長編 #4159の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
指がけいれんしそうだった。 退場門の外へ出るが早いか、両手を激しく振る純子。 (確かに一等を取れたけど、疲れる……) 運動会(正式には体育祭)の予行演習は、晴天の下、滞りなく進んでいた。 気温は暑いぐらいで、じっと立っているだけで汗が浮かんでくるほど。九月に 入ったとは言え、夏の日差しが残っている。 予行演習では、入退場をするだけで実際には行われない種目もあるが、ジェ スチャーレースは本番さながら実施された。 「うまくいったじゃない?」 相羽が話しかけてきたが、純子はそっぽを向く。 「私、分かったわ。早けりゃいいってもんじゃないって」 「どうして?」 クラスの席へ向かう途中、相羽が不思議そうに尋ねる。尖らせ気味の唇から、 不満も入り交じっているかもしれない。 「一番だったじゃないか。暗号のおかげで」 相羽がかつて言っていた早く伝える方法とは、言葉を一文字ずつ指の動きで 表すというもの。右手で「AKSTNHMYRW」、左手で「AIUEO」を 表現する。一例を挙げると、「か」は、右手の親指と人差し指、左手の人差し 指を立てるのだ。濁音や半濁音などは、清音として伝え、適当に推測する。 いい案だと思った純子は、練習の甲斐あって、すらすらと変換できるように なっていたのだが、予行演習でやってみると、色々と問題も見つかった。 まず、みんなから怪しまれないよう、腰を振りながらしなければならない。 これが結構、気が散る。さらに、人の目があるのとないのとでは、随分違った。 「だいたいねえ、目立つのよ」 「目立つ?」 応援席が近い。座る位置が離れているので、立ち止まって話す。 「そう。相羽君が先に伝える役をやったでしょ。難しい単語は、指の暗号で教 えてくれるから早く分かるわけよね。すると、交代するのも一番早いから、私 一人がお尻振ってる……」 言っている内に思い出し、両手で頬を覆う純子。 「他の組の女子と一緒なら、まだ目立たないのに」 「……なるほど、分かった。ごめんな」 「謝らなくていいけど」 「それじゃあ……僕は普通にジェスチャーで伝える。そうすれば、涼原さんも 他の女子と同じタイミングになるだろ? そのあと、暗号を使えば早く済むよ」 「……うん」 「どうかしたの?」 相羽が戸惑ったように瞬きを多くし、ついで、眉を寄せた。 「何か考えごとしてるみたいだ」 「あのね、相羽君」 そろそろクラスメートの視線を気にしつつ、答える純子。 「こういうのって、やっぱりいけないと思うの。ずるい」 「……ルールで決められてるわけじゃないよ。暗号を使ってはいけない、なん てね」 頭をかきながら、相羽は表情をやわらげた。 純子は肘を伸ばした状態の両手を後ろで組み、もじもじと地面を見つめる。 「それはそうだけど。これはゲーム……ジェスチャーレースっていう名前が付 いてるんだから、ジェスチャーで伝えなきゃいけないと思う」 「腰を振るのがジェスチャー? はは」 「もうっ、分かってるくせに、意地悪言わないで」 面を上げ、純子がきつくにらむと、相羽は小さく息をついた。 「分かってる。君がいいって言うんなら、やめるよ、指の暗号」 「よかった、分かってくれて」 「それより、練習し直さないと、やばいかもね」 相羽が自嘲気味の笑顔を見せながら肩をすくめるので、純子は首を傾げた。 「どうしてよ。指の暗号は……」 「そうじゃなくてさ。これまで暗号に頼ってただろ。まともにやるんだったら、 涼原さんの腰の振り方、よく頭に入れとかなきゃ、全く分からないかも。それ が心配で心配で」 「−−もう、知らないっ」 くるりと背を向け、席に走った。 仮装行列用の準備を始めたのだが、いきなり大問題が立ちふさがった。 「話し合ったって、決まるはずないじゃん」 輪になって話している女子の外で、清水が面倒そうに言った。 「じゃんけんにしろよ。よっぽど早い」 「簡単に言わないでよ」 邪険そうに言って、追い払うように手を振った町田。そのまま男子達を蚊帳 の外に置き、額を寄せ合っての議論を続ける。 「三人かぁ……純は決まりとして」 「ちょ、ちょっと、何でよ」 上体を向けて、抗議する純子。 純子達の3−3班は、誰がフラッシュ・レディの役をするか、もめていると ころ。資料で改めて目の当たりにすると、フラッシュ・レディの主役三人組は、 かなり涼しい格好をしていた。やる、やらないで、必死にもなろうというもの だ。 町田は、さも当たり前のように答える。 「だって、人前で肌を出すの、慣れてるでしょ」 「関係ないっ」 思わず腰を浮かせたが、まずいと考え直し、すぐさま座った。 (モデルのこと、言ってない子もいるんだった) 冷や汗をかく気持ちで他のみんなを見やると、予想通り、白沼が怪訝そうに 眉を寄せている。 「肌を出すって、涼原さん……?」 「え? ううん、何でもない何でもない」 笑ってごまかそうとするが、白沼は気になって仕方ないらしい。しきりに首 を傾げ、髪をかき上げる。 同じ班の遠野も知らないはずなのだが、彼女の態度に、特に聞きたがってい る様子はない。 「きりがない。班のみんなの投票で決めるのって、だめ?」 しびれを切らしたように、相羽が提案した。 途端に、「それにしよっ」と「だめ!」の二つの声が上がる。 と言っても、反対の意を表したのは、純子ただ一人。 「−−と」 みんなの視線が集まったので、口元に片手を当て、照れ隠しする。 町田がすかさず、笑いながら告げる。 「反対理由を述べよ」 「それは……男役に選ばれたことを思い出しちゃって。白沼さんの他は、みん な六年二組だった人ばっかりでしょ。面白がって、また私に……」 「そんな心配、ないない」 軽い調子の清水を、純子はにらみつける。 「あんたが一番、信用できないのっ」 「んなこと言われたってなあ。最高の組み合わせをしようと考えりゃ、結果は 見えてるよな」 「そうそう」 同調する勝馬。 「まあ、いいじゃない、涼原さん。こういう決め方しか、残ってないよ」 「うーん……」 「それにさ、男役ったって、『フラッシュ・レディ』の男役、三つぐらいなも んだよ。セシアかドームか下っ端。僕らが女役をやりたくないんだから、男役 は涼原さんに回らずに埋まる」 「そ、そうよね」 説得されて、折れた。 そうして九人がそれぞれ紙を用意し、配役の組み合わせを書き始めた。 「自分自身も、何をやるのか書くの?」 前田が困ったように皆を見渡す。 「当然、そうしなきゃいけないだろう。九つ、役を用意したんだから」 立島に言われて、前田は頭を捻りながら記入を続けた。 純子もまた、頭を痛める。 (女の子のキャラクターで、一番地味なのは……) 資料のイラストに、ちらと視線をやる。 (フラッシュ・レディのレイはレオタードみたいな格好だし、マリンはチャイ ナドレス。敵のカオスは、たてがみが目立つ上に、ごてごてしたドレス……。 そうなると、残るのはフラッシュ・レディの一人のエアか、敵役のファジーよ ね。ファジー、下のパンタロンはいいとしても、結構、胸元が開いてるぅ。や っぱり、エアがいい) エアのコスチュームは、肩や腕の辺りを覆う甲冑めいた装飾を除けば、普通 の服だ。色合いも緑系統が中心で、大人しめ。無論、この時点で、どんな材料 を用いて作るのかは決まってないが、他と比べれば目立たない格好には違いな い。 (自分はエアとして。ファジー……大人しい遠野さんかな。髪型が違うけど、 かつらでカバーすればよしと。カオスは芙美のイメージよね。レイとマリン、 どちらかが白沼さんで、どちらかが前田さん。どうしよう……そうだ、セシア を立島君にすれば、レイが前田さんで、ぴったり。あとは、清水と勝馬君が下 っ端でいいって言ってたんだから、相羽君はドーム?) それなりに理屈を付けて、純子流の配役は決まった。 全員が書き上げたところで、九枚の紙片が集められる。 「じゃ、書き出してみるわよ」 白沼が開票役を引き受けた。新たに大きな白紙を用意し、配役名をすらすら と記す。 そして集めた紙を広げる度に、配役名の後ろに続ける形で、順次、皆の名前 を書いていった。 各人、自分の名が登場する毎に、様々な反応を示す。顔をしかめたり、「げ っ」と声に出したり。喜ぶことは、滅多にないようだ。 「はい、これで終わりっと」 弾んだ声で白沼が言い、皆の方へ紙を向ける。 それぞれ、最も支持された名前を丸で囲んであった。 「な、何でよ」 純子は紙面上の一点を指差しながら、声を上げた。 思惑が外れて、主役中の主役、レイが割り当てられていたから。 「ぴったりじゃない」 含み笑いをしつつ、立島が拍手の真似をする。 「どこがよ、立島君? 全然、似てないわよ。だいたい、レイの胸、こんなに 大きい……」 自分にはない、とまでは口に出さず、続ける。 「だっ、だから、他の……前田さんか白沼さんが、お似合いだと思うけど!」 「文句言わないの、純。これで決まりだからね」 町田は満足そうだ。見れば、彼女の役はファジー。ヘアスタイルは、そっく りと言っていい。 「芙美はそれでもいいでしょうけど、私は」 「希望通り行ったのは確かだけど」 どうやら、町田本人も、ファジー役を希望していたらしい。 続いて、白沼が口を開く。 「私も希望通りだわ。チャイナドレスっぽいの、着てみたかったの」 うふふと嬉しそうに笑みを浮かべた。白沼はマリン役。 他にも清水と勝馬が敵の下っ端ブラックメットになり、望み通りに。カオス 役になった前田にしても、かつての推理劇で犯人役をやって以来、悪役づいて いるのか、カオスかファジーのどちらでもよかったらしい。 「下っ端でよかったのにな」 「うん」 希望が叶わなかった組の立島と相羽が、慰め合うかのように、互いにうなず いていた。立島がドームで、相羽がセシア。ドームとカオスは、敵役男キャラ と女キャラの双璧で、まあ、立島・前田のペアに似合いと言えなくもない。 「遠野さん、代わってくれない……わよねえ」 「え、ええ。エアって、結構好みのキャラクターだし……」 遠野はやんわりと、純子の持ちかけを拒んだ。彼女自身も、純子と似た思考 を辿ったらしく、当人は最終的にファジー役を狙ったようだが、エアでも納得 している様子だ。 「うだうだ言わない。これで決まり! いいね?」 町田の断に、他の者もうなずいた。積極的あるいは不承不承と。 「こういう水着みたいな格好して、スカートを履くなんて、昼間からやること じゃないよー」 「夜やったら、もっと危ないと思うけれど」 白沼にすかさず返され、純子は勢いをそがれた。言われてみれば、そうかも しれないが。 「あとは、どれだけ安上がりにするかってことと、三十秒アピールで何をする かだな」 立島達は、さっさと次の相談に入ってしまった。 一人、取り残された純子は、もう一度だけ、雑誌ページ上のフラッシュ・レ ディ、レイの姿を見た。 ため息が出た。 −−つづく
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