長編 #4081の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
4 「あ、天野」 帰り道で志穂に声をかけたのは、同じクラスの斉藤淳一だった。 「な、なに?」 志穂は頬が熱くなるのを感じた。同じクラスになって以来、秘かに淳一のこと を想っていたのだから。もっとも、淳一にクラブの後輩の彼女がいるというのは、 半ば公然となった噂だったから、志穂は諦めてしまっていた。 「ちょっと話があるんだけどさ」淳一は言いにくそうに口ごもった。「今、いい か?」 「い、いいよ」わざと無関心を装おうとしたが、うまくいったとはいえなかった。 淳一は周囲を見回した。すでに通学路から外れているので、星南の生徒の姿は 見えない。期待で志穂の胸は高鳴った。 「話って何なの?」 「うん、実は、その……」淳一は躊躇うように言葉を切った。「藤澤のことなん だ」 志穂は驚愕のあまり、失望することも忘れていた。 「藤澤?」 「ほら、あの自殺した……」 「それぐらい知ってるわよ。藤澤がどうかしたの?」 「天野ってさ、藤澤と仲良かったのか?」 「なんで、そんなこと訊くのよ?」 口調が鋭すぎたようだ。志穂が、ここ何日か続けて送られてきていた手紙と写 真を思い浮かべたことは言うまでもない。淳一も眉をひそめた。 「実は昨日、おれの家に手紙が届いたんだ」 「手紙?どんな手紙?」 「怒らないで聞いてほしいんだけど、藤澤を殺したのは、天野だって書いてあっ た」 「な……!」 「も、もちろん、誰かのいたずらだと思うけどさあ」淳一は慌てて言葉を続けた。 「でも、やっぱり気になるだろ?藤澤のことは、死ぬ前にいろいろ噂もあったし ……」 「誰からだったの?」志穂は淳一を遮った。「差出人は?」 「え?ああ、いや、書いてなかった」 「その手紙見せてくれる?」 「ごめん。捨てちゃったんだ。つまらんいたずらだと思ったからさ」 「いたずらに決まってるじゃん」志穂は馬鹿にしたような口調で言うと、何とか 笑ってみせた。「だいたい、何で、あたしが藤澤なんか殺さなきゃならないのよ。 あいつは自殺なんだし。あたし、ほとんど口きいたことだってなかったのにさ」 「ふーん」淳一は少し疑わしそうに志穂を見ていたが、やがてカバンを持ち直し た。「ま、そういうわけだから。ごめんな、変なこと言って」 「いいのよ。教えてくれてありがとう」 「いや別に。じゃあな」 逃げるように淳一は去っていった。自分の考えに没頭しかけていた志穂は、ろ くな返事もせずに頷いただけだった。 「いったい誰なのよ……」泣き出しそうな声で、志穂はつぶやいた。 「ねえ、志穂ってさあ、あの藤澤さんと知り合いだった?」 いきなりそう訊いたのは、クラスメイトの梅宮夏美だった。土曜日の午後、市 立図書館に向かっている途中である。不意をつかれた志穂は、心臓を撃ち抜かれ でもしたような顔で夏美を見た。 「藤澤?」 「そう」 「な、なんでそんなこと訊くの?」 「ちょっとね。どうだった?」 志穂は夏美の顔をのぞきこんだ。好奇心が顔中にあふれている。 「知り合いってほどじゃないけど。中学のとき、同じ組だったぐらい」 「ほんと?それだけ?」 疑うような口調に、志穂はむっとして訊き返した。 「どういう意味?」 「あ、いや、別に」夏美は慌てて手を振った。「ちょっと訊いてみただけ」 志穂はあえて問い質さなかった。夏美は思っていることを心に秘めていられる ような人間ではない。こっちが黙っていれば、勝手に喋り出すに決まっている。 予想通り、しばらく歩くと、我慢できなくなった夏美が口を開いた。 「あのさ、実はねえ」 「何?」今度は志穂も心構えができていた。 「藤澤さんって、レイプされて、それがみんなにばれて自殺したでしょ?」 「それぐらい知ってるわよ」 「あれって実は誰かが仕組んだんだって」 「はあ?」 志穂はあっけに取られて夏美の丸顔を見た。夏美の方は、その志穂の反応をう かがいながら言葉を継いだ。 「なんかね、藤澤さんには彼氏がいたんだけどね、別の子から奪った彼氏だった んだって。そんで、その別の子が怒ってね、ヤクザに頼んで、藤澤さんを襲わせ たんだって。で、写真とかビデオとか撮ってね、学校中にばらまいて自殺に追い 込んだって」 「なによそれ。誰がそんなこと言ってんの?」 「噂よ、うわさ」 「で?」 「で、って?」 「その別の子が、あたしだって言いたいわけ?」 「え、あ……」 「そういうことなんでしょ?それが訊きたかったわけなんでしょ?」 「そんなに怒った顔しないでよ」夏美は志穂の剣幕に恐れをなして後ずさった。 「あたしはもちろん、そんなこと信じてないわよ」 うそつけ、このやろう、と志穂は心の中で拳を固めた。 「誰からそんなでたらめ聞いたのよ?」 「それはちょっと内緒。絶対、誰にも言っちゃだめだって言われてたから」 「あたしに喋ったじゃないの。言いなさいよ」 夏美は逃げ場を求めるようにきょろきょろした。 「ご、ごめん。今の話は聞かなかったことにして。ね?」 「いい?」志穂は夏美の肩をつかんだ。「そんなでたらめを、誰かに話したらた だじゃおかないわよ。わかった?」 「わかった。言わない」夏美は本気で怯えた顔をした。「絶対に言わないから」 そんな約束など、全く信じてはいなかったが、志穂はやむを得ず手を離した。 「あたし、ちょっと用事を思い出しちゃった」夏美が作り笑いをした。「ごめん。 図書館、またにしよ」 「偶然ねえ」志穂は口元だけで笑い返した。「あたしも用事を思い出したの」 「そ、そう。じゃあ、あたし、こっちだから」 「またね」 「ばいばい」 夏美はそう言うと、逃げるように走っていった。一度も後ろを振り返らなかっ た。 まずい、と志穂は唇をかみしめた。おしゃべりの夏美が知っているということ は、クラスの女子はほとんど知っていると見なければならないだろう。下手をす れば、学校中に知れ渡っているかもしれない。ばかばかしい、と言って一笑に付 す生徒がほとんどだろうが、何割かはあり得ないことではない、と思うかもしれ ない。 志穂は震えた。どうしてこんな全く身におぼえのない中傷を受けなければなら ないのだろう。面と向かって罵られれば反撃のしようもあるが、知らず知らずの うちに学校全体が敵に回っているような状態に、どうやって立ち向かえばいいの だろうか。 早めに手を打たなければ、取り返しがつかなくなってしまう。志穂の知る限り、 味方になってくれそうな人物はひとりしか思いつかなかった。 次の日、進路相談室で、志穂は学校中で唯一人、信頼するに足ると思われる人 物、すなわち由希と向かい合っていた。 「さて、天野さん。相談って何かしら?」 「絶対秘密にしてくれますか?」それでも志穂は念を押さずにはいられなかった。 「神に誓って」由希はおごそかに右手を上げた。「秘密は守るわ」 「どんな秘密でも?」 「もちろんよ」 「たとえば、あたしが犯罪を犯していたとしても、ですか?」 「犯罪によるわね」由希は思わず笑みを浮かべた。「たとえば、殺人とか放火み たいな重罪なら、警察に通報せざるを得ないわ。でも、万引き程度なら口外しな い」 「本当ですか?」 「もちろん。で、どんな犯罪に手を染めてるの?」 「まさか。たとえばの話です」 「でしょうね。安心したわ」 「先生、あの……」志穂は躊躇した。「最近、何か、変な噂聞いてませんか?」 「噂?どんな噂かしら?」 「その、あたしに関することで」 「そうねえ」由希は反応をうかがうように、志穂の目をのぞきこんだ。「確かに いくつかは耳にしている、とだけ言っておきましょうか」 「藤澤さんに関係ある噂ですか?」 「まあね」 「先生はどう思いましたか?」 「どう思ったって何が?」 「その噂のことです。本当だと思いました?」 「いいえ」 志穂は安堵のため息をついた。 「全部うそなんです。誰かがあたしにいやがらせをしているんです」 「どういうことかしら?」 志穂は長い時間をかけて、最初に手紙が届いたことから、何人かに変な疑いを かけられていることまで細かく話した。由希は真剣に耳を傾け、何度か適切な質 問をはさんだ。 「その手紙とか写真とかは残ってる?」志穂が話し終わると、由希はそう訊いた。 「何通かは。残りは捨てちゃいましたけど」 「今度見せてくれる?」 「明日持ってきます」 志穂は勢いよく答えた。由希に全てを打ち明けたことで、心にかかっていたも やが一気に晴れたような気分だった。 「先生も調べてみるわ。誰が、そんないたずらをしているのか。天野さん、誰か に恨みを買うようなおぼえはない?」 「ない、と思いますけど」 「彼氏はいるの?」 「いいえ」 「本当に?」 「ちょっといいなあ、と思った人はいましたけど」志穂は意識せずに過去形を使 っていた。由希は小さく頷いた。 「じゃあ、そっち関係でトラブルはなかった?」 「あたしの片想いでしたから」 「ごめんなさい。他に何か?部活は?」 「バスケですけど、もう引退してますから」 「最近とは限らないのよ」由希は志穂の顔をじっと見つめた。「ずっと昔のこと が、今になって尾を引いているのかもしれないから。中学校のときとか小学校の ときに、何かなかった?」 「そんなこと言われても……」志穂は戸惑った。「あたしもよく考えてみたんで すけど、ほんとに誰かに恨まれるようなおぼえはないんです」 「そう。わかったわ」 由希は視線を外すと、窓の外に向けた。そろそろ、活動を終えるクラブが出て くる時刻だった。 「とりあえず、先生が噂の元を探ってみるわ。でも、ちょっと時間がかかると思 うの。誰かに同じようなこと訊かれたら、きっぱり否定するのよ」 「わかりました」 「また手紙が届いたら、先生に見せてちょうだい」 「はい」 「じゃあ、今日はもう帰って、手紙のことは忘れて勉強しなさい。ちゃんと寝て ないんじゃない?」 「実はそうです」志穂は尊敬のまなざしで由希を見た。「由希先生って、すごい ですね。何でわかったんですか?」 「同じめにあったら、きっと眠れないだろうからよ」由希は笑った。「また、い つでも相談に乗るわ」 「はい」来たときとは、うって変わって明るい表情になった志穂は立ち上がった。 「本当にありがとうございました」 「さようなら。気を付けてね」 志穂は足取りも軽く、進路相談室を出ていった。その後ろ姿を見送ってドアを 閉めた由希は、口元に満足そうな笑みを浮かべていた。
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