長編 #4074の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「彼岸花」 お盆を過ぎて夏休みも終わり近くになった頃、まどかと樹(たつき)は、やっと休 みが取れた父母に連れられて、関東方面にキャンプに出かけていた。 子供達の世話に日々を追われる佐伯さんにとっては、もっけの幸いの息抜きだった 。 早起きして新聞を隅々まで読んでからのんびり庭いじりをしたり、自分だけの昼食を 用意して軽く済ませ、雑誌をめくりながらうとうとと昼寝をしたりするのは、久しぶ りのことだった。大きな隣街のデパートに、「大陶芸展」を見物に行ったりした。 そんなこんなで3日も一人で過ごしていると、佐伯さんはいささか退屈になってき た。何気なしに市の広報誌を眺めていると、市役所で「市民写真ギャラリー展」が開 かれているという記事が目に留まった。 『市役所4階大ホール。期間8月5日から8月25日まで。入場無料。市民写真愛好 家からの出展多数。是非お立ち寄りください。』 記事にはこう書かれてあった。 行ってみようかしら、と佐伯さんは思った。 もとより佐伯さんは写真に詳しくないし、それどころかフィルムの入れ方も知らな い。豆粒みたいに写った、まどかと樹の運動会の写真は顰蹙ものだった。 「でも、タダだし、冷房も効いているだろうし、暇つぶしにはちょうどいいかもしれ ないわ。散歩がてら行ってみましょう。」 佐伯さんは、お気に入りの白いレースの日傘をさして、家を出た。 市役所の4階にエレベーターで昇ると、意外に混雑していて、写真展は盛況なよう だった。暑い中を歩いてきたので冷房のひんやりとした空気が心地よく、佐伯さんは 念入りに額や首筋の汗をハンカチで拭き取った。 人の出入りは多かったが若い人は少なく、主に中高年の落ち着いた感じの人達が、 物静かに壁に掛けられた写真を一枚一枚ていねいに見ていた。 写真は主に「家族」、「祭り」、「季節」など、ありふれたテーマが多かった。ほ のぼのとした家庭生活での子供の一場面、御輿を担ぐ若者のたくましい肉体の写真、 春、夏、秋、冬の風景の移り変わりを写した連作、花や草木を美しいカラー写真で接 写したものなど、きれいに写されていて撮影者の苦心のほどもこうして間近に見ると 理解できるのだった。 そうして順路に従ってホールの奥まったところに来たとき、一枚の展示板に「廃墟 」 というプレートが掛かっていたので、佐伯さんはいぶかしく思った。いままでの明る い色調とはまるで異なる4枚の写真が、そこには飾ってあった。 4枚の写真は同じ所を写しているように見えた。背景が皆同じだったからだ。堤防 があり、草と赤い花が点々と咲いている。画面の左上の隅にかろうじて橋が写ってい る。その橋は佐伯さんの住むR市と隣のT町の間を流れている一級河川のS川に架か っている橋にまちがいなかった。わずかに見えている堤防の向こう側の風景から推測 すると、写真はR市側から写されたものらしかった。 一枚目の写真は、その風景に屋根だけ黒く焼け落ちて部屋の間取りがわかる、火事 になった家が真ん中に焦点を合わせて据えてあった。 二枚目の写真は、もう少し接近して写してあった。この家も火事で焼けた跡だった が、焼け方は一枚目よりずっとひどく、残っているのは家の土台と炭になって立って いる柱と、崩れそうな壁の燃え残りだけだった。 三枚目はまだ家の大部分が残っていた。現代的なアーリー・アメリカン風の建物だ った。家の東側にあたる部分が燃えたところで、消し止められたようだった。 四枚目は、同じ風景だがそこに家はなく、土手と彼岸花が咲いているのが写ってい るだけだった。その写真は、同じ植物を写してはいても他の撮影者のものとは違う、 うら寂しい情感が漂っていた。 「お気に召しましたか?」 よほど、しげしげ見つめていたのだろうか、上品な顔立ちをした白髪の紳士風の男が 佐伯さんに話しかけてきた。年の頃は年金生活者と思われるけれど、身なりはきちん としていて夏なのに紺のスーツを自然に着こなし、スマートで表情は快活そのもの、 親しげな笑顔が魅力的だった。 男の笑みが自分に向けられたので、佐伯さんは思わずぽっと赤くなった。 年甲斐 もなく赤くなってしまったのが恥ずかしくて、あわてて平静を装いながら、話を写真 に向けた。 「この写真はあなたがお撮りになったのですか?」 佐伯さんは訊ねた。 「そうです。申し遅れました。私は中山と言います。趣味で写真に凝っているんです よ。」 そう言って、男は名刺を差し出した。名刺には、『R市写真同好会 中山 道雄』と 書かれていた。事務局の電話番号も下の方に小さく記されていた。 「変わったお写真ですのね。」 男は、笑顔を湛えたままうなずいた。 「そう思われますか?よく見てください。この写真は4枚とも同じ場所を写している んですよ。」 「ええ、堤防とか、橋の位置からそうだとは思いましたけど、でも、これは違う3件 の火事の跡を写したものですよね。」 「3件の火事。そうです!この場所は3回、火事があったのです。」 「3回も同じ場所で火事があったのですか?」 佐伯さんは、驚いて繰り返した。 男は、天井を見上げて一時どう説明したものかと思案してから、佐伯さんの方に向き 直ってしゃべりはじめた。 「・・・僕のおふくろがね・・・・もう亡くなりましたが・・・・昔、よく言ってい たものですよ。」 男は続けた。 「一度火事にあった所は、必ず何度も火事に合うって。だから、よくよく火事になら ないように気をつけろって言うんですね。」 「ああ、そういうお話は聞いたことがありますわ。」 「それでね、写真なんかを趣味にしていると、花とか単なる風景とかポートレートの 類だけじゃ、つまらなくなります。なんというか、こう・・衝撃の一瞬というのか、 いわゆる報道写真みたいな、火災現場とか、災害の状態とか、極端なところ、人が事 故で死ぬ瞬間とかね・・・・一度は撮ってみたくなるんですよね。」 男は、手で冗談ですよという仕草をしながら、相変わらずなごやかな物腰で言った。 「しかし、そんな瞬間にそうそう巡り会えるものじゃありません。翌日の新聞で、ど こそこで火事があった、列車事故があった、と知るぐらいで、だから、この焼け跡の 写真も、みな火事のあった次の日にのこのこ出かけていって、撮った物なんです。」 「一枚目の写真の火事は、狂言自殺が原因だったんです。未遂でしたがね。たしか、 8年ほど前のことです。30代後半くらいの夫婦がやっと金の工面をして、建て売り の家を買ったわけです。子供はいなかったんですが、まあ、ローンの返済とか、他に ももめ事はあったらしいです。そのうち夫の方が浮気しているのがばれたんですね。 大喧嘩のあげく、妻が浮気をやめないなら家に火を点けると、これを本当にやっちゃ ったんです。せっかくの新築の家なのに。当人達はからくも逃げ出して、命だけは助 かりましたけど、まったく、馬鹿なことをしたもんです。結局離婚して、土地も売り 払ってどこかへいってしまいました。」 「二回目の火事は、それから3年ほど後です。これは本当に気の毒な出来事でした。 若いトラックの運転手が、土地が安いので買い取って、家を建てました。長距離トラ ックを運転していたので、旦那の方は家を空けることが多かったし、妻もパートで働 いていたらしいです。子供が3人いましてね、一番上の子で6歳じゃなかったかな。 あとはまだ3歳か4歳の年子でした。保育園が休みだったので、昼間、子供だけ3人 家に置いてパートに出た。冬だったので、子供達は電気ごたつで暖をとっていたので すが、電気ごたつに欠陥があったとかで加熱してふとんが燃え上がった。それで火事 になったんです。ひどいことになりました。家に残っていた子供が、3人とも焼け死 んでしまったんです。家も全焼しました。駆けつけた母親は半狂乱になって子供を救 い出そうとしたのですが、手遅れでした。」 「三回目の火事はつい2年前のことです。なんでも東京でマンション暮らしをしてい た夫婦が、夫の退職をきっかけに田舎でのんびり暮らしたいと。それで、R市に目を 付けて、空気はうまいし、のどかだし、川や土手があって環境がいい、土地も安いし 何も知らずに手に入れて、モダンな家を建てたわけです。まあ、近所の人もよそ者だ からと、あまりとやかく言いませんでしたからね。不動産屋にとっても願ってもない 話で、さっそく捨て値で売り払ってしまったわけです。 これは放火でした。夏の蒸し暑い夜は、よく若い者がつるんでバイクでとばしたり 、 たむろしていたりするでしょう。そのたちの良くない手合いが、川沿いに涼みに来た んでしょう。外に出していたゴミ箱に、いたずらして火を点けていったんですね。火 はゴミ箱から家に燃え移りました。寝ていた夫婦は火事にすぐ気がついたんですが、 消防車が来るまでに家の東側が焼けてしまいました。半分焼け残ったといっても、実 際住めやしませんし、その時前の2件の火事の因縁を聞きましてね、さっさと東京の 息子のもとに身を寄せてしまいました。」
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