長編 #3971の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
月曜から天気は下り坂という天気予報の通り、空は曇りがちである。 (これじゃあ、今週のプールはなしかな。その方がいいけど) カウンターに肘を突き、窓から外を眺める。まだ、降り出す気配はない。 「待った?」 放課後、図書室で受け付けをやっていた純子の前に、相羽が姿を見せた。鞄 を小脇に抱え、もう片方の手にはビニール袋をぶら下げている。 「どうせ受け付けだから。そっちこそ、部活があるのに」 「長くならないんだろ? それで、話って」 邪魔にならないようにするためだろう、純子から見て斜め左に立つ相羽。 「ほんとは、一から話すと長くなりそうなんだけど」 純子は、椎名恵の件を手短に伝えた。主題はもちろん、会えるとしたらいつ の日がいいかという点。 「へー、本当にいたんだ。古羽相一郎のファン」 「だから言ってたじゃないの。男に間違われて、いい迷惑だって」 「予定通り、僕が劇に出られたらよかった」 指を鳴らす相羽。悔しがり方がわざとらしく見えた。 「とにかく、考えといてよね。あなたの方だって、会ってみたいって言ってた でしょ」 「うん、分かってる。話はこれだけ?」 「これだけよ」 宿題に取りかかろうと、下を向いた純子。 ところがすぐに妨害される。 「じゃ、僕の方からも」 「え、何?」 「この間、CDを貸せなかった。折角、来てもらったのに。あの話、どうする のかと思って」 言われた途端、思い出した。あのトラブルの方に目が行って、すっかり忘れ てしまっていた。 「そうだったわ。ねえ、おばさんは本当にいいの?」 「また、その話。怪我をしたわけじゃないんだし、もう何ともないって。気に しなくていいよ」 そうは言われても、目の前で目撃しただけに、気にかかる。 「借りたいけれど、行って、邪魔するみたいな形になるのは、嫌だからね」 「心配無用。母さん、留守のときが多いし」 「そういう問題じゃなくって」 「いいんだ。学校に持って来て、万が一見つかったら、取り上げられるかもし れない。早く聴いてみたいんじゃかったの?」 「……そうだけど」 行くのを躊躇する理由は、他にもある。 (女子は私一人。この間も、思い切って行ったんだけどな。もう一度、思い切 るのは大変なんだから。 郁江達を誘おうかしら。と言っても、おばさんがいないときに大勢で押し掛 けるのも、悪い気がする) 「時間ないから、もう行くよ。考えといて」 「え、あ、ちょっと」 最前の純子の口真似をしたように、相羽は言い置くと、大股で駆け出してい った。 「もう……強引」 仕方なしに考える。 いつになるかはともかくとして、行って、ディスクを受け取ったらすぐ帰れ ばいいわと結論を出した。 あいにくの雨で。 工事中の場所のそばを通るときなど、ことさらに泥跳ねに注意しなければな らない。 「雲が普段より濃い感じだ」 傘から顔を覗かせ、空を見上げる相羽。 「そう思わない?」 話を振られた純子は、あいまいにうなずいた。 足下が気になる上、こういう天気自体、苦手なのだ。 (雨は落ち着いた風情もあるから、嫌いじゃないんだけど) 純子もまた、黒雲を見上げた。 でもまた、すぐに視線を落とす。靴が汚れやしないか、心配。 (この分では、時間がかかりそう……) と純子が思ったそのとき、二人が行く歩道の横を、真っ赤なスポーツカーが 走り抜ける。 狭い路地だと言うのに、相当のスピードを出していたその車は、派手に水し ぶきを上げ、そのまま行ってしまった。 悲鳴を上げる間もなく、純子も相羽も、ずぶぬれ状態に。特に相羽は、傘を 肩に持たせかけるようにしていたため、頭から水をかぶってしまった。 「涼原さん、大丈夫だった?」 髪をかき上げ、気を取り直した風に相羽。 「大丈夫じゃない」 制服−−今日は全校集会がある曜日だったので制服着用だ−−の上着には泥 跳ねによる染みができていたし、スカートの表面を大粒の水滴がいくつも転が って行くところ。 「あーあ、もうっ。折角、ここまで濡らさずに来たのに、靴下も靴も台無しに なっちゃった!」 ハンカチを取り出し、適当に拭く。もちろん、それで追い付くはずもないが。 「あの赤い車、今度見つけたら、文句言ってやらなきゃ」 声に出してしまうのは、本心というわけじゃなく、行き交う人の目が気にな るという理由が強い。言ってしまえば、ずぶぬれになった恥ずかしさをごまか したいのだ。 「それより……うちに来るのやめて、帰って着替えた方がいいかも? 涼原さ んが早く聴きたいのなら、僕が今日中に持って行く」 前回のトラブル以来、ちょうど一週間ぶりの訪問である。 (ここで『帰る』なんて言ったら、本当にあとで届けてくれるに決まってるん だから。そんなこと、させられないわよ) 平気であることを示そうと、精一杯の笑みを作る純子。 「ん……そうしたい気もするけど、だいぶ来ちゃったから。少しぐらい、この ままでいても」 「君がそう言うなら」 相羽は濡れた髪を手櫛で整えると、今度は大股で歩き始めた。 「泥を気にする必要、もうないね」 「ほんと。楽になった」 半ば自棄気味に、純子も応じた。 気分は落ち込みつつあったが、やがて相羽の家−−マンションに到着。傘を 閉じ、エレベーターの中に駆け込んで、やっと一息つける。 「雨の日って、ろくなことがない」 「そうよね。それも何故か、あなたと一緒に帰ると、これだわ」 「僕のせい?」 「そんなつもりはないけれど……」 五階に着いた。 エレベーターの床にできた小さな水たまりを跨ぎ、外に出る。 「おばさん、本当に留守なんでしょうね?」 「うん。仕事で……」 鍵を差し込み、その下のノブを回す相羽。 当然、先に相羽が入り、純子が続く。 「お邪魔しま−−くしゅんっ」 不意に襲ってきた鼻のむずむず感に、くしゃみが出た。慌てて両手を口元に 持って行く。 「真面目な話、大丈夫かい? 寒いんじゃあ」 「平気。さっきのは鼻が」 と言い終わらぬ内に、二発目が飛び出た。 「ひょっとして、風邪?」 「しつこーい、相羽君」 ちょっと恥ずかしく感じながら、声を大にする純子。 「いきなり引くもんですか。心配してくれるんならね、さっさと用事すませて 帰らせてよ」 しかし相羽が持って来たのは、タオル二枚。一枚を頭から被り、残る一枚を 純子へ差し出してくる。 「上がるんだったら、靴下脱いで、そこのマットレスで足、拭いて」 「あ。はい」 気圧された純子は濡れた靴を手で引っ張って順に脱ぐと、言われた通り、素 足になって足の水分を取った。そうしてスリッパ−−うさぎの絵が入った−− を履いて、上がり込む。 「シャワー、使う?」 「……シャワー?」 相羽の部屋へと向かう途中、足を止めた。 「寒いんじゃないかと思ったから。泥だって跳ねてるし」 「……別に。遠慮する」 本当のところ、心持ち肌寒い気はするのだが、人の家で、しかもクラスメー トの男子と二人きりのときに、シャワーを使わせてもらうなんて。 「泥ぐらい、拭けば取れるでしょ」 「そう? だったら、部屋で音楽を聴くなり、本でも読むなりしててくれる? 僕は着替えるついでに、シャワー浴びるから」 「え、あの……」 口ごもっている間に、相羽は浴室らしき一室の方へと消えてしまった。 (借りたら、帰ろうと思ってたのに) 水分を吸ったタオルを手でもてあそびながらも、純子は身体の向きを換えた。 相羽の部屋に直行し、中に入る。 相変わらず整理整頓された部屋だ。もっとも、今日、純子が来るのはあらか じめ分かっていたことであり、朝方、片付けたのかもしれないが。 とりあえず、明かりを灯す。 壁に掛けるタイプの鏡を見つけて、それを覗きながら、顔が汚れていないか チェック。 (よっし) そのあと、全身の泥跳ねの有無を調べてから、お目当てのCDを探しにかか る−−と、探すまでもなく、机の上に置いてあった。 自分の物を扱うとき以上に慎重な手つきでケースを取り上げると、中からデ ィスクを出し、これまた慎重な動作でプレーヤーに設置。 「……どれが再生ボタン?」 使い慣れぬ機種に、一瞬戸惑った。が、やがてそれらしきボタンを見つけて 押してみると、果たして正解。待ち望んでいた曲が、スピーカーから流れ出す。 少しだけ音量を上げて機械から離れると、絨毯にそのまま膝を抱えて座った。 かすかに首を振ってリズムを取りながら、聴き終わる。 立ち上がり、もう一度再生。今度は繰り返し演奏するようにセットした。 そのついでに、本棚に目をやる。 真っ先に気になったのは化石の本であるが、他にも手品の本を発見。 (これに、あいつの手品の種、載ってるかな?) 手を伸ばしかけたが、やめた。 (種を知ってしまったら、面白くないもんね) 漫画ばかりの本棚へと視線を移した。 と、そのとき。 窓の外が瞬間的に白くなったかと思うと、次にどーんと大きな音。 「−−きゃあ!」 すぐさましゃがみ込んだ純子。 両手で頭を抱えるようにして、背を丸くする。わずかばかり、身体が震えて さえいる。小刻みに揺れる自分の手を、足を、止めることがままならない。 そこへ、緊迫感みなぎる相羽の声。 「どうしたのっ?」 どうやらすでに浴室から脱衣所に出ていたところを、純子の叫び声を聞きつ けたらしい。 純子が答えられないでいると、ほとんど時間を置かず、相羽が現れた。上は Tシャツ、下は膝が隠れる程度の白いズボン姿。片手にはコードを引きずりつ つドライヤー、頭から被るタオルは、さっきとは別の、黄色い大きめのやつ。 「だ、大丈夫、涼原さん? 大声出してたけど」 「……あはは」 ひきつり加減の笑みを残したまま、そっと顔を起こし、相羽を見上げた。 「何でもないわよ。そんな格好で、慌てて飛び出してこなくたって」 「心配したんだぜ」 ちょっと不平そう。相羽は唇を尖らせた。 「何があったのかって」 「だから、何でもないってば。髪、乾かしなさ」 喋り切らぬ内に、二つ目の雷。 今度は短く叫んで、純子は両耳を押さえた。目もきつく瞑る。 「……ひょっとして」 相羽はゆっくりと言った。 「涼原さん、雷が苦手なんだ?」 「……」 「沖縄に行く前のときも、物凄く真剣に心配しているから、変だとは思ってた けど。−−ほら、恐がらなくいいから」 気配に目を開けると、相羽の手があった。 まだ恥ずかしくて、その手を無視し、純子は立ち上がった。顔が赤いのを見 られないようにするためと、窓から少しでも離れたいのとで、場所を移動する。 「大丈夫だよね、もう?」 「−−待って」 −−つづく
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