長編 #4115の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
調理場の大型冷凍庫から、力石譲二の遺体が搬出されていく。頭部と胴体部 とに別れて。 「何故、分かった……?」 枝川の問いかけは、明らかに菊池へと向けられていた。 菊池は隣の吉田に目で了解を取ってから、話し始める。 「頼りない推理です。実に頼りない、今にも切れそうなぼろ縄を結い直した推 理。枝川さんの証言で、あるおかしなことに気付いたのが取っ掛かりでした」 「教えてほしい、どこのことなのか」 「釣りをしている際、湖から現れた力石に刃物で襲われたというくだりです」 「湖から力石が現れたこと? それは確かに不自然かもしれないが、あんた方 のほとんどは、目撃したはずだ。力石が湖面から頭を出しているのを」 うろたえも露な枝川に、菊池は軽いうなずきを返す。 「そうではありません。枝川さん、あなたはこう証言しました。力石が右手に ナイフのような物を持って、襲ってきたのだと」 「……」 「あなたは調理場から出て来ないことの方が多いから、きっと見ていないので しょう。力石は左利きです」 「え……それは知らなかった、な」 自嘲めいた笑みを浮かべた枝川。だが、声はなかった。 「ナイフを左、フォークを右に持って食事していましたし、腕時計も右手首に はめている。無論、ナイフを振るうときだけ右手を使うこともないとは言い切 れません。だが、あなたの証言を疑うきっかけとしては、これで充分でした」 「お客様とは、普段からよく接していないとだめのようだ。……自分は右利き で、料理の腕を振るうためには、偽装の怪我とは言え、右腕を傷つけたくなか った。だから、左腕を切られたことにしようと思い、そうなると必然的に、力 石は右手に刃物を持っていたことにしないといけないと思ったんだ。とんだ浅 知恵に終わったようだ」 今度は間違いなく、自嘲する枝川。 しばらく待ってから、菊池は舌で唇を湿し、再開した。 「……あなたは、力石の遺体から頭部だけを切り取り、クーラーボックスに入 れて、釣りを装って出かけた。そしてペンションから見えないあの場所に到着 すると、頃合いを見計らって、自ら湖に入った。力石の頭はどこにくくりつけ たんですか。ご自分の頭の上? それともうなじの辺りですか」 「……ご想像にお任せしましょう。思い出したくもない。シュノーケルを用意 していたので、呼吸は楽にできましたがね」 枝川は認めた。力石が湖面から顔を出して泳いでいるよう見せかけるため、 自らが力石の頭部を掲げ、泳いだことを。 「襲われた風に叫び声を上げたのは、皆に注目させるため?」 「そう……。本当はあの時刻、根木のお嬢さんぐらいしか目撃してくれないん じゃないかという不安がありましたんでね。逆に言えば、少なくともあの子だ けには、気付いてもらわないと困る。あの子はここへ来ると、朝の十時半頃、 いつも湖を眺めていたのは有名だから、利用しようと思った……」 「……僕や刑事さん達が駆けつけるまでに、細工は始末できたんですね。頭部 やシュノーケル、ナイフ等をクーラーボックスに仕舞い込み、自らは服を着込 んだ。そして襲われて倒れたふりをした」 「万一、クーラーボックスを開けられたときのために、冷凍庫に仕舞っていた 魚数匹を用意しておいてね、余計な物が見えないようにもしたよ」 せめてもの抵抗のつもりか、にやりと笑う枝川。 その仕種に腹を立てたのだろう、黙って成り行きを見守っていた吉田が、声 を張り上げる。 「おい、枝川。何で、力石を殺したっ?」 「刑事さんは、お気づきじゃなかった? ああ、そうか。じゃあ、自白はよそ うかな。へへ。だが、こちらのお客さんは、何もかもお見通しだと思うから、 やはり白状しておきましょう」 菊池を親指で示してから、枝川は深呼吸をゆっくりとした。 「私はね、もう一人、殺したんです。神野麻伊という娘をね」 「本当か?」 「ええ。静かに聞いてくれませんか」 刑事の割り込みを疎ましげに手を振る枝川。 吉田は憮然とした表情になったが、ともかく口をつぐんだ。 「あの女を死なせちまったところを、力石に見られたんですよ。あいつ、脅迫 のプロらしくて、畳み掛けるように言ってきた。『警察が来る前に決めろ。自 分がかわいけりゃ、金をよこしな。黙っててやるから』とか何とか。私は要求 を飲むふりをして、あいつに言った。『警察が来たら、きっと自由に部屋を行 き来できなくなる。そのときは、あんたがカーテンでも何でも使って、二階か ら外へ降りて、私の部屋まで来てくれ。窓を開けて待っているから、そこで話 を詰めよう』ってね。あいつ、簡単に信じた。実際にサーカスみたいな芸当を して、やって来たときは半分、呆れたよ」 その場面を思い出したらしい。枝川は目を丸くして、驚きの同意を求めるか のように、菊池達を見返してきた。 「ともかく奴を招き入れ、隙を見て絞め殺した。私の部屋は調理場と中でつな がっているからね。奴の死体を運び込み、冷凍庫に隠すのは比較的簡単だった」 「隠して、どうするつもりだったんです?」 菊池は、小さく手を挙げながら質問をした。 「警察が去ったら、生ごみとして出すつもりだった。ばらばらにすれば、ごみ 袋に収まる。大量に生ごみが出ても、おかしくない職場だからな」 「実行しなくて、幸いだ。それから?」 「警察の捜査ぶりを見聞きしていると、力石が殺人犯で、逃亡しているものと 思い込んでいると分かった。だったら、それを利用して、我が身を完璧な安全 圏に置いてやろうと知恵を巡らした。そのつもりが……菊池さん、あんたに見 破られるきっかけになるとは。下手な考え、休むに似たりとはこのことかねえ」 「あなたが余計な行動に出なければ、恐らく、僕も真相は分からなかったでし ょう。何故なら、この犯罪は大元が偶然によるものだからだ。違いますか?」 対して、無言の枝川。菊池は質問を重ねた。 「あなたが神野麻伊さんを殺した−−死なせてしまった理由が、まるで分から ない。何らかの突発事故があったとは想像できるんだが……」 「……菊池さん、あんな馬鹿たれに、さん付けしてやる必要なんてありません。 舌が腐る」 これまでにない凄みのある調子で、枝川は吐き捨てた。その目つきが、ぎら ぎらして、血走っている。 菊池は呆気にとられつつ、相手の言葉を待つ。 「歳を取っても、私は耳がいい方でね。聞かなけりゃあよかった。こんなこと にならずに、平和に済んだのにな。……あの女、『地震様々よね』なんてぬか しやがって」 「は?」 「あの馬鹿女、H県K市にある大学を出てるんだって? 卒業した年は、例の 震災のときだ。よく知らないが、大学を卒業するには論文審査とやらがあるん だろう? 落第確実だったあの女か卒業できたのは、地震があったおかげだと さ。地震で、教授先生方も論文審査をやっているどころじゃなくなったってね」 菊池は思い起こしていた。部屋に訪ねてきた神野と五藤が、卒業間際のいき さつを、嬉々として話していたことを。まるで、楽しい思い出か何かのように。 「……神野麻伊は、おまえに直接、そんなことを言ったのか?」 刑事が訝るように尋ねると、枝川はかぶりを振った。 「違う。あの女二人組が来てから、何日かあったからな。たまたま耳にしたん だ。だが、そのときは我慢した。ああ、腹が立ったが、こらえたんだ。相手は お客様だ。客は神様だ。客の考え方に、あれこれ文句を付ける筋合いじゃない ってね」 興奮してきたのか、枝川の鼻息が荒い。ふーっ、ふーっという息づかいを無 理に押しとどめるようにして、彼は話し続けた。 「だがっ。昨日の晩、あれを聞いて、もう……だめだった」 「あれとは?」 「別に、内容が変化した訳じゃない。ただ……風呂上がりのあの娘が、気持ち よさそうに鼻歌混じりで行くんだ。その上−−『この休みが終わったら、また 仕事か。こっちでも大地震、起きないかな』って、『自分だけ助かればいい』 って、つぶやきやがった」 言葉をなくした菊池と吉田。 あとはどうとでも想像ができた。 廊下を行く神野に、詰め寄る枝川。最初は言葉での注意だったかもしれない。 客相手の意識から、静かに、お願いするように。 神野は、鼻で笑ったのかもしれない。気味悪がって、枝川へ悪態の一つでも ついたかもしれない。 突然、神野の腕を掴む枝川。文字通り、押し問答となり、力の強い枝川が勝 った。勝ってしまった。 ……そんなところだろう。 「神野を死なせた時点で、自首する気はなかったのですか。もしそうしていた ら、力石の脅されることも、ましてやあの男を殺害することもなかった……」 「過失致死罪なら、まだ罪は軽いって言うんですか? 馬鹿馬鹿しい。私は、 あんな女のために、自らお縄になるつもりなんて、毛頭なかった」 「……確かに、神野麻伊の言動はひどいかもしれない。だが、人の命は」 「残念だが、菊池さん」 震え声で、枝川が告げる。 「私にはどうしても思えない。あの小娘が人だとは思えない」 枝川が逮捕され、事件の解決を見てから一夜明けた。 「若部さんが作ったの? この料理」 「はい。菅原さんに手伝っていただきましたけれど……その、おいしくないで すか」 菊池の言葉に、元気のない声で質問を返す若部。 菊池は口の中の物を咀嚼してから、ゆっくりと首を振った。 「おいしい。家庭料理の味がする」 「私も同感だ」 菊池の正面に座る六津井が微笑む。それが伝染したかのように、若部も顔を 綻ばせた。 「昨日のお昼とお夕飯は、あんなことになって、気にしてたんです」 事件があったにも関わらず、緑浴荘を去ったのは、五藤由里ただ一人であっ た。それはよかったのだが、枝川がいなくなったのと、調理場の大部分が警察 の検証にさらされたため、たかが四人とは言え、客に出す料理が用意できなく なってしまったのだ。菅原の計らいで、町の一流とされる料亭から食事を急遽 取り寄せて乗り切ったのだが、何となく、気まずい雰囲気が残ったのも事実だ った。 それが、今朝は救われたような気分になれる。 「デザートをどうぞ」 若部からフルーツの小皿を受け取る。 根木親子の就くもう一つのテーブルには、菅原自らが配膳していた。 「皮肉なものだ」 「何が」 静かに会話する菊池と六津井。 菊池は、菅原の後ろ姿をそっと示しながら、ため息混じりに言った。 「あの人もよかれと思って、枝川さんを雇ったのにね。そのために、こんな事 件を引き起こしただなんて、思い詰めないでほしい」 夕べ夜遅く、菅原から聞かされた話。 −−枝川もまた、H県K市に暮らしていたのを、二年前の震災で家も家族も 失い、再出発の気力さえなくしていた。かねてより知り合いだった菅原は、彼 の落胆ぶりをみるに忍びず、元気づける意味を込めて、この緑浴荘に招いたの だそうだ。 因果関係だけを見れば、完全に裏目に出たが、枝川本人は今、どう感じてい るだろう……。 「あの人は強いから、大丈夫だと思う」 六津井の言い方に、少し反発を覚える菊池。 「無責任に判断下していいのかな。脅迫者がいなくなったとは言え、あの人も また、背負っている物がある。陳腐な言い方でよければ……心の十字架を」 「……いつか、真実を話すんじゃないか。りつ子さんに」 「そうなって、うまく行ってくれればいいね。さて」 口調を改め、声もいくらか大きくする菊池。 六津井はフルーツの切れ端を口に挟んだまま、怪訝そうに見返してきている。 「ユウ。君も面倒から解放されたのだから、さぞかし気分爽快だろうね?」 「……何だよ。依頼賃なら、払う」 飲み込んでから、唇を尖らせたホラー作家。 「それはともかく、今度の経験を活かして、傑作を書いてほしいんだ」 「ふむ。まさか、私に推理小説を書けと言うはずがないから、つまり……」 ウィンクしてくる六津井に、かつての女の片鱗を見た。そんな思いを抱きつ つ、菊池はうなずく。 「あの未曾有の出来事の記憶を、風化させたくないだろ、君も?」 −−終
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