長編 #4024の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
独りごちて、眼鏡を掛けた杉木は調理場を出ようと、銀色の扉を横に引く。 が、通路へ一歩も出ない内に、押し返された。 女性では相当な腕力を誇る杉木だが、不意をつかれたせいもあって、簡単に 押し込まれてしまう。 「な」 驚きの声を上げる間もなく、ハンマーで殴られたかのような頭痛が起こり、 目の前が真っ暗になる。「ぐえ」と、短く声が出た。当たり前のように、眼鏡 はどこかへ行ってしまっている。 訳が分からぬまま、左、右の順に目を必死に開き、見上げる。 ぼんやりと、何かを振りかぶる人の姿が認識できた。 (本当に……ハンマーで殴られた?) 焦点を何とか合わせようとする内に、「それ」が振り下ろされてきた。 完全に俯せとなった杉木は、調理場の床をなめながら、自らの命が尽きるの を悟った。 もう、声は出せなかった。 訪問者の要望に、越塚は得意げにうなずいた。 「ああ、頭痛薬ね。あるよ」 頭痛薬を持っていなかったら、彼は助かったかもしれない。少なくとも、こ の時点で殺されることはなかっただろう。 あるいは、背中を向けたのが、彼の運命を左右したとも言える。 ベッドに新たな加重があったことには、越塚も気付いたはずだ。きしみ音が、 派手にしたのだから。 が、それを咎める間もなく、後頭部に衝撃が走った。 「っご……」 口を半開きにしたまま、つんのめる越塚。それでも咄嗟に、両手で首の後ろ を覆った。 「何で」 ベッドから転げ落ちながら、相手を見据えるためか、片膝を立てようとして いる。が、うまく力が入らないらしく、かくんと頽れてしまった。 訪問者−−襲撃者は、狙いを定めるようにしていたかと思うと、急激に動い た。絵描きへ飛びかかる。 まだまだリハビリ途中であるせいか、最初の一撃だけで、越塚の動きは鈍い。 真正面から向かってくる敵をその視野で捉えているはずなのに、両手は首を押 さえたままである。 呆気なく、次の攻撃を受け、昏倒してしまった。 しかし、襲撃者は、念を入れるかのように、間髪入れず、何度も何度も越塚 の頭部を殴打した。この日初めて、男を標的としたことで、用心深くなってい たのかもしれない。 越塚は、助けを求めることもできず、絶命した。 もっとも、声を出せたとしても、意味はなかったに違いない。個室から外に つながる戸は、いずこもぴたりと閉じられていた。精神的治療も行うこの療養 所の性格上、防音は行き届いている。 彼の頭からは、彼が好んで用いた色に似た血が、どくどくと溢れ出している。 それを物ともせぬ態度で、頭部を持ち上げると、襲撃者はいつもの儀式を始 めた。 牛久の部屋を出たラリー=テイルは、自分の部屋に戻る途中、その人物から 話しかけられた。 「アメリカの話? いいでしょう」 相好を崩したラリー。 療養所に入って以来、積極的に話しかけてきてくれたのは、牛久ぐらいのも のだった。 英語教師として日本に来た彼が、ホームシックにも似た孤独感を元に、光葉 療養所に入所したいきさつを考えると、親しげに声をかけてくれる相手を歓迎 するのは、無理からぬことかもしれない。 「喜んで、お聞かせしますよ」 習った通りの丁寧な言い回しで応じながら、ラリーは自室の扉を開け、中へ 相手を招き入れた。 それが、自分の寿命を一挙に縮める、死の使者だとはつゆ知らず。 ベッドの中で考えていると、次から次へと新しい質問が浮かんでくる。 眠れないでいた牛久は、興奮を鎮めるため、起き出した。 消灯後、出歩くことは好まれない。 かまうものか。宮本に会いに行こう。会って、全部、聞いてやる。 意気込んで、今や彼のかけがえのない対象となった男を求め、牛久は杖を突 く身でありながら、懸命に走った。周りの景色なぞ、一切見えていなかった。 「……何?」 宮本がそこにいないと知ったとき、牛久が最初に考えたのは、自分が場所を 間違えた可能性だった。 頭の中に療養所内の見取り図を描き、ルートを検討すること三度。 自分は間違えていないとの結論に至る。 「馬鹿な。どうしていないんだ? 警察が来たのか。まさか!」 ののしりに似た響きでつぶやきながら、足を引きずるように突き当たりを目 指し、ロープの状態を確認。 「誰かがほどいたんだな? 一体、誰が?」 喉の渇きに耐え切れず、自販機に走ったら販売中止だったときの腹立たしさ を思い出した。無論、今の腹立ちはその何倍にも当たる。 わめき出したい衝動に駆られた牛久だったが、寸前で思い止まった。何故な ら、面白い発見をしたから。 松葉杖を半ば放り出すと、床に這いつくばった牛久。 目を凝らす。 「……血、かな」 赤黒い、丸い点を見つけた。 クリーム色のタイルの上に、四つほど。その他にも、かすれているがいくつ か同じ点がある。 「宮本の奴、誰かをそそのかして、ロープをほどかせたあと、そいつを……」 牛久の喉仏が、ごくりと上下した。想像に不安と恐慌、そして興奮を覚える。 (いい展開になってきたかもしれないぞ、これは) ごく近くに宮本が隠れ潜んでいる可能性を考え、さすがに心中でつぶやくだ けにする。 (できれば、密着取材をやりたいところだ) 思い立つと、居ても立ってもいられなくなった。 松葉杖をかき集める風にして取ると、牛久は気合いを込めて立ち上がった。 (何としても、あいつを見つけなきゃ。あいつがエンプティだ。あいつが捕ま る前に、もう一度、独占取材を!) 現在の牛久の頭の中は、その一念に占められていた。 故に、肝心なことに注意が行かなかったのも、無理ないだろう。 宮本が誰かをこの場で殺したとして、その遺体はどこにあるのか?という疑 念は、牛久の脳裏には、ついぞ訪れなかった。 福原は療養所所員の姿を探していた。 念田の部屋に布団を持ち込み、一緒に就寝していたのだが、消灯間もなく、 念田が足の痛みを訴え始めた。 念田の傷自体は完治しており、痛みがあるとすれば思い込みから来るもので ある確率が高いと割蔵先生から聞かされていた福原は、最初の十数分は我慢す るよう、優しくなだめてみた。が、かえって逆効果になったか、念田は徐々に 不機嫌になって行く。 やむを得ず、痛み止めの薬をもらって来ようと、部屋を出たのだが、なかな か看護婦を見つけられないでいた。これ以上待たせると、念田がしびれを切ら す予感もあって、割蔵先生の部屋に直接向かう。 「先生? お願いがあって窺ったのですが」 控え目なノックをさせながら、よく通る声で福原が言った。 返事がない。 もう一度、今度は強くドアを叩いてみた。 「割蔵先生? いらっしゃいませんか?」 やはり応答はなかった。普段の福原なら出直すところだが、今夜は違った。 念田を待たせた時間が、長すぎた。 福原は「失礼します」と言いながら、静かにノブを回し、ドアを押し開けた。 「先生−−」 彼女は所長室内の有り様を目の当たりにし、息を飲んだ。 そして、部屋の中をざっと見渡すや、戸を元通り、閉めた。 口元を押さえつつ、福原は足早に部屋の前から去ると、人を捜した。 誰でもいい、叫び出さない内に……。 寝入りばなを叩き起こされて、幸は一気に不機嫌になった。 「親父かよ? 何だよ、全く……」 白色蛍光灯の下、寺之本真矢の顔は青ざめて見えた。 「いいから、起きろ。大変な事態になったようだ」 「……親父?」 見た覚えのない緊張した面持ちの父親を前にして、幸はちょっと心動かされ た。面白いのと、驚いているのと。 「さあ、早くしろ」 「……折角、早寝早起きの習慣が付いたってのによ!」 自棄気味にわめいてる合間にも、ベッドから車椅子に移された。 「一体、何があったって?」 「人が死んだ。殺されたらしい」 「へ、嘘だろ」 後ろにいる父親を見上げ、鼻で笑ったが、覆い被さるように見返してきた相 手の表情は、真剣なままである。 「本当だ。ここの先生、割蔵先生が撲殺されていた。と言っても、私はちらと 部屋を覗き見ただけなんだが……」 「誰が見つけたんだ? 誰がやった?」 廊下に出ると、騒がしさが伝わってくる。うるさいのではなく、慌ただしさ が空気を媒介とし皆へ伝播している雰囲気だ。 「犯人は分からん。だから、おまえも叩き起こしたんだ。見つけたのは福原多 恵さんと言って」 「ああ、念田さんの」 「そうだ。それで、そう、他にも行方不明の人間がいる。とにかく、集まろう となったんだ」 父親の話し方が、いつもと比して、意味を汲み取りにくい。 幸は、掛け値なしに緊急事態である現況を再認識した。 やがてホールに到着した。 いるのは、幸とその父親の他、愛、矢口、大塩、吉河原、念田、福原の八人。 幸を放って、寺之本は大塩と吉河原に駆け寄った。 「他の人間は?」 「それが、いない人と、死んでいる人が」 唇を何度もなめながら、大塩が答える。その口から、他の人間がどうなって いるか、説明された。 姿が見えないのは宮本、牛久、下枝の三人。 割蔵に加え、杉木は調理場で、越塚とラリーは自室で、それぞれ撲殺されて いた。しかも、顔に傷を付けられて。 「あいつが、宮本がやったんだ」 絞り出すような声は、吉河原。 「誰です? あいつのロープをほどいたのは? 馬鹿げてる!」 大男が発する大声に、返答はなかった。 「誰かいるはずだ。自力で、あんなうまく、ほどける訳がない。誰なんだっ」 「吉河原君、ここにいる誰かがほどいたと決めつけるのは早計だ」 父親が冷静な口調で言うのを、幸は感心して見つめていた。その堂々たる態 度に、仕事場での片鱗を垣間見た思いがする。 「いない人間の中に、宮本の逃亡を手助けした者がいるかもしれん」 「……もっともです」 勢いを削がれた吉河原は、意見を求めるかのように視線を財閥会長に向ける。 「宮本を助けるとしたら、牛久じゃないかね。あの若いのは、宮本にご執心だ ったからな」 「じゃあ、宮本と牛久は、二人で逃げているんですか?」 「分からんよ。そうかもしれんし、宮本は牛久を始末して、一人、身軽になっ とるかもな」 「靴を調べてみてはどうでしょう?」 福原が、小さいが、しっかりした口調で言った。 「なるほど。歩きにくいスリッパで逃亡するとは、考えにくい」 念田が、我が手柄のように相好を崩す。 「早速、調べてみましょう」 大塩と吉河原が、玄関へ走る。 その間を利して、幸は父親に尋ねる。 「親父、犯人を捕まえる気か?」 「ん? ふん、捕まえられたら最高だが、今はともかく、身の安全を図らねば ならん。おまえは足がそういう状態だし、愛は小さい。部屋で閉じこもって、 誰も入れんようにするのがベストだろう。窓にバリケードを築く必要がある」 「警察はどうなってんだよ」 「それがな……」 耳打ちの格好に移る。 「電話が壊されておる。犯人の仕業に違いない」 「なん−−」 叫ぼうとした幸の口を、父親の節くれ立った手が押さえる。 「パニックにならんよう、全員には告げていないのだ。まあ、携帯電話もある が、どっちにしろ、道路は復旧していないだろう。この闇夜に、この天気じゃ、 ヘリも飛ばせまい。同じことだ」 −−続く
メールアドレス
パスワード
※書き込みにはメールアドレスの登録が必要です。
まだアドレスを登録してない方はこちらへ
メールアドレス登録
アドレスとパスワードをブラウザに記憶させる
メッセージを削除する
「長編」一覧
オプション検索
利用者登録
アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE