長編 #4221の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
正確には、乱取りなので一本や技あり等の判定はないのだが、試合であれば 間違いなく勝負を決める切れ味だ。 「……ああいうのって、あり?」 町田が不思議そうに言った。 それもそのはず。相羽が見せたのは諸手刈りと言って、低い姿勢でタックル し、相手の両膝辺りに組み付き、そのまま転倒させる技だった。一般的なイメ ージにある柔道の投げ技ではない。 「あれをしたいがために、ずっと技をかけないでいたのかしら?」 感心するやら呆れるやら。純子は思わず、くすくすと笑ってしまった。 放課後、図書委員の仕事も終わって、家庭科教室に行ってみると、同じく部 活を終えた相羽や富井達がお喋りをしていた。 「あ、純子。今日も文化祭の相談だったから、試食はなしよ」 「分かってますって」 井口に言われ、苦笑いで応じると、純子は机の端に手を突いた。 「それで、どうなった? 具体的に何をするの?」 「前に言ったのと、大して変わりない。スパゲッティが主力。麺をゆでて、レ トルトの具をかけるだけなんだけどね」 「なるほど。時間かからなくていいよね」 「他は、チャーハンというかピラフというか。ジュースやケーキ類は、他にや るところがあるから控え目に」 「お付き合いがあるのね。部同士の友好関係のために」 「そうそう」 話が一段落すると、皆が立ち上がった。いつまでもだべっているわけに行か ない。 「今日、家庭科の授業、潰れたんだって?」 下校の道すがら、井口が聞いてくる。彼女は三組でも四組でもないから、直 接には知らない。 「うん。おかげで初めて格技の見学ができたわ」 「あ、相羽君、意外にうまいのね、柔道」 町田が話を振ると、後ろを行く相羽は、慌てた風に顔を上げた。 「聞いてなかった?」 「いや、聞こえたけど。あれぐらいじゃ、うまいとは言わないと思う」 「またまた、謙遜してぇ」 自ら速度を落とし、相羽の横に並んだ富井が、小突くポーズをする。あくま でポーズだけで、大胆に触れることは決してない。 「自分よりおっきな相手を押さえ込んでたの、見てたよ」 「相手より早く動けただけ。投げる方は、全然だめだし」 「そう言や、だいぶせこいやり方だったわね、あれは」 町田が揶揄するように言うと、井口が「何が何が?」と聞いてきた。町田は、 格技の時間の最後に相羽が出した技について、見たままに話した。 「あんな技、本当にあるのかしら?」 少なからず気にかかっていたので、純子は相羽に聞いてみた。 「ない技を使ったんだとしたら、ずるい」 「あるよ。授業で習ってはないけど、あるのは間違いない」 相羽は苦笑した。あらぬ疑いは晴らそう、と、そんな感じで。 「習ってない物を、何で知ってるの?」 「テレビで観た。オリンピックの中継で、どこか外国の選手が日本選手にかけ たのを」 「見様見真似ってわけ? 呆れた」 「だって、あれが一番、理にかなっていると思ったから、しょうがないだろ」 純子が嘆息したのへ、不満そうに言い返す相羽。 「いかにも、これから技をかけますっていう風にして投げに行くよりも、フェ イントを……ま、いいや」 「……随分、実際のことを考えてるんだ? 実用的というか」 しっかり聞いていたらしい町田。 「教わった通りにやってればいいのに」 「そうかもしれないけど、でも、折角習うんだから、そこそこ身に着けようと 思ってさ。役立つように−−つまり、護身術みたいな意味で」 「じゃあ、私がピンチのとき、護ってくれるのね?」 富井が叫ぶように言うと、相羽は一瞬、面食らった様子で足を止めたが、す ぐにまた歩き出した。 純子達他の女子の面々は、吹き出してしまった。 「何考えてんのよー」 「ピンチって、どんなピンチ?」 問いかけに、富井はまだ真面目に応じる。 「えっと……不良にからまれる、とかぁ」 「あはははは!」 相羽もたまらなくなったか、声を立てて笑った。が、それをじきに収めると、 真顔で答える。 「富井さんに限った話じゃないけど。そんな場面にどういう風に応じるかは、 なってみないと分からない。でも、全力を、最善を尽くす」 たかが十三歳の子供の言うこと。 なのに、純子達はこの同級生の言葉を、素直に頼れそうな気がした。 知らせを先行して持って来た相羽は、浮かない顔をしていた。 「どうしたの? 相羽君、暗い顔してる」 昼休み、給食を終えてしばらくしてから、相羽に話しかけられた純子は、そ の囁き声に違和感を覚えた。 「例の話だから……かな」 「分かんない。はっきり言って」 相羽の声の小ささに比すと、純子は周囲に遠慮することなしに話している。 相羽は辺りをはばかるように見渡す。近くの席には、誰もいない。 それから、一層低い声で伝えてきた。 「伝えてほしいって母さんが言ってた。採用、決まったってさ」 「何よ、採用って?」 「大きな声で言えないけど……コマーシャルのこと」 「コマー……あっ。ほんと? 誰に決まったの?」 「−−誰にって、涼原さんだよ」 呆れたように、片方の手の平を口元に当てる相羽。 純子の方は、驚きで両手で口を覆った。 生唾を飲み込もうとしたが、口の中はからからに乾いた感じがして、喉だけ が動く。 返事をしようとして、空気が抜けたみたいな音を立ててしまった。 「びっくりした? 大丈夫かい」 「−−ん、うん」 今度はしゃっくりに似た音。 腕を広げて深呼吸をし、純子はようやく落ち着いてきた。 「ほ、本当なの?」 「嘘なんか言ってもしょうがないだろ」 「けど、喜ばしといて、あとでがくっとさせるつもり……なんて」 右手の人差し指を顎先に当て、純子が上目遣いに見やると、相羽は首を強く 振った。 「ないない。本当に君に−−」 「何を話し込んでるの、相羽君っ」 白沼の、やや高い調子の声。どこかに出かけていた彼女だが、ちょうど戻っ て来たらしい。 「大したことじゃないよ」 相羽もそろそろ慣れてきたのか、慌てた素振りはちらとも見せず、平淡な口 調で応じる。それでも純子の方に目配せしたものだから、白沼はまだ怪訝に思 っているらしい。 「そう? 何か変ねえ。涼原さん、一体どんな話をしていたの?」 「え? えーと、つまんないこと」 こちらに矛先を向けられるとは思っていなかったので、純子は焦って答える。 無論、白沼は納得しない。 「だから、具体的に言ってよ。つまんなくていいから」 「そ、それは……」 「仕方ない。僕から言うよ」 不意に相羽が言った。 (え? もしかして、正直に言っちゃうの? それはちょっと……白沼さんに 知られたら、何て思われるか) いい気持ちはしなくて、両手を握り合わせる純子。 そんな彼女の様子を見やって来つつ、相羽は芝居がかって吐息した。 「女子って、誕生日にどんな物をもらうと嬉しいのか知りたくて、涼原さんに 聞いていたんだ」 「ええっ?」 疑問の声を上げたのは、白沼も純子も一緒。 「……え?」 当然、白沼が不審そうにするので、純子は口をつぐんで、首を小刻みに横に 振る。何も知りませんと示したつもり。 「もうすぐ、白沼さん、誕生日じゃなかったっけ?」 相羽が助け船を出す。 白沼は途端に目を輝かせた。 「じゃあ、ひょっとして、私に誕生日プレゼント、くれるの?」 「うん……お返しに。秘密にしておくつもりだったんだけどな。驚かせようと 思って。それなのに、白沼さん、しつこく聞いてくるから」 「ご、ごめんなさぁい! 内緒話をしてたみたいだから、気になって……」 「もういいんだ、それは。ばれたんなら、直接聞くのが早いや。何かほしい物、 ある?」 「ううん。相羽君がくれるんなら、何でもいい」 二人のやり取りを、純子は呆気に取られて眺めていた。まるで寸劇の観客に なった気がしてくる。 (話をそらすの、うまいっ……) 感心するやら、呆れるやら。 (それとも……相羽君、前から白沼さんにお返ししようと考えていたのかも。 だったら、咄嗟にああいう説明ができたのもうなずける) そのとき、午後からの授業開始が迫ったことを告げる予鈴が鳴った。 皆、それなりに素早く席に着く。 そんなざわつきの中、純子は次の時間の教科書などを取り出したその折に、 相羽がつぶやくのを聞いた。 「俺って、ばか……」 小さかったけど、確かにそう聞こえた。 (うん? 何が、どういう意味なのかしら?) 純子は分からなくて、よほど本人に聞いてみようかと考えた。が、実行に移 すより先に、教科担当の先生が来てしまった。 そしてそのまま忘れることになる。 ホテルのロビーは、天井が高く、見上げると吸い込まれるような、あるいは 沈んでいくような不思議な感覚にとらわれる。 純子は行き交う人々を眺めながら、思った。 (ホテルって、泊まらなくても利用できるのね。ドラマなんかで見かけたけど、 あれ、いちいち泊まるのかと思ってた) 今日の日曜は、コマーシャル撮影についての説明がある日。今回は、母親と おばさん−−相羽の母とに付いてきてもらったので、かなり心強いのは間違い ないのだが、なにぶん初めての体験。緊張感が沸き起こるのは仕方がない。 その上、打ち合わせ場所に先方が指定してきたのが、名の通ったホテルとは、 拍車がかかる。 ロビーの一角のテーブルには、すでに市川と杉本が来ていた。 普通、広告主である企業は、宣伝広告の企画を広告代理店に任せることが多 い。だが、企業の方で企画を作って、製作会社に直接発注することも、当然あ る。 まあ、純子には関係ないこと。関係あるとしたら、新しく知り合う人の数が、 ちょっぴり少なくて済むというぐらい。 「相羽さん、AR**の了解、本当にゴーサイン出た?」 「ええ。話は着いているから、気にする必要なくてよ」 挨拶もそこそこに、市川と相羽の母が何やら確認をしている。 それがすんで、ようやく正式な紹介の始まり。市川と相羽の母はどちらが話 すかをアイコンタクトしたようだった。 そして市川が口を開いた。 「まだ美生堂の中垣内さんがお見えでありませんが、先に進めましょう。私は この度のコマーシャル制作を任されました、CF製作会社の『Hibik』プ ロデューサー、市川です」 しゃきしゃきした口調に合わせ、無駄のない動作で名刺を取り出した市川。 その紙片が、純子の母に手渡される。 「涼原純子の母でございます」 純子の母は頭を下げ、恐縮した感じで受け取った。彼女自身、緊張している のがありありと窺える。 「そ、それで、早速ですけれど、どのような風にして、仕事は進められていく のかを、お聞かせください」 それが保護者としての務めと考えているのだろう、純子の母は背筋を真っ直 ぐ伸ばし、固い口調で続けた。 一方、それを受けた市川は、慣れた様子で微笑んだ。 「その話は、ここではまずいですわ。涼原さん、ここは待ち合わせの場所とし て選んだだけですの。全員が揃えば、部屋の方でお話を」 「部屋? 取ってるの?」 相羽の母が反応したところを見ると、知らされてなかったらしい。 −−つづく
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