長編 #3909の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
15 できれば、昼休みの残りの時間は、誰もいない場所で過ごしたかったが、自分 が教室からいなくなれば、一斉に噂が飛び交うことだろう。そう考えた美奈代は、 自分の席に座ったまま、あゆみに借りたノートを写して時間をつぶした。 5時限めが始まる5分ほど前、クラスメイトたちが次々に教室を出て行く。美 奈代は首を傾げてあゆみに訊いた。 「あれ?次、美術って、美術室だっけ?」 「あ、そっか」あゆみが言った。「藤澤が休んでるときに連絡あったんだっけ。 あのさ、前から言ってたインターネットの実習、次の美術の時間になったの。だ から、コンピュータルーム」 「ああ、あれね」 星南高校では、今年から「情報化社会に対応した教育」をテーマに、パソコン やネットワークの基礎的な学習をカリキュラムに組み入れることになっていた。 そのために、デスクトップパソコンが五十台入り、LAN接続されている。ただ、 まだ教える側の体制が整っていないので、おのずと初歩的なことに限定されてい たが。 すでに二回ほど実習があったが、これまではパソコンの起動の方法や、基本的 なアプリケーションの使用方法、それに話題のインターネットの説明などがあっ ただけだった。先週、ようやくプロバイダとの接続が完了し、三年二組は今日が はじめてのインターネットの実習である。 担当は、数学の谷教師である。もともと趣味でパソコン通信をやっていたし、 個人でプロバイダとも契約していたので、担当に選ばれたのである。もっとも、 来年度は、外部から専門の講師を呼ぶことになっていた。 「……とまあ、これがURLというものだ。言ってみれば、ネットワーク上の住 所のようなもんだな」 美奈代は、適当にマウスを動かしながら、谷教師の話をきいていた。それほど 興味があるわけではないが、普通の授業とは違ってテストに出るわけではないの で、ぼーっとしていられる。大抵の女子は、美奈代と似たり寄ったりの態度だっ た。逆に男子は、やはり興味があるのか、積極的にいろんなことを試したりして いる。 「それじゃあ、これから黒板にいくつかURLを書くから、それを入力してみよ う」 谷教師はそう言うと、ルーブル美術館やNTT、ホワイトハウス、首相官邸と いった、誰もが一度は訪れるようなアドレスを書いた。 最後のアドレスだけは少し違っていた。隣に書かれた説明には、「星南高校の 紹介」とあった。 「この最後のは、先生が作ったやつだ」谷教師は照れたように笑いながら言った。 「デジタルカメラで撮った、学校の写真や、先生や生徒の写真も入れてある。デ ータは、学校内のサーバに置いてあるから、他のページよりも素早く表示される はずだ。じゃあ、はじめて」 ホワイトハウスなんかに興味のない美奈代は、学校のURLを入力した。ほと んどキーボードに触ったことがないので、アルファベットを一つひとつ拾うのに 時間がかかる。 「お、おい!」 突然、一人の男子生徒が隣のクラスメイトをつついて、自分のディスプレイを 指した。パソコンを持っている生徒なので、さっさと入力を終えたらしい。入力 を邪魔されたクラスメイトがうるさそうに隣を見たが、そのとたんに小さな叫び 声をあげた。 「おい、これって……」 同じような声が、コンピュータ室のあちこちから上がりはじめた。何がそんな におもしろいのかしら、と思いながら、美奈代はようやく星南高校のURLの入 力を終えて、リターンキーを叩いた。 最初に「Welcome!星南高校」の文字、その下に星南高校の文字と校章のグラフ ィックが表示された。続いて学校の紹介文が数行表示された。 そして、画面の中央に横長のグラフィックが、上から少しずつ現れていた。 「ちょっと、何これ!」女子の一人が悲鳴に近い声を上げた。「藤澤じゃない!」 その声に、周囲にいたクラスメイトたちが、そのディスプレイに駆け寄った。 教壇にいた谷教師も、不思議そうな顔でマウスを操作していたが、不意に顔を こわばらせて、画面を凝視した。 「これ藤澤だぜ」 「なんで、でも、こんな……」 「あのビデオと……」 たちまちコンピュータ室の生徒たちは、ディスプレイを指しては興奮した声を かわしあった。 美奈代は、そうした周囲の騒ぎなど耳にも入れず、半分口を開いた呆然とした 表情で、ブラウザの中央に出現したグラフィックを見つめていた。 そこには、美奈代がいた。 間違いなく、あのベッドルームだった。全裸の美奈代が、両脇を誰かに支えら れた格好で、ベッドに仰向けに寝た一人の男と下半身を接していた。カメラは、 やや上方から美奈代の全身をなめるように撮り下ろしている。画像は非常に鮮明 で、涙を流している美奈代の顔、下から伸びた男の手に乱暴につかまれた乳房、 白濁した液体で濡れた恥毛まで、あますところなく画面に映し出している。 グラフィックが別の写真に切り替わった。今度は美奈代の横顔のアップだった。 横から突き出された男性性器を口一杯に頬張り、前髪から頬にかけて精液がかか っている。 数秒後、次のグラフィックが表示された。今度は写真ではなく、白地に黒の極 太のゴシック体の文字だった。 「みんな知っている」 美奈代の中で何かが切れた。 まるで消えない悪夢を物理的に排除しようとするように、美奈代はディスプレ イを力いっぱい両手で突いた。15インチディスプレイが床に落下し、びっくり するほど大きな破裂音とともに粉々になった。 それを見届けようともせず、美奈代は立ち上がると、驚くクラスメイトたちを 突き飛ばしながら、教室を飛び出していった。 「藤澤!」 谷教師が、後を追って教室を走り出していく。生徒たちも後を追った。 美奈代はやみくもに廊下を走った。いや、美奈代自身は走っているつもりだっ たが、実際にはよろめきながら、足を進めているにすぎなかった。 あの夜の悪夢の光景ばかりが、次々と美奈代の脳裏を横切っていた。自分がど こに向かっているのかもわからず、どこへ行きたいのかさえわからなかった。 「藤澤!」 谷教師の声が後ろから届き、同時に肩に手がかけられた。 美奈代は振り向き、大声で悲鳴をあげた。美奈代が見たのは、冴えない中年教 師ではなく、あのヤクザの一人の顔だった。 「藤澤あ」 「みなよ!」 クラスメイトたちが走ってくる。その顔はどれもヤクザたちの顔だった。 絶叫が廊下に響いた。 ひるんだ谷教師が思わず手を離したすきに、美奈代は相手を突き飛ばすと、全 力で走り出していた。 「待て!」 尻もちをついた谷教師が、大声で呼び止めたが、美奈代の耳には入っていなか った。全てから逃げ出したいという思いだけが、美奈代を支配していた。 不意に、廊下の先に人影が出現した。その人物は、優しい声で呼びかけてきた。 「藤澤さん?どうしたの?」 由希だった。 美奈代は悲鳴をあげた。自分が汚されたことを、由希に知られてしまうことは 耐えられなかった。よろめきながら、美奈代は廊下を曲がり、階段を昇り始めた。 誰にも会いたくない。ここから逃げ出したい。その思いと、あの夜の光景が、 ぐるぐると頭の中を巡っている。 あっという間に、美奈代は階段を昇りつめた。 昼休みを除いて、屋上のドアは常に施錠されているはずだったが、どういうわ けかノブを回すとドアは開いた。だが、美奈代にはそれを不思議だと思う余裕も なかった。 美奈代は屋上に走り出た。そして、空に向かってフェンスを昇り始めた。 知らせを受けた職員室は大騒ぎになった。特に、藤澤美奈代が屋上へ向かった らしいと知ると、教師たちは一様に最悪の事態を想像した。 「と、とにかく、屋上へ」 教師たちは職員室を飛び出すと、先を争って屋上へ向かった。 屋上のドアの前では、谷教師が押し寄せる生徒たちを、必死で制止していたが、 教師たちを見ると安堵の表情を浮かべた。 「みんな、下がりなさい!」学年主任の今井が大声で生徒を怒鳴りつけて、踊り 場まで下がらせた。「ほら、早くしろ!」 「藤澤さんは?」心配そうな顔で由希が訊いた。 「今、フェンスの向こう側にいます」谷教師は青い顔で説明した。「止めようと したのですが、近寄ろうとしたら悲鳴を上げて、何やら喚き始めたので、とりあ えず刺激しない方がいいと思いまして……」 「とにかく、警察に電話を」今井は指示した。 由希が進み出た。 「今井先生、彼女を刺激するのはまずいんじゃないでしょうか?」 「そりゃそうだが……では、どうしろと?」 「橋本先生なら、藤澤も耳を傾けるのではないですか?」一人の教師が提案した。 「何と言っても担任ですし、それに藤澤は、先生のお気に入りだそうじゃないで すか」 「そうですな」今井は頷いた。「どうでしょう、橋本先生。ひとつ話してみては もらえませんか?」 「私がですか?」由希は躊躇した顔を見せた。「でも、私は経験が浅いですし… …」 「大丈夫ですよ。こういうことは経験ではないんですから」今井は焦燥の色を隠 そうともしなかった。「早くしないと」 誰かに責任を押しつけてしまおうという意図が露骨に表れている。由希は渋々、 といった様子で頷いた。 「わかりました。やってみます。でも、私が話している間、どなたも屋上に入ら ないで下さいますか?ちょっとしたことでも、最悪の事態につながりかねません から。ドアも閉じておいてください」 「ええ、わかりました。おねがいしますよ、橋本先生」
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