長編 #4222の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ええ。実は今回のアートディレクター、あの村瀬(むらせ)さんで、タレン トと顔合わせしないと最後の詰めができないって」 「それで分かった。どうしてホテルなのかと思ったら。相変わらず、缶詰して らっしゃるのね。でもあの人、CFはやっつけ仕事でできると考えてるんじゃ なかったかしら」 「問題なし。あらゆる注文をきちんとこなさなきゃ、どんな腕のいい人でも干 上がるご時世」 「ついでに聞いておくけれど、コピーの方は先に渡してもらったあれで決定?」 「変更あり」 何やら仕事上の言葉が飛び交い、純子とその母は、蚊帳の外に置かれた感じ。 (何人も関わっているみたい……大変だわ) 純子は感心する一方で、責任も感じる。自覚はないが、土壇場に追い込まれ るほど精神的に強い彼女だけに、悪いことではない。 そうこうする内に、タクシーに乗って中垣内が現れた。 ここでも挨拶のやり取りがあって、それからホテルの部屋、九一三号室に向 かった。 ホテルの部屋での話は、正直に言って、純子にはよく分からないことがほと んどだった。 何だかかんだと説明があって、業界の専門用語が飛び交い、それらを相羽の 母が純子達親子に「通訳」してくれるのだが、そのスピードの速いことと言っ たら、ちょっと他に比べる物がないくらい。 (ううーん、時間に追われてる、そんな感じだわ) 時間には厳しい方の純子であるが、これに着いていくのは、息が切れそう。 「それで、コマーシャルが二通りで、それに合わせてポスターも二種類、作り ますから」 市川が、やっと純子達のペースに合わせてくれたような、ゆったり口調にな った。それに安堵するのも束の間、妙な点に思い当たった純子。早速、質問し てみる。 「あの、二通りって? 私が前にもらっ……いただいたコマーシャルの大まか な流れは、一つだけでしたけど……」 「そんなはずなくてよ?」 怪訝そうにしわを作った市川は、次に、杉本をじろりとにらんだ。 「ちゃんと送ったんだろうね、杉本君」 「そりゃあ、もちろん。あれが売りの一つなんですから。少年と少女の二ヴァ ージョン、ちゃーんと」 「はい?」 純子はきょとんとして、一度母と目を合わせると、再びスタッフのみんなを 見た。 市川達もきょとんとした表情だ。 「も、も、もしかすると、あの、一緒に付いていた男の子が出る方、あれも、 私がやるんですか……」 「その通り。知らなかった? ごめんなさいね。ほーら、杉本君。あんたが悪 い。きちんと伝えておかないから」 「そ、そう言われても……」 背を丸め、申し訳なさそうにした杉本。そのおどおどした目が、純子の方を 向いた。 「これで断るなんてことは、ないよね?」 「え? え、ええ。今さら……」 そう返事してしまってから、純子は必死に思い出そうと試みる。何をって、 少年が主役とばかり思っていたコマーシャルの内容を。 「不安そうだけれど、大丈夫。あなたは中性的な雰囲気もあるからね。もちろ ん、そうやってたら、まるっきり女の子だけど」 と、市川は励ましの言葉とともに、純子を手で示してくる。 それから、純子の母に視線が。 「涼原さんは、娘さんがそういう格好をなさるのに、反対でしょうか?」 「いえ、私は特に……。実はこの子、去年の学芸会のとき、劇で男の子の役を やりまして……結構、受けもよかったみたいですし」 「それはちょうどよかった」 やや遠い席で、心配そうに顔を曇らせていた中垣内が、上品な仕種で手を合 わせた。 「これで断られたら、どうしようかと、冷や冷やしました」 「私なら、絶対、逃しませんよ」 ぼそっと、つぶやくように言ったのは村瀬。この部屋の正規の宿泊客である。 「会って、イメージが湧いてきました。これから早速、詰めてみますよ。いい 仕事ができそうだ」 村瀬は、口で笑っても、目元が笑うことはほとんどない。それどころか、会 話の合間合間に長髪を片手で短くかきむしる癖がある。うっすらと姿を現した 無精ひげと相まって、気難しげさを感じさせる容貌だ。 初めて会ったときからの、自信満々の人なのかもしれないという純子の印象 は、どうやら外れていなかったらしい。 「さて。これからのスケジュールですが、私どもではこう予定しております。 もちろん、涼原さんの都合が悪ければ、遠慮なく言ってください。随時、変更 を考えますから」 杉本が言いながら、テーブルにA4サイズの紙を広げた。フローチャートが 記されてあった。 最も気になるのは撮影の日時だったが、休日だけでなく、平日も含まれてい る。でも、平日は、ちゃんと放課後になるように考慮してくれているようだ。 「あっ、十一月二日はだめなんです。文化祭の準備で、約束してて……」 紙の上を指差しながら、遠慮がちに上目遣いをする純子。 「はぁい、了解」 杉本が明るい調子で応じて、書き込んでいく。 それにしても日にちが多い。たった一本……じゃなくて二本のコマーシャル を撮影するのに、こんなにも必要なのかと思ってしまうほど。 「え?」 よおく見てみると、「ポスター」と記されている枠もあった。 「これはひょっとして……」 「はい、店頭貼りのポスターも、もちろん作製しますので」 杉本が妙に丁寧に言った。 (な、何だか、この杉本って人……調子いい) 聞かされていない事実が二つも飛び出してきて、すっかり呆れてしまう純子。 その後も細々とした話−−契約条件や衣装合わせ等々−−がなされ、純子達 親娘は、相羽の母からのアドバイスを受けながら、決めていく。 「−−それで、物は相談なんですが」 村瀬がいやに丁寧な物腰で切り出した。 「何でしょう」 純子の母が受ける。 「お嬢さんの髪、切るわけには……?」 「ど、どういう意味ですか」 母親任せにしておれず、純子は腰を浮かせ気味にして尋ねた。 対する村瀬は、実にあっさりした調子だった。 「さっきも説明した通り、女の子バージョンと男の子バージョンがあるわけで しょ。女の子版を撮ってから、髪を短く、ボーイッシュにし、男の子版を撮る ことにしたらどうかなと、こう思った」 「で、ですが、男の子のイメージは、長髪だって」 「気が変わった。二種類のコマーシャル作る狙いの一つに、同一人物と分から せたくないわけよ。放映してある程度経ってから、その秘密をばらせば、また 話題になることが期待できるからね」 「はぁ、はい……」 「そのためには、できる限り、様相を変えた方がいい。髪の長さってのは、か なり大きなイメージの違いとなって現れるはずだ」 「−−私、嫌です」 純子は自分でも気付かぬ間に、髪を愛おしく撫でていた。 「髪を切ったら、周りの友達に分かってしまう……。それに、ここまで伸ばす のに……凄くかかった。だから、どうしても髪を切らなくちゃいけないんだっ たら、やめます……もしかしたら、ご迷惑かもしれませんが」 純子の声がかすれるのが分かったらしく、村瀬を始めとするスタッフは、取 りなしの言を急ぎ気味に口にした。 「そ、そうか。悪かった。無理な注文を出して」 「純子ちゃん、気にしなくていいのよ。あくまで希望を述べてみただけだから。 嫌なことがあったら、はっきり断ってちょうだい」 「代わりにかつらを用意すれば、どうにかなるから」 純子は、目尻にじんわり浮いた水分を、指先で取り去り、何とか笑みをこし らえた。 「は、はい、分かりました。わがまま言って、すみませんでした」 撮影初日は、学生鞄を持ったままのスタジオ入りになってしまった。 最初に渡された資料から、てっきりロケだと思っていた純子だったが、撮影 はスタジオの中にセットを組んでやることになったのである。 「往来で、人の目があるよりはいいんじゃないかと思ってね」 それを知らされた際に、市川からの説明を聞いて、純子は感謝した。 緊張するのは一緒に違いないが、限られた人数に見られる方が、まだましだ ろう。 (万が一、同じ学校の子に見られたらと思うと、気が気じゃないしね) だから、今日からの撮影では、余計な心配の種が一つ減ったわけ。 それを数少ない気休めの材料にしつつ、駅から走って、息を切らして控えの 一室に到着。 撮影スペースの広さには圧倒されたが、控え室の方は想像していたよりは殺 風景で、狭い。五人もいれば、満員状態になってしまいそう。 (番組でたまに見る、テレビ局の楽屋なんかとは、また違うのかな?) まあ、それは些細なこと。 入れ替わり立ち替わり、メイクの人とスタイリストの人に、色々とお世話し てもらいながら、純子は落ち着こうとしていた。 (深呼吸、深呼吸) 心の中で唱えながら、口をぱくぱくさせていると、それが伝わったのか、ヘ アメイクの人がくすっと笑うのが分かった。 「きれいな髪だわ」 「え? そうですか?」 「ええ。シャンプーのコマーシャルに出られそうなぐらいにね」 正面の鏡を通して、また笑うのが見える。 一拍置いて、リラックスさせようとしてくれてるのだと察した純子。 「切らなくてよかったね」 「はい!」 緊張が、いい方向に進み始めた。 (わくわくしてきたっ。うまく行ったら、誉めてもらおうっと) 衣装は女学生の制服をイメージした、セーラー服風の白い物。腕や胸元の辺 りに、赤く細いラインが三本ずつ入っている。シンプルだ。 「これでよし、と」 「ありがとうございました」 スタイリストに全身をチェックしてもらって、勇躍、控え室を出た。 高い天井の下に出ると、早速、市川と東海林に呼ばれる。 「始める前に、ちょっと、顔を作ってほしいんだ」 東海林が言った。 「顔って」 意味が飲み込めず、おうむ返しする。 「どんな表情が作れるのかを見せてもらおうかなってこと。聞けば、専門の演 技指導は受けたことないんだったろ?」 「はい。でも、顔はほとんど隠れたまんまだから、関係ないんじゃあ。台詞も ないですし……」 「表情は、口元だけでも変わるんだよ」 そう言う東海林自身、口元でにやりと笑った。 「あと、手や足、肩、うなじ……どこでも演技はできるもんだからね。どうい うレベルで要求していいのか、掴むために、かーるく、やってみせてよ」 「はあ……どういうことをやればいいのでしょう?」 「喜怒哀楽−−と聞いて、感じた通りにやってくれたらいいよ」 「喜びと怒ったのと悲しんでるのと笑ってる、ですか?」 「そういうこと。高度なことしようなんて、思わなくていいから」 簡単そうな要求だが、違う。 (顔だけでってことよね。それも、できれば口元だけ、とか?) 取っ掛かりを得るために、推理劇のときを思い出そうとする純子。 と言っても、あれは急遽演じたものだから、特に考えてやったわけではもち ろんない。感じるまま、思うままにやっただけ。 「じゃ、行きます」 決心して、素直な、普段通りの自分を出してみようと試みる。 喜のときは唇を上下軽く離し、怒は奥歯を噛む。哀では口を固く結び、楽は 大きく開けてみた。 「あ、終わりです」 一言も説明せずに、続けざまにやってから、純子は専門家の反応を窺う。 (続けてやったから、違いが分からなかった、なんて言われたらどうしよう) そんな不安が、ふとよぎった。 東海林はしかし、何も言わずに、市川と短いやり取りを。その内容は、純子 には聞こえない。 代わりに、市川が口を開いた。 「まあ、普通ね。中の上ってところかしら。今度は私から、表情の注文。純子 ちゃんが考える色っぽさ、さらに挑発。この二つをやってみせて」 「色っぽさ! −−ですか?」 「そ」 こともなげな返事に、純子は一層、戸惑った。 −−つづく
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE