長編 #4126の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「座りなさい、騎士さん」 元の調子に戻ったオウランは、椅子を指し示す。イリスは、腰をおろしながら、 オウランを見つめた。オウランはもう一度、微笑む。 「いいですか、騎士さん。私たちは、議会の決定により、罪人として王国の首都 トラウスより追放された者です。その時点で、中央との関係は絶たれたはず。な ぜ、今更、議会の命にしたがう必要があるのですか」 今のオウランの笑みは、酷く哀しげに見える。 「放っておいて下さい。私たちを。あの子がトラウスへいっても、兄の二の舞に なるだけですわ」 イリスは、どうすべきか迷っていた。再びトラウスへ戻れるという話が歓迎さ れず、拒絶されるとは夢にも思っていなかったことだ。どうすれば、オウランを 説得できるか思いつけない。 「騎士さん、ご存知だと思うけど、エリウスは5歳になるまで言葉を喋りません でしたし、未だに読み書きはできません」 イリスは、曖昧に頷いた。そのうわさは、聞いている。 「それはあの子にとって、言葉は必要ないものだからですわ。あの子は私たちが 本を読むように、野や山を読んでいます。私たちが見る野山より、遥かに多くの ものが溢れた野山を、あの子は見ているのよ。あの子の場所は、このスターデイ ルであって、トラウスではありません」 イリスは、ようやく反論した。 「あなたは、自分の息子が王になれるかもしれないのに、羊飼いにしてしまうお つもりですか」 「山羊ですわ」 「え?」 怪訝な顔をしたイリスへ、オウランは少しなげやりに言った。 「家で飼っているのは、山羊ですわ」 イリスは、少し頬を赤らめ、立ち上がる。オウランは相変わらず優しげな笑み をうかべたまま、扉をさした。 「お帰りは、あちらから」 イリスは、何かを言おうとして、やめた。一礼すると、出口へ向かう。リンダ は満足げな笑みをうかべ、頭をさげた。 「もうこなくていいですよ、騎士の嬢ちゃん」 叩きつけられるように閉ざされた、扉の音を背中で聞いて、イリスはため息を つく。 風の強い、夜であった。エリウスは、部屋の窓から空を見上げる。夜の世界を 統べる青ざめた女王である月が、冴え冴えとした水晶の輝きで、地上を照らす。 母オウランと、リンダはもう眠りについているはずであった。まるで深海の底 のように、青く昏いスターデイルの中で、自分がたった一人目覚めているような 気がする。 強い風が木々を揺らし、悲鳴を上げさせた。頭上を巨獣のような黒い雲が、走 り抜けていく。風は魔物のように、地上を駆け抜け、歌声をあげながら山上へと 上っていった。 そして風は、夢見る少女のような薔薇色のエリウスの頬を撫で、その漆黒の巻 き毛をちりぢりにかき乱す。少年の黒曜石の瞳は、風の多少熱烈すぎる愛撫を無 視し、手にした指輪を見つめている。 そして、指輪が語りはじめた。 『おもえの心は、荒野のようだ、少年』 「どういう、ことなの」 指輪にむかって、少年は問いかける。 『おまえの心には、誰も住んでいない。おまえは、誰も見つめていない。おまえ の住んでいる世界は、青空よりも高い虚空の彼方か?』 「僕は、ここにいるよ」 『自由だなおまえは、少年。誰も触れる事のない、遥かなる高みにある荒野、そ の自由の荒野が、おまえの場所だよ』 蒼ざめた夜空の女王の、輝く指先によって、少年の瞳は昏い宝石のように煌め き、黄金の指輪を映す。宮廷画家の描く天使のように、愛くるしい笑みをうかべ たエリウスは、小首をかしげる。 「自由とは、なに?まるで僕は、触れるものも、見るものも無い世界にいるみた いだけど」 指輪は、笑った。天空の星々が瞬くように、黄金の光の滴が跳ね飛ぶ。 『ああ、この世の煩わしき事々よ、おまえは、それらと関わっていないのさ』 「君は、どうなの?えっと」 『指輪の王と、呼んでくれ』 「指輪の王様、君は、自由じゃないの」 指輪は、ため息をつく。黄金の輝きが、微かに曇った。 『私の体には、運命という名の鎖が、二重、三重にも巻かれている。おまえは、 あの天空の高みにある星さ、エリウス。私は、地上に根を生やした木だろうよ』 「運命ていうのは、何の事?君を僕にくれた人も、言ってたね。君が僕の名にふ さわしい運命を、あたえるだろうって」 『それそれ、まさにそれだ。やれやれ、私が君に与えるって?いいや、君の中に ある影を、光の中に引きずり出すだけの事』 風の叫びは、ますます強くなる。千の魔女達が歌を詠いながら、谷間の中を駆 けめぐっているようだ。そして夜空では、気高き蒼ざめた女王の下で、巨大な魔 物のような黒い雲達が、狂乱の宴を開いている。 そして、天上の星々がため息をもらすような美貌の少年は、そよ風のようにそ っと笑う。まるで少年の周りだけ、風が凪いでいるかのように。 「何を引きずりだすって?影ならほら」少年は、水晶のような月の光によって床 に浮かびあがっている、自分の影を指した。「ここにあるよ」 指輪が輝きを、増した。見るものの心へ、狂気の欲望を呼び覚ますような、黄 金の輝き。その光は、少年の黒曜石の瞳の中で煌めく。しかし、指輪のいうよう に、少年の心へはとどかない。 『おまえの心の中の影は、人を支配し、人を動かす為のもの。ようするにだ、私 がおまえを、王にしてやろう』 少年は、聖なる天使のように、にっこり微笑んだ。 「君と一緒かい?指輪の王様」 『私より遥かに偉大な王、私より遥かに気高い王、私より遥かに暴虐な王、それ だよ、おまえがなるのは』 天使の光を宿す少年の瞳の中で、指輪は狂乱の光を放ちつづける。 『誰もがいうだろうさ、おまえほどの王はいないと。高潔さにおいても、残虐さ においても』 「ふーん」 そういうと、少年は大きく欠伸をした。指輪を、懐へしまう。 「おやすみ、指輪の王様」 やがて夜空で叫び続けた風たちは去っていき、蒼く冴えた月だけが残る。少年 と指輪のやりとりを聞いていたのは、ただ彼女だけであった。 「大変です、オウラン様」 嵐の過ぎ去った後の、穏やかな昼下がりであった。リンダが蒼ざめた顔で、部 屋へ飛び込んでくる。オウランは縫い物の手を止め、ゆっくり立ち上がり玄関に 立った。 昨夜の強風が掃き清めたというかのように、青い空は無限の高みまで見透かせ るほど透き通っている。澄んだガラスの輝きを思わす光が、空に残った雲の隙間 から地上へ差していた。その光の下に、屍衣のごとく純白のマントを身に纏った 者たちが佇んでいる。 彼らは、のどかなスターデイルの田園風景の中に降り立った、ヌース神の戦闘 機械である天使のようだ。ヌース神聖騎士団の精鋭6人が、オウランの目の前に いる。その中には、昨日のイリス・コーネリウスもいた。 彼らの騎士としての身分を現す純白のマント以外は、個性的な姿である。ある 者は、深紅に染め上げた髪を空に向かって逆立て、またある者は、剃り上げた頭 に色鮮やかな刺青を施していた。南国の浅黒い肌の者もいれば、死人のように蒼 ざめた者もいる。 人種も姿形もまちまちな者たちに共通しているのは、冬の夜空に煌めく星の光 の冷たさを、その目に宿している事であった。 一人が一歩前に出て、オウランの前に跪く。その者の額には、五芒星の刺青が ある。 「ヌース神聖騎士団、ジャン・レヴィナスと申します。昨日は、イリスが失礼を 致しました」 オウランは、騎士たちを目の前にしても、変わらぬ笑みを見せる。 「いいえ、イリスさんは、とっても気持ちよくお話を聞いて下さいました。もう、 何も言うことは、残ってないのよ、お若い騎士さん」 オウランの言葉にも、ジャンの表情は変わらない。 「私も、何も話す事はありません。私どもは、ただの護衛ですから」 オウランが、息を呑む。木陰から現れた、その人を見た為だ。騎乗のその人の 動きに合わせ、騎士たちが道をあける。その人は、馬から降りると、オウランの 前へ立った。 「久しぶりだね、オウラン」 栗色の長髪をかき上げると、王テリオスがオウランの前に立つ。きらきらと輝 くブラウンの瞳は、3千年の歴史を持つ王国の王としてはあまりに無垢であり、 汚れを知らぬように見える。しかし、口元に浮かぶ笑みは、したたかで抜け目な く、しぶとい性格の持ち主のものだ。 半ば少年、半ば老人のように見えるその王は、言葉を失ったオウランに悪戯っ 子のように微笑みかけた。 「どうしたの、オウラン。もう、昔のように愛を囁いてはくれないの?」 オウランの頬に、血が上る。それを見たテリオスは、ますます楽しげに笑った。 「怒ったね、オウラン。けど言っておくが、君を追放した時には私も若くて力が なかった。私の意志など、大した価値をもたなかったんだよ。まあ、今もそうな んだけどね。私は、今も昔も変わらず、君を愛しているよ」 「よく、そんなことが言えますね」 オウランの顔は、赤みをとおりこして、蒼ざめている。テリオスは、両手を広 げ、優しげに首を振った。 「まあ、怒るのはしかたない。でも、君を愛しているのは、事実だからしょうが ないんだ。嘘のつけない性格でね。理不尽だと思うかい。そうだろうね。だいた い、何千年も続いた王国の政治なんて、理不尽の固まりみたいなもんさ。僕なん て、朝おきて眠るまで理不尽じゃないと思う事は、ないね」 オウランは、一つ息をつく。そして、きっぱりと言った。 「私を愛しているなら、帰ってください。あなたの世界へ。あなた方の理不尽に 巻き込まないで」 「そうしてもいい。しかし、僕には相変わらず大した力はない」 テリオスはもう、笑っていない。 「君には、この谷を血で染める覚悟があるのか?」 オウランは、寂しげに笑う。しばらく誰も、口を聞かなかった。春先の暖かな 日差しが、あたりに満ちている。穏やかな風が、木々を揺らす。空高く、小鳥が 囀る。 オウランは、ようやく口をひらく。 「エリウスをお渡しします、お望みの通り」 「ありがとう、オウラン」 「ただ、私はここに残ります」 「馬鹿な」 テリオスの顔が、曇る。 「なぜ、そんな事を」 「あの子は、必ずここへ帰ってきます。その時まで、ここを守っておく必要があ ります」 「待てよ、僕は君を愛している。僕はどうなる」 オウランは、少しうんざりしたように言った。 「あなたも、一つくらいは、痛みを味わいなさい」 そう言い終えると、背を向け家にむかって歩みだそうとした。その瞬間、オウ ランは、神の手で時を止められたように、動きを止める。いや、そこにいる者た ちひとりのこらず、蒼ざめた竜の吐息によって凍りつかされたように、立ちすく んだ。そして、世界そのものが息を呑んだように、静まりかえる。 その時、家から歩み出てきたのは、エリウスであった。時の止まった世界でた だ一人動いているように、王たちへ向かって歩いてくる。 そこにいる者たちが凍りついたのは、その美貌の為だった。王国が3千年の時 をかけ、丹精に育てあげた黒い夜の夢のような、その髪、その瞳。十五年間、エ リウスを育ててきたオウランですら、いやオウランだからこそ、そのエリウスが 別人ではないかと怪しんだ。 その少年は、中原で最も古い王国がその昏い夢の中で育んだ、黒く妖しく美し い花である。血と死を吸い、黒い金剛石のような美しさを磨いてきた闇の薔薇。 幼子のあどけない純真さを持ち、いかな修羅場をくぐり抜けてきた王でも持ちえ ないような、威厳が少年にはあった。
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