長編 #4191の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「話がちがうじゃないか」叱責の言葉も、昼の陽ざしのもとでなら威勢がよかった。 「最初の話じゃ、もっと簡単にケリがつくはずだったろう」 視線に圧力をこめて、トエダをにらみつける。骨と皮ばかりの顔に、目だけがぎ らぎらとしていた。まずしい村だった。村の長といっても、まずしさから無縁でい られたわけではない。瞳にこめられる圧力だけが、その地位を保証していたのかも しれない。 昼近い強い陽光が、わびしげなたたずまいの屋敷のなかに、まばゆい照りかえし を投げかける。ちいさな庭に乱雑にころがされた岩の上、野鳥が一羽、翼を休めて 憤怒の息をつく村長にむけ、きょとんとした凝視を投げかけていた。 卓をはさんで村長と正対した幻術使トエダは、焦点のあわぬやぶにらみの目に得 体の知れぬ微笑をのせて、しわがれ声でひょうひょうとこたえる。 「さて。といわれても、の。見たてが狂うことはまあ、あり得るさ」 な、と瞬時言葉をのみこみ、今度ははっきりと怒りを口調にのせて村長はいった。 「無責任だとは思わんのか、そのいいぐさ」 「そうでもないのう」とぼけた返事がかえってくる。怒りが増幅されるタイミング を逸するように言葉を重ねて、「わしの見たてが狂うことはあり得るがの。それで も、この三夜のできごとに限っては、そうではない、というのがわしの見たてでの」 わかりにくいいいまわしをわざと選んで使っているのではないか、と疑いながら、 村長はしぶい顔をして相手の真意をさぐろうと視線をこらした。 どこを見ているのだかわからないやぶにらみの老いた顔からはなんの情報も得ら れず、しかたなしに舌うちひとつして問いかける。 「どういうことだ」 「簡単なことさね。あんたがたの話に、なにか不正確な部分があるのではないかと、 そういうことだよ」 「わしらがうそをついているとでも――」 かっとなって荒げかけた声音にかぶさるように、しわがれ声はさらにつづけた。 「あるいは、隠してることでもあるのか、の」 驚愕と、そしておそらくはうしろめたさに、村長は言葉をのみこみ視線をそらす。 老幻術使は、村長のそんなさまをおもしろがるようにながめやりながら、眼前に だされた茶の椀に手をのばし、ずず、と音をたててすする。 長は口をひらく。 「隠しとることなどなにもない」あらがいは力なく、しりきれとんぼに消えていっ た。「とにかく、わしらの望みはあの妖怪をどうにかしてくれということだけだ。 ほかには何もない。報酬が不服なら、もうすこしなんとかできるよう手を考えてみ る」 傲頑なセリフとはうらはらに、ふたたびあげられた視線にはすがるような色がう かびあがっていた。 「報酬など、ささいなことさね」幻術使はかさかさと笑う。「まあ、もらえるもの はもらっとくがの」 「ちがうよ」 とそのとき幻術使のかたわらからあがった幼い言葉は、切羽つまった口調の村長 によってあっさりと黙殺された。 「なあ、見てのとおりの寒村だ。じゅうぶんな貯えもない。それが、ここ半年の化 物さわぎで、いよいよ村の衆も浮足立って、野良仕事ひとつままならないんだ。ど うにかせにゃ、今年の税も払えんだろう。そうなりゃ、また若いものを税のかたに 都の造成にかりだされる。いつまでたっても、そうして悪いほうへ悪いほうへとわ しらはおいこまれるばかりだ。なぜこんな目にあわにゃならん? その上、妖怪に までつけねらわれるとなると――」 「だが、まだ人死には出とらんのじゃろ?」 「あたりまえだ」と村長は激昂しながら眼前の卓にどんとこぶしをうちつけた。 「人死になんぞでては、もうどうにもならんのじゃ」 「ちがうよ」 と、もう一度、卓の下からかわいらしい声で抗議があがった。トエダの粗末な衣 服のそでを、ちいさな手がしきりにひっぱって注意をうながす。 村長はめいわくそうな顔を隠そうともせず、幻術使のつれである幼い女の子に視 線をむける。 「この子どもを、すこしどこかへやっておくことはできんのかね」 「アリユスや」と、トエダはおだやかな調子で少女のあたまに手をのせた。「おま えさんのいいたいことはわかっとるよ。よければ、思うとおりにさがしにいくがえ え。気になる場所や、ひとのところへ、の」 女の子は、こっくりとたどたどしく首うなずかせると、いまだよちよち歩きのか けらを残したようすでそまつな、それでも村ではもっともぜいたくな家屋をあとに して陽光さざめく外へとでていった。 庭の奇岩に羽を休めていた鳥が、そのあとを追うようにして宙に舞いあがる。 目をすがめながらそんなようすを老トエダはながめやっていたが、やがてふたた び村長にむきなおった。 「まあ、おそらくは今宵あたり、なにもかもあきらかになるだろうさ。なに、心配 することはあるまいよ。これまでと同じように、たとえ何もかわらなくとも、人死 にだけはでないだろうさ。それより、ほんとうに隠していることはあるまいの。ん ?」 いって、どこを見ているのかわからないすが目を、下からななめに村長にむけた。 思わずのけぞりながら、長はこたえる。 「なにも話すようなことなどない」 「なら、ええさ」 トエダはあいまいな顔つきで笑いながら、ふたたび茶を音をたててすすりあげた。 ひょう、とどこかで鳥がないた。 かなしげな声音だった。 ほこらはそまつだったが、ふるびた村のたたずまいからはやけに浮いて見えた。 損耗の牙もいまだおよばず、ただ村のかたすみにひっそりとたたずんでいる。なか には、どこかからひろってきた岩石を荒くけずっただけの、神像とも見えないこと はない像がひとつ。 アリユスはその像を、まるでそうして見つめていればいずれ何かを語りかけてく れる、とでもいったふぜいで、真剣な面もちで見つめている。 「おや、お嬢ちゃん。こんなところでどうしたんだい?」 畑仕事の手を休めて近づいてきた中年の女が、わざとらしいほど明るい口調でそ う呼びかけてきた。 「おじいちゃんはどこいるんだい? こんなとこにいると、こわいおばけがでてき てお嬢ちゃんをとって食っちまおうとするよ」 いって、がっはっは、と豪快に笑う。 少女はそんなようすを不思議そうにながめあげて、いった。 「ちがうの」 「おや、なにがちがうんだね?」 中年女は、がっちりとしたたくましいからだをおりまげるようにして少女の視線 とおなじ高さに顔をおろし、満面に微笑をうかべてみせた。 「おばけじゃないの」 少女はけんめいな口調でたどたどしく、主張する。 「おや、お嬢ちゃんはかしこいねえ」 女は笑いながら少女のあたまをなでた。 が、つぎにアリユスが口にしたセリフに、ひくりと硬直することとなる。 「ここにいるのはだーれ?」 真剣なまなざしで中年女を見つめながら、ほこらを指さしている。 女の顔が奇妙なかたちにゆがんだ。 瞬時、言葉につまり、ようやくおしだした声音にも狼狽がありありときざみこま れていた。 「だれって、そりゃあんた。べつにだれってわけでもないがね。いや、つまりそり ゃ、要するにこういうことさ。これは神さまのほこらなんだよ。神さまのね」 「なんの神さま?」 きまじめな口調で問いかける少女に、女はうぐ、と声をつまらせる。 「道ばたの神さまさ」 うろたえた口調で、意味をなさない言葉を口にし、いかにもあわてたふぜいをと りつくろって、女は腰をのばすしぐさをしてみせた。 「さーて、あたしゃもう一仕事かたづけてこなくちゃ。お嬢ちゃん、あんまりあち こちうろついてたら、迷子になっちまうからね。はやく長んとこにお帰り」 そそくさとその場をあとにした。 少女はしばらくのあいだ、そこにたたずんだままでいたが、やがて村にひきかえ した。 午後の陽光が、流れる水のおもてに映えてきらきらとかがやいていた。しばしの あいだアリユスは、宝石のようなそのかがやきに魅せられたように見入っていたが、 やがて、ふいと顔をあげて四囲をながめわたす。 かたわらの水車小屋では、木の歯車がかみあい回転することりことりという音が、 あたたかく規則的に鳴りわたっていた。 頭上の樹枝にとまった影鳴き鳥が、ひょう、と中空の骨を吹きならすような声を たてる。地方によっては、人死にをさそう、と忌みきらわれている鳴声だった。 やがて、畑へとつづく小道を大またでのし歩いてくる体格のよい人影に気づき、 アリユスはまっすぐに視線をむける。 ふてぶてしい面つきをした大柄な若者は、水車小屋のかたわらにたたずむ幼女に いぶかしげな視線をくれながら近づいてきた。そのままとおりすぎようとして、思 いなおしたように向きなおり、腕を組んで少女をながめおろした。 「ここで何をしてる」 ぶっきらぼうな口調だが、少女はいささかもひるんだようすを見せず、空を見あ げるように長身の若者をながめあげ、そして問うた。 「ここにいたのは、だーれ?」 瞬時、狼狽の色が若者の、意志の強そうな顔貌をはしりぬけた。 「だれもいるもんか」早口でまくしたてる。「ここは水車小屋だ。ひとが住む場所 じゃねえ」 「でも、影鳴き鳥が鳴いてるよ」 不思議そうな顔をして、アリユスはさらに問いかける。 「鳥が鳴いたからどうだってんだ。いいか。ここはな。よそものがいるところじゃ ねえんだ。とっととどこかへ失せやがれ」 ことさらに脅迫的な口調でいいはなち、こわい顔をして少女をにらみおろす。 対してアリユスは、無言のまま、邪気のない視線で静かに若者を見つめかえした。 片手にもみたない年齢としか見えない少女に見つめかえされ、気圧される思いに 耐えきれず若者はもういちど口をひらこうとした。 その機先を制するように、ふいにアリユスはいった。 「あの、ほこらにいるのは、だーれ?」 小首をかしげたさまに他意は見あたらなかったが、それでも若者は平静ではいら れなかった。 「だまれ。よそものがあれこれ詮索するんじゃねえ」 いって、歯をむきだしてみせる。 「せんさくって、なあに?」 返された無邪気な反応は頭から無視して、若者は口角泡をとばしながら少女に指 つきつけ、言葉をたたきつけるようにしていった。 「あまり村んなかうろちょろするんじゃねえ。いいな」 荒い語気をおきざりに、憤然とした足どりで水車小屋に背をむける。 かたわらでは小川のせせらぎが静かに流れていた。 ことり、ことりと、まわる水車が規則ただしく足ぶみをする。 遠ざかる背中に憤怒と――そして狼狽がゆらめくのを、アリユスは不思議そうに 見送った。 村内を流れる川のかたわらに立って、流れる清澄な水を見るともなくながめやっ ていた幻術使トエダのもとへ、ふたたび怒りを満面にたたえたまま息せききって長 がおとずれたのは、ながい一日がようやく暮れようというころあいのことだった。 「おい、あんた。いったいどういうつもりなんだ」 開口一番、興奮しきった口調で問いかける。 対して老幻術使は、あいもかわらず得体のしれない微笑をうかべて焦点のさだま らぬ視線をななめにながめあげ、 「はて。これまたやぶからぼうじゃの。いったいなんの話だね」 「とぼけないでくれ。あの小娘だよ。あんた、あの小娘を使って、いったい何をさ ぐろうってんだい」 「小娘、というのはアリユスのことかい?」 「名前などどうでもいい。ああそうだ。あんたがつれて歩いてる、あの子どものこ とさ。娘だか孫だかしらんが、いったい子どもを使ってなにをききだそうってんだ」 「はてさて、いったいなんの話やら」とぼけた口調でトエダはいう。「アリユスが なにをきいてまわってるのかはわしゃ知らんが、きかれて困るような秘密でもある のかいの、この村には。ん?」 やぶにらみの片目を、下からのぞきあげるようにして村長にむけた。 思わずあとずさりながら、長はいう。 「なにをいいがかりを。そんなものは何もないといっとるだろう。ただ、村のもん はだれもかれもいそがしいんじゃ。それをあれこれと、あることないこときいてま わられてはめいわくだと、そういう話をしとるんだ。頼むからあの娘をおとなしく させといてくれ」 ふむ、とトエダはあごに手をかけ、わざとらしいしぐさで考えこむ。 「おかしな話じゃのう。この村には、幼い娘子のたわいのない質問くらいで仕事の 能率がさがるような働き手しかおらんというわけかい。それにしても、あのアリユ スもまがりなりにも、この幻術使トエダの弟子での。すくなくともその素質はバレ エス中さがしてもふたりとは見出せぬほど突出したものをもった娘なんじゃが、そ のアリユスが問うことが、あることないこと、というのはいかにも解せぬわい」 げせぬ、げせぬとくりかえしながらおおげさに首をひねって見せ、さらに下から 見あげるあの目線で、村長に問いかけた。 「いったい、アリユスが村人にきいてまわっているというのは、どんなことかの?」 う、と目をしろくろさせて長はのけぞった。 「どんなことか、といっても、そりゃつまり、たわごとだよ、わけのわからない。 だからつまり、幼い娘子のいうことだからと、むげにもできずに村のもんも困って おるのだ」 「はて。奇妙じゃの」とトエダはいった。「わしも実はさきほどアリユスにいき会 うての。たぶん、あんたのいうその、たわごと、とやらと同じ質問をうけたところ なんじゃがのう」
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