長編 #4120の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
家に母がいてくれて、純子は助かった。特に、精神的に。 事情を聞いた純子の母は、驚きと恥ずかしさと恐縮と感謝、その他様々な情 の混じった顔つきで、とにもかくにも礼を述べた。 「本当に、すみませんでした。うちの純子が、とんだご迷惑をおかけして」 「いえ、仕方のないことです。気になさらないでください。それで、これが」 と、小ぶりな紙袋を手渡そうとする相羽の母。中身はそう、ビニール袋に包 まれた純子の下着。 皆まで言わずとも、純子の母親も心得て、「どうも、わざわざすみません」 とお辞儀をしながら受け取る。それから純子に、家に入るように手で促した。 と、そのときになって、相羽がようやく追い付いてきた。慣れない自転車を、 懸命に漕いできたのがよく分かる。 「これ……どちらに、置けば、いいですか」 切れ切れの息で、純子の母に問う相羽。 「あ、ありがとうね。庭の方に屋根があるから、その下に」 その言葉に従い、門をくぐる相羽と目が合った純子。 (−−!) 純子は頭の中が真っ白になった。まともな思考や判断ができない。 「−−やだっ」 小さく叫んで、逃げるように家に駆け込み、思い切り強くドアを閉じた。 そのドアにもたれて、息を整えようとする。 よく分からないけれど、涙が出て来た。 ドア越しに、相羽の声がかすかに聞こえる。 「あの、大丈夫なんですか、純子ちゃん……」 「ええ。信一君にも心配かけて、ごめんなさいね」 「さ、信一。もう行きましょう」 やがて、車のエンジン音がした。しばらくすると、遠ざかっていく。 ドアを離れて、靴を履いたまま、上がりかまちに腰を落とす。 玄関のドアが開いた。 「純子−−あら、まだ着替えてないの」 「……うん。お母さん……」 「何?」 「ごめんなさい……」 「どうしたの? 謝ることないわ」 並んで座ると、母親の手が純子の肩を抱いた。 「だって……よその人の家で迷惑かけたし」 「それはそうだけど、いつになるか分からないんだから。謝らなきゃいけない のは、お母さんの方よ。注意して、普段からの準備を徹底しておけばよかった のに……林間学校や修学旅行で何ともなかったから、油断していたわ」 「……お母さんが作ってくれた生理用品入れ、仕舞い込んじゃってた……」 泣き声になる純子の頭を、優しい手つきでなでる。 「もういいから。悲しむことじゃないのよ。喜ぶべきこと。大人に近付いた証 なんだからね」 「……うん」 「さあ、とにかく着替えましょう。元々、テニスで汗をかいたんでしょう? シャワーも浴びなさい」 「あ、あの、生理のときって」 立ち上がり、靴を脱いだ母の背に、純子は戸惑いながら尋ねる。 「え? 習ってないかしら。問題ないわ。清潔にして、身体を温めておくのが いいのよ」 「そ、そうなんだ……」 言われてみれば、聞いた覚えがある。ただ、ショックで忘れてしまっている だけなのだろう。 純子はもう一度座って、慎重に靴を脱ぐと、急く気持ちを抑えつつ、胸元に 手を当ててお風呂場に向かった。 何とはなしに熱っぽかったせいもあり、シャワーのあと、純子はベッドで横 になっていた。 じっと黙って、天井を見つめていると、「えーん」と喜劇めいた声を上げて 泣きたくなってくる。 (見られた……あいつに。どうしてこうなっちゃうの) 具合を気にしながら、身体を横向きにし、背を心持ち丸めた。おなかに掛け ていたタオルケットに、しわができた。 (何のことか、分かったのかな……。あの様子じゃあ、分かってないみたいな 気もするけど……でも、でも、おばさまが言うわよね。あーん、私って何てば かで運がないんだろ……) もう何度も繰り返した逡巡を、今また辿った。 「純子?」 ドアが静かにノックされ、そっと開いた。 「お母さん」 「起きていた? 気分はどう? お夕飯、できたんだけど、食べられるかしら」 「……うん」 「じゃあ、起きようか。病気じゃないんだから、しっかり食べないといけない わね」 「……お父さんは?」 ベッドの上で上半身を起こした純子は、ふと思い当たって、聞いてみた。 母親は、にこりと笑い、物静かに答える。 「帰って来てるわよ。あのことなら、話したから」 「話したの? 何て言ってた?」 ベッドの縁に座る格好になる純子。 「うふふ。『だったら、今夜は赤飯か?』だって」 「……やだな、もう。今時、そんなこと」 「純子が食べたいなら、今からでもお赤飯にするけど」 「もうっ、お母さんまで」 くすくす笑いを始めた母に対し、純子はぶつ真似をした。 「よし、その様子なら、元気出たわね?」 「−−うん」 本当はまだ沈んでるけどという言葉は、飲み込んで仕舞っておく。母の軽口 が、元気付けようとしての気持ちから出たものだと、よく分かっていた。 夕食のおかずは、純子の好きな物ばかりだった。 * * 「母さん、聞いていい?」 レストランからの帰り道、相羽は後部座席から、母に話しかけた。 ハンドルを握る母親は、前を向いたまま、「なあに、改まって」と応じる。 ちょうど、手前の信号が赤に変わった。余裕を持って、車体が停まる。 「夕方のことなんだけど。じゅ……涼原さん、どうしたの? 母さんは分かっ てるんでしょ? 教えてよ」 「そうね」 短く息をつき、考え込むようにうつむくと、相羽の母は髪をかき上げた。 「物知りみたいで、こういうところは疎いんだから……。きちんと話した方が いいのかな、難しいわね」 「何が難しいのさ」 「信一の年頃が」 くすりと笑う母親に、相羽は首を傾げた。 「あなたは……純子ちゃんをからかったり、意地悪したりするつもりなんて、 全然ないわよね」 「え? もちろん、ないけど、どういう関係が」 「純子ちゃんはね、女の子から、大人に近付いたの」 説明を聞いても、きょとんとするばかりの相羽。 ルームミラーを介して、その様子を母親が見つめる。 「遠回しに言っても、分からないようね」 青信号になった。苦笑すると同時に、車をスタートさせる相羽の母。 「信一は月経っていう言葉、知ってるのかな」 「知らない。何、それ?」 「ちょっと待ってよ……じゃあ、初潮はどう?」 「初潮……聞いたことある。勝馬や清水達が言ってた。えっと、何だか知らな いけど、体育や水泳の授業のとき、休んでる女子に対して、陰口みたいに使っ てた。あっ。生理とも言ってた、多分」 「意味は知らないのね? そうねえ。−−大人の女性は妊娠して、子供を産む でしょう? だからね、女の子はその前に、子供を産める身体になるように、 時間をかけて準備するの」 相羽には、子供を産む話がいかにも唐突に聞こえた。それでも、息を飲んで 聞き入る。 「その準備が整いましたよっていう合図があってね。今日の純子ちゃんにも、 その合図が現れたわけ。それが初潮って言うんだけれど。初めての生理が初潮 ……分かった?」 「合図って、どんなの? あの、今日の涼原さんみたいに……」 先を言うのは、はばかられる。顔が赤らむのを感じつつ、相羽は目線を落と し、ソファの下部を見る。焦点は合ってない。 「そう、大事なところから、血が出るのよ」 「ね、ねえ。それって、病気じゃないの? 血が出るなんて」 「ふふふ、心配しなさんな。女の人なら、誰にでも起こること。おめでたいこ となのよ」 息子の動揺ぶりがおかしかったらしく、声を立てて大きく笑う母。運転中に しては珍しい。 「でも……痛くないのかな」 「うーん、それは人によってそれぞれだから。純子ちゃんは、痛みは感じてな いって言ってたけれど」 「そ、そうなの……」 「うふふ、安心した?」 「−−べ、別にっ」 むきになってしまったと自分でも意識できたが、今さら隠しても仕方ないの で、そのまま押し黙る。 と、そこへ、母親の落ち着いた口調での呼び掛けが。 「信一。人を好きになる気持ちを、恥ずかしがる必要はないわ。大事なことよ。 私はお父さんを好きになって、お父さんは私を好きになって。そうして、あな たが生まれた」 「……母さん」 「自分の気持ち、大切になさい」 母の言葉に、相羽は黙ってうなずいた。 少しばかり静かなときが流れ、相羽の母は、微笑を浮かべて付け加える。 「ただね、今の信一にはちょっと早いかな」 薄手の掛け布団を丸めるように、相羽は寝返りを打った。 いや。実際には眠っていないのだから、姿勢を変えたと言うべきだろうか。 (眠れない) 暗がりの中、目をぱちぱちさせる。 こんな夜中、普段なら痛いはずなのが、冴えてしまった目は瞬きしても、何 ともない。 目を開けたまま、どこを見るともなしに、考えていた。 (涼原さん……純子ちゃん) 夕方の出来事を思い出すと、名前を呼びたくて、口が動きそうになる。 (大人になるのって……赤ん坊を産めるようになるって、一体) 説明を受けた相羽だったが、完全に把握できたわけでは、もちろんない。 純子の姿を思い浮かべても、どこがどう変わったのか、全然、分からなかっ た。身体の中で何か起こっているのかもしれない考えてもみたが、ちっとも想 像が進まない。知らないことだらけだし、敢えてイメージしたくないのかもし れない。 (−−あ、だめだ) よからぬ方向に想像が行ってしまい、相羽はぶるぶると頭を振った。 (こんなときに純子ちゃんの裸を思い描くなんて……自分では、そんな助平じ ゃないと思ってたけど) この手の想像は、一度始まると、なかなか止められなかった。キスしてしま ったことや、着替えを覗いてしまった記憶なんかが、一度によみがえってきた。 「あー、もう、やめた!」 思わず声に出すと、もう一度、身体の向きを換えた相羽。 そして瞼を閉じる。思いっきり、きつく。 * * 翌日、純子は朝から読書にいそしんでいた。 自分の身体に起こった変化に対し、まだ恐さや不慣れなせいもあって、動き 回るのが億劫になる。ちょうどいいから、感想文を書くための課題図書を読破 しようと考えた次第である。 でも、少し読んでは、気が散ってしまう。どのぐらいの間隔で換えればいい のか、まだ掴めていないから。 「はぁ……だめだあ」 栞を挟んで、文庫本を閉じると、机に上体を投げ出した。 (郁江達に報告しなきゃいけないのかな。みんなはほとんど、五年、六年のと きになったんだっけ。友達の中じゃ、私一人だけまだだったから……今さら、 恥ずかしいよ) かと言って、いつまで経ってもないと思われるのも、何となく嫌。 (こっちから無理に話さなくても。みんなと一緒にいるとき、そういう話にな ったら、言おう) 気持ちの整理はできたものの、返す返すも昨日のことは間が悪かったと悔や まれる。 −−つづく
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