朝倉祐子は迷った末に、結局登校していた。どんな相手であろうと、背中を向 けて逃げ出すのは性に合わなかったし、橋本由希も学校では手を出してこないだ ろう、と榊と大野川が結論したこともある。 例の写真を見た後、祐子は律子の家に電話をかけてみたが、誰も応答しようと しなかった。サカキ・リサーチの人間が律子の住所を訪ねた結果、両親は25日 までの予定で海外旅行をしていることがわかった。律子自身の行方は、その生死 も含めて全くわからなかった。 榊は、8月4日の夜のメンバー全員の所在確認を命じた。その結果、4人の男 子生徒のうち3人が重傷を負って入院していることがわかった。3人とも意識不 明の重態であるため、前後の事情は全くわからない。残る一人については、律子 と同じく行方不明である。その男子生徒は、よく家を空けていたので、両親もそ れほど気にしていなかったのだが、さすがに何日も連絡がないので何かトラブル に巻き込まれたのではないか、と考え始めていたところだという。 いつもなら退屈な半日となるはずだったが、祐子にとっては退屈どころではな かった。 午前11時で、生徒たちの拘束時間は終了した。祐子は一刻も早く安全な自宅 に逃げ込みたかったが、担任に呼び止められた。 「朝倉さん」 「何ですか?」祐子の顔に浮かぶ迷惑そうな表情は演技ではなかった。 「悪いけど、ちょっと進路指導室に行ってくれる?」中年の女性教師は申し訳な さそうに言った。「橋本先生が待ってるから」 祐子の顔から血の気が引いた。 「橋本……先生ですか?」かろうじて声が震えるのを抑える。「どういう用事で すか?」 「川上君と首藤君が、今日休んでいるでしょ?あと、4組の東君も。どうも、暴 力事件に巻き込まれたらしいのよ。おととい警察から連絡があってね。で、たぶ ん関係ないとは思うけど、一応親しい友達に話を聞きたいって」 「私は別に……」 「朝倉さんは、クラス委員だけあって、あの子たちとよく話してたでしょう。だ から参考程度だと思うわ。そんなに時間も取らないと思うし」 「それはそうかもしれませんけど……でも、どうして、橋本先生が出てくるんで すか?」 「生徒に警察が直接話をするよりも、教師の誰かが話を聞いて警察に報告した方 がいいということになったのよ。話し易いだろうしね」 まだ警察の人間の方が話しやすいわよ、と怒鳴りたいのを、祐子はこらえ、作 り笑顔で応じた。 「わかりました。じゃあ、行って来ます」 「よろしくね」 何も気付かず去っていく担任の背中を見ながら、祐子はまたしても先手を打た れた、と唇をかんでいた。 まさか校内で暴力をふるうようなことはないだろう、とは思ったものの、予防 策として、帰ろうとしていたクラスメイトを呼び止めて、進路相談室の外で待っ ていてもらうことにした。クラスメイトは渋ったものの、お昼をおごるから、と いう条件で、ようやく首を縦に振った。 制服のポケットには、護身用に榊からもらった小型のナイフが入っていたが、 うまく使える自信は全くない。祐子は両手の指では足らないぐらいの数の人間を 心身共に傷つけてきたが、それは全て他人にやらせたものだった。 進路相談室の前で、祐子は大きく深呼吸し、何も恐れることなどない、と自分 に言い聞かせた。 「失礼します」祐子はドアを開くと、わざと中にいる由希に聞こえるように、つ いてきてくれたクラスメイトに言った。「じゃあ、待ってて。すぐ終わると思う から」 由希は、いつもと変わらない人を魅了する静かな笑みを浮かべながら座ってい た。祐子の心臓が跳ね上がったが、何とか平静を装った。 「待っていたわ。悪かったわね、忙しいところを」 「この後、約束があるんです」祐子はドアの方をちらりと見た。 「ええ、すぐに終わるわ。座ってちょうだい」 祐子は警戒心を解かないまま、由希の目の前に腰を下ろした。由希は、その内 に秘めているであろう憎悪と殺意を、若く有能な教師という仮面の下に隠したま ま、手にした何かの書類をめくった。 「もう聞いたと思うけど」由希は切り出した。「あなたのクラスの川上君と首藤 君が数日前に重傷を負って救急病院に運び込まれたの。別の病院だけど、4組の 東君もね。警察の調べだと、どうも事故ではなさそうなの。つまり誰かにやられ たということね。で、あなたに来てもらったわけなの」 「残念ですけど、先生」祐子は今度こそ先手を打つつもりで言った。「確かに私 は、その三人を知っていますけど、特別親しかったわけでもありません。どうし て私が尋問されなければならないんですか?」 「尋問ですって?そんなつもりはないわ。これはあくまでも形式的なもので、学 校として一応、生徒に話を聞きましたというポーズが取れればいいのよ。そんな に難しく考えることはないわ。先生だって、あなたが何か知っているとは思って いないしね」 あたりまえだわ。祐子は心の中でつぶやいた。この学校の中で何か知っている 人間がいるとしたら、あんたしかいないじゃない。 「川上君たちは16日の朝5時に、けやき通りのコンビニの前に転がっているの を発見されたわ」由希は書類を見ながら続けた。「二人とも服は何も着ていなか ったみたいね。川上君の方は両手両脚を複雑骨折、右胸が大きく陥没して肋骨が ほぼ全滅。折れた肋骨が肺を突き破っていて病院に運び込まれた時は窒息寸前。 頭髪はなし。剃られたんじゃなくて焼かれたみたい。両手の指の爪には、太い針 を根本まで突き刺した痕。鼻孔は両方とも切り裂かれて……いえ、引き裂かれて いたわ。右目に強力な紫外線ライトかレーザーのようなものを照射されたようで 眼球は摘出するしかなかったようね。現在、肺の機能障害と感染症で集中治療室 に入っているけど、意識が戻るかどうかは微妙なところだそうよ。何か心あたり はない?」 胃がむかつくような顔で聞いていた祐子は、由希の顔をにらむと、挑むように 答えた。 「全然、ありません」 「そう」由希はひとつ頷くと書類をめくった。「首藤君の方は17日の朝6時に 同じ場所で発見。全身40カ所に3度の火傷。両手両脚が複雑骨折。右足の損傷 はひどく膝から下を切断。歯が全部抜かれていて、そこからの感染症で顔全体に 浮腫。両耳の鼓膜が破れ、左目は高温で焼かれたらしく完全に失明。肛門に裂傷。 何か心当たりはない?」 「ありませんって言ってるでしょう」 「そう。東君は、18日の夜11時に、同じコンビニの裏で発見されたわ。両手 両脚複雑骨折。全身の皮膚があちこち剥かれていてショック状態。両目に硫酸を かけられたらしく失明。片方の耳がちぎり取られてなくなっていて、鼻にはセメ ントが詰め込まれていた。指の爪も全部なくなっている。背中から強烈な打撃を 何度も受けたらしく、脊椎の一部が損傷。腎臓も片方潰れていて切除手術。発見 されたときは、肛門にナイフが突き入れられていたわ。ナイフは東君自身のもの だったそうよ。何か心あたりは?」 ようやく祐子にも、由希の意図がわかりかけてきた。わざわざ呼びつけて、仲 間がどうなったかを克明に知らせることで、祐子の恐怖心を煽ろうとしているに ちがいない。 その手に乗るものか、と祐子は由希をにらみつけた。 「知りません。もういいですか?」 「警察は、これを単純な傷害事件じゃなくて、何らかの関連性に基づく意図的な 暴行事件として捜査しているわ。何故かというと、三人はよく一緒に遊んでいた そうだということがわかったし、暴行の方法も似通っているからよ。また、もう 一人、8組の佐野君もよく行動を共にしていたらしいけど、彼は今行方不明にな っているのよ。警察でも行方を探しているわ」 「私には関係のないことです」 「あともう一つ」由希は祐子の言葉など気にも止めなかった。「さっきは言わな かったけど、三人とも共通して負った怪我があるの。なんだかわかる?」 祐子は答えなかった。答えようとしてもその時間はなかっただろう。由希はす ぐに語を継いだ。 「それはね、三人とも性器が切り取られていたのよ」 とうとう耐えきれない嘔吐感が祐子を襲った。祐子はハンカチを口にあてて、 懸命にこみ上げてくるものと戦った。 「あら、気分でも悪いのかしら?」 由希の平静な声に、祐子は顔をあげた。認めたくはないことだが、祐子は自分 が今、由希を恐れていることをはっきりと知った。 「ごめんなさい。ありがとう。もう帰っていいわ」 何か反撃の一言を、あんたなんかに負けないということ示す一言を叩きつけて やりたかったが、どんな言葉を吐いても恐怖で震えてしまうことがわかっていた。 祐子は何も言わずに背を向けた。 「ああ、そうだ」その途端に由希が声をかけた。「明日は、お茶の先生のところ へ行くんだったわね。行き帰りに気を付けてね。最近物騒だから」 なぜ、それを知っている、と訊く気にもなれなかった。今、由希がはっきりと 宣言したことを祐子は悟っていた。行動を起こすのは明日だ、と。それがいやな ら家の中に閉じこもって震えていろ、と。 小沢律子の写真が予告ならば、これは明確な宣戦布告だった。 怒りが恐怖をわずかに上回った。祐子は何とか嘲笑的な表情を作ると、由希に 背を向けたまま答えた。 「ご心配いただいてありがとうございます。でも、大丈夫です。大事な身体です ので、ちゃんと家の者に送迎してもらいますから」 「そう。では、さようなら。朝倉さん」 「さようなら」 祐子はそのまま進路相談室を出た。由希が笑みを浮かべていることを知るのに、 振り返る必要はなかった。
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