長編 #4223の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あっ、あの! コマーシャルには関係ないような気がするんですが」 「もちろん、直接にはない。私はあなたの才能を知りたい。見た目の他の才能 を。アンダスタンド?」 「あ、は、はい、分かりました」 どもりながら答え、口を手で覆った純子。息を整える。 (そう言ったけれど、難しい。どうすれば……) ぐずぐずしていると、催促された。 「はい、早く早く。演技指導してる時間じゃない。最初は色気」 切羽詰まって、純子は多少の動作を入れることにした。 (折角セットしてもらったけれど) 悪いと思いながら、髪を両手でいじり、それと同時に心持ち見上げるポーズ。 そして−−流し目でもやろうかと考えていたが、やめた。 (そんなの、似合うもんですか。それぐらいなら) 開き直って、やったのは、最上級の笑顔。 視線を元に戻し、さっきの口元だけの笑みではなく、顔のパーツ全てを使っ て、笑う表情を作る。 「−−今の自分には、色っぽさって、これです。これが限界です」 「ん。じゃ、挑発」 多少微笑むと、市川は言った。 (流し目は、こっちのために取っておいたのよ) 純子は横を向くと、顔の左側だけを市川達に見せる。それから、左の目をゆ っくりと細め、流し目にした。 それに合わせて唇の端をかすかに持ち上げる。 一秒ほどして、その笑みを解くと、真正面に向き直り、舌先をほんの少し覗 かせた。これはおまけ。演技半分、あとの半分はいきなり無茶をさせる市川達 への抗議の意味も。 「オッケイ! 分かったわ」 二回だけの短い拍手をして、市川は東海林と目配せし合った。それがどうい う意味なのか、純子には見当もつかない。 「あの……どうっだったんでしょうか……?」 「うん。面白かった」 答える相手は、再び東海林になった。 「面白い?」 「君の感じ方が見えたって言えばいいのかな。それが面白かったってこと」 「はあ、そうですか」 よく分からず、市川に目を向けると、相手はさっさと次に話を移してきた。 「表情は終わり。それじゃあ、運動能力の方だけど、確かバク転とかできるっ て聞いたんだわ。体操でもやってたの?」 「いえ。練習して、何とかできるようになったんです」 「練習って、何のために?」 「何かあるからという訳じゃなくて……小学校のとき、男子がやって、自慢さ れるのが悔しくて。女子には無理だろうって。それで、私ができるようになっ たら、男子達もばかにしなくなると思ったんです。あはは、変ですよね」 言っている内に恥ずかしくなって、言葉を濁した純子。 「変じゃないわ。さあ、それならバク転、やって見せてくれる?」 「え、こ、この格好で、ですか?」 純子は、自らのスカートを指差した。 市川は、これは失敗という風に顔をしかめ、両手を打った。 「ああ、ごめんなさいっ。失言だわ。そうね、次の男の子バージョンのときで いいわ。でもまあ、今日の分でも、そこそこ飛び跳ねてちょうだい」 「は、はい……」 また不安がぶり返してきた。緊張とは違う種類の不安が。 (この間の仮装みたいなことになるのかな) 純子のそんな気持ちにはお構いなしに、撮影がいよいよスタートした。 文化祭前日の今日は追い込み。授業は午前中までで、昼からの時間は文化祭 の準備に当てられる。 約束していたわけではないが、純子は調理部の手伝いをするために、数日前 から暇をこしらえては家庭科室に通っていた。もちろん、今日も。 「だいぶ手伝ってくれてるけど、いいの?」 先輩から何度かそんな風に声をかけられたが、その度に、 「はい。何かの形で、文化祭に参加したかったんです」 と答えていた。 すると、「じゃあ、入部すればいいのに」と言われるようになって、慌てて しまった。 料理に自信がないとか何とか言いつくろい、どうにかごまかしたが、入らな いのには、色々と理由がある。 (最初は、相羽君と同じ部に入ったら何か言われると思ったからだったけど。 今は、本当に時間がなくなってきたわ) と、タイルの床にへたり込み、呼び込みのポスターやらメニューやらを画用 紙に書きながら、純子は思った。そして、相羽の方をちらと見やる。彼は釘と 金槌を持って、部屋の飾り付け準備に走り回っている。 (コマーシャルって、一日で撮影できるもんじゃなかったのね。教えてくれれ ばいいのに。……って、相羽君も知らなかったのかな) ここ何日かは、放課後、撮影があればそちらに行って、なければ家庭科部を 手伝う、その繰り返し。いずれにしても、一日が終わり、就寝時間が来れば一 気に眠りに落ちるようになっていた。 「ここ、頼むわ」 「ここですか?」 南部長の指示に従い、釘を壁の高い位置にあてがう相羽。 「もう少し上。椅子がいる?」 「いえ、多分、大丈夫……」 腕をいっぱいに上げ、背伸びをした相羽は、これまでよりは力無い手つきで 釘を打ち込んでいった。 「ちょっと浅い、かな……」 「ううん。上出来、上出来。あとで抜きやすい方がいいのよ。ついでに、これ、 引っかけてね」 飾り付けのレースの端っこを渡されると、相羽はそこにあったプラスティッ クの輪を、固定したばかりの釘の頭に引っかけた。 一仕事終わったと思いきや、今度は別の二年生からお声が。 「相羽くーん、こっちこっち!」 「いやあ、男が一人いると、助かるねえ、こういうとき」 「背なら、部長の方が高いでしょう?」 そう言い置いて、移動する相羽。 「私はね、腕力がないからだめなのよね。フライパンより重たい物は、持った ことがないっ。はははは」 自分で言って自分で笑う南部長に、他の部員も思わず笑みをこぼした。 純子もまた笑いながら、一緒に作業をする富井に聞いてみる。 「ねえ、いつもこんな感じなの、ここの部活って?」 「ん、まあ、そうだよぉ」 マジックペンのキャップが開かなくて、悪戦苦闘しつつ、富井が答える。 「楽しい雰囲気で、いいわね」 「どうなのかなぁ。私は相羽君がいるから、入ったんであって……確かに、楽 しいのよね」 「−−まだ開かないの、紫?」 「うん。かーったいの何のって」 声に合わせ、両手でペンを左右に引っ張る富井。だが、キャップが外れる気 配はなかった。 「純ちゃん、やってみる?」 「それよりも、相羽君に開けてもらったら。こういうときこそ、唯一の男子を 利用しないと」 いいことを思い付いたとばかり、ウィンクしながら純子は言った。 「うん、そうね!」 富井も喜色を露にして、立ち上がった。そして、大工仕事を一旦終えて、鋏 で紙を切り抜いている相羽へと駆け寄っていく。 「ねえ、相羽君。これ、開かなくなっちゃって……」 「あ、ああ。貸して」 そんな会話を背中越しに聞き、純子は微笑ましくなった。 純子の隣で作業する井口が、町田に向かって、 「私も、開かなくなったことにしようかしら」 と言いながら、糊のチューブをぶらぶらさせていた。二人は、室内飾り付け の切り貼り係なのだ。 「糊のキャップだと、説得力ないねえ」 町田が冷やかすように返す。 それをも耳にした純子は、友達関係を思うと、複雑な心境に。 (一人に肩入れできないのって、つらいなあ。だいたい、私自身、モデルのお 仕事上とは言え、相羽君と親しくするのは……) 「開けてもらっちゃった」 純子の思考は、富井の帰還報告で中断された。 その後も準備は順調に進み、仕入れ部隊も戻ってくると、あとは当日の役割 の確認だけという段階になった。 「涼原さんは、時間あるのかな?」 傍観者然として聞いていた純子に、南部長が話を振ってきた。 机に突いていた肘を慌てて浮かせ、返事する。 「はいっ」 「だったら、少し手伝ってほしいんだけどなあ」 初めて聞く先輩の猫なで声に、一瞬、嫌な予感が走る。 でも、それは部外者の自分に頼み事をするから遠慮しているのだと判断し、 純子はうなずいた。 (別に、注文を取ったり、皿を洗ったりぐらいなら、できるもんね) そういう考えもあったのだが。 「何をお手伝いすれば……」 尋ねる口が止まる。部長の南を筆頭に、調理部の二年生達が顔を見合わせて、 にこにこするのに気付いたから。 「役割分担はもう終わってたんじゃありませんか? 純には何も……」 町田が首を捻りつつ、声を上げた。 「いいのよ。涼原さんにやってもらうこと、ちゃーんと残しておいたから」 まだおかしそうにしている南。ますます怪しい。 「あ、あの、早く教えてくださいっ」 もしかして、とんでもなく難しいことを言われるのでは? そんな想像をし た純子だったが、南の口調は気楽そのもの。 「心配しないで。ただの客引きだから。お客さんを呼び込んでくれたら、それ でいいの」 「客引き……」 少し安心した。 (どんなことかと思ったら……なぁんだ。知らない人相手だから、ちょっと恥 ずかしいけど、それぐらいなら) 笑みを取り戻した純子に、南は重ねて言った。 「『あれ』が好評だったから、ぜひともね」 「あれ……って何ですか」 「決まってるじゃない。運動会でやったあれ、人気あったでしょ。小さい子に 大受けだったから、今度もきっとたくさん−−」 皆まで聞かなくても、飲み込めた純子。 (まさか、まさか……) 心なしか、頭がくらくらするような。 「『フラッシュ・レディ』の格好をして、お客さんを?」 純子に代わるかのように大声を出したのは、相羽だった。 「コップ、持って来ましたー」 相羽のそんな声が聞こえ、家庭科室のドアが開きかける。 「だめー! 開けるな!」 着付けを手伝ってくれていた町田らが一斉に叫ぶ中、その輪の中心にいる純 子は、胸を両手で隠した。 「え、え?」 「相羽君、もうちょっと待っててね」 様子が分からずに戸惑った響きがにじむ相羽の声に、部長が呼びかける。南 はくすくす笑うと、扉を手でぴたりと締めた。 「急いで」 「は、はい。分かってます」 母手製のレオタードの肩紐をかける純子。 (また着ることになるなんて、思ってもなかったわ) 家庭科室の中は暗かった。部屋中のカーテンが引かれ、明かりも点けていな いからそれも当然だが。 「今日、少し肌寒いよね。大丈夫かな?」 着替え終わっても鳥肌を浮かべている純子の腕を、井口がさすった。 その手の冷やっこさに、かえって声を上げてしまう。 「だ、大丈夫。お昼には暖かくなる、きっと」 今、十時半を過ぎたところ。さっきまで体育館に全生徒が集まり、文化祭の 開会式とそれに続いて、吹奏楽部や合唱部、演劇部の講演を観終わったところ だ。あとは終日、各部の出し物展示となる。 「−−もういいね?」 そう問うてくる南部長へ、脱ぎ捨てた衣類をしまってから、うなずきを返す。 ドアが開けられ、相羽は待ちくたびれたようにゆっくり入ってきた。片手に 抱えたプラスティック製のコップの包みを机の上に置くと、わざとなのだろう、 あたかも腕がしびれたように手首を左右交互に振った。 「あ、着替えてたんだ。なるほど」 純子を見て、初めて気付いた風に相羽が言った。 −−つづく
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