長編 #4228の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
荒れ気味の海上を走る大型クルーザー。中古のためか、揺れが激しいような 気がする。きっと気のせいだろう。 甲板では、生徒達が騒いでいた。 「げっ。携帯電話、通じなくなっちまったぜ」 「当たり前じゃない。それよか、そんな物出してたら、海に落っことすわよ」 「あ、飛び魚、飛び魚っ」 「え、どこどこ?」 誰一人として船酔いしていない様子なのは、大したものだ。 私自身は酔ったほどではないものの、気分壮快とはとても言えない。天候の 悪さに、本来の目的である天体観測がうまく行くかどうか、思い悩んだのがい けなかったようだ。 「先生、大丈夫ですか?」 女生徒の声に顔を上げると、誰だか分からない子がいた。と言うのも、強い 風に髪が煽られ、その子の顔が見えなくなっているからだ。 「お薬、もらってきましょうか……?」 髪が手で押さえられると、ようやく表情が見えた。 「−−ああ、尾藤か。ありがとう、わざわざ心配してくれて。何ともないさ」 言ってから、彼女の後ろに海聞と久米博美がいると気付く。 「尾藤さん、先生なんかの心配するなら、俺の面倒、見てよ」 「どっか悪いの?」 海聞の方に向き直り、尾藤が言った。 「うん。ちょっと頭がね」 「言ってろ、こいつ」 海聞のふざけ口調に、隣の久米から突っ込みが入る。ああ、言い忘れていた が、久米は一年生の男子部員だ。博美という名前だけでも紛らわしいが、うな じをすっかり隠すほど伸ばした髪と撫で肩のせいで、外見も女のようなところ がある。 二人のやり取りに私は呆れていたが、尾藤はくすくす笑い始めた。 「本当に怪我や病気をしたら、見てあげるわよ」 「おー、それなら俺、わざと怪我をしようかな」 おどける海聞を見ていて、私は分かったような気がした。生徒の愛だの恋だ のを闇雲に咎め立てするほど、野暮な教師ではない。 「君ら、学校にはもう慣れたか?」 ついでに聞いておこう。 「やだな、先生。入学してからもう半年以上経ってるんですよ。もう、身体の 芯まで、立派に高校生っすよ。なあ?」 久米が言って、海聞に肩を組みながら同意を求めると、海聞も大きく首肯す る。尾藤がまた笑っているところを見ると、この同級生を嫌っている訳ではな いらしい。 「部活ではどうだ? 特に海聞。おまえは熱心にやってるときもたまにあるが、 口を動かしているだけのことも多いようだが」 「さて、何のことでしょう。俺は一生懸命やってますから、昔の話なんて、き れいに忘れちゃって」 「……久米は?」 海聞では話にならないとして、久米に振った。 「ああっと、自分は結構、楽しんでやってまっす! 最初、星には興味なんて 全然なかったのに、段々、面白くなってきて。これも先生のおかげ」 「胡麻をすってどうする。それじゃあおまえは、何で天文部に入ろうと思った んだ」 「そりゃあ、海聞が入るって言い出したから」 親友を指差す久米。私は再び海聞に目線を合わせた。 「ほう。では、海聞は何故、天文部に来た? さほど星に関心があるようでも なかったぞ」 「……それは」 言い淀む海聞を観察していると、ちらと尾藤を見やるのが分かった。 そんな気配を面には微塵も出さず、海聞は唇を舌で湿らせ、口を開いた。 「気になる人がいたからね」 早口で答え、そしてそっぽを向く。彼なりの、今できる精一杯の告白だった のかもしれない。 だが、尾藤は首を傾げ、きょとんとした顔を海聞に向ける。 「へえ? あ、そうか。その人ってきっと、副部長でしょう? 渡辺先輩、素 敵だもんね」 対する海聞は久米と顔を見合わせ、両眉を下げて、肩をすくめる。私は吹き 出しそうになるのをこらえるのに苦労した。この調子なら、気分もじきによく なるだろう。 船先の方へ視線をやると、以前、引っ越しの手伝いに来たとき以来の島影が、 おぼろげに確認できた。 天気は相変わらず、冴えない。それだけが気掛かりだった。 雨が降り出しそうな黒雲が、頭上に低く垂れ込めている。強い風で雨雲まで も吹き流されることを期待したが、叶わぬ夢だったらしい。 送ってくれた船が去って行くのを目にすると、わずかに不安がよぎる。なあ に、本土と自由に行き来できる足がなくなったと言っても、三日後にはまた迎 えがやって来るのだ。心配には及ばない。 我々天文部は総勢九名で、門馬先生の屋敷に向かった。そこそこの荷物を背 負って、徒歩で五分と言ったところか。身一つなら、三分もかかるまい。 島の屋敷には、すでに四名の人々がいるはず。 一人はもちろん、私の恩師である門馬敏樹先生。残る三人は礼子さんとその 夫の靖之さん、そして医者の善田慶輔。 西牟田夫妻がどうしているのか、詳しくは知らないが、しばらく門馬先生の 面倒を見るつもりらしい。 善田は私の友人であり、門馬先生とは深いつながりがある訳ではないが、そ れでも大学時代、二人は幾度となく言葉を交わしている。 善田を呼んだのは私だ。と言うのも、曲がりなりにも今度の合宿は部活動の 一環であり、生徒達の面倒を責任持って見なくてはならない。万が一、病気や 怪我をした場合、確かな手当てのできる者を確保しておきたかったという訳だ。 無理を聞いてくれた我が友人は、その交換条件として、三日の休日を要求し てきた。いい友達だ、全く。まあ、警察の嘱託医を長年やったほどの「気のい い奴」−−嘱託医になりたがる医者は少ないそうだ−−だから、初対面の西牟 田夫妻ともすぐさま親密になったことだろう。 果たしてその予想は当たっていた。 「おー、よく来たな!」 屋敷に着いた私達を出迎えたのは、まるで我が家のような顔をした善田だっ たのだ。 「おまえ、早速、環境に溶け込んでいるな」 「人が久しぶりの長期休暇を楽しんでいるんだ。けちをつけないでもらいたい ね。お、先生らしく生徒の引率か」 私の背の向こうにいる生徒達を、じろじろと見やる善田。私は自棄気味に反 応した。 「ああ、そうだ。さあ、おまえが出て来るとややこしいじゃないか。挨拶は、 この家の正式な主にすべきだと思うんだがね」 「分かった。呼んで来よう」 案外、素早い身のこなしできびすを返すと、奥へと消える善田。 しばらくして、門馬先生が一人で現れた。ポロシャツにジャケットという、 案外若々しい格好をしておられる。 簡単な再会の挨拶のあと、私は先生へ子供達を紹介した。続いて、生徒自ら の自己紹介も済んで、屋敷の中に案内された。ちなみに屋敷内は土足厳禁、ス リッパに履き替えて移動する。 「こちらは、どっちになるんですか?」 二年生部員の弓山伸枝が、きょろきょろと落ち着かなく視線を振り向けなが ら言った。それにしても舌足らずな質問だ。 「どっちとは、どういう意味だね?」 先生は穏やかに応じてくださった。ほっとする。 「南館と北館があると聞きました。今いるのはどちらなのか、知りたくて」 「ああ、そうか。皆さんは遠くから来て、どちらが南でどちらが北やら、分か らない訳だ。ははははは、よろしい。今、我々は南館にいる」 おもむろにポケットから紙片を取り出した先生。癖のある手書きの文字が、 一瞬、見えた。 「ついでに、部屋割りを発表しておこう。阪谷君……いや、阪谷先生の意見を 聞いて、こちらで決めさせてもらったよ」 「先生」付けして呼んでくれるかつての恩師に、私は微苦笑を浮かべざるを 得なかった。 「南館には、元々僕や娘夫婦が入ってる。ああっと、阪谷君。善田君は奥から 四つ目の部屋にいるよ。君はその隣、つまり奥から五つ目だ」 「はい、分かりました」 「それから部長の堂島君?」 突然名を呼ばれた堂島は、びくっとした顔つきをしながら、前に進み出た。 「はい?」 「君は阪谷先生の隣だ。さらにその隣が副部長の渡辺君。これで南館は満員だ」 にこやかに言い終わった門馬先生。 するとそこへ、私の後ろから、疑義の声が上がった。 「どうして部長と副部長だけ、南館なんですか?」 一年部員の平野高紀だった。彼女は久米と正反対で、女生徒なのに男っぽい 格好を好んでする。ヘアスタイルもショートを通り越して、まるで男の子だ。 「観測準備のためよ」 私の代わりに、渡辺自身が答える。 「今みたいな曇りだと、夜中の天気を見張っていなくちゃいけない。全員で起 きているのも馬鹿らしいでしょ? だから、先生と私と堂島君の三人で、交替 で起きていることにしたの」 「今日の天気を予想していたみたいな口ぶりですね」 尾藤が驚いたように目を見開く。 「まさか。万全を期していただけよ。そうですよね、阪谷先生?」 「ああ」 肯定してから、私は、今度は先生に尋ねる。 「北館の方の部屋割りは、どうなっています? 早く知りたがっているようで すので、お願いします」 先生は分かったとばかり無言でうなずき、そして発表した。奥から順に弓山、 尾藤、久米、平野、海聞、苫井で、玄関に最も近い一部屋は空室とされた。 北館の部屋割りに関しては、私は何も要っていない。門馬先生に任せた形だ が、さて、先生はどんな基準で割り振られたのだろう? 一番奥と一番手前に 二年生部員を配し、監視させようという意図があるのかもしれない。が、その 間の一年生達の並びがいまいち理解できない。まあ、この島には屋敷以外、何 もないのだから、夜出歩くような不届き者はいないだろう。 「鍵ないんですか、鍵?」 相変わらずのぶっきらぼうさで、苫井が言った。これで学業成績はよく、三 年時には推薦でそこそこの大学を狙えるランクにあるのだから、見た目では判 断できない。 「もちろん、ある。手渡そうと思うのだが、各部屋に合鍵はないんでな。くれ ぐれもなくさんように頼もうかな」 それから私達は与えられた各自の部屋に来る毎に、門馬先生から鍵を受け取 り、荷物を置く意味もあって入室した。 部屋はどれも同じ構造になっているらしいが、割に快適そうだ。明るい色調 のカーペットの上に、スタンド付きの文机や簡易ベッドがコンパクトに配置し てあった。電話や洗面台はさすがにないが、充分と言えよう。格子のはまった 窓の向こうに、まだまだ荒れている海がぼんやりと見える。 バカンスに来たとしても、この天気ではお寂しいもんだと感じつつ、私は部 屋を出、鍵をかけた。ちゃんと施錠されたのを確かめ、北館の食堂に向かう。 滞在期間中、我々天文部関係者のメインルームとなるのがそこだ。 南館から北館へは、ちょっとした中庭を横切っていくことになる。二十メー トルほどを歩く訳だが、土の感触が靴底越しでも心地よい。小さいながら花壇 があって、その脇に緑色をしたホースが蛇口から伸びて、とぐろを巻いている。 水をやるのは先生だろうか、それとも礼子さんだろうか等と想像した。 「礼子さん達への挨拶はいいのですかね」 食堂の奥、長テーブルの短い方の辺に着く門馬先生を見つけ、私は気になっ ていた点を尋ねた。生徒達の姿はまだない。大方、部屋で騒ぎ始めたのかもし れない。 「ああ、かまわんよ。夕食時には、顔を見せるだろう」 「……どうかされましたか?」 表情にかすかな暗さを感じ取り、私は駆け寄った。先生は見上げてきて、力 を抜いたような笑みを作る。 「分かるかね? 実はだな、礼子は今、少し落ち込んでおるのだ。それが心配 で……顔に出てしまったようだな。僕もまだまだ青い」 「よろしかったら、お話ください。生徒達にも言って聞かせます」 「ん、まあ、合宿は予定していた通り、やってくれたまえ。問題ないだろう」 「しかし」 「気になるのであれば、君だけに話しておこうか。僕は、孫の顔を見るのが楽 しみだったのが、それが先送りとなってしまった」 「え? と言いますと……」 「礼子はね、流産したのだよ」 声を落とし、つぶやくように、門馬先生。心なしか、肩も落とされているよ うに見えた。 「それは……お気の毒です。あの、何と言ったらいいのか」 「かまわん。僕は平気だ。だが、礼子の落ち込み方は結構……。この時期に、 僕のところへ娘夫婦がやって来たのも、気分転換のためなんだよ。嫌な思い出 は、早めに忘れるのがいい」 西牟田夫妻が来島している理由に、私はようやく納得した。 −−続く
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