長編 #4019の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
ああ、つまらない。 そろそろ次に取りかかりたい。 目立っている内に、やらなくちゃな。自分は今、脚光を浴びているヒーロー なんだから。 −−何てうるさいんだ。 あいつらをやるのもいいな。 全員やっちゃいたいけど、難しそうだ。一人だけ殺したら、警戒されるだろ うな。 それよりも、あいつらに名乗ってやろうか。この正体を知らせてやったら。 あいつら、馬鹿笑いして走り去るだろうな。信じやしない。 そういった愚かさをこっちが笑ってやる。気分はすっきりするかも。 −−やめた。馬鹿馬鹿しい。このとっておきの秘密を、何であんな馬鹿連中 に教えてやる必要がある? 仮に信じられなくたって、あいつらに教えてやる ことはない。 どこかにいないものかね。 殺人鬼エンプティは私である、と告げてやるにふさわしい相手は。 * * 歩きながら、室田は片手で頭を抱えていた。 (四人も犠牲者が出ているのに、手がかり一つ掴めないとは) もう片方の手には、配付された資料−−これまでの情報をまとめた物−−が ある。 十歳の女児、七十二歳の無職の男性、四十四歳の主婦、二十一歳の男子学生 ……被害者に共通項はないように思われる。四人とも、一般的な意味での職業 に就いていない人ばかりであるが、その程度で共通点とは言えそうにない(五 人目以降の犠牲者が出たとき、何かの意味を持つかもしれないが、それは考え たくないことだ)。 また、女と男を交互に殺しているように見えるが、ただの偶然である可能性 も充分にありそうだ。 四つの殺人がエンプティの仕業だと断定された理由は、遺体に同じ形状の傷 が残されていたからだ。両方の眉から瞼を通り、頬骨辺りまで、引っかき傷め いたものが走る。左右に四本ずつ、並行に。この事実は、公表されていない。 傷と傷の間隔から推測して、恐らく、犯人が親指を除く指に金属製の爪を着 け、被害者の顔を強く引っかいたものと想像される。 (こんな真似をする理由も分からないよな。犯人自身のサインのつもりなんだ ろうが……) 殺害方法は、撲殺に一定していると言っていい。 最初の三人は正面から襲われており、最も新しい大学生のケースだけ、背後 から襲撃されている。大学生の体力を考え背後から襲ったのか、それとも警戒 心を強めていた相手に逃げられそうになり、やむなく後ろから殴打したのかま では分からない。現場周辺の住人が何の声も耳にしていないことから、前者の 線が強いと考えられてはいる。 凶器は未発見のまま。遺体に残る殴打痕から、同一の凶器を使用しているの は間違いない。細身の金槌状の物と推測される。 エンプティは殺し慣れているのか、凶器の使い方が巧みで、四件の殺しとも、 五度と殴打せずに命を奪っている。最初の一撃で被害者の足を止め、次で致命 傷を与える。そして念を入れて(?)の第三撃を加えるのがパターンだ。 行動範囲は広く、車の運転ができるのは間違いないだろう。ただ、犯行現場 そのものは、今のところ、閑静な住宅街に通じるひと気のない道を狙い目にし ているようだ。 犯行時間帯はばらばら。一件目は日曜の昼下がり。以下、木曜の早朝、金曜 の夕方やや遅く、土曜から日曜に変わる頃の真夜中といった具合だ。このこと から、定職を持たない人間ではないかとの見方が有力視されている。 犯行をなす間隔は、稀に見る急ピッチと言えよう。ほぼ一週間に一人ずつ殺 すペースだ。 (これからはそうは行かん。警戒態勢を強めたんだ。動いたら、すぐに捕まえ てやる) 自らに言い聞かせるように、心中でつぶやく室田。 (ジュウザ事件でてんてこ舞いのところに、こんな事件を起こされちゃ、たま らんな。人員が足りんとかで、俺もジュウザからエンプティに回されたが…… どっちにしても、嫌な事件になりそうだ) 目当ての金物屋が見えてきた。凶器の特定がされない内から、このような聞 き込みを続けるのは、やけに空しい。 (ジュウザ事件とエンプティ事件……同じ奴が犯人だったら、楽なんだが) 突拍子もない想像を振り払って、室田は店の戸をくぐった。 * * 光葉療養所のさして大きくない看板を確かめると、火村はインターフォンの ボタンを押した。 名乗ってから来意を告げると、重たげな黒塗りの格子が横滑りを始める。二 メートル以上の高さがあるそれを、思わず見上げてしまう。 火村は門を通る際、その壁の分厚さを意識した。 (こりゃ、一メートル近くあるんじゃないか?) 手の平でざっと計測してみたら、そこまではなかったが、充分に厚い。 (やはり、患者が外をふらつかないようにするためか……。しかし、精神病院 じゃあるまいし) 飛び石に誘われて、曲がりくねった道を行くと、正面入り口前に到着した。 それまで日本料亭かひなびた旅館を想起させる景観だったのが、自動ドアで、 これから訪れる先が現代建築であることを再認識させられる。 静かに左右へ開いたドアを抜け、ロビーらしき空間に出る。首を巡らせるま でもなく、受け付けらしき窓口が目に入った。 「火村ですが」 念のため、警察手帳を示しながら、窓口の女性に告げた。 髪をひっつめにした彼女は、えんじ色の眼鏡フレームに指をかけ、じろりと 見やる仕種をした。 「伺っております。所長にお会いになりますか? それとも直接、患者さんの ところへ行かれますか?」 女性の声は、かすれ気味だ。 火村は前者を選択した。 所長室とやらの場所を教えてもらい、長い廊下を行く。天窓から光が降り注 ぎ、床で反射している。白さが目に痛いほどだ。 該当するプレートのかかったドアまで来ると、軽く咳払いをしてから、力強 くノックした。 「どうぞ」 火村が名乗るより先に、室内から返事があった。 ノブを捻ると、ドアは、ほとんど力を入れることなく開らく。 「火村さんですね? どうぞ、そこの椅子へ」 回転椅子に座ったまま、白衣の女性が言ってきた。 指図通り、ゆったりとした一人掛けのソファに腰を落とす。 「あなたが、ここの所長の割蔵さんですか」 柄にもなく、丁寧な調子で尋ねる火村。 白衣の女性は、肩まである髪を、右から一度かき上げ、静かに微笑んだ。 「割蔵美沙恵です。正確を期すなら、所長兼経営者ですけれど、それはいいで しょう」 「はあ、経営も」 部屋の中を見回す火村に、割蔵はくすっと声を漏らした。 「所長が私のような女だと知って、驚かれた?」 「正直言いまして」 認めてから、本題に入ろうと気を引き締める火村。 「今日、寄せてもらったのは、先日、ここに入った吉河原隆介の具合をお聞か せ願いたいと思いまして。事情聴取できるほどになりましたでしょうか?」 「まだ一週間ですからね。難しいでしょう」 台詞には推測の意が含まれていたが、語調は断定の響きを持っている。 火村は顔をしかめ、少し身を乗り出した。調子が出てきた感じだ。 「具体的にお話ください。ああっと、専門用語はなしですよ。素人の私にも分 かるよう、吉河原の症状がどうなのかについて」 「まず、これは刑事さんの方でも周知の事実でしょうが、肉体的には何の問題 もありません。古傷が元で、胸の筋肉に若干のひきつりが出ることもあるよう ですが、日常生活に支障はないでしょう」 「それで、精神面は?」 火村は指先で自らの膝頭を叩いた。 「ここへ来た当初は、何を言っても『ジュウザが恐い』という意味の返事しか なかったのですが、こちらが事件には全く触れず、明るい話題ばかり持ちかけ てみたところ、三日目にして通常の会話は成立するようになりました。それで も、夜、見回る看護婦の話では、吉河原さんは夢にうなされているようだと報 告を受けています」 「事件の悪影響でしょうか?」 「恐らく。四日目以降は、日常会話の中に事件と関連のある単語、たとえば斧 や首といったものをキーワードとして組み入れ、反応を見ています。すると、 吉河原さんは一瞬、会話を途切れさせたり、怯えたような色を見せます。まだ まだ回復していませんね」 「では、事情聴取は」 「先ほども言いました。無理でしょう」 笑顔での否定的な言葉に、火村は内心、歯がみをする思いである。 「……今後の見通しはどうなんでしょう? 彼が完全に回復する見込み、ある んですかね?」 「完全にとは、つまり、あなた方の事情聴取に耐え得る状態に、という意味に 受け取ってよろしいかしら」 「あ、ああ。まあ、そうなりますな」 「それなら、しばらく時間をかければ、回復するでしょう。ただ−−」 「時間、どれぐらいかかりますか」 相手の説明を遮り、火村は尋ねた。彼にとって、最も重要なのは、いつ吉河 原から証言を引き出せるかである。 割蔵は、気を悪くした風もなく、何度目かの微笑を浮かべつつ、答える。 「一ヶ月を見てもらえれば、多分、大丈夫です」 「一ヶ月。厳しいな。ま、文句言っても始まらない。なるべく早くできるよう、 お願いします」 「分かりました。が、一つ、問題があります。先ほど言いかけました、吉河原 さんの記憶障害らしき症状に関係するのですが」 「ああ……。何でも、彼は記憶の一部を失っているそうですね」 捜査の過程で集まった情報から、その話は火村も聞き及んでいる。 「よく分からんが、登山か何かの途中、川に転落してそうなったとか」 「行方不明者として、届けが出ていませんの?」 初めて、割蔵の方から質問らしき言葉が出た。 「はあ、リストに該当する者はないようで。ジュウザ事件との兼ね合いで、写 真公開といった大っぴらな真似はできませんが、吉河原の身元調べも並行して 進めてはいます」 「あら? 吉河原さんの顔写真を公にすると、ジュウザが嗅ぎつけるとお考え なのですか」 「可能性がないとは言い切れません。そりゃあ、ジュウザは山奥に暮らす殺人 鬼だと考えられていますから、どれほど文明に接しているのかは分からない。 だが、そもそも、そんな殺人鬼が実在するかどうかさえ、まだはっきりしてい ないんだ。ひょっとしたら、都会の人間が登山客やキャンプに来た連中を狙っ ただけかもしれない。そういう線が消し切れぬ限り、危ない橋は渡れんという ことです」 「なるほどね。私どもは端から見ているだけですけど、警察も大変だわ。今は ジュウザに加えて、もう一人の殺人鬼『エンプティ』の騒ぎが大きくなってい ますし」 世間話のように言われると、何だか腹が立つ。 が、火村は平静に努めた。 「エンプティ事件には、私はタッチしていませんので。まあ、物騒な世の中に なったとだけは言えましょうな」 「早く解決してくださいませんと、私どもも安心できませんから。−−ところ で、火村さん。今言ったような状態ですが、吉河原さんとお会いするのは、ど うなさるおつもり?」 「うむ……。何しろ、事情聴取できるつもりで、意気込んでたもんですからね え。会うと、事件のことを口走ってしまいそうだから、今日はやめておきまし ょう。それが無難だ」 火村が立ち上がると、割蔵も立って、見送ってくれた。 療養所の駐車場に滑り込んできたのは、黒光りする幅広の車。流れるような 動きで、一台分の枠内にぴたりと止まる。今時、左ハンドル仕様のままにして いるのは珍しいかもしれない。 運転席側のドアが開くと、上着を脱いだサラリーマンといった風情の男が落 ち着いた態度で飛び出した。こまねずみのように動き回り、ドアを開けて回る。 恭しく頭を下げた運転手の前に降り立ったのは、頭に黒よりも白い物が圧倒 的に多い男。中背の割には胸板厚く、肩幅も広い。眼光の鋭さも手伝って、押 しの強い雰囲気をまとっている。 続いて現れたのは、小さな子供だった。背格好から見れば、小学校低学年ぐ らいか。白いシャツに紺の半ズボン姿で、サスペンダーには手持ちぶさたげな 指を絡ませている。 「こら、愛」 先の白髪の男が、叱りつける調子で言った。 「ちゃんと、手を出しなさい。転ぶと、怪我をする」 「そんなどじじゃないよっ」 反抗するかのごとく、そのままの姿勢で飛び跳ねるように砂利道を行く愛。 −−続く
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