長編 #4233の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「弓山君の死も、礼子に伝わった。そこそこ防音設備が整っていると言っても、 狭い家だ。騒ぎが起これば、勘づく」 「すみません」 「君が謝ることはない。犯人を憎むべきだ。それで善田君。見立てはどうなん だね?」 「死んでから約二時間、かな……。午前十時から十一時の間に殺されたと思わ れます。前の彼と違って、頭部にできた傷が致命的。やや細長目の鈍器で、二 度、殴られていて……阪谷の前で言いにくいんだが……陥没している」 「苦しまずに逝ったのだろうか……?」 たまらなくなって聞いた。それが、死者にとっていかほどの意味があるか分 からないが。 「……すまんな。本業で嘘はつけん。最初の一撃は、相当に痛みがあったはず だ。気を失ったとしたら、それほど感じなかったかもしれんが」 「そうか」 私は深い息を吐いた。胸の内に、重たい物がよどんでいるような感覚が収ま らない。いくら深呼吸しても、それが去ることはなかった。 弓山の死を告げると、部員のみんなは表面上のみの驚きをなした−−と、私 の心には写った。私が知らせる前から、覚悟していたような節があったのだ。 私は自分でも不思議なくらい事務的に弓山の様子を皆に伝えてから、継ぐべ き言葉を探した。 「すまない」 こんなことしか言えなかった。悔しさが不意に湧き起こって、涙が出そうに なったが、懸命に努力してこらえた。 「先生の責任じゃないです」 渡辺は涙声になっていた。 「もう……ここには、何かが潜んでるのよ。そいつがみんなを襲っているんだ わ。そうとしか、思えない!」 「お言葉ですけど」 椅子をがたんと鳴らし、立ち上がったのは海聞だった。 「二人も殺されたんだから、もっと現実を見なければいけないんじゃないです か。何か、先生や先輩を見てて歯がゆいっすよ、俺。まじになって犯人見つけ なきゃ、やられるかもしれない。そうは思わないんすか?」 「滅多なこと、言うなよなっ、海聞」 堂島も席を立った。 私は教師として止めるべきなのであろうが、声が出せない。情けないが、ど うしたらいいのか判断しかねているのが正直な気持ちなのだ。 「部員を疑うのか?」 「そんなこと言ってません。でもっ、冷静に考えたら、誰だって気付くでしょ う? 苫井先輩と弓山先輩が殺されて、俺達の中に犯人はいないと考える方が、 無理があるって」 「何だと?」 堂島が声を荒げ、机を拳でどんと突く。 女子部員から悲鳴も上がった。悲鳴の原因が、海聞の思考に恐怖したのか、 堂島の暴力を匂わせる態度に驚いたためかは分からない。 「だって、そうじゃないですか? 昨日初めて会った門馬さん達に、苫井先輩 や弓山先輩をどうこうしようなんて動機、あるはずないじゃないですか。それ に、やっぱり、足跡のことがあります。苫井先輩を殺した犯人は、北館で寝て いた人間でしかありえませんよっ」 「……そんなこと言ったら、おまえ自身、疑われるぞ」 馬鹿負けしたように、口を半開きにする堂島。 海聞はくじけなかった。 「承知しています。だけど、俺は俺が犯人でないと知っていますから、関係な い。残っているのは三人だ」 「やめろ、海聞!」 叫んでいたのは、私だった。気付いてみたら立ち上がり、大声を出していた。 「海聞。その先を言うな。やめておけ……」 「でも、先生」 「いいから! そうやって枠を絞っていけば、絶対に取り返しが着かなくなる。 そういう犯人探しのやり方は、やめてくれ。疑心暗鬼になるだけだと思う……」 「じゃ、どうしろってんですか! 黙ってやられるのを待つんですか?」 「興奮するな。座れ、とにかく。堂島もだ。みんな、落ち着こう……」 いちいち喋るのが、とても疲れる。呼吸するのさえ、しんどい。 私は全員が着席したのを見て、自分も座った。 「みんな、目を閉じよう」 言って、率先して両目を瞑る。 皆が同じようにしているかどうかは、もちろん見えない。 「閉じたか? それから……両腕を机の上に置け。だらーんと、力を抜いて伸 ばすんだ。リラックスだ、リラックス。頭のてっぺんから、悪い感情全部が抜 けていく。そういう想像をするんだ。そのイメージに合わせて、そう、深呼吸。 大きく吸い込んで−−思い切り、吐き出せ」 自分は自分の言う通りにやって、深呼吸を三度繰り返した。目を開けると、 全員が同じことをしてくれていた。 「よし、いいぞ。目を開けていい。これで、ちょっとは平常心を取り戻せたん じゃないか?」 みんながうなずく。 私は考えた。ここからが肝心だ。 皆を勇気づけるには、どうすればいいか。何を言うべきか。 そして閃いたのは−−生徒の中に犯人はいないと信じること。私がそう信じ ていると言えば、生徒達はわずかでも安堵してくれるかもしれない。 だが……。 私は小さく首を振る。 今の私の思考は打算だ。こうすれば生徒達が安心するだろうから、信じよう としている。一〇〇パーセント計算尽くだとは言わないが、何分の一かは効果 を狙っているのが自分でも見えてしまう。 私は強く念じた。そしてまた考える。せめて、北館にいる者に容疑者を限定 しないだけの、拠り所がほしい。どんなに小さくてもいいから、根拠が。 「−−あ」 窮すれば通ず、この言葉は真実だと思った。 私の呆けたようなつぶやきを、部員のみんなは怪訝に感じたらしく、私は注 目を浴びていた。 私は真剣な表情になり、「君達の中に犯人はいない。そう信じている」と言 い切った。 海聞辺りが、不平そうに口を開きかけるのを目で制し、言葉をつなげる。 「さっき、犯人は北館にいた者に限定されるようなことを言った者がいたが、 そうとは言い切れないぞ。あくまで仮定の話として聞いてほしいんだが……南 館にいた者でも、海を回ったら、北館へ行けると思うんだ」 「海?」 誰彼となしに、おうむ返しの声が。 私は自信満々であるように見せようと、胸を張った。 「そうだ。南館を出て、港の方に向かう。海に飛び込み、島の周りを泳いで、 北館の裏に着く。まだ見てないから分からないが、森とつながっている砂浜が あるかもしれない。森の中は草が生い茂っており、足跡ははっきり残らないん だ。そして森の中の一本道を抜ければ、北館のすぐ裏手に出る。ここからはそ のまま歩いたのでは足跡が残るだろうが、なあに、走り幅跳びの要領で勢いを 着ければ、ジャンプして届かない距離じゃないと思う。北館に張り付けさえし たら、あとはどうにでもなるだろう」 話す内に、やはり空想に過ぎるかと後悔しかけたが、堂々と喋り切ったこと で、生徒達にこちらの気持ちが伝わったらしい。誰も異議を唱えないどころか、 「それだよ、先生」と手を叩く者さえいる。 私は内心、ほっとしながら、力強く言った。 「私からは以上だ。我々で犯人を見つけられるものなら、見つけようじゃない か。どんな些細なことでもいい。気付いた点があれば、いつでも言いに来てく れよ。それと、自分の身を守るのは、最後は自分だ。よく考え、よく注意して 行動するんだ」 南館に行き、門馬先生や靖之さん、善田と話していると、生徒が一人、やっ て来た。予想していた通り、海聞だった。尾藤は連れて来なかったらしい。 「話なら、部屋で聞こう」 門馬先生達に黙礼してから、海聞を促す。 「はい」 海聞はおかしいくらい素直に返事し、私の後ろについて来た。 部屋に入り、扉を閉め切るなり、彼は堰を切ったように喋り出した。 「先生、先生も結構やるじゃないですか。俺、尊敬し直したよ」 「な、何がだ?」 「俺達を気遣いつつ、犯人探しの方向に話を持っていったし、注意も促した。 足跡の問題も、あんなアクロバットみたいなことを言って、うまく切り抜けた」 「……おまえこそ、さっきは暴走寸前だったじゃないか。あれは見てられん。 そこまで短気な奴だったかと、焦ったぞ」 「嫌だな、先生。あれは作戦だったのに」 にやりと笑う海聞に、私は片方の眉を吊り上げた。 「何だって? どういうことだ」 「ああやって煽れば、みんな、犯人を探そうって気になるんじゃないかと思っ てさ。まあ、先生の方がうまかった。怒らせたって、だめだね」 「海聞。一つ、聞いていいか?」 海聞はきょとんとして、軽い調子でうなずいた。 「おまえは部員の中に犯人がいる可能性もあると、まだ考えてるんだな?」 「当然です。先生には悪いけど、俺、そこまで感情だけを優先できない。他の みんながどう思ってるかは、知らないよ」 「おまえって奴は……」 「先生だって、本当は苦しんでるはずっすよ。俺達の中に犯人がいないと信じ るなら、昨日の夜の天候で、第三者がこっそり上陸できたとは考えられないか ら、あとは門馬さんかあの夫婦か、善田さん。どの人も疑いたくないんじゃな いですか、先生?」 「……よく分かってるじゃないか」 私は自嘲した。生徒に見せる表情ではなかったかもしれない。 「苦しい選択をしたのは、覚悟の上だよ。だが、生徒を疑うぐらいなら、私は 恩師や友を疑うよ。間違っていたら、叱ってもらうさ」 「ははあ」 呆れた風に目を見開いてから、海聞は語調を変えた。 「先生がさっき言った海を泳ぐルート、実行可能かどうか、確かめませんか」 「だめだ。あれを確認しちまったら……みんながまとまらなくなる」 「へえ? やっぱり、信じ切れていないんだ、自分の考えを?」 「嫌なことを平気でずばずば言う奴だ」 「若いっすから」 そう言うと、またまた口調を転じ、何やら秘密めかした具合になる海聞。 「聞きたくないでしょうけど、聞いてください。俺達の間で、どういう人間関 係ができてるか」 「どういう意味だ?」 「動機ですよ。苫井先輩や弓山先輩を殺してしまうような動機……かどうかは 分からないけど、色々あるんですよね、高校生でも」 「言ってみてくれ」 肝を据えるため、私は奥歯を噛みしめた。力みすぎたか、がりっという音が した。 「自分が知る限りでは、苫井先輩−−ああ、面倒だ、苫井さんは関係が多彩で すよ。元々、天文部に入ったのだって、副部長の渡辺さん狙いなんだから。ま、 俺も似たり寄ったりだけど」 尾藤のことを言ってるのだろうと分かったが、今はそれどころでない。 「もしかすると、渡辺の方は苫井を疎ましく感じていた、とか言うのか」 「まあ、そんな感じですけど、ちょっと違う。渡辺さんは堂島さんと両想いが 成立してますから」 「やはりそうか」 「何だ、分かってるじゃないすか、先生」 調子に乗ってきたのか、海聞は私の背を馴れ馴れしくも叩いてきた。だが、 憎めない奴でもある。 「ただの想像だよ。それで?」 「それでって言われても、それだけ。苫井さんが渡辺さんにしつこくちょっか い出してたなら、渡辺さん本人か堂島さんが怒っても不思議じゃないってこと を言いたいだけです」 「てことはだ。苫井と親しい女子部員……死んだ弓山や平野は、そのことをど う考えてるんだろうな?」 「それそれ。あ、先生に言ったら、けしからんて叱られそうだな。ま、いいか な。弓山さんや平野は、その他大勢でもいいから苫井さんと一緒にいたいって いうタイプですよ。ああ、だけど、平野はちょっと違うか。憧れだけで引っ付 いてる気配もあって……。そうだ。少し前だけど、苫井さんと弓山さんと平野 の三人で、町中を歩いていたら、お喋りに夢中になって、よその人にぶつかる まで周りが見えなかったぐらいに盛り上がったって、言ってたっけ。要するに、 そういう形のデートでも、あの三人は満足していたみたいってことです」 「……勉強も、それぐらい熱心にやれよ」 気が滅入ってきたせいもあって、生徒相手に軽口を叩く。 「そんな話、今は無視させてもらいますよ、先生」 「まだあるのか」 「いいえ、もう終わり。だから、先生は嫌だろうけど、仮に俺達生徒の中に犯 人がいるって考えるなら、動機がありそうなのは堂島さん、渡辺さん、それに 平野ってところ」 「……考えたくない、やっぱり。いいか、海聞」 「ん? 何すか?」 −−続く
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