長編 #3984の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「じいさん。これから祭りがあるらしい」 「ほう、祭りが?」 「それがどうも妙なんだ。おれたち難破船の生き残り組も、出て歩ける程度に回復 した者は祭りに招かれているんだが――なにがどう、とはいえないんだが、どうも ようすがおかしい」 いって、いつも陽気な島人が今日にかぎってさめざめと泣きはらすようすを口に した。 ふうむ、とうなりつつ占爺は神世にみたび視線をとばすが、気がかりばかりでさ だかな予言はとどかない。 ただひとつだけ、わかったことがあった。 「ダルガよ」真顔で老人はいう。「おまえのいくさきざきで神威あふるる数々の苦 難が待ちうけているのは、いつもいうておるようにおまえの宿命だ。それを切りひ らいて、進みつづける以外におまえのいく道はない。おそれず、ただ歩きつづけよ。 めざすものは、そのさきにある」 なぞめいた老人の言葉に、ダルガはこれもいつもどおりにいぶかしげな顔をして 無言でききいるばかりだったが、やがてにやりと口端ゆがめて「わかった」といっ た。 「祭りにでるよ。この島はすばらしい島だ。きっとあまりにすばらしすぎるから、 祭りの夜くらいはかなしもうというのがここの風習なのかもしれない。だったら、 おれもともにかなしんでくるよ。帰ってきたら、話はする」 「うむ」と老人は笑いながらうなずいた。「待っておるぞ」 ああ、と言葉をおきざりにしてダルガは占爺の小屋をあとにした。おもてにでて、 待たせました、案内してくださいと何者かに告げる声が遠ざかる。 その気配が遠のくにつれ、老人の顔から笑みが消えてかわりに、底しれないかな しみがあふれかえった。 「あわれなり。あわれなり、ダルガよ。おまえの歩む道に安楽はない。幸福にたど りつけたと思うても、それはさらなる地獄へとつづくきざはしの、ただのおどり場 にすぎぬのだ。ああ、それでもダルガよ、おまえは進みつづけるよりほかに道はな いのだ。それこそがおまえの宿命であるがゆえに」 つぶやきはかすれて闇に吸われて消え、その言葉は少年にはとどかなかった。 つづれ折りの、ゆるやかだがながいのぼり坂はくろぐろとそびえる山のなか、ま るで底なしの暗黒のかなたにまでつづいているかのように果てしがなかった。 先行していたいくつものたいまつも今は視界から消え、ダルガはただ粛々とすす む娘の先導にしたがって言葉すくなに足を運ぶばかりだった。 今宵の祭りはどのような祭りなのですか――そういくどかたずねてみたが、娘は ふりかえりもせずにかなしげな声で「まろうどを歓待する祭りです」としかこたえ ない。 釈然としないものを抱いたまま、ダルガは歩きつづけた。 山に入る前、占爺の小屋をおとずれる前とあとに一度ずつ、あの桃色の液体をた たえた杯をすすめられたが、なぜかどうしても服む気にはなれずにことわってしま っている。そのことで、気をわるくされているのかもしれない。だが、それにわび の言葉をそえる時期を逸したまま、ふたりは祭りの場にたどりついていた。 そこには広場があった。 あの慈悲深い笑みをいつもたたえていた島人たちが、たいまつを片手に輪になっ て集うていた。 どの顔もひどく若かった。見まわしても、四十以上と思われる老いた顔はどこに もない。そして、子どもの姿もひとつもなかった。いちばん若くて十代なかば、歳 のいっている者でも、三十代後半に見える顔はひとつとしてない。 入れかわり立ちかわりダルガの小屋をおとずれたすべての顔もまた、その範疇か らはずれないことをダルガはふと思い出す。なぜなのだろう、と疑惑はこのとき初 めて兆していた。遅きに失したかもしれない。 島人たちはみな、泣いていた。さめざめと、声もなく、おだやかに、滂沱と涙を 流しつづけていた。 そしてたいまつの円陣にかこまれた広場の中央にある薄闇にダルガは眼をこらし ―― そこに地獄を見た。 難破した船で見知ったいくつもの顔がそこにあった。見ひらいた眼に苦痛をたた え、血の涙を流しながら。 石の巨大な台に横たえられたひとびとは、腹を割かれ、臓物をはみださせていた。 流れる血潮は石の台にきざまれた複雑な紋様めいたみぞを走り、台下のたまりにつ ぎつぎにそそぎつつある。 血臭が、うれすぎた果実のように濃密に四囲にみちみちていた。腹の底から吐き けがこみあがる。 「これはなんだ」 ぼうぜんと、ダルガはつぶやく。 「祭りです」と娘がこたえた。さめざめと涙を流しながら。「この島は楽土です。 ひとはたえず幸福をかみしめ、死すらもここからは遠ざけられています。かわらぬ 平穏な日々をわたくしたちは満喫し、永遠の倦怠のなかでやすらいでいます。だか ら、その平穏を永遠に保ちつづけるために、わたくしたちは人の血を欲しているの です。楽土を保つには、まろうどの生け贄が必要だから。すなわち、あなたがた流 れついたひとびとの、きもと生き血と苦痛とが」 淡々と語られる言葉を、信じられぬ思いでダルガは耳にした。 そしてふるえる声できいた。 「ならば……あの嵐も……おれたちがこの島に漂着したのも……」 「すべてわたくしたちのしたことです。わたくしたちは、あなたがたの運命を悼み ます。いしずえとなるあなたがたの尊き運命を」 「おまえらは鬼だ」 にぶく渦まいていた怒りがわきあがるのにまかせて、ダルガは剣をぬき、滂沱と 涙を流す島人たちに向きなおった。 が、死の刃をふるうよりさきに、変調が肉体をおとずれた。 ひそんでいた刺すような頭痛が牙をむき、四肢からは力がぬけてダルガはへなへ なとその場に崩おれた。 ひざをつき、よだれをたらしながらぼうぜんと眼をむくダルガに、娘が、そして 島人たちが、泣きながら近づいてきた。 「あなたは神酒を服むのを拒みました。ですがだいじょうぶです。神酒はその芳香 だけでもひとを酔わせます。ああ、かわいそうに。これよりさきは、あなたにはも う平安はありません。命の水の最後の一滴がしぼりとられるまで、苦痛があなたを 抱きしめてはなさないでしょう。生への執着と苦痛とが、あなたの命の水のなかに 濃密にしぼりだされなければ、この島の平安を保ちつづけることはできないからで す」 宣言とともに、涙にみちたいくつもの手がダルガのもとへのばされた。 ダルガはくちびるの端をゆがませる。 凶暴に。 「芳香で、ひとは酔う、か」歯をむきだしにした獰猛な笑顔で、ダルガはしぼりだ すようにそういった。「ならば、おまえらの負けだな。ここはもう楽土ではない。 おれの内側にひそむ神が、このけがれた楽土を灼きはらうからだ」 いって、ダルガは立ちあがった。 噴きつけるような熱気が、その全身からあふれだしていた。 「ああ、そんな」 ふらりとよろめきながら娘がつぶやく。 あざけるように、ダルガの両の眼が燃えた。 おぼろな、神の炎に。 おお、と叫びあげ、暴虐な神をその背に宿らせた依り代の少年は剣を手にして地 を蹴りつけた。 旅立ちの日に、湖の底にしずむ神秘なる存在に告げられた言葉――少年の内には 神が棲む。太古に打たれ、封じられた炎の神ヴァルディス。それがダルガの魂の底 にその扉をうがち、復活のときを待ってその炎をたぎらせている。それは少年の身 をおびやかす神秘なる危機に立ちあらわれ、暴虐の炎をふるうだろう、と。そして いつか、その炎は少年自身をも灼きつくす日がおとずれるかもしれぬ、と。 怒れる神の暴走に、楽土の住民になすすべはなかった。 夜が明けるころ、最後の生命の水をしぼり終えた楽土は、凶猛なる古き神の炎に 蹂躙されて、無惨な廃虚と化していた。 剣をふるい殺戮の嵐をふかせたのはダルガだが、気がついたときにはおのれの所 業にぼうぜんとした。 広場が阿鼻叫喚の地獄図と化したのはとうぜんのことだろうが―― もうろうとした足どりでふらふらと山をあとにしたダルガは道中、信じられぬ光 景を目にすることになる。 あれほどみちあふれていたうっそうとした緑の森は、白骨にも似たぶざまな残骸 をさらす枯れはてた荒野と化していた。 けたたましく生命の謳歌をあふれさせていた無数の鳥獣の姿もどこにも見えず、 ただ黒く無惨な地肌をさらけだしている地表に、汚物をこびりつかせた屍と化して 点々ところがるばかりだった。 あれほどゆたかに島全体に実っていた果実も作物も、すべてが枯れはてた残骸と 化し、そこに生命の兆候はいっさい見られることはなかった。 海岸に立ち、ぼうぜんと島の惨状をながめやるダルガの背後に、やがて占爺パラ ンが静かに歩みよって言葉をかけた。 「この島は、もともとこういう場所だったのさ。そこへなにが陽気を呼びよせたの かは、いまとなってはわからんがな。この島は、もともとこういう場所だったのだ よ」 いって、つけ加えるように、ちいさな声でつぶやいた。 「そうとでも思わなければ……」 そのつぶやきがきこえたのかきこえないのか、ダルガはただ茫漠と、魂のぬけが らのように立ちつくすばかりだった。 無人島――了
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