長編 #4226の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
長かった一日も終わり、各部あるいは三年生の各クラスとも、片づけにかか っていた。 調理部も同様で、ごみの始末に飾り付けの撤去、そして売り上げ計算なんか をやっている。 打ち上げは、次回の定期活動でやることになっているから、後片付けが終わ れば今日は解散。 「あいたっ」 腕に痛みが走り、椅子を床に降ろす純子。 「大丈夫? 休んだ方がいいんじゃあ」 「平気平気。ちょっと痛いけど……」 愛ちゃんに請われて、フラッシュ・レディの仮装をやったはいいが、そのあ とが行けなかった。 (恵ちゃんまで来るとは思ってなかった……) あとからやって来た椎名は、仮装をしている純子と相羽を見て、「折角だか ら運動会の再現、やってくださいよ」とお願いしてきたのだ。 頼まれるとなかなか嫌と言えない質に加え、比較的、お客が少なかったこと、 さらにはその数少ないお客の一人、唐沢までも再演をリクエストしてきたから、 やらざるを得ない状況になる。 そして、そのアクションの最中に、右の手首と肘を、流しの角にしこたまぶ つけてしまった次第。 「さっき、泣きそうになりながら笑ってたね」 町田が同情した口振りで言った。 「ヒーロー、ヒロインは、小さい子達の夢を壊しちゃいけないって思ったんで しょ」 「泣くって言うより、悲鳴をこらえるの、大変だったわ」 しきりに手を振るが、痛みはまだ残っている。 そこへ南部長が。 「ご苦労様。涼原さんは、もういいわよ。元々、部員じゃないのに協力しても らっただけでも、ありがたく思ってるわ。その上、後片付けで怪我を悪化させ たら、申し訳なくて」 「え、でも、これぐらい」 「いいのよ、無理しないで。打ち上げには、顔を出してね」 「は、はあ」 先輩からの厚意をむげに断るのは、はばかられる。 町田達も、「ここは私らに任せて、早く帰って、手当てしなよ」と言ってく れたので、甘えることに決めた。 「じゃあ、失礼します。あの、仲間に入れてもらって、楽しかったです」 頭を下げて、家庭科室を出た。 そこから教室に向かう。 調理部部員は、持ってきた荷物を家庭科室の隅にでも置いておけばいいのだ が、正規の部員じゃないからと遠慮した純子は、主な荷物は一年三組に置いた ままなのだ。 鍵は開けておいていいからと、今日の日番に頼んでおいたので、そのまま入 れた。夕暮れ色に染まりつつある教室には、誰もいない。 「−−っ」 鞄を両手で持った途端、右手首に痛みが走る。 「はあ。真剣に痛いかも」 鞄を机に戻し、左手で患部をさする。そうすることで安堵感が生まれるが、 時々、びくっとするような痛みもまた生じた。 結局、自分の席に腰掛けた。 (みんなには言ってなかったけど、右足の小指もぶつけたのよね。どじっちゃ った) 上履きの上から、足先を見つめる。こちらの方は、すでに痛みは去っている ものの、爪が割れたような感触があった。まだ確かめていないが。 (まあ、すねじゃなくてよかった。見える部分に痣を作ったら、撮影に迷惑か かってしまうところだったわ) それから純子は、右手首を掴んだまま、両腕を机の上に置いた。もうしばら くさすっていようと思い、頭を乗せる。 (あーあ、何だか疲れちゃった。でも、楽しかったなぁ) * * (失敗、失敗) 相羽は一度、校門を出たのだが、忘れ物を思い出し、一人で引き返した。 (古典の辞書、持って帰るつもりだったのに、忘れてた。まあ、宿題が出てる わけじゃないんだから、わざわざ取りに帰ることもないんだけど) 相羽は先に職員室に向かった。もちろん、教室の鍵を取るためだ。 「あ……れ?」 ない。 職員室に入ってすぐのところ、鍵かけ板の「1−3」のところが空っぽだ。 (ということは、教室にまだ誰かいる……) 意外に感じつつ、無駄足を踏んだことに舌打ちした相羽。きびすを返し、階 段を目指した。 大股で三階まで駆け上がると、三組の前まで直行。 「誰だよ、まーったく」 そんな軽口を叩きながら、扉を引くと、自分の席の隣に人影を見つけた。 「……涼原さん?」 頭のてっぺんしか見えていないが、間違いない。 (寝てる……?) 椅子に座ったまま、腕枕をして机にもたれ掛かっている純子のそばへ寄ると、 相羽は空気をそよとも動かさずに顔を覗き込んだ。秋から冬へと移りつつある 夕日に照らされ、全体に、オレンジ色に染まっている。 「涼原さん?」 その両目が閉じられているのを見てから、名前を呼んでみた。 「涼原さん」 もう一度声に出すが、純子に目覚める気配はない。 相羽は、四度目の呼び掛けを行おうとして、息を吸い込んだ。そのまま息を 止める。一瞬だけ。 心の視野に広がるのは、純子の寝顔のみ。 彼女の、瞼を閉じた顔やまつげをじっと見つめるのは初めて。そのせいか、 普段とはまた違う感じを受ける。 小さく開いた唇からは、かすかに寝息がこぼれているよう。夢を見てるのか、 それとも何もかも忘れて眠るのか、少なからず気にしてしまう。 (……ここが学校じゃなくて、毛布があれば、かけてあげるんだけどな) そう思った自分がおかしくて、苦笑いを浮かべてから、相羽はしばし考える。 どうやって起こそうか、と。 一分強ほど考慮してから、純子の机の上に両手の平を当てた相羽。 「純子ちゃん。起きろー」 言いながら、人差指で机の表面を軽く叩く。軽くと言っても、耳を付けんば かりの姿勢の純子には、大きく聞こえるはず。 でも、純子は目を開けるどころか、うめき声一つ立てない。 相羽は、彼女の寝入る表情に見とれそうになるのを、頭を振ってこらえなが ら、さらに呼びかける。 「起きないと、すぐ寒くなるよ、涼原さん」 同時に、指の動きを、曲を奏でるようにする。純子が最近、お気に入りだと 言っていたポップス。 「涼原さん。……僕の大好きな……涼原純子さん」 「……ん」 やっと、眠り姫が声を出した。 * * 雑音が心地よいメロディに変わった。 純子は気持ちよさに身を任せようとしていた。 だけど、フルネームで呼ばれた気がして、急にはっきりした意識。 「……ん……なに」 目を薄く開けると、光が飛び込んで来た。ややあって、西日だと分かった。 そのまぶしさに、再び目を瞑りたくなる。 「涼原さん、お目覚めの時間だよ」 「−−お目覚め」 言葉を繰り返してから、上体を起こす。 瞬きを何度かして、声の主は相羽なんだと確認した純子。まじまじと見返し、 口を開く。 「どうしてあなたが……。あっ! ここ、教室……」 状況を飲み込むと、急速に恥ずかしさがこみ上げてくる。後先考えずに、音 を立てて椅子から立ち上がった。自分でも顔がどんどん赤くなるのが、充分に 意識できる。 「まだ残ってるとは思わなかったから、びっくりした。さっきの、手と足をぶ つけたのが痛くて休んでた、とか」 「え、ええ」 かすれ気味の声で答えながら、純子はあっと思う。 (相羽君、足のことまで気付いてた? 一緒にアクションやってたから、分か ったのかしら) 「寝不足? ぐっすり寝てたみたいだけど」 「う、うん。まあね」 曖昧な純子の返事に対し、相羽は思い当たったという風に、不意に顔をしか めた。手には力が込められ拳となり、目つきもきつくなる。 「もしかして、涼原さん。コマーシャルの撮影で疲れているんじゃ?」 「ううん」 机に左手をついたまま、思い切り首を横に振る純子。 「平気よ。一日で終わると思ってたのが、こんなにかかるなんて、意外だった けれどね」 「あと何日ぐらい?」 「七日までには終わる予定だと聞かされているんだけど……私の出来次第なの よ。プレッシャー!」 思い出すと滅入ってきて、頭を抱えたくなる。 「しんどかったら、母さんに言えよ」 相羽の口振りは、明らかに上気していた。 「そんなことしたら、他の人に迷惑が」 「関係ないよっ。君が無理をすることなんかない」 「いくら素人でも、引き受けたんだから、ちゃんとやるわ」 「そ、それはそうだろうけど……でも、しんどいのを我慢しなくてもいいだろ。 言ってよ。ちょっとは余裕をくれるはずだ」 「……相羽君。前から思ってたんだけど、どうしてそんなに心配してくれるの、 私のこと」 不思議に感じて、問いかけを発する純子。 対する相羽は、戸惑ったように息を詰まらせた。顔に朱が差したかもしれな いが、陽光のせいで判然としない。 「あ、当たり前だろ」 「当たり前?」 「最初にモデルの仕事を頼んだときから、ずっと、思ってきた。迷惑かけたく ないし、無理をしてほしくないんだ」 「じゃあさ、もし、私が元々モデルで、相羽君のお母さんとお仕事するように なってたとしたら?」 「条件が変わっても、一緒。僕は、君が……大事なんだ」 「−−理由になってないなぁ」 少し考え、小首を傾げる純子。 「相羽君は、女子になら誰にでも優しくするんでしょ? ほら、前に、柔道の 授業を私達が見たあと、言ってたじゃない」 誰でも全力を尽くすって……純子はそう続けようとした。 だが、相羽は自分の机に向き直り、大げさなまでに身体を折って、中から辞 書を取り出した。 「さあ、帰ろう。遅くなる」 「急に、変なの。話はまだ終わって−−」 純子の声が聞こえないかのように、相羽はどんどん行ってしまう。 (何よ、もう) 放っておくつもりだったが、純子はすぐさま思い起こした。危うく学校で熟 睡してしまうところを起こしてもらったのだ。まだ、お礼を言ってない。 それに、相羽は戸口を出たところで立ち止まると、こう言った。 「どうするのさ? 鍵、掛けるよ」 柱に突いた手の指には、教室の鍵がぶら下がる。 「−−待って!」 鞄を左手に持つと、純子も駆け出した。 −−『そばにいるだけで 17』おわり
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