長編 #4207の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「あ、それとね、浩二。あんたはどうやって家を出てきたの? お弁当、持っ てるの?」 「うん、持ってる。お母さんに、お姉ちゃん達について行くんだって言ったら、 気を付けるのよって」 「それならいいか」 ふんふんと首を振ると、守中は改まった感じで僕らへ向き直った。 「ごめん。弟が迷惑かけると思うけど、どうかよろしく」 いやに素直に頭を下げてきた。不気味と言えば不気味かもしれない。 「気にするなって。自分達で決めたことなんだから」 「そうそう」 敬介に続いて、僕も言う。 「本当に嫌だったら、おまえが浩二を連れて、家に帰れば済む話だもんな」 「な、何ですってぇ」 掴みかかって来そうな勢いに、僕は素早くベンチを離れた。だが、守中も執 念深い。逃げても逃げても追っかけてくる。公園内で鬼ごっこ状態になってし まった。 いい加減疲れ始めた頃合いに、うまいタイミングで江川が現れた。 「皆さん、お待たせを……おや。一人、増えましたね」 このときばかりは、江川に感謝してもいいと思った。 公園から歩くこと約十分。 天神森の前に到着すると、僕らは一旦、立ち止まった。 「久しぶりに来たけど、変わってないわね」 守中が見上げながら言った。その背中には、弟と交換したリュックがある。 守中の荷物の方が小さいのだ。 「そうか? 俺なんか、夏休みの間に、しょっちゅう。なあ」 「うん。自由研究の昆虫採集をしたり、探検ごっこしたり」 僕の呼びかけに、同意する敬介。 だけど、榊原は怪訝そうに眉を寄せた。その仕種が、何だか大人っぽい。 「え? じゃあ、そのとき、幽霊屋敷の噂を調べようとは思わなかった?」 「ん? 僕は知らなかったから……昭雄は?」 「あ、ああ、俺も知らなかった」 早口で答えて、うつむく。嘘をつくのは苦手だ。 本当はそのとき、幽霊屋敷の噂は知っていたが、行く勇気はなかった。さす がに敬介と二人だけっていうのは、ちょっと恐い……。 「いる訳ないから、無駄ですよ」 ここまで来て、江川の奴がまた言い出した。 「ですから、僕はここで」 「そうはさせないぞ、江川」 座り込もうとした江川を、敬介と二人して引っ張り起こす。結構抵抗するも のだから力を入れると、勢い余って、江川の眼鏡がずれてしまった。 「何をするんだ」 眼鏡を直しながら言う江川は、まるでとんぼだ。指を回せば、それに合わせ て目を回すんじゃないか。 「俺達と一緒に来るんだよ。おまえ、俺達が戻って来て、幽霊がいたぞって言 っても、絶対に信じないだろうが」 「う、それはそう……」 「だったら、来いよ。自分の目で確かめろよな」 「いないと分かってる物を……」 「あぁ、うるさい!」 怒鳴ったのは、僕や敬介じゃない。守中だった。 彼女の迫力に、僕らでさえ、江川から離れてしまう。無論、守中からも距離 を取る。 「ちょっと、江川君」 「は、はい」 「あんたねえ、土壇場でぐずぐず言わないの! 鬱陶しいったらありゃしない。 理屈ばっか言ってないで、着いてくりゃいいのよ。そうすれば、何もかもすっ きり。分かる?」 守中の激しい喋りに、江川は黙ってかくかくとうなずくばかり。出来損ない のからくり人形みたいだ。 守中はさらに言った。 「ただしね、うちの弟より足手まといになるんだったら、本当にロープで木の 枝からぶら下げてやる。覚悟なさいよっ」 「……」 もはや何も言えなくなった江川。 気の済んだ守中が榊原や浩二と歩き始めるのを見計らい、僕らは江川の背中 を押してやった。 「俺達の方が優しいだろ。素直に言うこと聞けよ」 「そう、それがおまえのためだ」 僕と敬介の忠告に、江川は眼鏡をしきりにいじりながら、「わ、分かった。 分かりました」と答えた。 森には秋が来ていた。 色、匂い、温度……何もかもが、秋だ。 歩けばかさかさ、落ち葉の壊れる音がする。 夏ほど暑くないし、虫やとかげも少ない。寂しいと言うべきか、安心して進 めると言うべきか。 「一体どういう噂なの?」 榊原に尋ねられ、僕はちょっと間を取る。考えをまとめるためだ。 「天神森をどんどん、どんどん奥に行った先に、チャールズ=レンジャーって いう人のお屋敷がある」 「外国の人?」 僕の斜め後ろから、浩二の声が届く。早くも息を切らしている様子があった。 「うん。イギリス人だってさ。そのレンジャー一家が日本に来たのは、大正っ ていう時代で、貿易の仕事を始めたらしいんだ。元々お金持ちだったけど、さ らに成功して、大金持ちになった。それに合わせて、お屋敷もどんどん広げら れていって、プールやテニスコートもあったって」 沼沢からは、野球ができるぐらい広かったと聞かされていたが、いくら何で もそれはないと思い、言わないでおく。 「何人家族だったのよ、そこ」 守中の質問と同時に、枝の折れる音がした。誰かが踏み潰したらしい。 「チャールズ=レンジャーとその奥さん、子供が二人。あと、執事さんにお手 伝いさんが何人もいたらしい」 「年齢は?」 いちいち細かいなあ。 「知らないよ。問題なのは、奥さんが日本人だったんだ。イギリスで結婚して、 日本に移り住んだんだってさ」 「国際結婚ですね。当時としては、進んでる」 江川が感心したように言う。うなずくのはいいが、目を閉じるのはやめろ。 危なくて見てられない。 「日本に来てから産まれた子供は、当然混血で、二人とも髪や肌の色は日本人 なんだけど、目が青かった。それが他の人には気味悪がられて、陰口みたいな 感じで、差別を受けたそうなんだ」 「何となく、結末が見えてきたぞ」 敬介が笑うのが分かった。先回りされたら困る。僕は急いだ。 「それが段々、あからさまになっていってさ。子供達は、同じクラスの子から 色んな意地悪をされて……靴を隠すとか、水をかけるとかだけど。その内、家 の方までやってきて、泥団子や石を投げたんだって、家の壁に」 「そんだけやられて、反撃しなかったの?」 憤慨したように、守中が言った。 君とは違うと心の中でつぶやいてから、僕は答える。 「言葉の発音が少し変わっていたせいもあったみたいで、ほとんど言われるが まま、されるがままだった。その上、家には母親しかいなかった。父親のチャ ールズ=レンジャーは、仕事が忙しくてよく留守にしてたんだ」 「それでも、母親がちゃんと言えば」 「だめなんだよな、それが。外国人の手先って言われて、その女の人まで石を 投げられて……当たり所が悪くて、失明しちゃった」 「ええ?」 「すぐ病院に行けば助かったかもしれないんだけど、運悪く、古井戸に落ちて、 誰にも気付かれないまま死んでしまった」 「古井戸って、どこの?」 この質問は榊原。 「レンジャーのお屋敷の井戸だよ。家を建てたときに、すでにあったんだそう だけど、使っていなくて、放ったらかしだった。草ぼうぼうだったから、目立 たなくなってたし、そのときの女の人は目が見えない状態だったから、気付か なかった」 「子供達は?」 「母親が自分らのために外に出たのは知っていた。だけど、いつまで経っても 帰って来ないのを心配して、自ら探しに出た。そのときにはもういじめっ子は いなくて、辺りは恐ろしいぐらいに静かだったそうだよ。空はどんどん暗くな って、今度は子供の内の一人が、深い溝に落ちた」 「溝まであるのか」 敬介が呆れたように言う。 「不運にも、数日前から降っていた雨のせいで、水の量と勢いは凄いことにな ってて、落ちた子供はあっと言う間に流されたらしい。らしいってのは、誰も その場を見てないからさ。残った子供は、母親と兄弟を捜し回ったけれど、結 局見つからなくて、家に戻って、一人でわんわん泣いてて、泣き疲れて……や っと父親が帰って来たときには、もう声も出ないぐらいにぐったりして、痩せ てたってよ。父親は慌てて病院に運んだけど、助からなくて……そのあと、も う一人の子供と奥さんの遺体が相次いで見つかった。そのショックで、チャー ルズ=レンジャーは、屋敷で一人、焼身自殺をした。屋敷も半分以上が焼け落 ちたが、レンジャー家の呪いが恐くて誰も手を着けないまま、残っている」 それで恨みを持って、まだ天国に行けない魂が幽霊になり、今もその屋敷の 中や周りをさまよっているんだ」 畳み掛ける喋り方がよかったのか、みんなしんとしていた。しばらく、足音 だけが続いた。 「よくできた伝説です」 最初に口を開いたのは、江川だった。 「でも、僕が聞きたいのは、そういうことじゃありません」 「じゃあ、どういうことなんだよ」 「今現在の話ですよ。誰かが幽霊を目撃してるんだったら、その話をしてほし いんです」 「いいぜ。具体的に誰それってのは分かんないけどな、いくつでも目撃した話 はある」 「いいですねえ」 そう言う江川を振り返ってやったら、顔色が悪いように見えた。口調がいつ にも増して丁寧だと感じていたけれど、多分、恐くて震えるのをごまかすため に、固くなってるんだ。 「母親が死んだ井戸には、毎月命日になると、女の人が泣いてるみたいな音が して、水が染み出す。そして幽霊が立つこともあるって言ってた」 「空耳、見間違いに決まってます」 「二階の窓に、人魂が浮かぶのを見たって人が何人もいるんだってよ。その窓 があるのは、ちょうど子供が泣き叫んでた部屋でさ」 「プラズマか、ぶよみたいな小さな虫に発光物質が着いたんですよ」 どこからかの受け売りを言ってやがる。 「子供の溺れ死んだ溝の近くに行くと、何も起こらないんだが、そこから立ち 去ろうとする瞬間、首筋が冷たくなる。振り返っても、誰もいない」 「天気雨か、蝉のおしっこ」 「チャールズ=レンジャーが自殺したところに立つと、どこからともなく、肉 の焦げる匂いが……」 「気のせいか、じゃなけりゃ、近くの家の料理の匂い!」 江川が金切り声を上げたところで、敬介が止めに入ってきた。 「もういいじゃないか。こんなところで言い合いしたって、終わる訳ない。屋 敷を見れば、一発で分かる。そうだろ?」 「……」 僕と江川は黙った。 別に僕は、幽霊がいると信じてる訳じゃない。いるかどうか、噂になってる んなら確かめなきゃ気が済まない。それだけなんだ。頭ごなしにいないと決め つける奴より、よっぽどいいと思ってる。 −−続く
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