長編 #4025の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「分かった。だけど、別の疑問ができたぜ。宮本の野郎は、どうやって逃げる つもりなんだ?」 「知らん。逃げられるはずがない。舗装道を行くしかないんだからな。この風 雨で、木々の中を抜けて行くなんて、自殺行為だ」 「じゃあ、宮本は、殺せるだけ殺して、自殺行為に出たってか? 間抜けだぜ」 「どういう意味だ、幸?」 幸が答えるより先に、大塩らが戻って来た。 「どうだった?」 「宮本の靴だけ、ありませんね。牛久のはあるそうです」 大塩は吉河原を見ながら言った。牛久の靴がどんな物か、大塩は知らないの だから、これは当然。 「看護婦の靴は分かりませんでしたが、女物の靴はたくさんあります」 「ふむ。そうなると……やはり、吉河原君の考えで当たっているようだな。牛 久が自分の意志でやったか、宮本がうまく口車に乗せたかは不明だが、とにか く、牛久が宮本のロープをほどいた」 寺之本真矢の言に、二度、うなずいた吉河原。 「そして……宮本はまず、牛久を始末した可能性が高い。遺体はどこかに隠し たのだろう。そのまま、奴は獲物を求めて、殺せるだけ殺した」 「−−ああ、そうか」 大塩が、頓狂な声を上げた。 「どうした?」 「い、いえ。大したことじゃないのですが……狙いやすい人から殺していった んだなと、そう思いまして」 「どういう意味だ、大塩?」 「ですから、一人きりになる機会が多い人ばかり殺されています。ここにいる 私達のほとんどは、二人以上、揃っていることが多いでしょう」 「ふむ、なるほどな。幸と吉河原君以外は、複数でいることが多い者ばかりだ」 「俺だって」 車椅子から身を乗り出すようにして付け加える幸。 「親父や愛達がいつ訪ねてくるか分からない。故に、孤独じゃないって訳だ」 「それじゃあ、つまり、宮本は次に、俺を狙うところだったのか?」 吐き捨てたのは吉河原。そこへ、念田の大笑いが被さった。 「なーに、心配無用だろ。きゃつの体格で、おまえさんを打ち倒せるのは不可 能だ。だからあきらめて、宮本め、逃げ出したんだろうよ」 「だったら、いいんですが……」 怖気けを振るうように、吉河原は手で腕をさする。 福原もまた、恐怖心を払拭したいのか、首を大きく振った。それからぽつり と話す。 「そうなりますと、看護婦の下枝さんも……」 「ああ、その可能性は十二分にある。どこか、我々の目の届かぬところで、死 んでいると見なすべきですな」 「あのぉ、私の意見、言ってもいいですか」 それまで寡黙だった矢口が、おずおずと手を挙げた。彼の傍らには、愛がし がみついている。 「何だ、言ってみよ」 「宮本が犯人だとしたら、おかしいなところが出て来ると思うのです。亡くな られた方は皆さん、何故、宮本を招き入れたのでしょう?」 「ん? そうか、ロープにつながれていたはずのあいつが自由に歩き回ってい たら、不審に思うのが当たり前」 「不意打ちだろ」 決めつける口調の幸。 「こっそり入って、ぶん殴って、さっさと逃げた。簡単だぜ」 「しかし、幸お坊っちゃん」 「その呼び方、やめろって言ってるだろ」 「失礼しました。割蔵先生や杉木さんの場合ならともかく、越塚さんやラリー さんは、各自の個室にいたと思われます。そこへこっそり入っていくなんて、 無理があると……」 「寝てたんじゃねえの?」 「いえ、自分は現場を見たので申し上げられますが、眠っていたとは思えませ ん。起きているところを襲われたと考えるのが妥当です」 「……俺は現場を見てないからな。知らねえよ」 幸は匙を投げた。肩をすくめる。 「宮本が犯人でないならば、エンプティ事件とは関係ないんでしょうか」 大塩は言いながら、寒気が来たのか、腕をさすっていた。 「一応、殺害方法は、マスコミ報道と同じのようです」 参考意見のような風情で、矢口が言った。 寺之本真矢が首を傾げた。 「私はよく知らんのだが、エンプティ事件とやらは、犠牲者の顔に傷を付ける のが、その、何だ、一種の目印なのか?」 「分かりません。ニュースでは触れられていませんでした。警察が故意に隠し ていたとも考えられますが」 大塩が答える。 「じゃあ、決め手にはならんのだな。今夜、ここで起こった殺人がエンプティ の仕業かどうかを見極める決め手には?」 「そうなります、ね……」 「どいつもこいつも、何をくだらんことにこだわっておるんだ?」 念田が、苛立たしげに、車椅子の肘掛けを指で叩いた。 「この殺人犯がエンプティであろうとなかろうと、関係ない。わしらはわしら の身を守ることに専心すべきじゃねえのかい? あの宮本が犯人であれば、も う殺させん。療養所中の電気をつけておけば」 念田が熱弁を振るっていたそのときである。 全ての明かりが突如、落ちた。 タイミングはよかったが、事態は最悪になった。 瞬時にしてパニックに陥る場。 幸は、車椅子の電動スイッチに指をかけた。 しかし、入れるよりも早く、後ろから力が加わる。 「大丈夫ですか」 「その声、大塩さんか? サンキュ」 「動かないでください。各部屋には備え付けの懐中電灯が。取ってきますから」 幸が返事をしない内に、大塩の気配がなくなった。 と、今度は、騒がしい暗闇から、名前を呼ばれるのに気付いた。 「幸? 愛?」 「親父、こっちだ」 無意味かもしれないと感じつつも、手を振る。 すると、効果があったらしく、父親の声が近付いてきた。 「幸か? よ、よかった」 「親父ぃ、ほっとしてねえで、こういうときこそ、号令をかけろよ。静まれっ てさ。各部屋に懐中電灯があるから、そいつを手探りで取りに行かせるんだ」 「しかし、愛が気になる」 「愛は、矢口さんが見てくれてるに決まってら」 「そ、そうか。よし」 その後、寺之本真矢の大号令により、恐慌はどうにか収束した。皆、無事の ようだ。人数分の懐中電灯も確保でき、各自、手元の明かりを頼りとする。 「これでは、いない三人の捜索も不可能だ」 吉河原が言った。 「全員、部屋で大人しくしている方がいい」 「そうだな。先ほどまでの話し合いでは、宮本が犯人と決まった訳でもなし」 冷静さを取り戻した口調で、寺之本真矢が意見を述べる。 「相手が確認できない限り、ドアを開けないのが賢明だな。各人、自分の責任 で行動することだ」 話し合いは唐突な幕切れを迎え、各部屋に戻り始める。 「幸。一人で大丈夫か? 愛も、心配なら、お父さんと一緒にいよう」 「平気さ」 「そうだよ」 父親の呼びかけに、幸も愛も、つれない返事をよこした。 「父ちゃんや大塩さんなんかよりも、矢口さんの方が若くて頼りになる!」 「愛にはかなわん」 薄明かりの中、首を振る父親が分かって、幸は苦笑した。 「幸も、強がらずに、危ないときはすぐに呼べ」 「分かってる」 「そうだ、大塩の携帯電話を渡しておこう。何かあったら、私の携帯にかける がいい」 「いらねえって。愛の方に渡してやってくれよ」 実のところ、もしも殺人鬼に襲われれば、足の悪い今の自分では助けを求め ても無駄だと幸は考えていた。そうであるならば、父親達を巻き込みたくない。 拒む幸に、父親はしばらく考え込んだようだったが、やがて大塩に命じて、 矢口へと携帯電話を渡させた。無論、番号も伝える。 「さっき、途中までしか聞けなかった話だが」 幸の部屋の前まで来て、思い出した風に寺之本真矢は言った。 「犯人が間抜けとかどうとか、言ってたな?」 「あ? ああ、あれね。宮本犯人説が揺らいだから、どうでもいいんだけどな。 ま、いいや。要するに、道が塞がってるのを分かってて、殺しをやる奴は馬鹿 だってこと。秘密の抜け道でも知ってるならともかく、これ以上殺していった ら、警察の捜査の手が入ったとき、容疑の枠も絞られる。大人しくお縄につく か、死を選ぶかしかないってこと」 「つまり……この程度で殺しはやめて、難を逃れた人間の一人として、救助を 待つのが賢いやり方だと言いたいんだな」 「そういうこと。よく考えたらさ、宮本が犯人だとしたら、馬鹿丸だしだぜ。 ざーざー降りの中、山道を逃げるなんて、自棄になってるとしか思えねえよ。 で、もし、今、療養所にいる人間の中に、犯人もいるんだったら、さっき言 った理屈でこれ以上は殺さないだろ、多分。だから、安心だって。分かったか、 親父殿?」 「おまえの言葉が説得力を持って聞こえるとは、頭がどうかしたかもしれん」 父親の軽口に、幸はため息をついてやった。 暗がりの中、目を瞑ることができない。 布団を跳ね除け、懐中電灯をつける。 吉河原は、身の回りで再び起こった殺人に、眠れないでいた。 身体を起こし、ベッドの端に腰掛ける。 「くそ。何で、こんな……震えが来るんだ?」 自分の臆病さを呪うかのように、吐き捨てた。 頭をかきむしっていた彼は、その手を不意に止めると、これも急な動作で立 ち上がった。手にはしっかり、懐中電灯を握っている。 そしておもむろにドアへ向かうと、一転して慎重な手つきで、ノブを回す。 ドアが静かに開いた。 廊下の様子を窺う仕種を見せた吉河原は、意を決したように飛び出した。 ほとんど音を立てず、廊下を行く。何度か角を曲がり、直線を走り−−行き 着いた先は、物置部屋。宮本をくくりつけていた場所の、すぐ近くだ。 「武器」 つぶやくと、物置の戸を勢いよく開けた吉河原。 何の躊躇も感じられない態度で、中に入っていく。 吉河原は少しの間、室内を照らし、やがてある物を取り上げた。 「あった……これで、身を守ることができる」 彼の手の中で、斧が光っていた。 雨の中、ちょうどよい避難場所をあてがわれ、寝入っていた宮本だったが、 雑音に眠りを破られた。 「ああ、あんた……って、当たり前だな、あんたが助けてくれたんだから」 顔を覗かせると、まだ雨風が強い。相手を招き入れ、急いで戸を閉めた。 「朝まで来ない約束だったが、何か用でもできたのかい?」 訪問者は黙ってうなずくのみ。 相手の様子を少し訝しく思いつつも、宮本は重ねて聞く。 「何だか顔色が悪いね。突発事でも起こったとか?」 「ちょっとね……手違いがあった」 やっと喋った相手にほっとする一方で、話の内容に警戒心を高める宮本。 「手違い? どんな?」 「……こうするのがベストということだ」 訪問者の両手がふわりと宙を動き、宮本の両肩の辺りに降ろされる。 宮本が状況を把握する前に、訪問者は両手を交差させた。 「ぐ!」 痛みが喉元を、息苦しさが胸を襲う。 このときになってようやく、相手が細い紐を握っていたと、宮本は気付いた。 「……な……ん」 思ったことが、声にならない。 薄れ行く意識の中、宮本は、「悪く思うな」という意味のことを囁かれた。 それは分かったが、言葉の意味するところは全く理解できなかった。 取り付かれたように歩き回った牛久だったが、とうとう、目的は果たせず、 疲労感だけを強く感じていた。 「くそ、どこへ……行ったんだ? 絶対、療養所の軒下のどこかにいると思っ たのにいないなんて。無理して、林の方まで探したが、いないとは」 勝手に拝借した雨合羽を着込んでいたが、全身、濡れ鼠だ。松葉杖を突いて いる上に、スリッパ履きのままであったことが拍車をかけたかもしれない。と にかく、よく転んでしまった。 「逃げるために、この状態を厭わず、降りていったのか? 信じられない」 もしそうだとしたらという条件付きで、牛久は感嘆した。 「殺人鬼の精神状態は、やはり自分の理解を超えているな」 震えが来た。身体が冷えてしまっている。 −−続く
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