長編 #4210の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「ててて……何だか、丸い物が」 尻餅をついた格好の江川。眼鏡がずれて、間抜けったらない。その足先に目 を凝らすと、何かがころころ転がっていく気配が。 「茶の筒みたいだ」 敬介がいち早くそう結論を出した。なるほど、確かにお茶を入れる筒みたい なのが、ゆらゆら動いている。そして止まった。 「ほら、立ちなよ」 浩二と守中が江川を引っ張り起こし、探検再開だ。次は居間、その次は寝室、 風呂場、畳の部屋……。床が抜けることはなかったものの、場所によってはぎ いぎい軋んで気味悪かった。風の吹き込まない部屋は、蜘蛛の巣が凄くて、鬱 陶しかったし、梁が垂れ下がって、くぐるのにしゃがまなければならない部屋 もあった。 「何だかもう、幽霊なんてどうでもよくなってきた」 歩き疲れて、ついでに目も疲れ始めていた。 「これだけ、見て回って、いないと言うことは」 切れ切れに言うのは江川。こいつも相当、疲れているらしい。 「幽霊はいない、ということで、いいんじゃないですか?」 そのまま認めるのも癪だ。 「夜にならないと分からないぜ」 「そんなの、なしですよ。じゃあ、何で懐中電灯、持って来なかったんですか」 「明るくしたら、幽霊が逃げちまうかもしれないだろ」 我ながら滅茶苦茶を言ってると、敬介達から声が上がった。 「おーい、来てみろよ」 暗がりの中、手招きする人影が見えた。僕と江川は、足下に気を配りながら も、急いだ。 そこは、北側に大きく窓の開いた部屋だった。当然、ガラスはなくなってる けれど、カーテンはどうにかぶら下がっている。 「子供の人魂って、これのことじゃないか?」 カーテンの端をつまみながら、敬介。 「ほら、丸い染みが、いくつもある」 その言葉通り、カーテン記事には、直径三十センチはある丸い染みができて いた。数は五つ六つぐらいか。 「だけど、これを人魂と見間違えるか?」 「蛍光塗料みたいになってるんだ。何かの化学薬品でできた染みだと思う。窓 際にあるから、そのままじゃあ見えないけど」 そういって、布の一部を両手で包み隠し、指の隙間から覗く仕種をする。 「こうやったら、光るのが分かる」 言われるまま、同じ格好をした。 「う、わ」 確かにぼんやり、光っている。黄色いような白いような。 「これで、人魂の謎は解明されました」 同じことをやっていた江川は、実に満足そうに顔を上げた。 「肉の焦げる臭いっていうのも、最初にかいだ臭いのことだろうし、あとは井 戸と溝を調べればおしまいですよ」 「井戸なんて、あったっけ?」 口元に人差し指を当て、上目遣いになる守中。 「まあいい。とりあえず、家の中はこれでいいな? さっさと出よう」 不安がぶり返してきたらしい敬介が、早口でまくし立てる。他の三人も敬介 に続き、戸口へ向かう。最後尾の僕は渋々、従った。 と、先頭が外に出た頃、何だか騒がしくなった。 「ん? どうしたんだあ?」 進めなくなって、僕は苛立ちを含ませた声で言った。 でも、説明はない。覗き込もうと、すぐ前の江川に乗りかかるようにすると、 榊原がひざまずいているのが、ちらっと見えた。 その内、守中の鋭い声が聞こえた。 「こっちはいいから!」 訳が分からないまま、僕もやっと外に。影が伸び、太陽が少し傾いたんだと 認識できた。 「何なんだよ。まさか、病気か?」 「見るなっての」 榊原に近付こうとしたら、彼女の肩に覆い被さるように前から手をかけてい る守中に止められた。 「俺は榊原さんを心配して……」 「いいの、そんなのはっ。病気じゃないわ。心配してくれるんだったら……男 子みんなで、私の家に戻ってよ。浩二、あんたならどうすればいいか、分かる でしょ?」 「う、うん」 浩二はびくびくしながらも、しっかりうなずいた。 「どういうことだよ、浩二」 「喋っちゃだめよ、浩二! さ、早く行けっての!」 どやされて、僕ら−−僕と敬介と江川と浩二の四人は、荷物も持たず、駆け 出した。 森の中に踏み込むなり、僕は浩二に同じ質問を繰り返した。 「だめだよ、言うなってお姉ちゃんが……」 あとから来る浩二は、うつむいたまま嫌々をする風に首を振った。 「ここなら、聞こえやしないって。おまえが喋ったって、言わないでおくから」 「……だめ。お姉ちゃんの方が恐い」 口は堅い。僕はあきらめて、隣を歩く敬介に尋ねた。 「おまえ、先頭だったじゃんか。何か見なかったのか?」 「それが、何にも。榊原さんがうずくまってるのが見えただけで、最初、蟻で も見つけて遊んでるのかと思ったから、放っておいたら、急に守中さんが走り 出してさ」 「榊原さん、守中に何か言ってなかった?」 「言ってた。けれど、ほとんど聞き取れなかった。ただ……『始まっちゃった みたい』って言ったのは、はっきり聞こえた」 「何のこっちゃ? 何が始まったら、俺達がこんなことになるんだろ?」 「さあ……」 江川も含め、五年生の三人で首を捻る。浩二だけは、ずっとうつむいたまま だった。 母親から荷物を渡された浩二を連れ、僕らは幽霊屋敷を再び目指した。往復 してだいぶくたびれていたせいで、二度目の行進は午前中よりも時間がかかっ た気がする。少し、道に迷いもした。 浩二の荷物は、ビニールコーティングされた紙袋。中身は色々詰まっている らしくて、かなり不格好に膨れている。「持ってやるよ」と僕らが言っても、 浩二が意地を張り通したのには、参った。 夕焼けが赤くなる頃になって、やっとこさ、幽霊屋敷前に到着した。 「あれ? いないぜ」 森の木陰から抜け、見渡す。が、榊原も守中も、姿がない。 「おおい! どこ行った?」 「お姉ちゃん!」 みんなで叫ぶと、程なくして返事があった。何故だか知らないが、幽霊屋敷 の中から聞こえてくる。 「こっち! 浩二、荷物よこしな!」 声のする方向へ行ってみると、幽霊屋敷の玄関を少し入ったところで、ビニ ールシートを敷いて、榊原は座っていた。その前に仁王立ちする守中。喧嘩中 の猫みたいな恐い顔をしている。 「こらっ、入って来るな」 「入らねえよ。でも、訳を言えよな」 「あとで。扉、閉めるから、いいって言うまで、開けちゃだめよ! こっち向 いてもだめ!」 ボリュームいっぱいのスピーカーみたいだ。鼓膜が破れるぜ。 「さあ、回れ右!」 「ちぇ、分かったよ」 不承不承、言う通りにする。三人、いや浩二も入れて四人で、見事に揃った 動きをした。 守中の勢いの激しさに呆気に取られる僕らの背中で、戸がぴしゃりと閉ざさ れた。 「何だってんだ、偉そうに」 ぶつぶつ言うと、江川が同意した。何だか知らないけれどさ、今日はよく気 が合うな。 「そうですよ。いくら男女平等の世の中になったと言ったって、あれは威張り すぎ。逆の不平等を」 「ややこしい話はいいんだよ。−−おい、浩二。教えろ」 「何遍も言わさないでよー。絶対、教えられない」 泣きそうな声で答えた浩二。そんなに姉貴が恐いか。 そこへ、敬介がなだめる口調で言った。 「じゃあ、あの紙袋の中身が何だったのか、それだけでも教えてくれよ」 「だ、だめだめ」 「いいじゃないか。浩二から聞いて、僕らが勝手に想像するだけってことでさ」 「うーん……」 「一つだけでもいい。紙袋には、何が入ってた?」 「一つだけだよ。……ズボン」 「ズボン?」 僕らは声を揃えておうむ返しをした。 「そうだよ。学校のズボン。もちろん、お姉ちゃんの」 「……何に使うんだ?」 敬介と顔を見合わせる。その横で、江川がつぶやいた。 「当然、着替えるんでしょう」 「何のために?」 「えっと、それは……汚れたんじゃないですか、今着てるのが」 「着替えなきゃいけないほど、汚れてたか? 僕にはそうは見えなかった」 敬介の反論に、僕も続く。 「だいたい、今、この場所で着替えたって、帰りは森の中を行くんだぜ。また 汚しちまう可能性が高い」 「それもそうかな……」 自信なくなったのか、江川の声は消え入るように小さくなる。 やがて、背中の方で、扉の開く音がした。 「もういいわよ」 守中の声は、さっきに比べるとえらく落ち着いていた。 振り返ると、榊原がうつむき加減に肩をすぼめ、立っていた。うん、確かに、 キュロットスカートから紺のズボンに変わっていた。脱いだスカートは、紙袋 の中なのだろう。想像すると、少し、顔が熱くなった。 「さ、出発!」 勝手に仕切る守中。ことさらに、元気を出しているように見えるのは、気の せいか。 「説明なしかよ」 ぼそっと言ったが、完全に無視された。 「幽霊屋敷はどうなったんだよ。井戸と溝……」 「もう遅いんじゃない? 遭難したければ、一人でやって」 「ちぇ」 遭難なんてするもんかと思う一方で、さっき戻ったときに懐中電灯を持って 来ればよかったと後悔もする。 こうして、幽霊屋敷取材は幕を閉じた。 謎が解けたのは、新聞が完成したあとだった。 謎と言っても幽霊屋敷じゃなくて、榊原のこと。 「榊原さんが体育に出ないから、ぴんと来た」 僕と江川を相手に、敬介は腕組みをして、分かった風な口を利く。 学校の中庭の隅。周りには、他に誰もいない。 「ああ、なるほどー」 江川がうなずく。だけど、僕は心の中で首を傾げた。ちっともぴんと来ない のだ。だけど、それを言うのも悔しい。 いや、女子が何かの理由で体育を定期的に休むのには、気付いてるさ。ただ、 その理由ってのが分からない。 あとで、敬介と二人のときに、そっと聞こう。 東山昭雄が、「生理」という名の幽霊の正体を知るのは、もう少し先のこと。 ……と言っても、ほんの一年ほどだけど。 −−おしまい
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