長編 #4218の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
広崎が片手を挙げつつ、答えた。 「私ですけれど……」 「ちょっと来てください。ここに蝋が落ちているのには気付いてましたよね?」 言われるがまま、広崎は法川のそばまで行った。自然、他の者も席を立ち、 パネルの前には半円の人だかりができた。 「はい……すぐに気付いたわ」 「そのときと今と、蝋の量は変わっていませんね? つまり、誰も蝋をいじっ てませんよね? 削ったり、足したり……」 「そう思います」 法川の質問の意図が読めないせいか、広崎は小さな声で返事する。 「ありがとう。じゃあ、このまま推理を組み立てていいはずだ。皆さん、見て ください」 すっくと立ち上がり、床に残る蝋を示す法川。 「この蝋は、パネルをいじりに来た犯人が手に持っていた蝋燭から垂れた物と 考えることに、どなたか異存がありますか?」 近くの者と顔を見合わせる程度で、誰も何も言わない。 法川は満足げに首を縦に二度振って、続けて口を開く。 「パネルの正面に立った人物の目から見て、蝋は明らかに右側に垂れています」 「だから、犯人は右利きだって言うの?」 円城寺が疑わしそうに言う。 「そんなの、単純すぎるわよ。右利きだから右手に持つとは限らない」 「もちろん」 法川はわざわざ振り返って、余裕の笑みを見せた。 「普通ならば、どちらに持つとは断定できません。だけど、これは特別なんだ。 犯人は、ボタンを押さなければならない。たとえ半分以上でたらめとは言え、 どのボタンを押すか認識しながら試したことでしょう」 「……それが何だって言うんだ?」 誰も言わないので、私が合いの手を入れた。そう、合いの手なのだ。こうす ることで法川は調子づくはず。 「簡単な理屈だよ、永峰。ボタンを押すのは利き手でやるものだろ? 電話、プ ッシュホンをかけるときのことを思い出してほしい」 そこここで、「うん、そうだな」という声が上がる。 「念のために付け加えておくと、このボタンは五十音やアルファベットなんか が、でたらめに並んでいる。何が言いたいかっていうと、順番通りに並んでい るなら、ある程度感覚で押せるかもしれないが、実際はこの通りでたらめの配 列だから、明かりで常に確認しながら押さなくちゃいけない。昨晩から続く停 電のせいで、犯人はずっと蝋燭を手に持ったまま、ボタンを押したでしょうね。 さて、利き手がボタンを押すために使われるとなると、蝋燭を持っていたの は利き手じゃない方だ。右側に蝋の滴りが残っているんだから、蝋燭を持って いたのは当然、右手。右手は利き手ではない。つまり、犯人は左利きだという ことになります」 法川の結論に、会議室は静まり返った。 その内、風見が「統、凄い!」なんて歓声を上げたものだから、緊張は緩ん だ。が、その反動で、一気に騒がしくなる。 自分の無罪を主張する怒声−−「俺は右利きだ!」「私も」と言った叫びが まとまって噴出する。 「静かに!」 法川は凛とした声で注意を促す。それでもざわめきは残ったが、探偵の声が 通るくらいには収まっていた。 「僕は昨日から食事なんかの機会を利用して、それとはなしに観察してきまし た。皆さんの利き手をね」 「へえ。それで、左利きはいたかしら?」 円城寺は、自分のペースを崩さず、穏やかに問いかける。 「いましたよ」 法川が答える。 「それもたった一人」 「じゃあ、犯人は特定できたのか」 私が気負い込んで問うと、法川は何故か困惑の色を浮かべた。 「……この中で唯一左利きの人は……あなたです」 法川が手で示した先に立っていたのは−−。 「そうだ。確かに私は左利きだ」 扇田は、眉間にしわを寄せつつ、あっさりと認めた。 法川は首を捻り、ため息をついた。 「さっきも扇田さん、左手にフォークを持って、スパゲッティを食べてました からね。ただ、分からないのは、あなたには缶に毒を塗ることが不可能。こっ そり廊下を通って、六一二号室に入るのもまた無理……」 そうか! うかつにもすっかり忘れていたが、扇田は缶飲料を配っている場 に居合わせず、彼自身の部屋にいたことは、最前、確かめたばかりではないか。 私がこの目で見たのだから、間違いない。 「やれやれ。これでは結局、振り出しに戻る、だ」 扇田は自らの肩をとんとんと叩きながら、呆れ口調になった。そして元いた 席に引き返し、どっかと腰を下ろす。 「あと、左利きと言ったら、遊佐社長ぐらいのもんだな、ふん」 皆もぞろぞろ戻り始めた矢先、法川がよく通る声で言った。 「−−扇田さん、津込さん、広崎さん。ご存知だったら教えてほしいことが二 つ、いや三つ、あるんですが」 そのあと、声を潜めた法川の出した三つの質問に対する答により、事件は一 挙に解決へ向かうこととなった。 午前十一時前。 「火事だあ!」 給湯室を源に、我々が騒ぎ立て、右往左往してみせることおよそ五分……。 誰もいないはずの部屋−−六一〇号室から、飛び出す人影を捉えた。 その人物は廊下を駆け抜け、閉じているはずの防御扉に一目散に向かう。そ いつが扉に手をかけると−−何故か−−、光の筋が見えた。扉が開いたのだ。 その瞬間を逃さず、我々は一斉に追いかけ、そいつを捕まえ、引きずり戻す。 「は、離せ!」 しばらく抵抗するその男は、罠にかかったという意識はあるらしい。 言うまでもないが、火事なんて発生していない。ちょっと紙を燃やし、煙と 焦げた臭いをまき散らしはしたが。 男はやがて観念したらしく、尻餅をつかされた格好のまま、後ろ手に縛られて も、大人しくなった。 「うまく隠れていましたねえ」 法川は、本気で感心したような口ぶりだ。男−−犯人の前に立つと、いささ か悔しそうに言った。 「さあ、全てを白状してもらいましょうか、陣内副社長?」 無精髭をうっすらと生やした陣内光久は、これ以上ないほどに顔を歪めた。 後日、警察の捜査の手が入り、詳細まで全てが明らかになった。 「外からはほとんど制限もなしに入れる仕組みだったとはね。防壁システムと いう言葉に、完全にだまされたよ」 気付くのが遅すぎたと、法川はしきりに恥じている。 彼の言ったように、ISS社屋の六階全体に施された防壁システムは、中の 者は鍵がないと脱出できなくなるが、外からは、パスワードを知る者ならあと はスイッチ一つで入れる仕組みになっていたのだ。当然ながら、陣内は副社長 として、パスワードを認識していた。 ちなみに、法川がISS社員の三人に尋ねた三つの質問とは、「外部から六 階への侵入は可能か」「陣内あるいは他に遊佐さんを恨む者の内、左利きはい ないか」「その人物も、具体的な形のある弱味を握られているのか」であった。 左利きの人物が扇田しかおらず、その扇田にアリバイがあるのなら、外から 左利きの者が入って来たのだろうという、言わば当たり前の推測である。 「陣内の奴、社長からこの推理ゲームの企画を聞かされ、即座に計画を思い立 ったということでしたよ。全く、とんでもねえ」 報告に来てくれた旧知の戸井刑事が、怒りを交えた複雑な笑みとともに説明 する。喫茶店に大の男が二人と子供が二人。周囲からは、どんな関係に思われ ていることだろう。 「動機は何でした?」 「複合的のようだ。最大の目的は、会社の情報を外部に漏らした背信行為の証 拠を握られて、その書類を取り戻すためだったらしいが、他にも色々と積もり 積もったもんがあるな、あれは」 「その証拠書類も、あのパネルの内部に仕舞われていたんですね?」 「そう。奴さん、そいつを取り戻したくて、推理ゲームへの参加を遊佐社長に 訴えたんだが、けんもほろろに却下されたんだとよ。誰も正解者が出ないこと を祈るんだな、の一言で片付けられ、挙げ句、仕事を押し付けられた」 動機を持つ他のISS社員三人が、参加の機会を与えられたのに比べて、陣 内は不運だったとは思う。 「遊佐さんは、そういう虐待趣味みたいなところ、あったらしいですね。あと でお父さんから聞きました」 法川はけろりと言ってのけた。人の心を弄ぶ、決して善人と言えないような 被害者を、まだ「さん」付けするなんて、私には理解できない神経だ。 「陣内が取った行動は、おおよそ、こうです」 戸井刑事は身を乗り出し気味に、始めた。 「最初は簡単に済むと思っていたらしい。青酸カリを用意し、外部から六階へ 侵入。見つからない内に六一二号室へ行き、遊佐氏を殺して、鍵を奪う。それ から永峰さん達に見つからないよう、一旦、外に出て、頃合いを見計らって、 夜、再侵入。そして鍵を使って問題のパネルだか金庫だかを開ける計画だった」 「遊佐さんと出くわしていたら、どうするつもりだったんでしょう? 実際、 出くわしたはずですよ」 法川が聞く。 「仕事上の急を要するトラブルが発生し、至急お知らせに上がりました−−と 言ってごまかしたらしい。だが、陣内の計算違いはこれだけじゃなかった」 今度は、哀れむような笑みを見せた刑事。 「六一二号室に入ったとき、コーラを受け取るために遊佐氏はいなかったし、 廊下にも誰もいなかった。これは陣内にとって唯一の幸運だったろう。そして 戻って来た遊佐氏を驚かさないよう、姿を現すと、さっき言った嘘の報告をし て警戒感を解かせる。それから陣内は弁舌巧みにトラブルについて語り、動揺 した遊佐氏が缶を手放した隙に、毒を投入。殺害に成功しちまった訳だ」 このとき、法川を見ると、面白くなさそうに唇を噛みしめていた。その横の 風見は、ミックスジュースをストローで吸い上げながら、にんまりと笑う。法 川が最初に推理した毒殺方法は、当たっていなかったのだ。 「その後、陣内は素早く遊佐氏の服を探り、一本の鍵を見つける。そしてご丁 寧にも、あらかじめ用意していた鍵−−何の役にも立たない鍵を同じポケット に戻した。陣内は計画通り、一時的に外に出る。だが、実際は焦っていたらし い。永峰さんが廊下で長話をしていたから、部屋を出るに出られなかったと」 「私が広崎さん相手に粘っていたら、あの時点で犯人は判明してたんですか」 「結果論だがね。ま、何とか隙をもらった陣内は、六階から脱出。このとき、 防御扉は外から再ロックをしておく」 「だが、鍵は偽物だった。遊佐さんは、本当に偽物を身に着けていたんですね」 法川が補足すると、戸井刑事は何度もうなずいた。 「頼むから、先回りしないでくれ。鍵を手にした陣内は、夜を待って再び六階 に侵入。電気が消えていることを不審に感じたが、懐中電灯の類を取りに帰る 暇はない。奴はそのまま会議室を目指し、蝋燭を見つけたのをこれ幸いと、火 を灯し、パネルの前に立った。そして鍵を差し込んでみて、びっくり仰天」 かびの生えた言い回しをする人だ。こちらは、笑いをこらえるのに苦労する。 「蓋が開かない。焦って何度も試すが、結果は同じだ。本物の鍵を探すのも難 しい。こうなりゃ一か八か、キーワードを入力してみようと考えた」 「普通ならあきらめて引き返すと思うんですがね。それが安全でしょう」 私が聞くと、戸井刑事は同感という風にうなずく。 「だが、陣内はちょっとばかり、推理ゲームの概要を知らされていた。だから、 何とかなるという錯覚に陥ったようですねえ。かわいそうに、午前四時頃まで ずっとボタンを押し続けたらしい。蝋燭を大量に消費したとか言っていました よ。で、まあ、いよいよらちが明かないと見切りをつけ、ひとまず空き部屋に 避難する。何とか隙を見つけて、パネルを開けたかったんでしょうな」 「六階に留まったがために、僕らの『火事だあ!』に引っかかったんですよ。 ああいう場合、より安全を期して、外に出るべきだ」 法川は冗談混じりに、犯罪指南めいたことを講釈する。 「二日目になっていたから、気が気でなかったと言っているよ。いつ、誰かが キーワードを完成させて蓋を開けてしまうんじゃないか、とね。己の身の安泰 のためには、飲まず食わずで午後七時まで頑張る覚悟だったらしい。その、今 から脅かす気はないんだが、陣内の奴、もし誰かがキーワードを完成させる気 配があれば、部屋を飛び出し、その人間を殺すつもりでいた節がある。まあ、 裁判になれば、そんな心情はお首にも出さず、引っ込めるだろうがね。そうそ う、遊佐氏が受け取っていたという脅迫状も、陣内が書いた物ということだ。 さあ、こんなところだな。何かあるかね?」 戸井刑事がコーヒーを口に含み、喉の渇きを癒す間に、法川は考え込んでい た。そして刑事のコーヒーカップがソーサーに戻されると同時に、声に出す。 「一つだけ、分からないことが」 「何だ?」 「本物の鍵は、どこにあったんでしょうね?」 真顔で問いかける法川に、戸井刑事は意外そうに口を丸くした。 「おおっ、まだ分からなかったか? まあ、目の前にあったと言えば、そうい うことになるんだが……取り出せないだろうな、あれでは」 「どこなんです?」 法川の焦れる姿を満喫してから、刑事はやっと答えた。 「遊佐氏の胃袋の中だ。社長も大したたまだな。毒を飲まされたと悟った瞬間、 鍵を飲み下したらしい」 −−終わり
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