長編 #4231の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「記憶が薄れない内に、書き留めておくんだよ。外部から侵入するなら、足跡 が残るだろ、地面がぬかるんでるんだから」 強い調子で言われ、やっと飲み込めた。そうか。苫井と同じ北館の人間が犯 人なら、足跡は無関係だが、もし南館の人間なら足跡が残るに違いない。それ に、確か雨は、午前一時を前に完全に降り止んでいた。幸か不幸か、死亡推定 時刻の範囲は、雨が降っていなかったことになるから、足跡が消えることもな いだろう。 「門馬先生、どうでしたっけ……」 一番に起きられた先生に尋ねるのが最適だろう。私はのろい動作ながら紙と ボールペンを用意し、メモの準備を整えた。 「ああっと、どうだったかな。そうそう、足跡は一切なかった。泥跳ねを気に しながら、ゆっくりと中庭を横切って、北館に向かったのを覚えている」 先生の証言で、私も思い出す。私が南館を出ようとした際、地面にあったの は先生の足跡のみだった。あとは、どちらを向いても足跡は見当たらなかった と記憶している。 善田がいくばくか考えて、そして指示を出した。 「うん、それぐらいで充分でしょう。念のため、遠回りして二つの館の間を行 き来した痕跡がないか、調べておくべきだろうが、今はそれでいい」 善田の提言は、このあとすぐに実行され、南北両館の間には、今朝六時五十 分頃−−門馬先生が起きられた−−の時点でただ一つの足跡もなかったと確認 された。 「警察に通報すべきところですが、門馬先生。一切、連絡を取る方法はないん ですか?」 「そうなんだ。携帯電話でも電波が届かんらしいからな。荷物を運んでくれる 船が、週に一度、定期的にやってくるが、それとてまだ先の話。結局、君らを 迎えに来る船が一番早いんだよ」 あと二日、待たなければならない。苫井のことを思うと、不憫でならなかっ た。現場保存のため、できる限り手を触れるなと善田が言うから、あのままに せざるを得ない。 「生徒達にどう伝える気だ、阪谷?」 善田の言葉が、耳に痛い。突き刺さるようだ。 「せめて、病死だと、俺の口から言ってやろうか」 「……隠せるはずがない。いっそ、真実を伝える方がいいだろう」 私はそう決心した。 私は堂島と渡辺を含めた生徒全員を連れ、北館に戻り、食堂で皆を前にして 始めた。 苫井が何者かによって殺されたこと。死因、死んだおおよその時刻等々。 だが、私は真実をありのままに伝えようとするあまり、余計なことまで口走 ってしまった。言ってから気付いたのだが、取り返しはもうつかない。 それは足跡の件だ。 「南館からの足跡がなかったのなら、苫井を殺した犯人は、北館にいた誰かに なるんですか?」 堂島が言った。彼に場を混乱させる気はなかったのだろうが、結果として、 雰囲気は一気に悪くなった。 私が答を用意していなかったことも、拍車をかける。 「先生はどう考えてるんですか」 海聞が詰問調で言った。この子も北館にいた一人。 「はっきりしてくださいよ」 「……せ、先生は、不用意な素人判断はしたくない」 絞り出すのがやっとだ。 「このまま警察に任せるのが一番だと思う」 「そりゃそうだけど、今はできないじゃないですか。だったら、犯人を見つけ るために」 「犯人を見つける?」 「そうですよ。今、島にいるのは、俺らと、他に……四人ですよね? この中 に犯人がいるのは確かだ。そんな奴が一緒にいるかと思うと、安心できないね」 同意を求める風に、他の生徒を見渡す海聞。事実、何人かが黙ってうなずい ている。 「おまえの考えも、分からなくはない。だが、ここは大人しく静観しておく方 がいいぞ。あらぬ疑いをかけあって、あとで、おまえ達の間や先生との関係が 悪くなるかもしれない」 「だけど、もしも、他にも殺すつもりでいたら……」 平野が震えながらつぶやいた。 「テレビドラマの見過ぎだ、平野。そんなこと、あるはずない」 「どうして分かるんですか、先生? 先生が犯人なの?」 平野の目は、完全に平静さを失っている。好ましくない状態だ。 「そうじゃあない。ただ、こんな島の中で人を次々に襲っていたら、怪しまれ やすくなる。そんな馬鹿を、犯人だってするはずないさ」 「馬鹿じゃなかったら、最初から人を殺したりしないと思う」 久米がいらぬことを言う。このままでは、収拾が全くつかなくなる予感が起 こり、私は声を張り上げた。 「君らが個人で自分の身を守るのはかまわん。だが、疑いを口に出すんじゃな い。黙っていれば、悲しいことはもう起こらないんだ」 効果があったかどうか、分からない。とにかく、生徒は静かになった。 「それじゃあ、いいか。これからのことだが、一旦、予定は白紙に戻す。苫井 のために黙祷してやってから、しばらくは自由にしてくれ。もちろん、観測し たい奴はすればいい」 「先生」 尾藤が小さいが、しっかりした声で聞いてきた。 「何だ?」 「部屋は、このまま使わなくちゃいけないんですか? 苫井先輩、あのままに して……」 言葉に窮してしまった。本来なら、南館に全員を移してやりたいところだが、 スペースの都合上、代わりの部屋はない。 それに善田の助言で、苫井の身体を動かすのも無理だ。 私はそれらを説明して、皆に頭を下げた。 空回りを続ける思考。 自分の部屋に戻り、今後のための良策を検討したのだが、何も浮かんでこな い。浮かぶは、苫井の死に顔と、部員達の目。 考えを書き出してみようと、紙と鉛筆を用意してみたが、結果は同じだった。 「先生、入っていいですか?」 ノックと重なって、女生徒の声がした。尾藤だと分かる。 「いいよ」 できる限り明かり調子で言い、ドアを引いた。すると、尾藤の他に海聞も来 ていた。私が視線をやると、「お邪魔しまっす」とぼそりとつぶやき、すり抜 けるようにして部屋に入ってきた。 廊下に立ったままの尾藤の手には、お盆があり、そこにはトーストと紅茶、 サラダが載っていた。 「先生、朝ご飯、食べてないから……」 「ああ……ありがとう。心配かけて、悪かった」 盆を受け取り、テーブルに置いた。 それから尾藤も招き入れ、ドアをきっちり閉める。何か話があるに違いない と読んで、声が漏れないようにするためだ。 「食べてください」 黙ったままの海聞の横、少し間をおいて座った尾藤。 「うん、いただくよ。君達は食べたのかね?」 「はい。少しですけど」 「俺はたっぷり食べました」 わざとらしく、自慢げに言う海聞。こうして見ていると、今朝の事件が嘘の ように思えてくる。 「じゃあ、食べようかな。でも、君達、何か話があって、ここへ来たんじゃな いのか」 待ちきれず、積極的に促してみた。 果たして、見込みは当たっていた。尾藤は海聞をちらりと見やり、小さくう なずくと、また私へ向き直った。 「私達、他の可能性を考えていたんです」 「……私達、と言うのは、君と海聞の二人だけ? それとも全員かい?」 「えっと、あの、私と海聞君と久米君の三人です。久米君は、三人も押しかけ たら先生の邪魔だろうからって、今、自分の部屋に……」 「分かった。それで、他の可能性って?」 トーストの端をちぎり、口中に放ると、私は紅茶で半ば無理矢理流し込んだ。 そうでもしないと、食べられそうにない。 「北館にいた人だけが犯人みたいな可能性、強いでしょう?」 「待った。先生はそんなこと、言っていない」 「先生ー」 海聞が口を挟む。 「正直なところを話したいんだ。仮に先生はそう思ってないとしたって、警察 が調べりゃ、北館にいた俺達を疑うんだろう?」 「……それは……そうかもしれんが」 「だから、北館にいようが南館にいようが、関係ないってことにできないか、 考えたんだよ」 荒っぽく、しかし熱っぽく語ると、海聞は尾藤にバトンタッチ。 尾藤は一つ深呼吸をして、喋り始めた。 「南館からやって来たとしても、ホースで水を撒けば消せるんじゃないかって、 そう思うんです」 「……なるほどな」 食事の手を停め、私は感心した。それに、庭に散水用のホースがあったのも 思い出した。ここへ来た当初、見かけている。 海聞が再び口を開く。 「それで、俺達、今からホースを調べてみようと思うんですよ。先生には立ち 会ってもらいたいなと」 「……どうかな。調べない方がいいかもしれない」 私は慎重な物言いをした。 「どうしてですか?」 「君達の目的は、どちらの館にいたかに関わらず、苫井君に、その、ひどいこ とができたと示すためだろう? だがもしホースを調べて、使われた形跡がな いと分かったら、意味がなくなる」 「それはそうかもしれませんけど、使われた形跡があるかもしれないじゃない ですか」 尾藤が珍しく、声を高くした。 だが、私は首を横に振る。私は、決定的なことを知っている。決定的なこと を聞いていないと言うべきか。 「だめなんだ。……迷ったけれど、君達のために言っておくよ。私は昨日の夜、 起きていたんだが、ホースで水を撒くような音は一切聞こえなかった」 一晩中起きていた訳ではないが、天候の様子見の時間を含むと私は結局三時 過ぎまで起きていたのだ。少なくともその間、ホースで水を撒くような音は、 外から聞こえて来なかった。 「そう……でしたか……」 尾藤は口元に手を当て、落胆したようにうつむいた。 「……先生っ」 思い詰めた口調で、海聞が叫ぶ。 「何だ、海聞」 「もう我慢できないよ、俺。やっぱり、犯人探し、する」 手には握り拳ができていた。 それにしても、我慢も何も、今朝からまだ数時間。辛抱の効かない奴だと呆 れてしまう。多分……海聞は尾藤のことを心配して、気が急いているに違いな い。その心意気はよしとすべきだろう。 「どうするつもりだ? まさか、みんなに聞いて回るんじゃないだろうな」 「そうしたけど、先生は許してくれないんだろ? だったら、他から調べる」 「他?」 「さっき言ったホースが使われていないかどうかとか、足跡におかしなところ はないかとか。そういうんだったら文句ないだろ、阪谷先生?」 「ほどほどに……いや、待て。気が変わった。私も付き合おう」 「ええ?」 海聞ばかりか、尾藤まで驚嘆の色をなす。 「どういう……心境の変化ですか」 海聞らしくない、馬鹿に丁寧な物腰に、私は一瞬、事件を忘れ、微笑を浮か べることができた。 「私は顧問だぞ。引率の責任もあるからな。君らが無茶をしないよう、目を配 らなければいかん。嫌と言っても、引っ付いていく」 宣言して、パンの最後の欠片を嚥下する。 海聞は「そういうことか」と、尾藤は「ありがとうございます」と言って、 それぞれ頭を下げてきた。 −−続く
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