長編 #3913の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「二体………二体だよ! 異形が二体同時に現れるなんて!!」 思わず美鳥(みどり)は驚きの声を上げた。 「音風(おとかぜ)、そんなこと、一言も言ってなかったのに………」 「もう一体の異形に影響されたのか、優一郎くんの力の気配に影響されたのか… ……それとも、その両方か、でしょうね」 落ち着き払った様子で、麗花は言う。 二人は優一郎とは沼を挟んだ、対岸にいた。 「そんな、いきなり二体なんて、相手に出来るわけないじゃない!」 そう叫び、美鳥は意識の集中を行う。 両脚に仄かな光が宿り始める。 己の中に潜む、朧の力を借りて跳躍力を強化しようというのだ。この位の沼な ら、難なく飛び越す事が出来る。 「何をする気なの? 美鳥」 「決まってる、優一郎を助けるのさ」 瞬発力を得るため、美鳥はぐっと腰を落とした。 「待ちなさい」 麗花の、いつになく厳しい口調。 「だって………このままじゃ、あつい、殺されちゃうよ! お姉がやっと見つけ た、もう一つの【日龍】だろう」 「確かに優一郎さんは、やっと見つけた【日龍】です。でも、私たちが相手にす るのは完全体なの。だから、私たちも【日龍】の完全体を手に入れなければなら ない。彼が完全体かどうか、見極める必要があるの」 美鳥の腕を、麗花が掴む。 「けど、このまま放っておいて、優一郎が殺されちゃったら………元も子もない じゃないか」 「たかが二体の異形を倒せないようなら………完全体とは、とても太刀打ち出来 ない。その程度の【日龍】なら、必要ないの」 「お姉………」 美鳥は掴まれた腕を、引き戻そうとした。 麗花の言う事も分からないでは無いが、このままむざむざと目の前で優一郎が 殺されるのを、指をくわえて見ているなど、耐えられない。 「あなたが行って、何が出来るの? あなたの力では、異形に留めをさせないの でしょう」 「本気をだす………お姉ほどじゃないけど、本気で朧の力を解放すれば、二体は 無理でも、一体くらいなら」 「許しません!」 美鳥の腕を握る麗花の力が増した。その強さに、美鳥は引き倒されてしまった。 「お、お姉」 上から自分を見下ろす麗花の目に、美鳥は息を飲む。 異形との戦いの時ですら、見せたことのない厳しい視線が美鳥を刺す。 「それが、どう言う事なのか分かっているの?」 静かで感情の無い口調で、麗花は言った。 「………」 美鳥は言葉を返すことも出来ず、すっと姉の目から視線を反らせた。 「ごめん、お姉………」 一番辛いのは、麗花だった。 美鳥や音風、真月(まづき)たちのために、心を鬼にして多くの死を見つめ、 自らの命を削って戦ったきたのだ。 もう一つの【日龍】を、その完全体を見つける事が出来なければ、麗花の想い は無駄になってしまう。 美鳥も、麗花だけを犠牲にするつもりはない。いつかは自分も姉の代わりとなっ て、逝くつもりだった。だが、音風と真月は………二人の妹たちだけは、巻き込 みたくはない。「私、信じてるよ。きっと、あいつは」 立ち上がり、美鳥は対岸を見つめる。 『死なないで、優一郎………お姉のために。そして………』 いつしか美鳥は胸の上で、祈るように手を合わせていた。 もはや優一郎に、生存の道はほとんど残されてないように思われた。 二匹の化け物は、互いを牽制しつつも優一郎に対する食欲の方が強いらしい。 優一郎は、テレビで観た肉食獣が一つの獲物を奪い合い、その肉を引き裂きあ う場面を思いだした。 先に優一郎に襲いかかる権利を、二匹が争ってくれれば生き延びる機会も生ま れるのだが。二匹の間に争いが起きるのは、優一郎が死体になってからだろう。 もっと最悪なのは、生きている優一郎を奪い合って引き裂くことだ。 どう転んでも、優一郎にとって良いことはない。 前には緑色の皮膚から内蔵の透けて見える、化け物。後ろには裸の女が張り付 いた、肉塊の化け物。左には走り抜けるには、あまりにも邪魔な薮。右には澱ん だ沼。 左の薮は深すぎる。飛び込んだところで、枝に邪魔され走ることも出来ないだ ろう。沼に飛び込んで向こう岸まで、泳げれば助かるだろうか? 化け物が泳げないのであれば、可能性もあるだろう。しかし肉塊の化け物は、 沼から現れたのだ。しかも藻の多い沼では、それが身体にまとわり、思うままに 泳ぐことも出来ないだろう。 ほんの少しでも、可能性のある方に。それが間違いだった。 逡巡している間に、二匹の化け物は優一郎より先に行動を起こした。 女を張り付けた化け物が、長い方の右腕を横から、優一郎をなぎ倒すように振 るった。間一髪、倒れ込んで直撃を避けるが、爪のない三本指が頬を掠める。同 時に、冷たい何かの飛沫が、数滴、顔にふりかかって来た。 化け物のぶよぶよの肉の一部が、腕を振るった勢いで滴になって飛んで来たの だ。 拭っている暇はない。 すぐさま立ち上がると、優一郎は沼めがけて駆け出した。茂みに突っ込んで行 くよりも、その方が生存の可能性が高いと判断したのだ。 しかし、三歩も走らないうちに、優一郎は緑色の化け物に脚を掴まれた。優一 郎は顔から、地面に倒れる。そして、その痛みを感じるより前に、周りの風景が 縦方向に流れて行った。 化け物が逆さ吊りの形で、優一郎の身体を待ち上げたのだ。 「くそっ! 離せ!!」 優一郎は間近にあった、化け物の緑色をした躯を力一杯殴りつける。透けて見 える臓物めがけ、必死に拳を振るった。 しかし半透明の皮膚は、優一郎の拳が当たる度、ぷるると波打ち全ての衝撃を 吸収してしまう。 さらに優一郎の身体が、上昇した。 吊るされたまま、化け物と顔が合う。 唇のない、剥き出しになった歯で化け物は嬉しそうに笑った。涎の滴った微笑 みが、優一郎の喉元に迫る。 両腕を伸ばし、優一郎は化け物の顔を押さえた。こんな死に方をして、なるも のかと。 だがそれも、無駄な足掻きであることがすぐ知れた。 優一郎の手で押さえた化け物の頬の肉が、ずずっ、と削げていく。大きなゼリー の両端を強く手で押したように。 頬肉が削げて行くことなど気にもせず、化け物のむき出しの歯は、確実に優一 郎へと迫った来る。 優一郎は、喉元にあてられる歯の感触を予想し、堅く目を閉じた。 だが、次の瞬間優一郎が感じたのは、喉にあたる歯の痛みでは無かった。 突然右腕に強い力を感じ、そのまま身体が横に振られる。その優一郎の左側を、 冷たく柔らかい物がすり抜けた。目を開けてみると、優一郎の喉を噛みきろうと して、空振りした、緑色の化け物の顔だった。 腕を引く、力の正体を確認するため、優一郎は右に頭を向けた。予想した通り、 女を張り付けた肉塊か優一郎の腕を握っていた。 緑色の化け物から奪おうというのだろう。優一郎を強くひく。 だが緑色の方も、せっかくのご馳走をむざむざくれてやるつもりは、毛頭ない らしい。優一郎の脚をつかんだ手に、力を込める。 優一郎にしてみれば、どちらに喰われようと、さしたる違いはない。それより 一瞬決めかけていた覚悟が、二匹の化け物に裂かれんばかりに身体を引かれる事 で、また生への執着が甦って来た。 みしみしと身体が、骨が、軋みを上げ、痛みが走る。 二匹の化け物は、互いに相手を攻撃しようとはしない。そのうち或いはどちら かが、食事を独占しようと、もう一方に襲いかかる事態になるかも知れないが、 その時まで優一郎の命が保ちそうにはない。 『くそ………くそ…くそ、くそ、くそ』 もし自分に力が有れば。せめてこの化け物たちに、抵抗が可能な武器でも持っ ていたら。 強くそう願った時。 「ギャァァァァァァァ!!」 凄まじい女の悲鳴と共に、つかまれていた右腕に自由が戻った。 しかし腕は軽くならない。 つかんでいた化け物に代わり、銀色に輝く日本刀が優一郎の右手に、ずしりと した重量感を与えていた。 「なぜ?」 突然己の手中に出現した理由を、詮索する間も惜しみ刀を一振りする。水平に 振られた剣は、脚をつかんでいた化け物の半透明な胸を裂き、透けて見える臓物 を斬った。 「ぶしゅっ!」 奇妙な叫びと共に、優一郎の身体が宙に投げ出された。 頭から落下するのを、左手をついてどうにか防ぐ。素早く身を起こし、二匹の 化け物を見据え剣を構える。 紫の柄を通じ、刀の重量が両腕に感じられた。子どもの頃習った、剣道をイメー ジして中段に構えようとしたのだが、あまりの重量に、それもままならない。自 然と切っ先を下げた、下段の構えとなる。 見ると、女を張り付けた化け物の腕が無い。突如優一郎の手に出現した刀に、 斬り落とされたようだ。 二匹の化け物は、優一郎との距離を置き、恨めしげにうなり声を上げている。 人外の化け物に、日本刀一本が有効な武器になるとも思えないが、連中はかな り警戒しているらしい。 その様子を見て、優一郎も不思議な自信に包まれ始めていた。 そもそも不条理にこんな場所に投げ出された優一郎を、不条理な化け物たちが 襲ってきた。それに抗するには、やはり不条理に現れた刀が何よりも有効なので は。 少なくともいま、手の中にある刀だけが優一郎の命を守る、唯一の拠り所だっ た。 それを信じるしかなかった。 「あれは………あれが優一郎の力!?」 優一郎の死の瞬間を直視出来ず、背けた目を戻した時、美鳥は眩い光を見た。 優一郎の手の中に現れた剣が、そのまま女を張り付けた異形の腕を斬る。 「あれが【日龍】の力なの………やっぱり、優一郎は私たちの求めていた力を持っ ていたんだね」 喜びと興奮を抑えきれず、美鳥は叫んでしまった。 しかし、それに応える麗花の声には、戸惑いの色が含まれていた。 「いいえ………違うわ。あれは、私たちと同じ朧のちから………私と同じように、 朧のちからを具象化したものよ」 「そんな」 驚いて美鳥は姉の顔を見つめる。 「だって、私たちの朧…月の朧は………女にしか使えない力でしょ?」 「ええ、そう訊いているわ。これまで、朧の血をひく男性にそのちからを使える 者はなかったと………」 微かに震えている、麗花の声。 自分以上に、姉も困惑しているのだと美鳥は知った。 「じゃあ、あいつは………優一郎は、私たちの求めていた、もう一つの【日龍】 じゃない、ってこと」 「それは………分からない………」 睨み合いは、長くは続かなかった。 化け物にとって、食欲は他のどんな欲求・感情にも勝るものらしい。 先に緑色の化け物が動いた。多少の警戒は見せつつ、じり、じり、と歩を進め 優一郎に近づいて来る。後を追うように、もう一匹も歩み出す。 化け物たちを倒す以外に、優一郎に生存の可能性が無いことは分かっていた。 だが、睨み合いの終了は、好ましい事態では無かった。 先程は力任せに振るい、目前の危機から逃れることが出来たが、まともに化け 物と渡り合うためには、その刀は重すぎる。 もう一度力任せに振るったとしたら、体勢を崩し、次ぎなる化け物の攻撃をか わすことは難しいだろう。 敵が一匹だけなら、一撃に全てを賭けることも出来る。だが相手は二匹。運良 く一匹に致命傷を与えることが出来ても、残った奴にやられてしまう。 上がらぬ切っ先を上げようとする腕が震える。 『もっとこいつが、軽ければ………』 他に手だては無いものか。 そう考える優一郎に、答えを出す暇(いとま)を与えず、緑色の化け物は地を 蹴った。 圧縮された空気が、優一郎に襲いかかる。 後の事を考える余裕はない。 渾身の力を込め、宙から降り注いで来る水の塊のような化け物めがけ、刀を振 るった。 『!?』 膨大な質量を動かすため、相応の力を込めた優一郎は、予想外の事態に直面す る。
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