長編 #4211の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ISSと社名の入った立派なプレートを横目に見ながら、私は自動ドアをく ぐった。背後には、にぎやかこの上ない子供達。児童を引率する先生の気分を、 私は今朝から味わっている。 殺風景で機械的ロなビーの雰囲気に、早くも気後れした。 「静かにしてくれよ。特に、ひそかちゃん」 「分かってるわ」 わざわざ立ち止まり、腰に手を当て、頬を膨らませる風見ひそか。いつもに 比べて声が甲高くないのは、ありがたい。 「それぐらい、統に頼まれたから、守れる。ねえ」 少女は無邪気に首を傾げ、隣の法川統に笑顔を向けた。 「永峰、僕らは大丈夫だよ。一番緊張してるのは、君じゃないかな」 「そうかもしれない。が、一応は保護者なんだ、僕が。対面というものが」 「気にしない、気にしない。遊佐さん達は僕のことを知ってくれてる。永峰が 保護者ぶることないんだよ」 法川は片手をひらひらさせ、風見と連れだって先へ先へと歩く。私は慌てて 追いかけた。その拍子に、頭に乗せていた帽子が落ちてしまった。 「−−あ」 床に手を伸ばすと、先に白くしなやかな手が見えた。見上げるまでもなく、 女性のものだと分かる。 「どうぞ」 か細い声とともに帽子を差し出された私は、受け取りながら、まじまじと見 返した。目を見張るような美人、という訳ではない。どちらかと言えば、かわ いい部類に属する女性、いや少女だ。青っぽいコートを羽織る身体は、華奢で 小柄。そのサングラスをかけた顔に、見覚えがある。 「元気のいい子達ね」 思い出せない内に、向こうが話しかけてきた。形のよい唇から流れる声音は、 しゃきしゃきと、割舌がはっきりしている。 「え、ええ。その、僕は永峰と言いますが、どこかでお会いしたこと、ありま したでしょうか?」 へどもどする自分の舌を呪いつつ、私は尋ねた。下手な誘い文句だと受け取 られたらどうしよう。そもそも、彼女と私とでは、かなり年齢差がありそうだ。 「私はあなたとお会いした記憶はないんだけれど」 口元が微笑した。落胆しかけた私の前で、その唇が続ける。 「でも、あなたが私を目にしている可能性は、非常に高いわね」 「え?」 「子供さん達が行ってしまいましたよ」 彼女が指差した一階奥の方向には、法川らの姿は確かになかった。 「それより、どういう意味でしょう?」 「……今日はいいのかな。特別だから」 彼女は意味不明のつぶやきをすると、サングラスを外した。 「あっ」 私は年甲斐もなく、ミーハー気分で声を高くする。 「円城寺舞! ……さんですね?」 私の問いに答える代わりに、にこりと微笑んだ彼女。それは間違いなく、テ レビで見かけるあの円城寺舞と同じであった。 「ど、どうしてここに」 「今日のイベントは、限られた人ばかりいるから、声を小さくしなくてもいい んじゃないですかぁ?」 どことなく舌足らずな言い方の彼女は、普段と変わらぬ−−つまりはテレビ と変わらぬ笑みを絶やすことなく浮かべている。 「そうですね」 「あなたも推理ゲームの参加者?」 「はい。永峰竜馬と申します」 名刺を取り出し、手渡す。小娘相手に緊張している己を、多少なりとも情け なく感じながらも。 「なるほど、推理作家さんなのね。私はただのアイドルだけどさ、推理ドラマ で主役をやったから、そのイメージで呼ばれた訳」 「はあ、そうですか」 ざっくばらんな物言いに、いささかのギャップを覚え、戸惑ってしまう。テ レビの中の円城寺舞は、もう少し大人しい雰囲気があったのに。 次にかけるべき言葉を探していると、新たな人物が現れた。カーペットがい いのか、この男の歩き方が特徴的なのか、足音がしなかったので、驚いてしま った。体格はいいが、どちらかと言えば老け顔で、掴みどころのない第一印象。 「どうも。私、円城寺舞のマネージャーをしております、三谷良正と申します」 唐突に挨拶を始められてしまった。次いで、名刺の交換だ。 「ははあ、推理作家の方でしたか。これまで何か映像化された作品はおありで しょうか? 映画でもテレビでもかまいませんが……」 私が何もないと告げると、三谷という男は急速に興味を失ったらしく、表情 に乏しくなった。 「あ、そろそろ会場に行かないと」 左袖をたくし上げ、わざとらしく腕時計を覗き込む三谷。円城寺は辟易した 風に黙ってうなずき、首をすくめた。 「ご一緒しましょう。どうぞよろしく」 私が言ってやると、三谷は「はあ……こちらこそ」とへどもどした調子で応 じてきた。エレベーターに三人、妙な雰囲気だった。 六階が推理ゲームの会場と聞いていたが、出入口の脇に受け付けがあるでも なく、室内に特に舞台が用意してあるでもなく、具体的にどのような趣向なの かは全く不明だ。 ただ、入る前に、身に着けている物を社員らしき女性にチェックされた。事 前にもらった案内状には、携帯電話等の外部と連絡可能な機器の持ち込みは禁 止とあったが、そのためであろう。参加者個人の推理能力と知識のみで勝負し てもらおうという主旨だとか。 ボディチェック及び持ち物検査が終わり、私は中をぐるりと見渡した。部屋 自体は、大規模なパーティに使えそうなほど広い。部屋の中程にいくつかの丸 テーブルがあり、その上には簡単な食事や飲み物、造花の挿された花瓶、色と りどりのキャンドルなんかが並んでいる。壁際には椅子が数脚あって、これで シャンデリアでもぶら下がっていれば、まさしく立食パーティだが、天井には 蛍光灯が並んでいるだけ。どうやら、ここは元々、会議室か何からしい。部屋 の下手には、隣室に通じているであろう扉が見受けられる。 部屋にはすでに何人かがいる。大方分、ゲーム参加者に違いない。 「永峰、遅いな」 先に来てはしゃいでいた法川達が、私を見つけて走り寄ってきた。 と思ったら、風見は目ざとく円城寺舞を発見し、彼女へと方向転換。 「そっちが早すぎるんだ。ゲームスタートまで一時間以上ある」 私は残った法川に言った。腕時計が正午十分前を示していた。 「早く来るに越したことはない。何たって、一時には完全に閉め切られてしま うんだからな」 法川の言う通り、十三時になると、ここ六階は外から遮断された世界となる。 ISSはセキュリティシステム開発を本業とする比較的歴史の浅い会社で、 その社屋にも当然、セキュリティシステムを施している。今日のゲームに際し て用いられるのは、火災もしくは外部からのテロに備えての防壁。スイッチ一 つで作動するらしいが、詳しくは聞かされていない。そんな隔離状態が、明日 の十九時まで続くというのだから、参加者は物好きだ−−私も含めて。 そもそも今度の話は、法川の親父さんから持ち込まれたものだ。法川は実際 の事件を解決した経験を持つ名探偵として、私は推理作家として、それぞれ腕 を見込まれての参加となる訳で、風見ひそかは、まあ付き添い役らしい。 「法川。君の親父さんの友達にも、奇矯な人がいるもんだ」 「遊佐さんはいい人だぜ」 ISSの社長を「さん」付けで呼ぶ法川。その口ぶりから、会ったこともあ るのだろう。 「偉くなっても、遊び心を忘れない。今日は副社長の陣内っていう人に雑務を 任せ、遊佐さんはみんなにサービス。いいよねえ」 「そりゃそうかもしれんが……社屋を使うとは、病膏肓に入る、だな」 これから行われる推理ゲームは、公のイベントではなく、あくまで私的なも の。そう、遊佐京太郎氏の道楽なのだ。 ISS社長の遊佐氏は無類の推理小説好きとかで、五十を前にして、ミステ リーのための遊びに金をかける楽しさを知っている。中でも推理ゲームは毎年 恒例となっており、今日で四回目。過去三年間は、社員達が数名、半ば強制的 に参加させられていたとも聞く。休日を潰してまで好きでもない推理ゲームに 参加させられるとは、下っ端の人間はつらい。そんな彼らの不評の声が社長の 耳に届いたのかどうかは不明だが、四年目にして、外部の「強者」を募ったと いうことのようだ。もちろん、私や法川も今回が初参加である。 十二時を告げるサイレンが、遠くからかすかに聞こえると同時に、恰幅のよ い、しかし顔はえらが張って痩せた印象の人物が入ってきた。顔写真を見て知 っている、遊佐氏だ。 「ようこそ、皆さん」 戸口近くの男からマイクを受け取ると、気取った口調で始めるISS社長。 四十八歳と聞いたが、声には張りがあって若々しい。 「リラックスしてお聞きください。そう、そこいらの椅子に腰掛け、料理をつ まみながらで結構ですよ。ただし、意識をしっかりさせておくのは、くれぐれ もお忘れなきよう。何しろ、これから大事な説明を行うんですからな」 大事と言えば大事かもしれない。推理ゲームには、賞金がかかっているそう だから。社長のポケットマネーから百万円とは、景気のいいことだ。 演説口調の遊佐氏によると、ゲームは以下のように執り行われるらしい。 まず、期限は今日の十三時から明日の十九時までの三十時間。この間ずっと、 ISSご自慢のシステムが作動して、六階全体が一つの密室となり、参加者は 外に出ることがかなわなくなる。もちろん、このフロアに食糧(インスタント 食品やレトルトパックが主だが)は充分にあり、トイレやバスルームも完備さ れている。寝る場所も、一人一人に狭いながらも個室が与えられ、部屋割りが 発表された。私は六〇五とかいう部屋で、法川は六〇六、風見は六〇七とされ た。なお、遊佐氏自身も、会議室横の六一二号室に入るそうだ。 先にも触れたが、外部と連絡可能な機器の持ち込みは不可。もしも違反した 場合、直ちに参加資格を失うとのこと。驚かされたのは、窓ガラスを通じて外 と連絡し合うことのないようにと、全ての窓に金属製のシャッターが降りる点 だ。そこまで凝る必要があるのだろうか。 参加者−−遊佐氏は「挑戦者」という表現を用いたが−−の目的は、あるキ ーワードの入手。 何のために? 今いる会議室の左前方部、壁にはめ込む形で設置されている パネルの蓋を開けるためだそうだ。見れば、問題の蓋には電話機のプッシュボ タンよろしく、ボタンが並んでいる。ただ、その数が電話機よりもずっと多い。 五十音に濁音、半濁音、さらにはアルファベット二十六文字に〇から九までの 数字、おまけに#(シャープマーク)もある。合計一〇八の四角いボタンが、 何故かでたらめに配置してあった。 キーワードは一連の文章からなり、その順番通りに入力すると、蓋が開く仕 掛け。ちなみに#は、失敗したときに押す、オールクリアのボタンだとされた。 蓋を開けると、ダイヤルがあり、それをオフにすれば防壁は完全解除される。 要するに、この六階を再び開放した者が勝者となる。 「なお、問題の内容に関して、私は一切を知らない」 遊佐氏の発言に、ちょっとしたどよめきが起こった。 「問題作成は、信頼のおける友人でパズル作家の某氏にお願いした。これは、 皆さんと同じくこのフロアに留まる私が、会話の際にヒントとなるような単語 をぽろっと漏らしてしまう失敗を犯さないようにするためである」 「あの、すみません、社長」 灰色のスーツを着た、遊佐氏と同年齢ぐらいの男が左手を肩の高さに挙げた。 ISSの社員には違いないが、彼も参加するのだろうか。 「何だ、扇田?」 社長が名前を認識していながら、役職名もなく呼び捨てとは、扇田という男、 遊佐氏とどういう関係なのだろう。それともこれは特別ではなく、単にISS の社風なのだろうか。 「急病人が出るとか、緊急事態の折は、どうするのでしょう? 社長も答を知 らないのでは、その蓋を開けることは誰にもできなくなります。それに加えて、 外部と連絡が着かないとなると」 「心配いらん。この通り」 と、遊佐氏はほくそ笑みながら、内ポケットから何やら光る小物を取り出し、 指先でつまんだまま、軽く振る。 「蓋には鍵穴があるのが見えるか? この鍵があれば、キーワードが分からな くても、この蓋は開く。もしものときは、私に言ってくれ」 ぞんざいな口調で答えてから、遊佐氏は全員を見渡し、言葉遣いを改めた。 「と言いましても、この鍵を肌身離さず持っている訳ではありませんぞ。そん な真似をしていては、あなた方の策略にかかって、鍵そのものを奪われるかも しれない。キーワードを獲得するよりもよほど楽かもしれませんからね。そこ で私は、ゲーム開始までに、鍵をどこかに隠します。言うまでもなく、このフ ロアのどこかということになりますが、まあ、簡単には見つからない場所です から、そちらを探しても徒労に終わるはず。緊急事態が発生しない限り、ゲー ム本来の趣旨に沿って、奮闘していただきたい」 他に質問は?とでも言いたげに、遊佐氏が室内を見回すが、もはや挙手はな かった。早く出題をしてほしいという雰囲気に満ち始めているが、十三時まで には間が多少ある。 「十三時になったら、問題文を発表します。それまで……そうですな、挑戦者 同士で自己紹介でもしといてください」 主催者の言葉に従い、皆、素直に名乗り合う流れになった。 −−続く
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