長編 #4021の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「どれくらいから深いって言うのか知らねえけど、付き合ってるぜ」 「ふむ。よかろう。いい機会だ」 何がおかしいのか、唇の端で笑う寺之本。 「おい、親父。変に調べようなんて、考えんなよ」 「分かっとる。よほど、ネジの飛んだような女でなければ、認めてやる。だが、 もしも娘の親が、うちと張り合ってる何らかの企業に関係していたら、ややこ しくなるかもな」 「そんなの、関係ねえ」 「心配するな。いざとなったら、親をうちのどこかの企業に入れてやる。好条 件でな。とにかくだ、こうまでしておまえのわがままを聞いてやってるんだか ら、期待に反するような真似は、今後一切、するな」 「分かってるって、言ってるだろう。こっちは動けなくて、いらいらしてんだ。 説教垂れるだけなら、さっさと帰ってくれよ」 辟易した調子で肩をすくめる幸。 静かになったのも束の間、ベッドの上ではしゃいでいた愛が、父親に向かっ て言った。 「父ちゃん、僕のわがままも、もっと聞いてよ!」 本日のリハビリを終えた牛久は、雨に気付いて、いささか慌てた。 「台風並の、土砂降りじゃないですか」 浮かれ口調だ。 松葉杖を突いて、必死に自室を目指す。入室するや、バッグを引き寄せ、中 から愛用のビデオカメラを取り出した。 それを顎と手先で挟むように持って、さらに松葉杖を器用に操りながら、再 度、廊下に出ると、ベストロケーションを求めて、あちこちの窓から外を覗く。 L字型の廊下の突き当たりを居場所と定め、パイプ椅子を引きずって来てか ら、腰を据えた。 夢中になって撮っていると、頭の上から声をかけられた。 「面白いですか?」 「ああ、ラリーさん? 面白いですよ」 カメラのレンズから目を離さず、声だけで判断して答える牛久。 「何たって、我が原点なんだから、荒天は。子供のときに観た、台風のニュー ス映像にインパクトを受けてね。テレビカメラマンを目指したんですよ」 「確か、ビデオジャーナリストだったのでは……牛久さん?」 微妙なアクセントで、戸惑いを表すラリー。 「肩書きはね。カメラマンも色々やりました。テレビや新聞の報道。でもねえ、 好きなことができなかったから、会社は辞めちゃって、ビデオジャーナリスト を名乗るようになったんです。ただ、社会的バックボーンが乏しいせいか、な かなか金になりませんや。ははは」 「以前、お聞きした話では、戦地に撮影に行って、負傷されたと」 「本当ですよ。一山、当ててやろうという気が強かったなあ。だけど、人の死 を金儲けの種にしようとした罰ですかね。ま、僕自身、勇気のかけらもない人 間ですけれど。あははは。びびって逃げようとしたところへ、じゃかすか弾を 浴びまして……」 一旦、顔を上げた牛久。そのまま見上げる形で、自嘲気味に笑った。 「死んだと思いましたよ」 「……私も幸い、戦地に赴いたことはありませんが」 ラリーが、今度は流暢に話し始めた。恐らく、何度か日本人相手にしてきた 話なのだろう。 「人が撃たれて、死ぬ場面は見たことがあります。もちろん、合衆国での話で す。たった一発で死にました。それに比べると、あなたは運がいい」 「そうかもしれない。やり直す機会を得た訳ですから……とりあえず、こうし て原点に戻ってみようかなと」 またカメラに戻る牛久。程なく、レンズの向こうに展開される光景に、魅入 られていった。 高台を下る途中で、立ち往生していた火村は、追い打ちに泣きたくなった。 「くそっ」 突然の豪雨と強風に、車中に避難したものの、これでは修理もままならない。 (えんこに大雨か。参った。雨具がないから、助けを求めにも行けん) 救援を求めに療養所を戻るにしても、自力で修理するにしても、雨がやむの を待たねばならない。火村は覚悟を決めた。 暇つぶしに、ラジオのスイッチを入れる。荒れた天気の割に、感度がいいの は、海抜の高さ故か。 <おっと、臨時ニュースが入ってきました> チャンネルを調節する間もなく、そんな言葉が耳に飛び込む。その口調から、 正式なニュースアナウンサーではないらしい。 それでも火村は手を止め、聞き入った。 <連続通り魔殺人事件、いわゆるエンプティ事件の容疑者が身柄を拘束される 間際に暴れ、逃走しています> 「何? 何だって?」 ラジオにかぶりつくように、身体を起こす火村。 (俺は聞いてないぞ。そりゃまあ、担当違いだが。えらく、唐突だな。それよ り、逃げられたとは、どういうこった?) しかし、ラジオの向こうのアナウンサー?は、疑問に答えてくれなかった。 <えー、二十五歳の男性とだけ、伝えられています。逃走手段は、黒の*** −−これは容疑者自身の車です−−に乗って逃げたとのことですが、その車は すでに乗り捨てられているのを発見されておりますから、現在、容疑者がどの ような方法でどこを逃げているのかは、分かりません。詳しい情報が入りまし たら、またお伝えします> それっきり、エンプティ事件の報道は打ち切られてしまった。 急いで他のチャンネルに合わせてみるが、どこも同じことしか伝えていない。 「分からん。連絡を入れて、聞いた方が早いか」 独りごちて、無線に手をかけたそのときだった。 下から上がってきた白い車が、横付けする形で停止する。 火村が飛び出そうとドアを開けかけると、相手の方が先に降りてきた。当然 ながら、傘を差している。 「どうされました?」 応じて、顔を覗かせ、事情説明しようとした火村は、相手の声に聞き覚えが あると思い当たった。 「室田君じゃないか?」 「……あ、火村警部でしたか」 紫鏡湖キャンプ場でのジュウザ事件で、短い期間ではあるが、一緒に捜査に 当たった仲間である。 ひとまず、火村の車に入って、話を進める。 「何故、こちらに?」 「捜査だ。この上の療養所に、例の生き残り、吉河原隆介がいるんだ」 「ああ、なるほど。車の向きから言って、これからお帰りで?」 「そうだ。で、そっちは何の用だ? さっき、妙なニュースをラジオで聴いた んだが」 「あ、もう、流れましたか。お恥ずかしい」 見る見る汗をかく室田。 「おいおい、君が失敗したんじゃないだろう?」 「でも、我々の大失態には違いないですから……。はっきり教えてくれんので すがね、参考人として話を聞きに行った相手が逃げ出したってことですから、 そいつがエンプティって決まった訳じゃありません。それが、どこかで情報が 先走ったらしく……」 「なるほど。やれやれ、叩かれるネタにされそうだな。願わくば、そいつがエ ンプティであってくれって訳か」 「はあ、まあ、そっちの方がましかもしれません」 「おっと、忘れるとこだった。君は何でここにいる? 上に向かっても、療養 所しかないだろう。捜査上の秘密ってんなら、無理には聞かんが、気になるな」 「その逃亡中の奴の行き先が、あれこれ錯綜してまして。この高台を目指した という情報も」 「ほんとか?」 あまりに意外な話に、目を丸くした火村は、次に顎に手を当てながら、警部 補を疑わしげに見返す。 室田は肩をすくめて答えた。 「信憑性が薄いので、自分一人が派遣されたんじゃないですか」 「さもありなん、てやつだ。多分、まじで空振りだぞ。俺、車とはすれ違わな かった。いや、正確に言えば、療養所の駐車場で、一台入って来るのを見たが、 四人連れだったし、子供も乗っていたから違うだろう」 「そうでしたか」 「一本道を無理に外れるはずないし、まさか、歩いて逃げてるんでもあるまい、 うん」 腕組みをしてうなずいた火村は、はたと、己の置かれている状況を思い出す。 「こっちは、車が動かなくなっちまって。どうしたもんかな?」 「うーん。警部の証言もあることですし、追跡は打ち切って、私の車で引き返 しますか」 「君も言うようになったな」 「いえ、そう言うんじゃあ……。一応、私は引き返して、再度調べるつもりで すよ。遅れるのは、気が引けますが」 「よしよし、分かった。送ってもらおう」 にやりと笑って、火村は室田の肩を叩いた。 大の男二人が、一つの傘に身を寄せて、車を移ったのは、それから一分後の ことだった。 ぎりぎりの時間に療養所を発った寺之本らの車だったが、こちらもまたアク シデントに見舞われていた。 「引き返しますか」 ずぶ濡れになった身体を拭きながら、矢口が言った。彼と大塩の二人で、道 を塞ぐ倒木を除こうとしたのだが、うまく行かなかった。 「引き返して、療養所の人の力を借りて、木を退けてもらう……のは無理でし ょうねえ」 頭を抱える大塩は、すっかり弱り声になっていた。携帯電話で本社に知らせ たとは言え、スケジュールの狂いは、彼にとって一大事だ。 「レスキューをここで待つのも、馬鹿らしいな」 寺之本が、ぐずる愛に手を焼きながら、決断する。 「戻るんだ、矢口。温かいコーヒーぐらい、飲めるだろう。車の中に閉じこも っているより、よほど天国だ」 矢口は手拭いをダッシュボードに仕舞うと、無言のまま、車をスタートさせ た。ボンネットを雨粒が激しく叩く中、あくまでも丁寧なハンドルさばきに、 車体は見事に方向転換。 何もなければ、十分ほどで療養所に着くはず。だが、その途中、ちょっとし たハプニングが起こった。 「人がいます。どうしましょう?」 速度を緩めつつ、ルームミラーを通じて雇い主に問う矢口。 彼の言葉通り、狭い道の右端を、雨合羽を被った細身の男−−多分、男だろ う−−が歩いている。 「むむ。見捨ててもおけんだろう」 眉間にしわを寄せながらも、寺之本はそう応じた。これが逆方向、つまり、 スケジュールに追われて急いでいるときであったのなら、止まりはしなかった。 「とりあえず、声をかけてみましょう」 大塩が言った。 「ああ」 うめくような合図を寺之本がよこすと、大塩の側のリアウィンドウが少し下 がり、隙間ができた。 「どうされました?」 相手は、一瞬、全身を硬直させるような身振りをした。寺之本らを振り返っ たときの顔は白く、驚きをたたえている。ざんばら髪の何本かが、顔に張り付 いていた。 「どうかされましたか? この雨の中……」 「ええっと」 男は、震え口調で喋りかける。が、うまく口が回らないらしく、舌なめずり を何度か繰り返した。 「あの、バイクでツーリングを楽しんでいたのですが、突然の雨に、転倒しま して……」 寺之本にもその言葉は聞こえたらしく、 「バイクで転倒する奴は、うちの息子だけじゃないらしいな」 と、当たり前のことをつぶやく。 「マシンがいかれちまって、ここから歩いて降りる元気もないので、この上に ある療養所で電話をお借りしようかと」 「よかったら、乗っていきますか? 我々もそこへ行くところです」 「ああ……。でも、携帯電話をお持ちでしたら、そちらの方がありがたいんで すが」 「ありますが、多分、修理屋は来れないと思いますよ。この下の道は、木が倒 れて塞いでしまってますからね」 大塩の説明に、男はさして驚いた風もなく、考える顔つきをなした。 「……じゃあ、すみません。お世話になります」 頭をひょいと下げると、慌ただしく雨合羽を脱ぎ始めた。よほど下手な散髪 屋にかかったのだろうか、フードの下から現れた髪型は、つんつんに立ってい る箇所と刈り込みすぎの箇所が斑になっている。 「立派な車ですね。濡らしてしまって、申し訳ありません」 「あなたのお名前は……?」 後部座席、愛の隣に乗り込んできた男に、大塩が尋ねる。 「あ、これは、失礼をしました……。瀬尾武蔵と申します」 色白の男には、決して似合わないであろう名前……。 −−続く
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