長編 #3943の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
彼女………元木の遺書を信じれば静音と会う前に、裕樹は刑事から簡単に説明 を受けた。 やはり先日、警察は元木から事情を訊いていた。と言っても生徒たちの噂から 名前が浮かんできただけで、その時点ではあくまでも参考人としてとして、話を 訊くに留まったそうだ。元木は静音と交際をしていた事は認めたが、事件との関 係は否定した。 アリバイも同席した生徒たちの証言からひとまず確認されており、疑わしい点 もなく午後七時前には家に帰した。 それが明けた翌日、つまり今日の午前十時頃、境川で水死体となった元木が発 見された。ズボンの後ろのポケットに白い封筒に入った遺書が有ったため、自殺 と思われる。詳しい事は調査中だが、いまのところ疑わしい点は見あたらない。 ただ一つ元木は酔っていたらしいが、家族の証言により、彼が普段から酒をかな りの量飲んでいたのが確認されている。自殺を前に、その恐怖を拭おうとしたの ではないか、と言う事だった。 遺書の内容はニュースで報じられた通り。紙は濡れていたが、その印字の濃度 から元木の持っていたパソコン用のプリンターが使用されたのも、ほぼ間違いな い。 遺書に従い元木のアリバイを再調査すると、時間的に不可能ではないと分かっ た。そもそもアリバイの根拠となった、ラーメン屋の時計がたいして信用できる 物ではなかったのだ。店の者に確認を取ったところ、一日に五分近くもの遅れが 出る時計だったらしい。毎日時間の調整はしているそうだが、それは開店前だっ たり閉店後だったりして、一定されていない。つまり、それだけで元木たちが店 に現れたのは実際の証言より五分遅い、七時四十五分だった可能性があるのだ。 思い出して見れば以前、琴音との事で友だちにラーメンを奢るハメになったと き。店で時間を確認して、間に合うと思った七時からのテレビ番組が、家に着い たときにはもう始まっていた、と言う事があった。あれもまた、店の時計が遅れ ていたせいなのかも知れない。 さらに証言者である女性店員は、はっきりと時間を確認した訳ではなかった。 店の時計は、針で時刻を指し示すタイプ。仮に四十二分を指していたとしても、 意識して正確な時間を知ろうとしていなければ、それを四十分頃と証言するだろ う。 阿川や、元木と一緒にいた者たちについても同様だった。店内のテレビに映っ ていた番組も、一時間枠のものなのであてにはならない。 裕樹たちの中学では、校内での腕時計の使用は禁じられている。従って、元木 と一緒にいた者たちは学校を出てから、店に入るまでの間時間を確認してはいな い。 これで最初の証言から、十分近い誤差が有った可能性が生まれて来たのだ。 しかも元木と店に入った者たちは、学校から一緒だった訳ではなかった。各々 が別々に学校を出たラグビー部員たちが道行き集まってきて、ラーメンを食べに 行こうと言う話になったそうだ。元木がそのグループに加わったのは、店に着く 直前だったのだ。 元木は犯行ののち、何喰わぬ顔で他の部員たちとラーメン屋に入った可能性も 充分にあったのだ。 裕樹の調べたアリバイは、人の記憶の曖昧な部分を忘れていたのだ。改めて裕 樹は自分の調べが、素人そのものであったことを知った。 元木自身の遺書による告白、そして時間的にそれが可能で有った事を知った警 察は、被害者への確認を行うため、病院へ赴いた。記憶の戻らぬ少女から、証言 が得られるとは思わなかったが、念のためにと。 元木の自殺、遺書について説明を受けると、彼女………静音は一言だけ、応え た。 「間違い有りません。私を襲ったのは、元木さんです」と。 その言葉から、警察は静音の記憶が戻ったものと判断。 入り口で出会った教師たちは、その知らせを受けて駆け付けたものだった。 さらに詳しい話を訊こうとしたが、以後彼女は固く口を閉ざし、何も話そうと はしなかった。 元木の遺書によって事件は一応の解決をした、とも見て取れる。ただし最初の、 琴音と静音の事件について詳しい状況が解ってはいない。彼女の記憶が戻ってい るなら、警察としては確認する必要があるのだと、刑事は説明をした。 裕樹が病室に入った時、少女はベッドの上で身体を起こし、俯いていた。 ゆっくりと顔を上げ、裕樹の顔を見つめる。そして口を開き、言った。 「心配かけてごめんなさい………裕樹くん」 「あっ………じゃあ、君は」 家族以外に、裕樹を名前で呼ぶ者は限られていた。静音を含め、学校の友人た ちは裕樹を「橘」と呼ぶ。ただ一人を除いては。 こくりと少女は頷いた。 裕樹の前にいる少女は、静音ではない。 琴音だったのだ。 「ほんと、本当に、琴音………ちゃん、なんだね」 「ええ」 それからしばらく、裕樹は言葉もなく琴音を見つめた。琴音も無言のまま、裕 樹を見つめる。 次第に、琴音の姿がうねうねと揺れ始めた。 琴音だけではない、病室の壁も、床も、天井も、窓も、ベッドも。 続いて頬を伝わる熱い涙。裕樹は泣いていた。 「ごめん、ちょっと………僕に時間を」 裕樹は跪くようにしてベッドに顔を伏せて、泣き続けた。 そっと頭を撫でる、暖かい掌を感じながら。 「あの日、何があったの? ぼくは琴音ちゃんから電話を受けて、ずっと校門で 待っていたのに、どうして………」 ようやく気持ちの落ち着いた裕樹は、あの日の事について、琴音に問う。刑事 に頼まれたからではない。裕樹自身が知りたかったから。 琴音は睫毛を伏せ、裕樹から視線を逸らす。その表情は、なにかとても辛そう だった。 「ごめん、琴音ちゃん。辛かったらいいんだ」 出来るだけの優しい声で裕樹は言った。 琴音が生きていたという喜びに、忘れかけていた。彼女の受けた心の傷を。 琴音自身、一つ間違えれば命を落としていたかも知れない目に遭っているのだ。 それに事実、彼女の大切な姉、静音が命を落としている。 その時の事を思い出すのは、とても辛いに違いない。 裕樹は刑事ではないのだ。辛い思いをさせてまで、琴音から詳しい事を訊く必 要はない。裕樹にとって必要なのは、琴音の身体と心を気遣ってやる事ではない だろうか。 「裕樹くん?」 「いいんだ………ごめん。琴音ちゃんの気持ちも考えないで、ヘンなこと訊いて。 もう忘れよう、あの日のことは。ぼくも忘れるから………」 「ううん」 琴音は首を横に振る。 「話すわ、私。裕樹くんには、知る権利があるもの、訊いて………どうして静音 が死ななければならなかったのか」 琴音は静かに、あの日のことを語りだした。 「あの日、静音は朝から具合が悪いと言って、寝込んでいたの。それが夕方になっ て、突然起き出して、出かけて行ったの。私、すぐに気が付いて、たぶんあの人 に会いに行ったんだと思った。元木さんに………」 「いろいろと噂を訊いたけれど、静音さんがつき合っていた人って、やっぱり元 木さんだったの?」 「え、ええ………」 裕樹の質問に、琴音は躊躇うような表情を見せて頷いた。 一方的に元木が付きまとっていたと言う噂や、阿川から訊いた話に関係する事 が有るのかも知れない。しかしその疑問について、裕樹は心の中にしまうことに する。琴音が自ら話そうとしない限り、無理に聞き出す必要は無いのだから。 「私、すごく不安になって。裕樹くんに電話をしてから、すぐに学校に行ったわ」 「うん。ぼくも琴音ちゃんから電話をもらって、すぐに家を出た。校門に着いた のは、七時二十分くらいだったかな。ずっと待っていたんだけど、琴音ちゃんと は会えなかった」 「ごめんなさい………私の方が少し早く、学校に着いたみたい。本当はそこで裕 樹くんを待っていようと思ったんたけど。校庭に、静音の姿を見つけたの。そこ で見失ったら、もう二度と見つけることは出来ない………なんだか、そんな気が して、慌てて後を追ったの。でも、もし私がちゃんと裕樹くんの来るのを待って いたら………あんな事にはならなかったかも知れない」 毛布を強く握りしめ、琴音は泣き出してしまった。 今度は裕樹が、琴音の頭を抱いてやる番だった。熱い琴音の体温を感じながら、 不謹慎にも裕樹はときめきを覚えた。思えば、これ程まで琴音の存在を近くに感 じるのは、付き合いだして初めてのことだ。 これが静音の死という、悲劇的な出来事がきっかけでなかったら、どんなに幸 せだったろう。 「たぶん、ぼくを待っていたとしても、間に合わなかったと思う」 裕樹の言葉には、慰めの意味もあった。しかし実際、事件の起きた現場に居合 わせたとしても、自分が何かの役に立ったかは分からない。もちろん、それなり に状況は変わっていただろうが。 「後をついていくと、静音はプールの方に向かって行くみたいだった。それで私、 やっぱり元木さんと会うつもりなんだって、確信したわ。前に一度、静音から訊 いた事が有るの。元木さんが、プールの合い鍵を持っているのを。 プールの手前で、静音は立ち止まったの。鍵が開いていなかったみたい。まだ 元木さんが来ていなかったのね。それで静音は振り返って、私を見つけた。こち らを指さして何かを叫んだの。何て言ったか、よく聞こえなかったけれど、私の 後ろに誰かいるみたいだった。私、てっきり裕樹くんが追いついてきたんだと思っ て、後ろを見たの。そしたらいきなり誰かに突き飛ばされて………地面に頭をぶ つけたんだと思う。目の前が、ぱあっと白くなって、それから後のことは分から なくなってしまった。 けれど、意識が無くなる前に一瞬だけだけど、私を突き飛ばした人の顔が見え た。あれは確かに元木さんだったわ。静音を………殺したのがあの人かどうか、 見たわけじゃないから分からないけど」 姉の死を語る、琴音の目にまた涙が浮かんでいた。 琴音の証言から、静音と元木がつき合っていた事。それが一月程まえ、元木の 方から別れ話を持ち出され、静音が悩んでいた事。さらに琴音を襲ったのが元木 であった事。だめ押しの遺書。 別れ話にいつまでも同意しない静音を、元木は学校に呼び出した。その時点で 殺意が合ったどうかは分からない。だが待ち合わせの場所、プール近くで元木は 最初に琴音を見つけた。琴音が来ていたとは知らなかった元木は、彼女を静音と 思い込み発作的に突き飛ばした。凶器を用いていないところから、計画的な行動 ではないと思われる。 妹が倒れたのを見た静音が騒ぎ、そこで元木は勘違いに気がついたのだろう。 静音をプールに誘い込んだ。 プールへの鍵だが、これは元木がスペア・キーを持っていたそうだ。マスター ・キーは職員室で管理されていたのだが、運動部の部員たちの手によって秘かに 作られたスペアが存在していたのだ。学校側は知らなかったそうだが、夏場の練 習後、頻繁にプールを使用していたらしい。そのキーは、元木の部屋から発見さ れている。 倒れたまま動かない琴音に、静音は取り乱しただろう。元木も琴音を殺してし まったものと、思い込んだかも知れない。そんな状態で、二人の話が上手くいく 訳はない。結局、元木は静音を溺死させてしまう事になった。 琴音の証言と、元木の遺書。確実な証拠らしい物も無いが、それを否定する材 料もないまま結局、犯人は元木だと言うことで事件は決着した。 裕樹にはこの結末に、何か引っかかるものが感じられた。だがこれ以上、深く 追究する気にはならなかった。事の真相よりも琴音の安否こそが、裕樹にとって 一番大切な物だった。彼女が無事であり、記憶も戻ったいま裕樹が探偵の真似を する必要はない。もし未だ不審な点が有るのなら、プロである警察が調べるだろ う。 裕樹にとっての事件は終わったのだ。 一週間後、無事退院した琴音も学校に戻って来た。 周囲の者たちは気を使ってか、二人のアイドルが一人となり人気が集中したの だろうか。琴音は、これまで以上の生徒たちに囲まれるようになった。 ますます学校では琴音と話し辛くなった裕樹だが、それでもいい。人に囲まれ る事で、琴音が元気になるのなら。 二人の生徒が学校から消えてしまったが、時間の経過と共に、また事件の前と 同じ日々が帰ってきた。 放課後、人気の少ない喫茶店で裕樹は琴音と二人きりの退院祝いをした。ささ やかなデート。仕方ない事だとは思うけれど、まだ琴音は元気がない。なんとか 励まそうと焦ると同時に、裕樹は改めて嬉しさを噛みしめる。 学校では気丈にも、友だちに笑って見せる琴音が、裕樹の前では素顔をさらし ているのだから。 一時間ほどで、二人は店を出た。 裕樹としてはもっと琴音と話していたかった。まだ学校では交際を秘密にして いる以上、存分に彼女の顔を見ていられるのは、こうした時間だけなのだから。 しかし身体も精神も本調子ではない琴音は酷く辛そうで、言葉数も少ない。不満 は残るが、彼女の身を第一に考えれば仕方ない。 一人きりになった帰り道、裕樹は見知った顔と出会った。あの刑事である。
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