長編 #4112の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
相手を引っかけて話を引き出した負い目もあって、菊池は助け船を出した。 これ以上、つらい思い出を語らせなくてもいい。 「あの子を−−若部りつ子を雇ったのは、心の贖罪でしたか」 感嘆したように、六津井。 (母親代わりの気持ちもあったんじゃないかな) 菊池は心中で付け足した。 「よく話してくださいました。脅迫犯の正体が掴めれば、僕はもういい。秘密 は守ります。ただ、力石は脅迫の材料をどこかに隠していたに違いない。警察 が何も言い出さないのは、四号室にはなかったと思うんです……もしかすると、 あなたが預かっていることはありませんか、菅原さん?」 「……金庫ごと、預かるように言われました。あれです」 壁に寄せてある棚の下段、端っこに、手提げ金庫が置いてあった。その上に 地味な色調のレースが乗っており、さらに空の大きな花瓶が鎮座している。 「開けられないんですよね、当然?」 「はい……。力石がいない間に、鍵屋に頼めば開けてもらえたでしょう。でも、 私自身の弱味は、はっきりした形がありませんから、金庫を開けても無意味で すし……。開けて、他人様の弱味を知るのは忍びません」 「なるほど。もし力石が殺人の犠牲者だったのなら、金庫の中身に興味ありま すが、死んだのは神野麻伊。彼女はここへの来訪自体初めてなのだから、力石 から脅迫されていたとは考えられない。関係ないはずだ」 自らを納得させるようにつぶやくと、菊池は金庫から視線を外した。そして、 この短い間に小さくなったとさえ思える、疲れた様子の菅原へ目を向ける。 「もう一つ。力石は自室以外の各部屋の盗聴や盗撮をしていたんですか?」 「それは存じません。部屋を貸し与えただけなのです……言い訳にもなりませ んけれど」 「ふむ。ありがとうございました。思わぬ事件のおかげで、このような形を取 らせてもらいましたが……どうかお許しください」 「あの……秘密……お約束を守ってくださいまし」 すがる目つきに、菊池は強くうなずいた。 「僕は実に忘れっぽいので、もうきれいさっぱり、忘れました。今、関心があ るのは殺人事件です。ついでとは言いたくない。菅原さん、何かご存知のこと、 お気づきのことがあったら、教えてください」 「そう言われましても……神野さん達は、純粋にモニターとしてお招きしただ けなのですが。緑浴荘が、一般のお客様だけで立ち行けるかどうかを試すつも りでした」 「それを、力石が嫌ったんじゃない?」 身を乗り出すようにして、意見を述べる六津井。 「自分は有名人専門の脅迫しかやらん。金のない一般人は相手にしない。だか ら、力石は神野麻伊を見せしめのために殺した……」 「滅多なことを口にするんじゃないよ、ユウ」 菊池が首を振ると、六津井は不満そうに目を鋭くした。 「何がいけない?」 「力石がどうしても有名人だけを客にしたければ、菅原さんに圧力をかければ 済むだろう。菅原さん、あなたは力石の意向を無視して一般の方を?」 「いいえ、そうではありません。力石は−−言葉は悪いですが−−、金蔓にな る相手を数人掴まえられれば、よしとしていたようなのです。ですから、私が 一般の方を多くお泊めしても、何も言いませんでした」 「そうですか」 金蔓の一人だったホラー作家は、つまらなさそうに肩をすくめた。 「こちらで、神野さんともめ事を起こすなり、深く親しくなるなりした者はい ませんでしたか?」 新たな質問に、菅原は目を伏せがちにして考える仕種を見せる。が、やがて 首を横に振った。 「存じません。お客様同士のことでしたら、りつ子の方が接する機会が多いと 思いますが」 「そうでしょうね。では、菅原さん。りつ子さんや枝川さんが、神野さんとも めてはいませんでしたかね?」 「ありません」 今度はきっぱりと答える菅原。自信がありそうだ。 「今度の事件は、力石の仕業だと考えております。恐ろしいことですが、力石 が神野さんの弱味を握ったのでしょう。あの男は、神野さんに何らかの要求を し、拒絶された上に『脅されるぐらいなら、警察に行きましょう』とでも逆襲 されたのではないのでしょうか? 焦ったあの男は、思いもかけず神野さんを 殺害してしまい、動揺したまま逃亡した……」 「筋は通っているようですね」 実際に感心する菊池。 (力石が脅迫犯だと分かった今、それも一つの考え方ではあるか) 検討すべき項目として、脳裏に刻んだ。 「菅原さんはご自身のお考えを、警察に伝えました?」 「いえ……伝えると、力石が私を脅迫していたことにまで波及しそうで、恐ろ しくて……」 「そうですか。−−お話、どうもありがとうございました。お願いがあるので すが、聞いていただけますか?」 菊池の不意の申し出に、目を見開く菅原。 「な、何でございましょう」 「仮に力石が殺人犯だとして、彼が引き返して来て、あなたの元に現れ、『匿 ってくれ』と言ってきても、引き受けるふりだけをして、警察に知らせるんで す。僕を信用していただけるのなら、僕に知らせてくれてもいいです。とにか く、これ以上、脅迫者の言いなりになってはいけません」 「……承知しました」 感じ入ったかのごとく、深々とお辞儀する菅原。 彼女は菊池と六津井が部屋を出る際にも、感謝の言葉を述べた。 「ありがとう」 時刻は十時十五分を過ぎた頃だった。 五藤は刑事が引き続き話を聞いているらしく、簡単に接触できそうにない。 枝川は釣りに出かけ、若部も屋外の掃除で不在。 菊池達は、先に根木親子に会おうと、三号室に向かった。 ノックをしたところ、明るい女性声で応答があった。用件を伝えると、 「父はいませんが。菅原さんに会いに行ってて」 との返事。 「えーっと、奈美恵さん? 君でもいいんだ、話を聞きたい」 顔見知りらしく、六津井が親しげに口を利く。奈美恵の方も、気を許してい るのか、あっさり承知した。 「開いてますよ、ドア」 ノブを静かに捻って押すと、中から明るい声で迎えられる。 「六津井さん、お元気ですかあ?」 「元気元気。奈美恵さんも元気そうで、安心したよ。こんな事件が起きるとは、 参ったね」 「確かに憂鬱になるけど、亡くなった本人やお友達にとったら、それどころじ ゃないですもんね。できる限り、協力しないと」 奥歯を噛みしめたような仕種を垣間見せた奈美恵は、ふっと視線を菊池へ合 わせてきた。 「菊池さんでしたよね。ちゃんと挨拶するのは初めてだから……初めましてっ」 そして右腕を差し出してくる。菊池は急いで駆け寄り、その手を握り返した。 「初めまして。よろしく、奈美恵さん」 「探偵してるって、本当ですか? 今度の事件、犯人は分かりました?」 「そのために、あなたにも話を聞こうと考えたんだよ。何か見聞きしていない かと思って」 「あー、またそれ? 刑事さんにも散々、聞かれたんですけど、私、一人で動 き回るの、結構疲れるから、夜は特にセーブしているんですよ。だから、特別 な物なんて見てない」 語る奈美恵の口調は楽しげだ。 「逆に私が聞きたいぐらい……あ、座ってください。どうぞ」 適当な場所に菊池達が落ち着くと、奈美恵はさらに重ねて聞いてきた。 「有力容疑者、浮かびました?」 「まだまだ。一般市民にそれができるぐらいなら、警察はいらないよ」 苦笑してから、菊池は考え込む。 (犯行時刻周辺の目撃証言が期待できないなら、何を聞くべきか……) 「奈美恵さん。今回、ここには何日前から泊まっているの?」 「二日前。帰るのは明後日の予定だけど、どうなるか分かんない。お父さん、 不安がってるから」 「不安がってる割には、娘の君を置いて行くなんて」 横合いから六津井が茶々を入れると、奈美恵は口をいーっとさせ、 「ふーんだ。私が送り出して上げたのよ。お父さん、菅原さんのところに行き たがってたみたいだったもの」 「いい仲なんだねえ」 六津井のそんな言い方に、傍観者役に回っていた菊池も、思わず苦笑した。 が、気持ちを引き締め、再び質問に戻る。 「神野さん達は、何日前に来たのかな?」 「えっと、同じ日。あの人達はモニターなんでしょ? 一週間いるって言って たわ」 「ふうん。それで、奈美恵さんは彼女達と仲よくなった?」 「あー、どうかしら。ドラマとか遊びの話はしたけれど、親しいってほどでも ないかな」 「じゃあ、神野さんが誰かともめているなんてところ、見かけなかったかな」 「そうねえ。もめ事と縁がない印象ね、神野さんて。お喋りで、いっつも笑っ てるって感じだった」 そう言う奈美恵自身も、笑顔が絶えない。口数でも生前の神野と肩を並べた ことだろうが、周囲に与える印象が違うのは、年下とは言え奈美恵の方がわず かに大人びているからかもしれない。 「そうですかあ……やっぱり、当夜起きた突発的なトラブルが原因で、殺され てしまったのかな」 「突発的トラブルって?」 「言いにくいんだけど、たとえば犯人が男だとすれば、神野さんに言い寄った のを拒絶されて、かっとなって突き飛ばしたところ、死なせてしまったという ケースがあるんじゃないかな。この推測が当たっていれば、過失致死になるか もしれない」 菊池が言葉を切った矢先−−。 窓外から、「うおっ」とも「うわぁ」とも着かない、男の悲鳴が飛び込んで きた。 窓辺の奈美恵は振り返り、菊池と六津井はすぐさま席を蹴って、駆け寄った。 湖が見える。男の悲鳴は、向かって左の湖岸、ちょうど入り窪んだ上、木々 に隠れてペンションからは見えない地点より聞こえたらしかった。 が、それ以上に菊池が目を惹き付けられたのは、その入り窪んだ湖岸の沖合 い−−と言っても高々十メートルほどだが−−に、何者かが泳いでいる事実だ。 「あれは……力石じゃないのか?」 六津井が叫ぶ。 やや距離があるものの、湖上に覗く頭の骨張った横顔は、確かに力石譲二の もののようだ。 「警察に知らせないと」 消え入りそうな声で奈美恵が言うが、菊池達が行動を起こす前に、逃亡者の 姿は木陰に消えた。 そして再び、男の悲鳴が上がる。 これも距離があるためであろう、しかとは聞き取れないが、「何をするっ」 「やめてくれ」等とわめいているらしい。 「あの声は……枝川さんか?」 六津井がつぶやき、不安な顔色をなした。階下に急ぎたいが、状況を見極め たいという思いもあるのか、足が動かない。 「力石に襲われているっ」 菊池は踏ん切りを着け、部屋を飛び出した。 大声で刑事の名を呼びながら、廊下を走り抜け、階段を駆け下りる。 一階に着くと同時に、吉田も姿を見せた。 「刑事さん! 今の、聞こえましたか?」 「分かっておる! 聞こえもしたし、ちらっと見えたんだっ。ついさっき、若 い奴を走らせたとこだ」 詰め寄った菊池を、邪魔くさそうに払う吉田。玄関へ向かいながら、続けて 吐き捨てた。 「くそ忌々しい。捜索範囲を広げた途端、こんな近くに現れるたあ……」 「ということは、人手は何人ですか?」 「一人だよ! わしも行くんだ、これから」 「僕も行きます」 靴を突っかけた菊池に、吉田はいい顔はしなかった。 「足手まといにならんでくれよ、探偵さん!」 −−続く
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