長編 #4079の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
2 藤澤美奈代の死は、驚くほどの早さで、生徒たちの記憶から薄れていった。美 奈代の机の上には、由希と何人かのクラスメイトの手で、毎朝花が飾られていた ものの、それも数週間後には特別なことではなく、黒板をきれいにするとか、教 卓の上を拭くといった、朝のきまりきった作業のひとつになっていた。進学や就 職の問題を抱えている三年生としては、クラスメイトの死を悲しむという贅沢に、 いつまでも浸っているわけにはいかなかったのだ。 三年三組の天野志穂にとっても、その事情は同じはずだった。本来ならば、今 頃は受験勉強以外のことなど考える余裕はない。にもかかわらず、志穂は美奈代 の死にとりつかれていた。 志穂はトイレで、細かく引きちぎった手紙を流しているところだった。顔には、 疲れと怒りが同じ比率で浮かんでいる。 「ったく、もう、いいかげんにしてよね……」 それが始まったのは、美奈代の初七日が終わった頃だった。 美奈代とは同じ中学で、同じクラスだったことがあったのだが、親友と呼べる ほど親しかったわけではない。もともと星南高校は地域に密着した高校であり、 生徒の七割ほどが地元の中学出身なので、同じ高校になったことは、特別な意味 を持たないのだ。廊下で会えば手を振るし、校門で出会ったりすれば、しゃべり ながら一緒に帰ったりもしたが、それ以上の関係ではなかった。 その日、志穂の元に一通の手紙が届いた。何のへんてつもない茶封筒である。 差出人の名前はなく、「M・F」とだけ書かれていた。 「誰だろ?」 志穂は、そのイニシャルを持つ友人の名前を、思いだそうとしながら封を切っ た。 中に入っていたのは、藤澤美奈代の全裸写真だった。 「な、なによ、これ!」志穂は思わず叫んだ。同時に、「M・F」が誰のイニシ ャルであるかに思い当たった。 顔を赤らめながらも、まじまじと写真に見入っていた志穂は、すぐにこれが何 なのかに気付いた。 「そっか。これが、噂の写真ってやつか」美奈代が誰かに輪姦され、写真やビデ オを撮られたらしい、ということはもちろん志穂も聞いていた。学校中で知らな い者はいなかっただろう。「でも、なんで今頃、あたしのとこに送ってくるのか ね」 志穂は封筒の中をのぞき、半分に折った紙が入っているのを見つけた。それを 開いたとき、志穂は送ってきた人間の意図が何となくわかったような気がした。 手紙にはワープロで印刷された文字が一行。 『どうして私を殺したの?次はあんたの番よ』 そして、「M・F」の署名。 「な、なによこれ」志穂が感じたのは、薄気味悪さでも恐怖でもなかった。「ば っかばかしい」 くだらない悪戯。志穂は鼻で笑った。 「どこの誰だか知らないけど、ばっかじゃないの?」 笑いながら、もう一度手紙を見た志穂は、しかし、ふと眉をひそめた。 「どういう意味だろ」 二番目の文章だけなら意味がわからなくもない。もし、志穂が美奈代の死に便 乗して、誰かを脅かしたいと思ったら、やはり「次はおまえの番だ」と書くだろ う。だが、「どうして私を殺したの?」とは…… 美奈代が自殺したと見せかけて、実は生きているという、ほとんどあり得ない 可能性を除くと、手紙の送り主の意図するところは一つしか考えられなかった。 つまり、その人物が誰であれ、美奈代の死が自殺ではなく、他人----すなわち志 穂の手によるものだ、と思いこんでいるのだ。そして、復讐を宣言しているので はないだろうか。 冗談ではない。ようやく志穂は、かすかな恐怖を感じた。美奈代との間には、 いかなるトラブルも起きたことがないのだ。だいたい、高校に入学してからは、 ほとんど付き合いもなかったというのに、どうして美奈代を殺す理由が生まれる のだろう。 「考えすぎか」 しばらく考えた末、志穂はとりあえず結論づけた。やることはいくらでもある し、考えなければならないことも山ほどあるというのに、頭のおかしい奴に付き 合っている暇などない。 「忘れよっと」 志穂は手紙と写真を丸めると、ゴミ箱に放り込んだ。 志穂の決心を嘲笑うかのように次の手紙が送られてきたのは、二日後のことだ った。 さすがにむっとして、志穂は封筒を引き裂こうとしかけた。やはり、差出人の 名前がなく、「M・F」だったので、同じ人物が送ってきたことは確かだった。 思い直して封を切ったのは、送り主の正体が、少しでもつかめないかと考えたか らだった。 中身は、前回と同じだった。一枚の写真と一枚の手紙。写真には、美奈代が強 制的に口で奉仕させられている様子がアップで写っている。それをちらりと見た 志穂は、手紙に目を走らせた。今度もワープロで一行。 『あなたは私を殺した報いを受けることになる』 そして「M・F」の署名。 「誰も殺してないってば、もう」志穂は苛立たしげにつぶやいた。「ったく、ふ ざけた野郎ね」 手紙を丸めかけて、志穂は手を止めた。相手が誰なのか判明したときに、何か の証拠にでもなるかもしれない。そう思ったからだった。 「それにしても、ったく」手紙を、机の奥に隠しながら、志穂は見知らぬ誰かに 向かってうなった。「あたしに何の恨みがあるのよ」 誰かに恨まれるようなおぼえはない。太陽や星にまで愛されるような人間でな いことぐらいは自覚しているが、こんないやがらせを受けるようなことをした記 憶はないのだ。少なくとも星南高校では、誰かと禍根が残るような喧嘩などして いない。人並みにボーイフレンドもいたが、別れを言い出したのは相手の方だっ たから、こっちが恨みこそすれ、恨まれる筋合いではないし。 志穂は、それ以上記憶を遡るのをやめた。 手紙は、それから不規則に間を空けて届けられていた。三日間続けて届けられ たかと思うと、二日ほど途絶える。志穂がこれで終わったのか、と淡い期待を抱 き始めたとたんに、いつもの封筒が郵便受けに入っている。毎日届けられる方が どんなにましだっただろう。 封筒はいつも同じ茶封筒で、文房具屋や、コンビニで容易に購入できるものだ った。五、六通めから写真が同封されることはなくなったし、文章もその都度違 っていたが、「M・F」の署名だけは必ず最後に記されていた。 そのうち、切手のない封筒が届くようになった。郵便局を経由することなく、 誰かが直接投函しているのである。志穂はさすがにぞっとして、夜中までこっそ り見張っていたりしてみたが、何の成果もなかった。 志穂の両親は、ほとんど毎日のように同じ封筒が届けられることに気付いてい なかった。朝と夕方に郵便受けをチェックするのは、小学校のときから志穂の役 目になっていたからである。 その段階では、しかし志穂はそれほど気にしていたわけではない。特に実害が あったわけでもないし、それ以上エスカレートする気配はなかったからである。 正体不明の送り主を気の毒に思ったり、嘲笑ったりする余裕すら残っていた。 余裕がなくなったのは、手紙が届きはじめて二十日ほど過ぎた日のことだった。 登校してロッカーを開いたとたん、志穂は凍りついたように立ちつくした。今や 不本意ながら見慣れてしまった茶封筒が、そこに置かれていたのだ。 「天野、おはよ」 クラスメイトが後ろから声をかけたが、志穂の耳には入らなかった。その視線 は、茶封筒に固定されたままだった。 「どうかした?」 返事がないのを不思議に思ったのか、クラスメイトが肩を叩いた。志穂は悲鳴 をあげかけたが、何とかこらえて振り向いた。 「あ、おはよ」 「どうしたの?変な顔して。寝不足?」 「ちょっとね」 志穂はカバンを放り込み、自分の身体に隠すように、茶封筒を取り出すと、ポ ケットにねじりこんだ。そして、叩きつけるようにロッカーを閉じる。 「あ、ちょっとトイレ行ってくる」 「てめえ、家ですませてこいよ」 クラスメイトのからかいに反応している余裕はなかった。志穂はトイレに向か って走り出していた。 怒りや戸惑いが、漠然とした恐怖にかわりかけていた。
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