長編 #4213の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
私はベッドに寝転がって、問題文にざっと目を通した。 問一は普通の犯人当てらしく、少し考えれば解けそうな手応えがあった。推 理作家の自分には、推理小説の仕掛けという物がある程度読める。 二問目も犯人当ての延長、謎解き小説のような物で、ダイイングメッセージ の意味するところは、どうにか分かるだろう。それにしても「しめきり」とは、 嫌なダイイングメッセージだ。仕事を思い出すじゃないか。しかも、作中で死 ぬのは推理小説家なのだ。代表作は『華道殺人事件』『茶道殺人事件』『書道 殺人事件』等、とあるから、情けなくて笑ってしまった。 難関は法川の言葉通り、第三問目だ。読み手の眠気を誘うため、わざと退屈 な展開にしているんじゃないかと疑いたくなるほど、単調な筋が続く。それで いて、暗号に関係ありそうな描写が散見されるだけに、読み飛ばせない。 私は起き上がり、机に向かった。 片付けるべき問題が複数個あるとき、基本的に私はできることから取り組む タイプだ。最初に難問に挑んでは、一つもできない事態もあり得るが、簡単な 物から始末するやり方なら、まだよい結果を残せる可能性も高いだろう。 自分に言い聞かせ、ボールペン片手に一問目をじっくり読み直そうとした矢 先−−ドアがノックされた。舌打ちして、ペンを持ったまま、戸口に向かう。 「どなた?」 言いながら、ノブを捻ってドアを押す。と、広崎の姿があった。 「何か?」 いくらか語調を弱め、聞いた。その返事をもらう前に、彼女が缶ジュースの 並んだトレイを手にしているのに気付く。 「皆さん、お茶の時間にしようという話になって……お邪魔でしたか?」 「いいえ、ちょうど飲みたかった頃。いただきます」 言ってから、もう一度トレイの上を見た。全く、缶飲料ばかりだ。冷蔵庫に でも入れてあったのか、缶の表面に水玉が浮いている。 「すみませんが、ホットコーヒーはありませんか? インスタントでかまわな いんですが」 「食糧の入った段ボールを見ても、そういう物はないんです。給湯室がありま すから、お湯を沸かすことはできるんですが」 「ああ、それならいいです。缶コーヒーをもらいます」 自分で物色して、一つを選んだ。ひんやりした感触が伝わってくる。 「ホットがよろしければ、鍋に空けて温めることもできますが」 「いえ、これでいいですよ。どうもありがとう。皆さん、まだ会議室に?」 「えっと、社長が一旦出て来られましたが、すぐに戻ってしまわれましたわ。 よほど警戒されているみたい、私達『挑戦者』のことを」 くすっと笑って、重ねて言う。 「あとは、永峰さんの他は、扇田さんがご自身のお部屋に。先ほどコーヒーを お渡ししてきたところです」 「なるほど。大変ですね」 ドアを閉めようとして、ふっと疑問が湧いた。 「あ、広崎さん。一つ教えてもらえますか?」 「何でしょう?」 「給湯室にも、インスタントコーヒーはないんですか? 普通、こういった会 社の給湯室なら、コーヒーや紅茶を入れるための道具や材料が揃っているもの と思ったんですが……」 「それが……社長の命で、先日、処分されたんです」 言いにくそうに横を向きながら、広崎は絞り出すように始めた。 「本当は伏せておくことになってるんですが、食事をお出しするのですから、 明かしておくべきだと思います……。実は、二週間ほど前、遊佐社長宛に、脅 迫状が届いたらしいんです」 「脅迫状?」 話がよく見えなかったが、脅迫状とは穏やかでない。立ち話で済むような状 況でなくなってきたが、彼女を部屋に入れると、津込ににらまれそうだ。手早 く済ませるに限る。 「社長を殺す。飲み物には気を付けろって、書いてあったそうです。社長は最 初、取り合わなかったんですが、脅迫状が届いてから二日後に、給湯室にあっ た砂糖が塩にすっかり入れ替えられているのが見つかって……」 「い、いたずらじゃないんですか?」 「そうだと信じたいです、私も。でも、そのあとも、まだ……。インスタント コーヒーの瓶にまち針が百本ぐらい入れてあったり、ティーバッグにおもちゃ の注射器でインクが詰められていたりしたんです」 「悪質だな。まだ被害に遭った人はいないんですか?」 「はい、ですから警察に届けるのも難しくて。実際に見つけたのは社員ばかり ですが、みんな、事前に気付きました。でも、いつの間にそんな異物を混入し たのか、はっきりしないんです。それが恐ろしくて、社長も警戒されたんじゃ ないでしょうか。給湯室に備え付けてあったインスタントコーヒーやティーバ ッグ、お茶の葉の類は全て処分なさいました」 「なるほど、そんな大変なことが。それ以来、社長さんは缶飲料専門に?」 「それとペットボトルも。とにかく、未開封であることをしっかり確認するよ うになりましたわ。缶でもボトルでも、開けるとき、空気の抜けるような音が するでしょう?」 「ああ、分かります分かります」 うなずいてから、私も缶コーヒーの蓋を、右手人差し指で轢いた。ぷしゅっ という音が間違いなくした。これなら大丈夫。一口飲むと、ちゃんとしたコー ヒーの味が舌に広がる。 「うん−−未開封の飲料物を飲んでいる限り、大丈夫ですよ。心配いりません」 「それは私も思います。社長は念には念を入れて、缶やボトルに直接口を着け ず、ストローで飲むようになりましたわ。ここまでしていれば、犯人も手出し できっこありません。 ただ逆に、それじゃあ、あの脅迫状は何だったのかなって。わざわざ予告す るなんて、おかしいと思いません?」 「それは……相手に恐怖心を植え付けるため、かな」 「私はそれより、飲み物に注意を向かせておいて、何か他の方法で毒殺するつ もりじゃないかって、不安で」 伏し目がちの彼女を見ていて、また気になることが思い浮かんだ。 「……遊佐社長と言葉を交わしたことはあるんだね、その様子だと?」 「ええ。変ですか?」 「いや、社長と言ったら、せいぜい部長辺りまでとしか会話しない印象があっ て……僕は務めに出た経験がありませんから、こういったことに無知なんです」 「ISSの規模と社風のおかげですわ。社員全員が顔見知りといっていいくら いなんです」 「ふむ。それで、津込さんとも親しくなれた訳ですか」 私が目配せすると、広崎は戸惑った風に瞬きを何度もして、頬を赤く染めた。 分かり易い反応に、こちらも悪いことをしたようで。気恥ずかしくなってしま う。 「色々とお話をどうも。だが、引き留めてしまったな。早く戻らないと、彼が いらいらするかもしれない」 「は、はい。失礼します」 広崎は腕の中の重そうなトレイと缶飲料数本をものともせず、駆け足気味に 去って行った。 ほのぼのとした雰囲気を感じる。遊佐氏宛に脅迫状が来ているとは驚かされ たが、まさか事件にはなるまいと思った。 が、私の予想はあっさり裏切られることになる。それも、わずか一分ほどで。 自分の部屋に戻りかけたとき、会議室の方から悲鳴が聞こえ、ざわめきが津 波のように伝わってきた。 私は廊下に飛び出すと、ちょうど扇田と鉢合わせになった。広崎の言葉通り、 彼も一人で部屋にいたらしい。 「聞こえましたか」 「ええ」 そんな短いやり取りのあと、我々は会議室へ直行した。 死者が出てしまった。推理ゲームの話ではなく、現実に。 死んだのは遊佐京太郎その人だった。六一二号室に閉じこもった彼だったが、 缶飲料を配る段になって、部屋を一旦出て、受け取ると缶を開け、ストローを 挿すところまでは皆が見ている。それから氏はまた部屋に戻った。空き缶を回 収しようと、十分ほどして様子を見に行くと、机に突っ伏していたという。 彼の右の手元にはストローの挿してあるコーラの缶が転がり、中身がこぼれ て滴り落ちて、絨毯に染みを作っていた。ドアは会議室に通じるのと、廊下へ 出るための物の二つがあるが、ともに鍵はかかっていなかった。 死因は、青酸系毒物によると思われる。脅迫状にあった通りということにな るのか……。 「とにかく、警察に通報だ!」 あとからやって来た割には、扇田が取り仕切っている。まあ、それが当然だ ろう。この場にいるISS社員の中で、最年長なのが彼なのだから。 「鍵、社長が持ってるはずだ。津込君、探してくれ」 「待ってください」 津込が言われるままに、遊佐氏の身体に手を伸ばそうとしたのへ、鋭い声が 飛んだ。法川だった。 「な、何だね、君」 「できる限り、現場保存に心がけなくちゃいけない。遊佐さんは殺された線が 濃いんでしょう?」 つかつかと遺体の近くまで歩み寄り、観察する姿勢の法川。部屋は狭くはな いが、全員が入るには無理がある。一部の者は、戸口越しに覗き込む格好にな っていた。 扇田が持て余したように、法川の説得にかかる。 「そ、そりゃあそうだが……しかし、このままでは外に連絡できないんだ。鍵 を使ってシステムを解除し、下に降りなくてはな」 「分かっています。だから、遊佐さんに触れるのは、遊佐さんと全く無関係の 人がいいでしょう。この中で最も縁遠いのは、ひそかだと思いますが」 「子供にそんな真似、させられないよ」 あやす風に、津込が言った。法川は顎に片手を当て、考える様子。 「では、永峰だ。彼は僕を介して招かれたのであり、遊佐さんと直接には無関 係です。かまわないでしょう?」 扇田と津込、さらには広崎らが顔を見合わせ、目で相談をする。すぐに結論 は出た。 「じゃあ、永峰さん、お願いします」 「はあ」 意想外の成り行きに、私は正直なところ、戸惑っていた。法川の言っている ことも分かるのだが、ここは社員の人達に任せるべきじゃないのか。他人の領 域を荒らすようで、気持ちはよくない。 そんな後ろめたさがあったが、躊躇している状況にない。私は意を決して、 遊佐氏の遺体に近寄り、跪いた。 「余計なことはしなくていいから、鍵だけを探すんだよ、永峰」 「分かってる」 法川の声を疎ましく感じながらも、作業に専心する。自分は犯人でないと分 かり切っているのに、他の人々から監視されているようで、緊張する。 「−−あった」 鍵は背広の裏側、内ポケットから見つかった。遊佐氏は鍵を隠すと言ってい たのに、最初に見せられたときと入れた場所は変わってなかった訳だ。 どこから持ち出したのか、広崎が毛布を遺体の肩にかけるのを横目に、私は その銀色に光る鍵を扇田に渡そうとした。が、また法川からストップがかかる。 「永峰、ついでに君が開ければいいじゃないか」 「……どうします?」 私は扇田に目を向けた。さすがに苦々しそうにしていた扇田だが、やがてゆ っくりとうなずく。 私もうなずき返し、六一二号室を出ると、会議室前方のパネルに向かった。 他の人達もぞろぞろ着いて来る。 私はさっさと済ませようと、鍵を蓋の小さな穴へ慌て気味に差し込んだ。 「……あれ? 鍵が回らない」 焦りに拍車がかかる。 「何だって? ちゃんとやってるんでしょうね!」 社長の死という緊急事態に、社員達の語気は荒っぽい。 しかし、鍵は回らなかった。私以外の誰がやっても、うまく行かない。…… 鍵は偽物だったのだ。 「閉じ込められたってことですか?」 扇田達ISS社員相手に、三谷がいきり立つ。声が若干、裏返り気味だ。 「そういうことになりそうで……」 扇田の口調は弱々しく、戸惑いが露だ。他の二人も似たり寄ったりで、不安 げに目を見合わせている。 「なりそうって、どういうこと? おたくら、責任者じゃないんですか?」 「違います。確かにここの社員ではあるが、推理ゲームに関しては、一切タッ チしていないんだ。遊佐社長個人の道楽なんだ」 「じゃ、あんた達三人は、どうしてここにいる?」 「ただの参加者ですよ。無理矢理参加させられた」 「信じられん。が、それはどうでもいい。とにかく、ここから出してくれ」 「それが……」 眉間にしわを寄せ、難しい顔をする扇田。彼は救いを求めるように、津込を 見やった。 「津込君は、解除する方法を聞いているか?」 「いえ。恐らく……誰も知らないはずです」 津込の言葉は、絶望的なものに聞こえた。黙っていた若山まで、騒ぎ始める。 「まさか、ずっとこのままってことじゃないでしょうねっ?」 「それは大丈夫です。社長はシステムのタイマーをセットしていますから、明 日の午後七時になれば、自動的に解除されます」 ほんのわずか、安堵の息が漏れる。コンクリートの棺の中でミイラになれと いう訳じゃないらしい。もっとも、よく考えれば、明後日には社員達が定時出 勤するはずだから、異変に気付いてもらえるに違いないのだが。 −−続く
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