長編 #4011の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「レジェンドって、駅に近い、あそこの?」 ハンドルを握るおばさんの目が、ルームミラーを通して窺えた。 「あそこはどちらかと言えば、食事をするお店よ」 「いいじゃない。時間あるんだし」 「ばかね、純子ちゃんの都合も聞かないで。−−純子ちゃんは時間、大丈夫?」 「はあ、大丈夫ですけれど」 戸惑いながら、答える。 「それなら、行ってみましょうか」 行き先は決まったが、純子の頭の片隅に、引っかかるものがある。 (駅前まで行く? 何で、そのお店にこだわるのかしら) 口の中で、店の名を繰り返しつぶやいてみた。 「−−あ!」 思い出した。 「レジェンドって、あんた……じゃなくて、相羽君がいつか言ってたお店の名 前だと思ったんだけど」 「そうだよ」 嬉しそうに、相羽。いくらかサイズの大きい服の襟元を、手で整え始めてい る。 「信一ったら、そんなことまで話してたのね」 しょうのない子とばかり、含み笑いする相羽の母。 「おばさん。相羽君たら、ミックスフライがお薦めだって言ってくれたんです」 「ふうん。信一、自分の好みを押し付けてどうするの。エビが嫌いな人だって、 いるんだから」 「前もって断っておいたよ。シーフードが好きなら、ミックスフライがいいよ って。なあ?」 相羽が、必死の顔をして同意を求めてくるのが、おかしかった。 (もちろん、覚えてるけれど……。うふふ) いたずら心が起きた。 「そんなことまで言った? とにかく、食べてみろ、みたいな言い方してなか ったっけ?」 「ちょっ−−涼原さんっ。思い出してよ。押し付けるような真似、しなかった って」 弱り顔になる相羽から顔を背け、手で口を押さえながら純子は笑った。 レジェンドというお店の外観は、石のレンガを模した壁に台形の屋根を持っ ている。昼だからかもしれないが、目立つための装飾は見当たらない。 内装でもそのポリシーは伺い知れた。壁の、床に近い高さに入った暖色系の ラインの他は、白と黒、茶色が主で、全体に地味と言っていい配色。柱には大 理石が用いられていて、重々しさを演出している。 「あの席がいい」 空いているからいいようなものの、相羽は店の真ん中辺りを指差して、案内 のウェイターに注文した。 彼に導かれ、収まった四人掛けの席は、大きな柱のすぐ横だ。区切りの棚に、 小さな植木鉢や洒落たキャンドルが置いてある。クリスマスには、これらの道 具立てが、絶妙の雰囲気を醸し出すことだろう。 オーダーは、相羽がロシアンティー、その母はアイスレモンティー、そして 純子がミルク。 「あら、それだけなの、純子ちゃん?」 「牛乳、好きだから……」 「そうじゃなくて、ケーキでも何でも、注文して」 「い、いえ、遠慮しておきます」 「僕が選ぶよ。洋梨のケーキ、一つと……ナッツスライスのアイスクリームを 一つ、お願いします」 「洋梨のケーキとナッツスライスアイスがお一つずつですね。承りました」 相羽が勝手に注文してしまった。 引き返していくウェイターをぽかんと見送ってから、相羽に視線を戻す純子。 「い、いらないのに」 「遠慮って言ったからさ。つまり、食べたいけれど、我慢してると解釈したわ け。まあ、いいから、洋梨のケーキ、いけるんだよ。端っこだけでもいいから、 食べてみて。もし口に合わなくても、アイスクリームの方には、クルミが入っ てるから。涼原さん、クルミが好きでしょ?」 「それは当たってるけれど……」 口ごもった純子に代わって、おばさんが言う。 「余ったら、どうするのかしらね? 普通の紅茶ならまだしも、ロシアンティ ーじゃ、甘い物同士で大変だわ」 「……しまった」 相羽はおしぼりを動かす手を止め、かすかに歯を覗かせる。 「仕方ないから、ジャムを入れずに、しばらく待機しよう」 「おっちょこちょいなんだから」 呆れながら、おしぼりをきれいに畳む純子。 「この子、学校ではちゃんとやってるのかしら?」 息子を手先で示しつつ、純子の方を見やってくるおばさん。 純子が返事するのに先んじて、相羽自身が答えた。 「さっきの面談、何を聞いてたのさ。少しは、ほめてもらってたじゃないか」 「先生の言葉だけじゃあね。同じクラスメートの子からも聞いてみないと、安 心できない。どうかしら、純子ちゃん?」 「えっと。しっかりしてます、凄く。委員長、頑張ってるし、みんなのことを よく考えてくれて」 言ってから、相羽の顔を窺った。 (本人がいるから、言いにくい感じ。嘘じゃなくても、嘘っぽくなりそう) その内、相羽当人が吹き出してしまった。 「っく、はははは! だ、誰のこと、言ってるんだか!」 「な……だって、だって。全部、本当じゃないの」 「あははは、ありがたく、受け取っておきます。母さんが信じてくれたかどう かは、別にして」 母親を上目遣いに見やる相羽。 「信じましょ。−−信一、車の中に手鏡、置いたままだったわ。取ってきて」 車のキーを取り出し、息子の手に押し付ける。 「何で、手鏡が……」 そう言いながら、相羽は席を立った。 「さて、邪魔がなくなったところで、改めて聞くけれど」 見送っていたおばさんが、いきなり言い始めたので、純子は面食らった。 「本当に知りたいのは、あの子が学校で無理していないか、ということのなの」 「無理……してると言えるかどうか、分からないですけど。部活動、調理部を 選んだのは、おばさんのためもあるって……」 考え考え、答える純子に、相羽の母はふっと息をついた。 「やっぱりね。それは予想してたわ。他はない?」 「……分かりません。相羽君、強いです、から……」 「そう……。ごめんなさいね、純子ちゃん。あなたにこんなこと聞いて」 「いいえ、いいんです」 純子が手を振ったところで、タイミングよく、相羽が引き返してきた。 「手鏡なんか、なかったよ。バッグに入ってるんじゃない?」 「あら、ごめんなさい。実はさっきもう一度見直したら、あったわ」 「……全く」 元の席に相羽が収まるのを待っていたかのように、注文した品が到着。食べ ながら、お喋りが続けられる。 「ん、おいしい」 扇の形をした洋梨のケーキ、その先っぽを切り崩して、口に入れた純子。 「気に入ったなら、全部、食べてよ」 「うん、でも、アイスの方も食べてみたい、なんて」 舌先を覗かせる。最初は遠慮しがちであっても、折角なんだから、色々な味 を楽しみたい気が起こるもの。 「どっちも全部食べれば?」 「そんなに食べられるわけ、ないでしょうが」 「そうかなあ?」 「男子と一緒にしないでくださいー」 結局、それぞれ半分こにして食べた。 その様子を微笑ましげに見守っていた相羽の母が言った。 「さっきの面談での話だけど、おばさんの方が言われたのは、モデルの仕事を させるのは自由だけれど、純子ちゃんの負担にならない程度に願います、です って。負担になってるかしら?」 「いえ、全然。そりゃあ、疲れることもありますけど、それ以上に楽しいから」 「そう、よかった」 安心したようにうなずくと、時間を気にする仕種を見せた。 「もう少ししたら、出ようか」 「あ、それなら」 相羽はいきなり立ち上がると、純子の方に手を差し出し、うながす。 「何?」 「前−−クリスマスのあと、電話で言ってた『発見』を見せようと思って」 「そう言えば……」 興味がにわかに起こって、純子も腰を上げた。 「何があるのよ」 「そこの柱の面、見て」 すぐ横にある石の柱。その四つの側面の内、さっきまで座っていた席からで は見えなかった一面を、相羽は指差した。 「−−あ、これ」 柱には、渦巻きに似た模様があった。人の手による物ではなく、自然の、太 古の営みが生み出した産物が、偶然にも今、人の目に触れている。 「アンモナイト−−ううん、オウム貝ね!」 「さすが、分かってるっ。それにさ、ほら、その隅っこに、海サソリまである だろ。違う種類の化石が入ってるなんて、珍しい」 石のつるつるした面の、オウム貝の上をなでていた純子は、最初に視線を、 次に手を下方にスライドさせた。 「ほんと。よく見つけたわねー。正真正銘、『発見』だわ」 「だって、その前の夏休み、君があちこち案内してくれたから。自分でも見つ けたいなと思って、目を皿のようにして探し回ってたんだよ」 満足そうな相羽の笑み。 純子はしゃがみ込んだまま、続けて言う。 「何億年も前の生き物に、化石だけど、こうして触れられるなんて、凄いよね」 「うん。僕もそう思う。偶然に感謝しなくちゃね」 「−−ありがと。私に知らせようとしてたの、これだったのね。あのときは怒 った言い方しちゃって、ごめんね」 すっくと立ち上がり、相羽へと向き直った。 「別にいいよ。こっちも、はっきり言わなかったんだし」 照れた風に視線を外すと、相羽は母の方に駆け寄った。 「そろそろ出る時間じゃない?」 相羽の母が、苦笑混じりにうなずいた。 「行きましょうか、純子ちゃん」 「はいっ」 元気よく答えて、柱の前を離れる。 (あはは、いいな。私も偶然に感謝しなくちゃ。相羽君に会えて、仲よくなれ た偶然に) −−『そばにいるだけで 12』おわり
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