長編 #3922の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
そして田邊は、真月に口づけをする。 だが優一郎は、真月の表情をはっきりと見る事が出来ない。視界が霞んで来た。 「哀れだねぇ………その大野さんは、優一郎くんの事が好きだったんだよ。好き で好きでたまらない男を、その手で殺すんだ………ははは、愉快、愉快だねぇ」 「ごめん………ごめんなさい………」 もうどれが誰の声なのか、はっきり区別する事も出来ない。耳に届いてはいる が、優一郎の意識はそれを言葉として認識していなかった。 「力を、力を放出して下さい!」 音風の声。なぜだか、その声だけは明確に聞き取り、理解した。 いや音として聞き取ったと言うより、意識の中に直接投影されたような感覚だっ た。「力の放出」と言う、曖昧な言葉の具体的なやり方が、かつて優一郎自身が 経験したことのように理解出来た。 優一郎は目を閉じて、落ち掛けていた意識を刀身に集中させる。 このような状況にも関わらず、それはスムーズに行えた。 首を絞める佳美の手の感触も、室内に充満した悪臭も、優一郎の感覚から切り 離される。 そして。 手元より立ち昇る熱気を感じ、再び目を開く。手にしていた刀が眩く輝いてい た。何かの光を受け、反射しているのではない。刀自らが熱気を孕んだ光を放っ ていた。 そもそもこの刀は、優一郎の持つ力のイメージに過ぎない。エネルギーが刀の 形状を取っているだけで、本来は特に定まったものではない。従って優一郎のイ メージ次第で、形状はのみに留まらず、その特性すら変化させる事が可能なのだ。 昨夜、二匹の化け物と戦った際に、その重量を変化させたり、直接触れていない 敵を倒したように。 優一郎は、光が弾ける様をイメージした。そのイメージに従い、手にした刀身 は優一郎を中心に四方八方へ光として拡散する。 「あっ」 声を出したのは佳美だった。苦痛の声ではない。 優一郎の首を絞めていた手から、力が緩む。身体が自由になった事への驚き。 優一郎自身の自由も回復していた。ようやく確保された気管が空気を求め、せ き込む。 「ずごいよ、優一郎」 乱れたままの服装で美鳥が近寄ってきた。優一郎は、ちらりと乱れた胸元を見 て、すぐに目を逸らす。その理由に気が付いた美鳥は、慌てて服装を直した。 さらに優一郎はイメージを変えて、力を放つ。優一郎たちを襲っていた三人の 女性は、静かに床へと崩れ落ちる。そして他の女性たちと共に、眠りへと落ちて いく。 優一郎が最初に放ったイメージは「純粋」 薬、或いは田邊の力を排除し、ここにいる者たち全ての純粋な状態。 続いて「静寂」 再び田邊に利用される事なく、穏やかに眠り静寂を保つように。 これらのイメージを考えたのは優一郎ではなかった。声なき声で、音風が優一 郎の中へと与えてくれたイメージ。 優一郎は力の放出を止める。 室内に拡散していた光は、優一郎の手元で再び刀となる。 「ふん、つまらない手品だな………田邊よ」 優一郎はまだ先程の余韻で仄かに光を帯びた刀をかざす。光は四囲の壁、天井 に無数に張り巡らせた白く細い糸を映し出す。全ての糸は田邊の身体を元にして いた。顔、腹、腕脚。身体の表面、皮膚の全てからまるで田邊を苗床にした菌糸 のように部屋中に伸びていた。 「お見事、優一郎くん」 田邊がそう言うと、無数の糸は素早く苗床である身体の中へ収められて行った。 「これはぼくの神経さ。相手の身体の中に潜ませて、ぼくの意のままに操る…… …初めは直に相手に触れないと出来なかったんだけど、最近こんなふうに離れた ところから伸ばせるようになったばかりだったんだ」 種明かしをする田邊の口調には、余裕の色が窺えた。まだ人質を取っていると いう安心感か、ただのハッタリか、あるはまだ何か隠し持っているのか。 「本当に最後の警告だ………真月ちゃんを離せ」 「うーん、いいよ。条件次第では」 「なに?」 「優一郎くんには、いろいろと世話になってるからねぇ。ぼくの仲間になりなよ」 「血迷ったか、田邊」 「だめだよ、優一郎。ヤツなんかの話を聞いちゃ」 二人の会話に、美鳥が割ってはいる。 「分かってる、けどまだ真月ちゃんがヤツの手にある」 優一郎は美鳥へと囁いた。田邊の手の中の真月は、離れていてもはっきり分か るほど、震えている。声もなくただじっと、救われる事を待ち優一郎を見つめて いる。 「ふふふ、見たところ、優一郎くんはまだ力に目覚めて日が浅いようだね」 「それがどうした」 ふん、と田邊は鼻を鳴らした。 「力の形は違うけれど、君とぼくは同類、いや同族なんだよ」 「貴様の下種な力と、一緒にしないで欲しいな」 優一郎は、露骨に不快感を表す。田邊のこめかみが、僅かに痙攣するのが分かっ た。 「そのうち分かるよ………優一郎くんが完全体なら。遺伝子の記憶ってヤツがね。 ぼくらは特別な存在なんだ。 ぼくはちょっとしたきっかけで、この力に目覚めたけれど。それまでは貴重な 時間を割いて、肉体を酷使するような無駄な行為をした事はない。なのに、一瞬 にして手に入れた力は、長年掛かって無駄に鍛えた釘崎くんや、先日の空手家を 遥かに凌いでいる。きみの力だってそうだろう?」 「だったら、どうだと言うんだ」 田邊に答えながら、優一郎の頭の中に嫌な考えが浮かぶ。行方不明になった者 たちのうち、女性は全てこの室内にいる。決して無事とは言い難いが、それでも 生きている。だが男性の姿は一人も見当たらない。 「だからね、ぼくらは違うんだ、ひ弱な連中とは。一つ教えてあげよう………ぼ くらは相手を取り込むことで、その力を吸収してさらに強くなる。たとえば…… …」 そう言えば昨夜優一郎の遭遇した化け物は、「チカラ」「ホシイ」「クウ」の 三つの単語を、盛んに口にしていた。奴等も取り込む事で力を得ようとしていた のだろうか。ならば田邊は、あの化け物と同類と言う事になる。そしてその田邊 の言を信じるなら、優一郎もまた。 田邊は指で真月の頬をなぞる。 「この子はちょっと弱いけど、朧の潜在能力を持ってるよ。それを取り込めたら、 ぼくはますますパワーアップをする。ふん、そっちの三つ編みの子、確か音風ちゃ んだったかな。君もね」 田邊はなおも話を続ける。 「ただね、一度取り込んでしまえばそれまで。この子たちのような、強い力を持っ た人間はそうそういるもんじゃない。弱い人間なら、腐るほどいるけど、そんな のを取り込んでもたかが知れてる。そこで考えたのさ。女どもにぼくの子を孕ま せる。その子はぼくと同じ遺伝子を持つ………それを取り込めばいい。女はいく らでもいるからね、こいつらみたいに数を揃え、順番に孕ませていけば、効率よ くパワーアップが出来るってわけさ」 つまり、ここにいる女性たちは田邊の歪んだ性欲のはけ口とされただけでなく、 更に過酷な仕打ちを受けていたらしい。他の男性は、既に田邊に取り込まれたと 思ってよさそうだ。 「この子、初潮はまだみたいだけれど。なあに、ぼくは人の身体の機能を弄くる ことも出来るから。問題はない。で、相談だけど………ぼくは一人でも充分無敵 だ。たぶん、人間の如何なる武器、例え核を使っても殺せないだろう。けどね、 仲間がいるに越したことはない。そのほうが、いろいろと便利だろうしねぇ…… …でも、ぼくの仲間にするにはそれなりに力のあるヤツじゃないとだめだ。優一 郎くん、きみにはその資格がある」 「俺が、応じるとでも思っているのか?」 「まあまあ、考えてみてよ。世界の支配者になれるんだよ? 会社や学校、小さ な世界でのくだらない地位にを嵩に着た愚劣な奴等の顔色を窺う必要もない。そ うだ、君が望むなら四姉妹も二人で分けよう。この子が欲しいなら、譲ってあげ るよ。ただここまで手間を掛けたんだから、最初はぼくだけどね」 そう言った田邊の手が、真月の最後に一枚だけ残されていた下着に掛けられる。 恐怖に支配された真月は、それを避けるために身を捩る事すら出来ない。 「そこまでにしておけ、クソ野郎!」 優一郎の罵声に、田邊の手が止まった。 「良く訊け。俺は貴様のような下種の仲間になるつもりはない。貴様のそのツラ を見るだけで、虫酸が走る。とっとと、真月ちゃんを離し警察に自首しろ。そう すれば命は勘弁してやる」 「そうかい」 田邊の顔から、人を馬鹿にしたしような笑みが消え失せた。 「良かったよ、君がそう応えてくれて。本当はね、ぼくも優一郎くんの事が大嫌 いだったのさ。いつもいつも、まるで汚物でも見るような目で、ぼくをみていた。 けど、きみの近くにいれば、他の屑どもからは身を守る事が出来た。心の中では、 いつか君を殺してやりたいと思っていた。ぼく自身が力を手に入れたいま、もう 君の存在価値はない。殺してやるよ………ただ楽には殺さない。たっぷりぼくを 馬鹿にした事を、後悔させてやる………こいつみたいにさ!」 田邊は片手をベッドの下に潜らせた。そして何かを引き出す。 「きゃっ!」 美鳥と音風は、思わず目を背けてしまう。真月の身体が力無く崩れ落ちる。失 神してしまったらしい。 優一郎も、おぞましさに息を呑んだ。 田邊の手に握られていたのは、一体のミイラだった。行方不明になっている男 性の一人だろうが、かさかさに乾いた顔からは、それが誰であるか判断がつかな い。しかし行方が分からなくなって、幾日も経っていないのに、どのようにした らここまで完全なミイラ状態となるのだろう。ミイラから発散されている、強烈 な異臭。どうやらそれが、この部屋に充満している悪臭の主成分らしい。 ミイラの表面には、大量の虫が発生していた。道端で轢かれた猫が幾日も放置 され、乾ききった死体に湧く虫を見たことがあるが、その数は何十、何百などと いう単位ではない。田邊の手が微かに動くだけで、全長数ミリサイズの虫が黒い 塊で、床の上に落ちていく。 そして優一郎を何より驚愕させたのは、そのミイラが生きているという事だっ た。 初めは目の錯覚だと思った。しかしそうでは無かった。 ミイラは大量の虫と、乾燥した自らの皮膚をぼろぼろと落としながら、口を動 かした。 「タノム………モウ、コロシ……テ、クレ」 声帯とて、まともな状態ではないのだろう。聞き取りにくい声であったが、確 かにそう田邊へ哀願をしている。 「こいつは、女の前でいい恰好をしようと、愚かにもぼくに楯突いた空手家だ。 殺すのは容易いが、愚かさの償いとしてまだ生かしてある。優一郎、お前もこう してやる。そしてその前で、貴様の女どもを犯してやる」 そして田邊は、生きたミイラを無造作に、窓へ向けて投げ出す。派手な音を立 てて、ガラスが割れた。虫が四散し、ミイラの皮膚が粉となり煙を上げる。 「ここでは手狭だ………追ってこい、優一郎」 真月を抱えたまま、田邊は素早く立ち上がり、割れた窓から地上へと飛び降り た。
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