長編 #4204の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「夏生、なすの食べ過ぎか?」 紫色になった腕を、不穏な目つきで眺めて兄の秋穂が茶碗をおいた。今日の晩 飯は僕が食事当番。なすの味噌汁の何が悪いんだ。確かに買い込みすぎて、三日 分ぐらいの量を作っちゃったけど。 「兄貴、今俺の腕つつこうとか、考えてないか?」 思わず両腕を庇いながら問いかけると、ニヤニヤ笑っている。どうやら、その つもりだったらしい。 「ったく趣味悪いよな。よくこんな兄貴と遠距離恋愛してるよ美雪さんは」 ブツブツ言いながら食器を片付ける。食器洗いは食べてすぐやらないと、やる 気が無くなってしまうのだ。こうしてみると、しみじみと母さんて偉大だったな、 と思う。兄貴も俺も、必要に迫られたから料理はしているが、どうも質より量に なってしまう。栄養はまだしも、味の方はおそまつなものだ。 「美雪は、お前と違って俺の良さが分かっているんだよ」 「チェ、のろけてやがる」 お湯を出しながら、ふと僕は思いついて聞いてみた。 「そういや、兄貴って美雪さんのこと、いつ頃から美雪ってよぶようになったん だ?」 「美雪のこと?」 「俺の覚えている限りじゃ、俺が小学生の頃には美雪って呼んでたよな」 ご近所の幼なじみというやつで、僕は兄貴と美雪さんがつきあいだす前のこと もよく知っている。確かあのころ兄貴は中学生で、その年代で女子の名前を呼び 捨てにするのは、今思うと結構珍しい。 「……もっと前は、美雪ちゃんと呼んでた気がするんだけど」 食器を洗いながら、思い出していると、兄貴の声が背後からぼそぼそと聞こえ てきた。 「美雪ちゃんって呼ぶのを、友達にからかわれたんで白石って呼ぼうとしたら、 美雪がごねたんだよ」 「どんなふうに?」 「白石って呼んだら、秋穂ちゃんって呼び続けてやるって脅迫されたんだ」 「……なるほど」 妙に納得してしまった。秋穂という名前は、女の子に間違われやすく、兄貴は 特にちゃん付けされるのを苦手としていたのだ。 「で、美雪は俺のことを秋穂と呼ぶ代わりに……」 「兄貴は美雪さんのことを呼び捨てすることになったんだ」 苦笑いしながら、兄貴がまあな、と答える。でも僕は何となく羨ましかった。 佐和子先輩は、僕のことを「空条君」と呼ぶことにも、僕が「紫野先輩」と呼ぶ ことにも、たぶん何も感じていない。 ふと僕は重大な過ちに気が付いて、思わず茶碗を落としそうになった。 僕は、今まで「佐和子先輩」と自分が呼ぶことにばかり執着していたけれど、 はたして佐和子先輩は、それを受け入れてくれるんだろうか。もしかしたら、 「紫野先輩」と「空条君」の関係以上のものを、彼女は全然考えていないのかも しれない。 「夏生、電話使うからな」 日課の美雪さんへのコールに部屋を出ていく兄貴の足音を聞きながら、僕は流 れるお湯を呆然と見ていた。 ボールを持ち上げ、二回つく。板張りの体育館の床に、鈴を鳴らすような、独 特の音が響く。 サーブを打つ前のこの空気が、僕は何となく気に入っていた。 左手でボールを宙に浮かせ、心の中でいち、に、さんと数えながら右手を振り 上げる。さん、のところで、ボールと右手が重なる。 「よっしゃ!」 心の中で、小さく叫ぶ。結構良いあたりだった。打った瞬間の感覚で、ミスか 上手くいったかどうかは判断が付く。これなら、サービスになるかもと期待しな がら、僕はネットをこえるボールを見ていた。 「空条、そろそろいいぞ。あがろう」 九浄先輩が、教科書の手本のようなレシーブをしてそう言った。 ……ちょっとがっくり。 「空条?」 「あ、はい。片付けます」 今日は木曜日。昨日に続き僕は残されていたが、今日はサーブを打つ側に回さ れていた。九浄先輩が、代わりにレシーブをしてくれる。 「つきあってもらって、すみません」 ネットを外しながら頭を下げると、九浄先輩は、もういいよ、と苦笑した。 「それより、来週俺達二年は来られないけど、さぼるんじゃないぞ」 「え、来週何かあるんですか?」 「……おまえ、今日の話聞いていなかったな」 九浄先輩の視線が痛い。僕は愛想笑いを浮かべて頭をかいた。 「仕方ない奴だな、来週から修学旅行に行くって言っただろ」 「そうでしたっけ」 「そうだよ。あ、栗林さんにも伝えておいてくれよ」 「栗林に?」 「今日、休みだったろ、珍しく」 「あ、そういえば」 教室にはいたのだが、この間のことを怒っているのか、最近一言も話をしてい ない。そろそろ三日たつし、いくら何でも長いので部活の時にでも、一応謝ろう かなと考えていたのだが、すっかり忘れていた。そもそも、部活に来ていないの では話にならない。 「明日は、演劇部が丸一日体育館占領するし、来週まで部活はないから」 「そうですね。教室であったときにでも伝えておきます」 「そうしてくれ」 だが、結局教室で栗林に用件を伝える必要はなかった。片づけを終え、自転車 通学の九浄先輩と別れた駅で、僕は見慣れたポニーテールを見つけたのだ。 「あれ、栗林?」 「……夏生」 声に、元気がない。 「どうしたんだ? 部活休んでるのにこんなとこにいるなんて……何かあったの か?」 「ちょっと、用事。あんたみたいにサボリじゃないわよ」 言ってる内容は可愛くないが、声にいつもの張りがない。それが気にかかって、 僕は栗林の顔を覗き込んだ。 「変だぞ、お前。あ、俺のことまだ怒ってるとか? 何か分かんないけど、気に さわったんなら謝るからさ、いい加減機嫌直せよ」 「別に、怒ってないわよ」 そう言って、はぁーっとため息をつく。怒っているというより、呆れたような ため息だった。 僕は何て言ったらいいのか分からなくなって、困っていたが、ふと九浄先輩の 伝言を思い出した。 「あ、そうだ。来週まで部活ないから。明日は体育館使えないから、一日休みだ って九浄先輩が伝えてくれって。今日、お前いないからさ、俺謝ろうと思ってた んだけど、ちょうど会えて良かったよ」 「そう」 一瞬九浄先輩が、栗林が休んだの気にしてたぞ、と付け加えようと思ったが、 やぶ蛇になっても怖いのでとりあえず黙る。それでも九浄先輩のことが話題に上 ったせいか、栗林の表情が和む。 「……ちょっと、久しぶりに言い合いしたんで、疲れたのよ」 言い訳するように小さく呟き、栗林はスカートを翻した。 「あたし、3番ホームだから」 それから、パッと振り返って大きく手を振る。 「バイバイ夏生、また明日ね!」 そう言った栗林は、いつもの元気な栗林で、僕はほっとしながら手を振り返し た。 静まり返った図書室の前。 僕は大きく深呼吸し、扉に手をかけた。部活に遅刻していたのがばれてから、 ここに来るのは三日ぶり。無言の栗林の視線に負けて、どうしても体育館に直行 せざるを得なかったのだが、今日は幸い部活も休みだ。コンクールだか何だか知 らないけど、体育館を占領してくれた演劇部にちょっと感謝する。 古くなって、建て付けがあまりよくない木の扉は、開けるのにちょっとしたこ つがいる。そっと持ち上げ、横にすべらせるのである。 「…………ん?」 開いた扉の向こう、黒板に向かってしゃがみ込んでいる人影があった。 「さ……紫野、先輩?」 見覚えのある背中に声をかける。瞬間背筋がびくっとし、白い顔が振り返った。 「あ、空条君」 「気分でも悪いんですか?」 顔色があまり良くない。もともと色白だけど、青ざめて見えるのは、気のせい ではないだろう。 「ううん、何でもないわ」 だが、佐和子先輩はきっぱりと首を振った。 「大丈夫、黒板の下を掃除していただけよ」 それより、と言葉を継ぎながら、厳しい表情になる。 「部活、大丈夫なの? ダメよ、遅刻したら」 「……だいじょうぶです。今日は休みだし、普段も別に図書室に寄ってる暇くら いあるっすよ」 痛いところをつかれて、憮然とした顔で言うと、佐和子先輩はちょっとだけ微 笑んだ。 「……そうなの? でも、遅刻はダメよ」 その微笑が、妙にちぐはぐな気がして僕はちょっと首を傾げた。 「何かあったんっすか?」 「え?」 「さ……紫野先輩、何か変」 「変って、何が?」 「顔が強張ってるっていうか、何か隠してませんか?」 「……ちょっと疲れてるかもしれないわね。ここの所ばたばたしていたし」 「今日は、早く帰ったほうがいいっすよ。俺、送りますから」 心配になってそう言うと、佐和子先輩は困ったように、首を振った。 「送ってもらうのは、遠慮しておくわ」 優しい声だったけれど、その裏にはっきりと拒絶の意志が見え隠れしていた。 それで引いても良かったけれど、そうしてしまうには、彼女の表情の何かが僕を 食い下がらせた。 「でも、そんな顔色悪いのに!」 「そうね、じゃ駅まで一緒に帰ってくれる?」 諦めたように苦笑して、佐和子先輩がカバンを持ち上げた。苦笑しながらつい た息が、安堵のように思えたのは、僕の錯覚かもしれないけれど。
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