長編 #4229の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「阪谷君は気にするな。まあ、礼子は南館にこもりがちになるかもしれんが、 許してやってほしい」 「も、もちろんです」 どもり気味に言ってうなずいたところへ、生徒全員がお喋りをしながら現れ た。この子達に敢えて知らせる必要はないだろう。 「雨が降ってきました、先生!」 さも残念そうに、尾藤が高い声で言った。窓を見れば、磨りガラスの向こう、 確かにそぼ降る水滴が分かった。そうしている間にも、段々と勢いを増してい るような気がする。 「うーん、おかしいな。日頃の行いはいいつもりなのだが。部員の中に、行い の悪い者がいるのかな」 冗談めかして聞こえよがしにつぶやくと、苫井を始めとする数名が辟易した 風に肩をすくめるのが分かった。素直な反応に、呆れるやら笑えて来るやら。 「部屋は気に入ってもらえたかな?」 明るい調子になった門馬先生の言葉に、生徒の誰もが、そして私も含めて肯 定の意を表す。 「それはよかった。もし何か不便があれば、僕に言って来なさい。それから、 台所はあちらで、風呂場とトイレは……」 と、右手を伸ばし、次々と指し示す先生。おおよその見当はついた。 「分かったかな? では、僕はここいらで戻るとしよう。皆の邪魔になっては 仕方がない」 「どうもありがとうございます。お世話になります」 すっくと立ち上がった先生を言葉で送ってから、私達天文部は合宿活動に本 格的に突入した。 と言っても、この天気では夜の星空は期待薄。とりあえず、今後の予定をど う調整していくか検討してから、話題は食事に移る。 当番を決めず、全員でできることをやろうという方針なのだが、初日の今日 は、到着したばかりの疲労感があるせいか、気乗りしない面々が多いようだ。 もっとも、私も多少憂鬱ではある。先ほど、門馬先生から重たい話を明かされ たからかもしれない。 全体に停滞気味の雰囲気を、渡辺と尾藤が引っ張ってくれた。彼女らを中心 として、夕食作りに取りかかったのは、午後五時半であった。 一日目は新鮮な材料を使えるメリットがある。だから、カレーなんて反対。 出発前の相談で、そんな意見が出されたのを思い起こした。 カレーでいいじゃないかという声を押し切って、今、目の前に並びつつある のは、白身魚や海老の揚げ物。コンソメスープが湯気を立て、野菜サラダはボ ウルに満載されている。 「豪勢だなあ」 皿やコップを運びながら、海聞が嬉々として喋る。どうやら、尾藤相手のお 世辞のつもりらしい。海聞がこんなに分かり易い性格だとは、正直、私は知ら なかった。合宿をすると生徒のこれまで見えなかった一面に接することができ て、大なり小なり驚かされる。 「唾、飛ばさないでよ。気を付けて」 意中の相手からたしなめられ、しゅんとするのがよく分かった。そんな海聞 の横で、久米が声を殺して笑っている。 他の生徒に目を転じると、苫井は実に要領よくこなしている。目立ってさぼ るでもなく、積極的に働く訳でもない。彼らしいと言えるのかもしれない。 その周りで手足となって働いている感があるのは、弓山と平野。苫井の口車 に乗せられたと見るのは、うがちすぎだろうか。まあ、楽しそうにやってるか らいいのだろう。 堂島と渡辺は、部の役職らしく、皆にてきぱきと指図して、自らも一生懸命 動いているのがよく伝わってきた。彼らを部長、副部長に選んだのは部員達な のだが、選択眼は確かなようだ。 「ようし、いいな。みんな、ちょっと待っていてくれ。先生を呼んでくる」 食事の準備が整ったところで、私は食堂を出て、南館を目指した。門馬先生 を呼ぶためだ。最初の日ぐらい、感謝の意を表すという理由もあって、門馬先 生や礼子さん達とご一緒することに決め、同意を得ている。 蛇足だが、善田は呼ばない。と言うよりも、食事の席に呼んでも来ないのが 分かり切っているのだ。あいつは変わっていて、どんな場に行っても自分で持 ち込んだ健康食品しか口に入れない。さすが医者、自分の身体に気を遣ってい る……と言えば聞こえがいいが、ときに失礼になることを本人が自覚している のかどうか怪しいものだ。 玄関を出て、傘を差そうとしたとき、薄暗い景色の向こう、門馬先生らしき 人影を見つけた。 「門馬先生?」 声に出したが、雨音で聞こえなかったらしい。先生はどんどんこちらにやっ て来られ、あとほんの数メートルという地点で、やっと気付いてくれた。 「お、呼びに来るところだったのかね」 「ええ。タイミングよかったです。でも、お待たせしてしまったようですね?」 「いやいや、そんなことはない」 恩師の微笑にほっとしつつ、私は門馬先生に続いて屋根の下に入った。 ゆっくりとした足取りで食堂に向かう。その廊下で、先生が言った。 「礼子達も一緒に来ないかと持ちかけてみたんだが、やはりだめのようだ」 「はあ……そうですか」 「まあ、一段落したら顔だけは出すと言っていた。そのときに生徒さん達とな」 「分かりました」 食堂に着き、門馬先生を一番奥の上座に案内する。 部員は皆すでに着席しており、門馬先生に黙って会釈をしていった。それだ けで緊張が見て取れた。特に、門馬先生のすぐ手前、左右の席にいる久米と平 野は、表情が硬くなっているようだ。 私は礼子さん夫婦の席を詰めさせてから、食堂の出入り口を背負う位置に陣 取った。ここは門馬先生の正面だが、距離で言えば一番離れていることになる。 ※座席表 苫井 渡辺 堂島 平野 阪 門 谷 馬 弓山 尾藤 海聞 久米 「それでは、僭越ながら音頭を取らせていただきます」 門馬先生に向けて改まった調子で言うと、近くにいる生徒達のにやにや笑い が目に入った。彼らには、私からざっくばらんな話し方が消えているのが、よ ほど珍妙に映ると見える。 ともかく、ウーロン茶の入ったグラスを手に取る。本心では酒を呷りたいと ころだが、今回の旅はあくまで部活動の一環。自主規制すべきだろう。無論、 生徒達もジュースないしはウーロン茶で、門馬先生のみビールだ。 「えー、私のような不肖の教え子のために、まことに立派なご自宅を提供して いただき−−」 「君のためだけじゃあないぞ」 グラス片手に、先生が楽しげに茶々を入れられた。内心、狼狽してしまう。 「生徒さん達のためにもだ」 「ああ……そうでした。ええっと、ともかく、私達のために場所を提供してい ただき、感謝に堪えません。それとともに、門馬敏樹先生の末永いご健勝を祈 念して−−乾杯!」 ウーロン茶を口中へ流し込んだ時点で、私の喉はからからに乾いていた。結 局、自分が一番緊張していた。どうにかうまく言えたから、よしとしておこう。 私は料理作りそのものには一切タッチしていないのだが、なかなかいける味 で感心すると同時に、安心もした。これなら、門馬先生のお口にも合うこと間 違いなし。 念のために上目遣いで見やると、先生は満足そうにしておられる。 歓談の中、小一時間ほどが過ぎ、夕食もそろそろ終わりかという頃合いにな って、礼子さんと靖之さんが揃って姿を見せた。 「おお、来たか。よし、皆さんに紹介しておこう」 門馬先生の声が、ことさら若返ったように聞こえる。娘を自慢に思う気持ち が、明瞭に現れていた。 私が振り返ると、礼子さんの表情が間近に見られる。事前に流産の話を聞か され、心配していたのだが、今の彼女は割合に元気そうに見受けられた。多少、 顔色が白っぽいかもしれないが、健康的なつやが感じられる。引っ詰めにした 髪は、しばらく体を動かしたためだろう。 さて、靖之さんはと視線を転じる寸前に、その変化は起こった。 不意に、礼子さんは口元を押さえ、こちらに背を向けてしまった。隣に立つ 靖之さんの「どうしたんだい?」という優しげな声にも反応せず、そのままし ゃがみ込む。 「礼子?」 素早い身のこなしで、そばまでやって来た門馬先生。最前の明朗な表情が嘘 のように、眉を寄せ、不安げにされていた。気の毒な感じがするが、今はそれ よりも礼子さんの状態が大事。 生徒達に、心配するなと目配せしてから、私も席を離れ、すぐ横に立つ。 「……急に、ちょっと気分がすぐれなく……」 か細い返事が、どうにか聞き取れた。その手は最早口から離れ、両方の二の 腕を自身で抱いている。かすかに震えているようだ。 「やはり調子が悪いんでは? 善田君を呼んで来ましょうか?」 誰に尋ねるでもなく、私は口にした。こういうときのための医者だ。 「それがいい。頼みます」 靖之さんの言葉を受け、私が駆け出そうとした瞬間、礼子さんの呼び止める 声が。 「い、いえ、結構です。大丈夫、うん」 私が座っていた椅子の背もたれに手をかけ、礼子さんは立ち上がっていた。 自らが平気であるのを確認するかのように、何度もうなずいている。 「しかし……」 彼女の呼吸が荒いのを感じ取り、私は逡巡した。 「いいんです。立ちくらみのようなものですから……あなた、やはりお部屋に 戻った方がよさそう」 「あ、ああ。そうだな」 私は彼の冷静な顔しか見たことがなかったが、その靖之さんが戸惑い気味に 応じる。 その二人の背中へ、門馬先生が苛立ちと不安の入り混じった風な声をかけた。 「礼子、無理をする必要はない」 「違うんです、お父さん。何でもありません」 しっかりした口調で言い切ると、礼子さんは半身だけ振り向いて、生徒達に 頭を静かに下げた。 それに合わせる格好で、靖之さんが「失礼をします」と、やけにしゃちほこ ばった言い方をした。そして妻の肩を抱き、寄り添うようにして去って行く。 「阪谷君。食事の途中ですまんが、僕も外させてもらう」 門馬先生が、心残りな様子で口を開いた。 私は慌て手首を横に振る。 「ええ、ええ。もちろん結構です。自分も行きたいところですが、子供達が」 「分かっておる。君らは気にせず、合宿活動に専念をしてくれ。じゃあ」 よほど慌てておられるのか、門馬先生は壁に肩をこするようにして、駆け抜 けて行かれた。 「−−すまなかったな、君達」 部員の皆に言った。こういう事態のとき、どんな顔をすればいいのか、見当 もつかない。 部員達の中には、半ば腰を浮かしかけている者もいる。心配をかけてしまっ たのは間違いなかった。 「先方もああ言っておられる。君らは気にせず、やればいいんだよ」 「でも……」 堂島が座り直しながら、小さく言う。 「僕らに顔を見せに来られたんでしょう、あのお二人は……。だったら、ちょ っとばかり、責任を感じてしまいますよ」 「いいんだよ。重病人じゃあるまいし、南館から北館まで歩いたぐらい、関係 ない。さあ、まだおかずが残ってるじゃないか、もったいない」 そう言って食事に注意を引き付けようとしたが、うまく行かなかった。 「あの、阪谷先生」 尾藤が恐縮した体で始めた。 「何だ?」 「聞こえたんですけれど、さっき……」 「だから、何がだ」 「やはり調子が悪いとか何とかって。あの女の方、どこかお悪いんじゃないん ですか?」 耳ざとい尾藤にいささか驚嘆しつつ、私はどう答えるべきか、数瞬の間、考 えを巡らせる。結論は早かった。 「何でもないんだ。ちょっとした体調不良の原因となることは、確かにあった がね。それ自体は、ずっと前に治っているはずなんだ」 ぼかしながら答える。多少の嘘は致し方あるまい。真実を話すと、礼子さん のプライバシーに関わってくる。 そこまで考えて、私は礼子さんの気分が悪くなったのは、やはり子供達が原 因なのかもしれないと思った。 もちろん、それは直接的な意味ではない。 流産した礼子さんは、生徒達を前にして、ふと想像したのではないだろうか。 もしあの子が無事に産まれていれば、ここにいる生徒さん達のように育ったに 違いない……と。想像が引き金となって、忌まわしい記憶が甦った。ないとは 言えないだろう。 「みんな、いい加減、落ち着こうぜ」 すぐ手前の席で、苫井が大きく伸びをした。のんびりした口ぶりだ。 −−続く
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