長編 #4108の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「由里って、ほんと、ラッキーよね」 テニスを終えて、ペンションに戻る道すがら、神野麻伊は親友に話しかけた。 「そうかしら」 当の五藤由里は、心ここにあらずといった風情で、額のヘアバンドを外す。 肩まである長い髪が広がる。 「決まってるじゃない。こんなペンション、無料招待券でも当たらなきゃ、来 られなかったと思う」 「それは、そうかもしれないけど。ここって、オーナーの気に入った人しか呼 ばないのが原則みたいだから」 彼女達は一種のモニターとして呼ばれた形になっている。麻伊達のような独 身のOLが緑浴荘をどう評価するのかと同時に、ペンション側も彼女達をモニ ターしているのだが。 「どうして、応募してみる気になったのよ?」 「親がね、オーナーのファンだったんだって。それで面白半分に私の名前で出 したら、当たったみたい」 「ふうん。菅原登喜なんて歌手、残念ながら知らないもんねえ、私らは」 一応、小声で言う麻伊。砂利道に差し掛かった。ペンションまであと少し。 「それにしても、よくぞ私に声をかけてくれたわ。感謝してるっ」 ラケットを持ったまま、拝むポーズをする麻伊。見方を変えれば、ラケット を真剣白刃取りのように挟んでいるとも、取れる。 「男女ペアが認められるんだったら、私だって、麻伊なんかと来ませんよ。彼 氏の一人や二人、見つけられるんだからね」 招待券には、女性同士に限るという条件が記されていたのだ。 「こっちで、男を見つけてカップルになるってのは、いいんでしょ?」 「そこまで干渉しないと思うけど……誰か見つけたとでも」 由里に見つめ返され、麻伊は林道を駆け出した。 「いたよ! 彼氏にするとかどうとかじゃないけどね」 「誰よ。話してよ」 追いかけてくる由里に、麻伊は急に立ち止まって、そっと告げた。 「二号室の長髪の人」 「ええー? あんなのがタイプ? 暑苦しくて、胡散臭い感じ。だいたい、素 顔、まともに見てないから、分からないし」 非難めいた口調を、麻伊は簡単に聞き流す。 「ふん。あの人はね、作家の六津井雄よ。知ってるでしょ? 『デリート』を 書いた……」 「もちろん。でも、あの人が六津井雄? 本に載ってる写真なんて、小さいか ら判断できないよ。他人の空似じゃない?」 「いいえ、絶対っ。大ファンの私が言うんだから、間違いないの!」 胸を張って、麻伊は断言した。 「ラッキーの二段重ね、利用しない手はないわ。あとで部屋に行って、確かめ ちゃうつもりよ。付き合ってね」 何をしたいと問われた菊池が散歩と答えると、六津井はあからさまに苦笑い を浮かべた。 「面白いねえ。そう言えば、散歩が趣味だっけ」 散策道をのんびり行きながら、会話がそれなりに弾む。 「趣味の一つ、だよ。街を散歩するのも好きなんだが、最近の街並みってのは、 どこも似たような景色ばかりになってしまって、面白味に欠ける。こういう自 然の中も、たまにはいいものだ」 「自然こそ、どこも似たような景色だと思うけれどねえ」 「そうでもない。目に見えない部分−−聞こえてくる音が、全く違う」 そう言って、菊池が周囲を見渡していると、三十メートルほど向こうに、骨 張った顔つきの男がいるのに気付く。カメラを構え、レンズをいじる右手には、 高価そうな腕時計が光っていた。 「あの人も泊まり客かい?」 小声で尋ねると、六津井がうなずいた。苦笑を交え、説明してくれる。 「力石さんだ。写真家と言っていたよ。私は知らなかったけどね」 「なるほど、彼がね」 「写真家」と聞くと、何となくアーティストを想像してしまう菊池だったが、 眼前の四十がらみの男は、「カメラマン」というイメージだ。彼の首からかか るカメラが、中レベルに見えたせいもある。 「挨拶しておこうか?」 菊池が囁き声で聞くが、六津井は首を水平方向に振った。 「芸術家気取りの人間とは、気難しいものだからね」 「用がなければ、余計な声はかけない方がいいという訳か」 納得して、ふんふんとうなずいた菊池。 そのまま二人は回り道をして、写真家を避けて散歩を続けた。 散策道は、小さな湖に通じていた。周囲に木々が群生し、陰鬱な印象がある。 それに湖底には藻や水草などが多いのか、透明度は決して高くない。が、水自 体はきれいなようだ。 「泳げるのか、ここ?」 湖周辺の土手に立ち、菊池が言った。正面にペンションが見える。その距離、 およそ百メートルと言ったところか。 「自由に泳げるよ。そんなに深くないからね。泳ぐとしたら、宿泊客ぐらいだ から、小さな子供も滅多にいない。−−泳ぐ気か?」 「気が向いたら、そのつもりだよ」 真面目な口調で菊池が答えると、六津井は呆れた風に口元で笑った。 「釣りは?」 「たまにだが、枝川さんがやっているのを見かける。あの人、料理上の必要が 生じれば、魚やら野草やらを現地調達するらしいからね。菊池は、釣りまです るのかい?」 「時間があって、許されるなら」 ホラー作家は、また呆れたように笑う。 「息抜きはいいが、君が言うのを聞いていると、どうもあか抜けしないね。そ の格好からして、いけないんじゃないか」 「余計なお節介だね。和服は外国、特に西洋の人に受けがいいのだよ」 本気かジョークなのか、分かりにくい口調で菊池は言って、肩をすくめた。 まるでアメリカ人のように。 部屋に戻った菊池らに来客があったのは、午後三時を過ぎた頃合いだった。 「おや、これはこれは」 出迎えた六津井が、妙に芝居がかった応対をする。 「美しいお嬢さん方のご到着だ。−−何か用ですか?」 部屋の入り口付近に立つ女性二人は、共にノースリーブ、パンツルックとい う夏らしい出で立ちで、ロングヘアの方がやや縮こまっている風なのに対し、 ショートカットで目の大きな子は、相当に気分が高揚している様子だ。両手を 一つに握りしめ、六津井を見上げている。 「あ、あの、最初に確認させてくださぁい。あの、あなたは……作家の六津井 雄先生ではありませんか?」 「その通りですよ。神野さんに五藤さん」 「−−え? 私達の名前、覚えておられたんですか? 感激!」 「もちろん。同じ屋根の下で寝泊まりする縁ですからね。先ほど、あなた方の チェックインの際に、ちらっと耳に挟んだものですし」 「うわぁ、大感激っ。それで、ご休養のところを申し訳ないとは思うんですが、 あのぉ、サインしていただけますでしょうか」 「いいですよ。その代わり、年齢、聞いてもいいかな?」 いたずらっぽく笑う六津井に、神野は瞬間的に戸惑いを見せた。 「え、え? もっちろん。年齢ぐらいでびびりませーん。今年、二十五です」 「ふうん、若く見えるね。それで、何にサインをすればいいのかな」 「じゃ、じゃあ」 六津井の返答に、神野は背中に回していた編み込みのバッグを前に回すと、 その中から新刊本を取り出した。 「ありがとうございます、これに」 「そう焦らないで」 くすっと笑うと、菊池へと振り返った六津井。 「いいかな?」 「僕はかまわない。逆に、お邪魔になるかと思うと、肩身が狭いね」 問いかけの意味を即座に理解した菊池は、本気で席を立とうとした。 「いや、気にするな。いてくれよ。−−さて、あなた方がよかったら、中で話 でも、と思うんだけれどね」 訪問者二人へ向き直り、ホラー作家は笑顔を作った。 「いんですか? えー、どうするぅ?」 神野に尋ねられても、五藤は特に迷うでもなく、「好きにすれば」と告げた。 「じゃあ、お言葉に甘えて……」 四人−−正確には、六津井と神野との会話の話題は、当然のことながら、六 津井の作品や何をしにここに来たのかなど、身辺に関するものがほとんど。 四十分ほどして、やっと菊池にも話が振られた。 「こちらの方は?」 「菊池内之介。大学が同じだったんだ」 六津井の紹介に合わせ、座ったまま、軽く頭を下げる菊池。その拍子に、窓 からの一陣の風もあって、髪の毛が乱れる。顔の前に流れてきた髪を払うと、 五藤の方でも同じ仕種をしているのが見えた。 「大学のときからのお知り合いですかぁ。私と由里もそうなんですよ。いいも んですよねえ」 「ふうん。失礼だが、どこの大学?」 「えー? 言うの、恥ずかしいんですけどお」 六津井の質問に、神野は気を悪くした様子もなく、あまり名の知られていな い大学名を挙げ、舌をちらりと出した。名前から判断すると、どうやら近畿は H県の大学のようだ。 「私、見た通りの馬鹿だから。大学もこの程度で。一発合格できたのも、だぶ らなかったのも不思議なぐらい。あははは」 「あんたの場合、その程度の大学でも、卒業が危なかったわよね」 それなりに会話に加わっていた五藤が、初めて自分の言葉で喋った。 苦笑しつつ、割って入る六津井。 「そんな、卑下することはないでしょう。卒業が危なかったとは、卒論の完成 が遅れたとか?」 「いいえ、もっとひどいんですよ」 小学生が先生に言い付けるような調子で、五藤が続ける。 「全然できてなかったんです」 「全然じゃないわよ。半分はできていました」 不平そうに唇を尖らせた神野。 「半分しかできてなくて、卒業できたのはどうして?」 「それがですねえ、私達の学校、一月の下旬に卒論審査があるのが通例なんで すけど、その年に限って、三月の頭までに論文を提出すれば、卒業させてもら えることになったんですよ」 「ほう? それはまた、どうしてかな?」 「言ってみれば、恩赦みたいなもので、麻伊にとったら、一発逆転の」 「もう、それはいいじゃないのよ」 甲高い声で言って、神野は連れの肩をかなり強く叩いた。 「いたたたた。でも、事実じゃないの。自分でも言ってたくせに。運がよかっ たって。じしんか麻伊ちゃん−−」 「だめ、その話はやめ! 折角、六津井先生に会えていい気分なのに」 「はいはい、分かりました」 二人の間では合意が結ばれたらしいが、菊池達にはさっぱり理解できない。 もっとも、深く突っ込んで聞き出すつもりはないので、曖昧に笑って済ませ る。 「ははは、何だか知らないけれど、神野さんは相当な幸運の持ち主らしい」 「はい。それは自信あるんですよ。今日だって、由里が当たった招待券で、私 も連れて来てもらえた上に、六津井先生に会えるなんて、最高!」 「こっちも、こんな旅先まで来て、ファンに会えるとは思わなかったよ。嬉し いね」 そう言ってから、ようやく思い出したのか、タイミングを計っていたのか、 六津井は万年筆を取り出すと、神野が持って来た自著にサインを書いた。 「わあ、ありがとうございますー。宝にしますから」 「そんなことより、これから出る本を読み続けてよ。その方が助かるからなぁ。 あははは」 快活に笑う六津井。 そろそろお開きかという雰囲気を敏感に感じ取ったか、神野は最後になって 新たなお願いをしてきた。 「あの、六津井先生は、こちらにはいつまでご滞在ですかあ?」 「明後日までいるけれど、それが?」 「でしたら、明日か明後日の午前中に、私達とテニスでもしません? あ、も ちろん、菊池さんもご一緒に」 付け足しのように言われ、苦笑する菊池。 「二時間ぐらいになるのかな? かまわないよ」 六津井がそう返事すると、神野はもはや何を言ってるのか聞き取るのが困難 なほど、高い声ではしゃぎ、礼を述べて、廊下に走り出てしまった。 取り残された形の五藤が、六津井と菊池に慌てたように頭を下げ、友人のあ とを追いかけていく。 「いやはや、凄まじいね」 六津井は頭をかきながら、ドアを閉めた。 「学生気分が抜けきっていないのは、確かだ」 「僕はそれ以上に、驚いたことがある」 菊池がぽつりとこぼすのへ、六津井は「は?」を問い返した。 口笛を一つ吹き、首をすくめながら答える菊池。 「六津井雄の人気が、なかなか大したものだってことさ」 「……言ってくれる」 ホラー作家は、片手を額に当て、うつむきながら首を振るポーズを取った。 −−続く
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