長編 #4075の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「まあ、全然知りませんでしたわ。市内のことなのに。」 佐伯さんは、信じられないという風に目を丸くして言った。 「汚職で、逮捕者がたくさん出たでしょう、あの時ですよ、子供が3人焼け死んだの は。それで新聞では大きく扱われなかったんです。ほかの2件の火事は、たいして、 家が焼けたという程度ですからね。」 「でも、この4枚目の写真は、どうしてなんですの?」 「ああ、これは去年写した物なんです。あの場所がどうなっているのかと思い出しま してね。行ってみたら、さすがにもう家を建てる人間はいないとみえて、彼岸花が沢 山咲いているだけだった。だから、わざわざ行った記念に、彼岸花もきれいだったし 、 ”火事ーその後”の意味合いも含めて撮ったわけなんです。」 佐伯さんは、その彼岸花を写した4枚目の写真をじっと見つめた。 「・・・私、この彼岸花で、母にひどく叱られたことがありますの。」 「ほう。・・・」 男は、興味深そうな眼差しを投げた。 「私が子供の頃、彼岸花の赤い色がとてもきれいだったので、道ばたに生えていた花 をむしって持って帰って、家に飾ったんです。そうしたら、母が申しますには、彼岸 花を飾るとその家が火事になると言うのです。私は、すぐに彼岸花を花瓶から抜いて 捨ててしまいました。」 「なるほど、この3軒の家も、誰かが知らずに彼岸花を飾ったせいで、火事になった のかもしれませんね。」 男は、佐伯さんの迷信じみた話をからかいもせずに、真顔であいずちをうった。 佐伯さんはこの辺が潮時と軽く会釈して別れようとした。男は終始慇懃な態度だっ たが、続けて写真の技術的な話を長々としたので佐伯さんを閉口させた。 帰り道に夕飯の材料をそろえるついでに、亡夫の仏壇に供える菊の花を一束買った 。 その夜には、息子夫婦と孫達がキャンプを終えて帰ってきた。 夏休みも終わり、息子夫婦は忙しく仕事に出かけていき、まどかと樹は宿題の絵日 記と工作を持って学校に行った。 佐伯さんは、みんなが出かけた後、朝食の後かたづけをしたり、洗濯物を干したり 、 家の中を片づけたりと、いつものようにせっせと働いていた。 区長の沼田さんが、回覧板と市の広報誌を丸めて持ってきた。佐伯さんは順番で町 内会の班長に当たっていたので、そうした物の配布をするのだった。 暑いですね、というお定まりの挨拶や近所のうわさ話をひとしきりした後、佐伯さ んはあの市役所での写真展と中山という男の話を思いだし、3度火事にあったという 場所のことを区長さんに尋ねた。 沼田さんは狐につままれたような顔をして、首を傾げた。 「妙だなあ、その話は。あの堤防沿いの土地を宅地造成して分譲しようという計画は 確かにあるんだがね。まだ、計画立案の段階で、実際着工するのはずっと先になるは ずなんだが。地主の話し合いもまとまっておらんし・・・・・草ばかりの荒れ地だよ 。 昔ならあんな所を買おうというやつもいないんだろうが、土地は高くなるばかりだし なあ。あの川はわしがガキの頃に一度氾濫しているんだ。それで、堤防をもっと高く 土盛りした。それからはどんな台風や大雨でも決壊したことはないがね。わしは何度 も川の水が堤防ぎりぎりまで来るのを見たことがある。わしなら絶対買わんがねえ。 とにかく、そりゃあ、根も葉もないうそっぱちだな。」 佐伯さんは、あの時男からもらった名刺を必死で捜した。手提げバックの奥の方に 、 丸めたティッシュやよれよれになった割引券などに混じって、埃の付いた『R市写真 同好会 中山 道雄』の名刺が出てきた。電話をかけると、そこは小山さんという個 人の家で、確かに写真同好会の事務局の役をしているが、もともと形骸的な組織なの で会員の集まりもないし、一定の活動もしていないということだった。名簿があると いうので調べてもらったが、「中山 道雄」という名前はありません、という答えだ った。 彼岸花・・・・・別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、毒草・・・・・ 国語辞典で調べて、佐伯さんにわかるのはこの程度のことだった。 バスには3,4人ほど、それも老人だけしか乗っていなかった。運転が乱暴なのか 道が悪いのか、バスは揺れがひどく、油断せずしっかり椅子の握り手に掴まっていな ければならなかった。佐伯さんは、堤防の手前の停留所でブザーを押してバスを降り た。中山という男の話と区長さんの話の食い違いが無性に気になった。行ってみよう 、 と思った。自分の目で実際に見てみなければ納得できなかった。 バス停には、佐伯さん一人残された。寂しい場所だった。道路沿いの家並みを横切 って、土手の方に向かう細い道に入ると、両側は雑草ばかりだった。5分ぐらい歩く と堤防が見える広々とした土地に出た。南東の方角に橋桁が小さく見える。まちがい なく、写真で見たあの場所だった。やはり、家など建っていた痕跡などない。 まだ人の手の入らない単なる荒れ地だった。赤い花が沢山咲いている様子だが、あれ は彼岸花だろうか。彼岸花にしては季節が早すぎる。佐伯さんは不審に思いながら、 土手に近づいていった。 土手に近く、赤い色が群がって一層鮮やかな場所で、小さな女の子と茶色の犬がじ ゃれあって遊んでいた。花は、彼岸花だった。 彼岸花は、まっすぐに伸びた長い茎に紅色の花弁を上に反り返らせて、燃えるよう に咲き乱れていた。 女の子は真っ赤なワンピースを着ていた。裸足で、肌の色が浅黒く、肩まで無造作 に伸ばした髪は黒々としていた。子犬はやっと乳離れができたくらいの幼い犬で、佐 伯さんがそばに行くとさっと退いて、彼岸花の茎を意固地になって囓っていた。 少女は、子犬を抱き上げて出し抜けに言った。 「どうして、ここにきたの?ここで、あたしは遊んでいるの。ここは、あたしの場所 なの。」 茶色の子犬は少女の腕の中で、足をばたつかせてもがいていた。 「邪魔しちゃいやよ。そうでないと、あなたの家を彼岸花でいっぱいにしてあげる。 」 少女の歯は、鋭く白く、とがって見えた。 「でも、あの事をしゃべってもどうしようもないことよ。だって、ここが火事になる のは、あなたが生きているうちじゃないんだもの。たとえ、もっとひどいことが起こ っても。あなたにはどうしようもないのよ、お・ば・あ・さ・ん。」 ・・・・・・・・・了 by ルー rjn08600
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