長編 #3995の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
※この作品は、SIG・Booksの四番ボードにあった、とある書き込みか ら着想を得ました(つまり、私の完全オリジナルではありませんという意味)。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 人から聞いた話なんだけどと前置きして、僕は始めた。 「仮に、その人を亀井さんとするよ。亀井さんはある日、回転寿司屋に行った んだ。駅に近い、割と繁盛している店なんだそうだけど、その日は雨だったし、 食事時を外れていたせいか、がらがらだった。一人、若い男がいたが、入れ替 わる形で出て行ったとかで、店内にお客は亀井さん一人になった」 「店員はいるの?」 笑いながら、相手が聞いてきた。 僕も笑ってしまった。 「もちろん。カウンターの内側に三人、さらに店の奥に、一人が控えていたそ うだよ」 「演劇でね」 突然、相手は違う話を始める。いつものことだから、僕は黙って続きを待っ た。 「役者は総勢十五名もいたのに、観客が三人ということがあったんだって。こ こまではそう珍しくないけれど、この場合、笑っちゃうのが、観客達はお互い が逃げないように、手をつなぎあったってこと」 「お客さん達は全然、知らない者同士だったのかな?」 「そうだよ」 話はこれで終わりらしい。 僕は再び、本題について説明を始めた。 「亀井さんは最初、寿司屋の向かいにあるスナックに入ろうと思っていたんだ ってさ。それが、空腹感を覚えて、急遽予定変更。その寿司屋、道路側の壁が 一面ガラス製で、雨を見やりながら一杯やろうと考えた訳で、そのおかげで、 奇妙な体験ができたんだと。うらやましいな」 「別に、うらやましいとまでは思わないけど」 「まあ、聞けよ。亀井さんが適当に食べ始めてると、店のドアが開いた。見れ ば、三十代に乗るか乗らないかぐらいの女性。真っ赤な服を着てて、派手な印 象があったけれど、顔立ちはそれほどでもなかったそうだよ。どちらかと言え ば地味で、目立たない……。ま、それはいいや。 彼女は亀井さんから五つほど離れた席に座った……と思ったら、三分も経た ない内に、再び立ち上がったんだ。で、レジに向かう」 「レジに店員さんは、着いていた? その人に何か聞こうとしたとか」 「いや。会計のときは、奥に控えてる店員が出て来るそうだよ。その時点では、 まだいなかった」 「じゃあ、その女の人、お会計に……?」 「そうなんだ。店の人は、『お手洗いですか』と尋ねたそうなんだけど、女性 は無言のまま、レジの前に立ち、財布を取り出した。呆気に取られつつも、店 の奥から店員が現れた。女の人は新品らしき一万円札を出し、お釣りを受け取 ると、さっさと去って行った。 店員達が首を傾げて苦笑いする中、お客たる亀井さんは、さっきの女性が座 っていた席をちらと観察した。お皿が一つだけ取ってあり、鮪のにぎりが一つ だけ、残っていたそうだ。その店では、一皿につき二個ずつ、寿司を乗せるか ら、女の人は、たった一個、鮪の寿司を食べただけで、出て行ったことになる。 −−どう? 不思議じゃないかい?」 「不思議と言えば不思議」 僕の聞き役は、関心がなさそうに返事をした。だが、普段からこんな調子な ので、気にしない。 「どうして、その女性−−面倒だから、彼女にも名前を付けよう。えっと、宇 佐見さんにするよ。宇佐見さんは、どうして鮪の寿司を一つだけ食べ、立ち去 ったのか。君なら、どんな風に考える?」 「食べ始めてから、お金がないことに気付いたんじゃない? 恥ずかしかった から、慌てて無言のまま、帰った」 「だったら、二個とも食べればよかったのに。一個だけ食べて、一個を残して も、値段は一緒だよ。たとえ一皿分とは言え、お金を払ったんだから、二個と も食べた方が得だ」 「そうか……。じゃあ、おいしくなかったんじゃない? まずいけど口に出し て言うのははばかられ、お金を払って出た」 「まずいと言うのと、一個食べただけで金払って出て行くのと、どっちが失礼 だろう? どっちもどっちと思うよ。それにね、亀井さんが言うには、そこの お店、回転寿司にしては合格点の味だってさ」 「だったら……電車の発車時刻が迫る中、どうしてもお寿司を食べたかったか ら、てのはどう? 時間がなかったから、一個しか食べられなかった」 「あんまり面白くないなあ」 「面白くないといけない訳? 現実って、そういうもんじゃない?」 「そうとは言わないけど。どうせ答は分かりっこないんだから、もっと楽しく 考えたいとは思わない?」 「思わない。でも、まあ、楽しい方がいいとは思う」 相手の返事に肩をすくめた僕は、三つ目の説を否定する材料を探していた。 −−少し、嘘をつくことにした。 「実は亀井さんが言うには、その時刻、発車するような電車は一本もなかった んだってさ」 「何だ、それを早く言って。うーん、じゃあ……楽しい考え方ねえ……あ! 食べ歩きしてたんじゃないかな、その人」 「食べ歩き?」 目をきらきらさせてる相手に、僕はおうむ返しに尋ねた。 「そう。料理情報番組とか雑誌とかでよくあるやつ。全国各地の寿司屋を回っ て、鮪の味見をしているんじゃないかな。これなら、一個だけ食べて立ち去っ た理由もつくし」 「だとしたら、その割には無愛想じゃないかなあ。マスメディアの手先として きたのなら、名乗った方が得な面が色々と出て来る気がするよ」 「公正に判定したかったら、名乗らない方がいいに決まってる」 不満そうに頬を膨らませる相手に、思わず苦笑してしまった。 「それはおかしいよ。まず、一般客のふりをして寿司を食べ、そのあとで名乗 ったっていいんだからね。 むしろ、公正という言葉を持ち出すのなら、名乗るべきだよ。黙って食って、 勝手に点数を付けるなんて、そりゃ客の自由だけど、礼儀がなってない」 「そういう話を持ち出したら、水掛け論になる。やめよ。だいたいさあ、さっ きはマスメディア関係者みたいに言っちゃったけれど、一般の人が個人的に味 比べをやっていても、おかしくはないでしょ」 「それはそうだけど。お金の問題−−旅費の問題があるし。あー、これこそ水 掛け論だな」 「じゃ、味比べ説は生き残った訳だ?」 「今のところは、一応、残しておこう。他には?」 「えらぶってないで、そっちも意見、披露しなよ。ずるい」 人差し指を胸の前に突き立てられ、僕はホールドアップした。 「何? いきなり降参?」 「いや、そうじゃないけど。偉そうに言えるほどの説は持ち合わせていないと いう意味だよ」 「なーんだ。いいから、言ってみなさいな。笑ってあげよう」 「全く……まず、僕が思い付いたのは、賭事である可能性」 「賭?」 「女性客は、仲間内で賭をしたんじゃないかなってこと。『回転寿司屋に入っ て、出て来るのに、最短で何分かかるか』とか、『回転寿司屋の寿司を、お持 ち帰りできるかどうか』とか」 「あはははは! お持ち帰り、いい! 口の中に保持してたってことでしょ? なるほど、その女性が会計のとき、無言だった理由にもなってる」 僕の聞き役は、嬉しそうに手を叩いた。 僕はしかし、そこまでは意図していなかったので内心、感心していたのだが。 とりあえず、次の自説に行こう。 「その鮪には何か特別な物が入っており、絶対に他人には食べさせたくなかっ た、というのも考えたんだ」 「あり得ないでしょ。何らかの手段を通じて、その女性が事前に情報を掴んで いたとしたって、特製鮪が握られる時間は予測不可能。まさか、店の前に立っ て、ドアの隙間から覗いていた訳じゃあるまいし」 「そうだね。−−さて、ここから、僕のお得意分野に入るんだが、いいかな?」 「やれやれ。どうせ、止めても無駄でしょうが。今度はどんな犯罪の匂いをか ぎつけたの?」 相手も呆れるほど、僕は推理小説好きである。特に、派手な事件を描いた作 品が好みだ。 「実を言うとね、ある推理小説の本に似たような謎があるんだ。その小説の中 では、回転寿司を何枚か食べることで、店員にメッセージを伝えようとしてい るんじゃないかという意見が出されるんだけど」 「今度の話には、当てはまらないんじゃないの? たった一皿、しかも鮪を一 個食べただけじゃ、どんなメッセージにもならないでしょうが」 「そう思うよ。僕が引き合いに出した理由は、その小説からインスパイアされ たってことが言いたかっただけさ。 ずばり、アリバイ作りだと思う。時刻を記載したレシートがほしかったんだ」 「……ないとは言い切れない感じ」 話相手がふんふんとうなずくのを前に、僕は調子に乗った。 「その女性客は、何らかの犯罪をやった直後で、とにかくアリバイがほしかっ た。時間的にぱっと飛び込んでさっと出られる店と言ったら、回転寿司屋しか ないんじゃないかな? 一個だけ食ったのも、印象づけられるからだろう」 「お言葉ですが……」 僕らの話に突然、割って入ってきたのは、見知らぬ男の人だった。 これまで「二人の世界」を構築してきたから記していなかったけれど、今、 僕らは回転寿司屋にいる。無論、亀井という人が奇妙な出来事に遭遇した店で はなく、僕ら行き付けの店だ。もうほとんど皿を取らず、お喋りに興じている 僕らを、店の人は快くは思ってくれまい。 さて、くだんの男は、長髪と豊かな顎髭の持ち主で、はっきり言って年齢が よく分からない。昼日中から、ラフな格好でこんな店にいるぐらいだから、一 般的なサラリーマンとはとても思えぬ。 普通なら、こういう手合いは無視するのだが、このときに限って、僕はそれ ができなかった。その男が、実に人懐っこい目をしていたのも理由になるかも しれない。 それ以上に、僕は嬉しかったのだ。知らない人から、こういう謎めいた話に 首を突っ込んでもらえるなんて、滅多にないんじゃないかな。少なくとも、僕 には初めての経験だ。 「何でしょう? ぜひ、話を聞きたいですね」 不安げな連れを後目に、僕は男をうながした。 「ふぁ、その前に」 変な発音をして、一旦口を閉ざすと、男は自らの身体をあちこちまさぐり始 めた。だが、それも十秒ほどで終わる。 「いけない、名詞を忘れてきたらしい。私の名前は、池原徳志と言います」 手を膝頭に揃え、頭を下げてきた。案外、礼儀正しい人のようだ。 僕も名乗って、軽くお辞儀をする。 「それで、お話を」 「そうです、そうです。回転寿司鮪一個の謎、最初から聞かせてもらっていま した」 −−続く
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