長編 #3902の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
8 一時限めの世界史の授業は、中間試験の復習と称して、小テストにした。これ は用意してはあったものの、もう少し日にちが過ぎてから行う予定のものだった。 時間は二十分、と言い渡しておいて、由希は口実を作って教室を出た。 誰にも見られないように校舎から出ると、由希は自分の車に走った。急いで乗 り込むと、グローブボックスの中の携帯電話をつかんで、暗記している番号にか ける。 相手はすぐに出た。まだ若そうな男の声である。 『はい』 「私よ。起こした?」 『なんだ、由希さんか。いや、起きてたよ。なんだい?』 「頼みがあるの。急いで探してもらいたい人がいるのよ」 『ふうん。どんなやつだ?』 「うちの高校の女生徒よ。名前は田上紀子。ちょっと小太りでメガネをかけてる わ。住所は……」由希は紀子の住所を言った。「……わかる?」 『それだけじゃなあ。他に特徴はないのか?』 「大丈夫。うちの制服を着てると思うわ。たぶん、いつも通りに家を出ているは ずだから。きっとそこらへんをうろついているだけだと思うけど。学校はもう始 まってるから、こんな時間に、制服着てる女の子なんて他にはいないわよ」 『本当に街の中にいるのか。電車でどっかに行っちゃってるかもしれないじゃな いか』 「わかってる。駅員に訊いてみて」 『おいおい、何百人も女子高生が改札くぐるんだぞ。おぼえてるもんかよ』 「通学する子は大抵定期でしょ。あの子は電車通学じゃないから、定期は持って ない。だとしたら、お金で切符を買ったはずだわ。この辺であの制服は、うちの 学校だけだから、駅から切符を買って乗っていけば目に付くわよ」 『なるほどね。わかった。探してみよう。見つけたらどうすりゃいいんだ?』 「何もしないでいいわ。ただ、警察に補導されたり、おかしな連中に引っかかっ たりしないように、それとなく保護してやってくれる?」 『ははは』相手はおもしろそうに笑った。『ぶらぶら遊ばせといてやればいいの か?その口ぶりじゃ、例の相手じゃなさそうだな』 「ええ違うわ。ちょっとわけありなの」 『連絡は?こっちからするのはまずいんだろう?』 「私から五十分ごとに連絡を入れるわ」 『ああ。他ならぬあんたの頼みだ。安心していいぜ。すぐ、若いやつらに探させ る』 「じゃ、頼んだわよ。授業中だから戻らないと」 『またな』 由希は携帯をタイトスカートのポケットに入れると、急ぎ足で校舎の方に戻り 始めた。小テスト中の生徒たちに、そして由希自身に与えた二十分は、もう残り 少なかった。 「私よ」 『早すぎる』相手は文句を言った。『まだ三十分もたってないぞ』 「今、一限が終わったのよ。まだ見つからないの?」 『まだだ。手の空いている十人ばかりをばらまいてるがな』 「駅は?」 『おれ自身が最初に訊きにいったよ。そういう女子生徒は見かけなかったそうだ』 「そう。次の授業が始まるわ。引き続き頼むわ」 『ああ。またな』 「私よ」 『錦通りのマクドナルドで、それらしいのがいたそうだ』 「で?」 『行ったときには、もういなかった。今、その周辺を探してる』 「見つかりそう?」 『わかるもんか、そんなこと。努力はしてるよ』 「ごめんなさい。頼むわ。まだ後で」 「私よ」 『見つけたよ』 「ほんと?どこ?」 『鴨川団地の中の公園のブランコに座ってる。離れた場所に、うちの若いやつが 車を停めて、双眼鏡で見張ってる。もう逃がさないから安心しな』 「ありがとう。私がどんなに感謝してるかわかる?きっとわからないわよ」 『あんたの声だけでわかるよ』 「迷惑かけたわね」 『なに。由希さんの恩義に比べれば、これぐらいどうってことないよ』 「もう一つ頼みがあるんだけど」 『なんだ?』 「次の授業が終わったら、そっちに行くわ。それまで、公園に人を近づけないで ほしいの。頼める?」 『わかった。入り口に誰か立たせとくよ。にらみつければ、近寄りゃしないだろ う。その子が出ようとしたら?』 「そのときは行かせてやって。そっちが見張ってることを気付かせないでね」 『ああ。じゃ、待ってるぜ』 「田上さん」 聞き慣れた声で呼びかけられて、田上紀子はブランコから転げ落ちそうになっ た。 「せ、先生!」 「探したわよ」由希は安堵の想いを隠そうともせず、紀子のブランコに近寄った。 「隣、座ってもいい?」 紀子は一瞬、逃げ出しそうになったが、由希の顔を見ると力なく頷いた。 「お家の方と学校の方は心配しなくていいわ」由希はブランコを揺らしながら言 った。「学校には田上さんは病欠ってことにしてあるし、お家には何も言ってな いから」 「どうしてここがわかったんですか?」 由希は答えずに微笑んだ。紀子も答えを強いて求めようとはせず、黙ってブラ ンコをこいだ。 「のど乾いてない?」由希は訊いた。「お腹空いてない?」 紀子はかぶりを振った。 しばらく二人は黙ってブランコに揺られていた。きれいな青空が広がり、暖か い陽射しが心地よい。 何分かが過ぎたとき、紀子がおそるおそる沈黙を破った。 「先生」 「なに?」 「あたしが先生の授業、まじめに聞いてないこと、怒ってますか?」 由希は笑って首を横に振った。 「あなたは私立理系組でしょ。世界史の重要度が低いことは知ってるわ。不必要 な勉強を無理矢理やったっていいことないじゃない」 「世界史はきらいじゃないんです」紀子は弁解するように言った。「だけど、最 近、数学の方が遅れてて……」 「いいのよ。田上さんが歴史を好きだってことは、よくわかってるから。この間 のテストで証明されたわよね、それは」 「あれはほとんどまぐれで……」 「先生はまぐれで解けるような問題は作ってないわよ。まあ、それはともかく。 それが原因なの?クラスのみんなに仲間はずれにされているのは」 「知ってたんですか?」 「ごめんなさい。昨日、何か変だなとは思ったの。田上さんの様子がおかしいこ とも気付いてた。弁解になっちゃうけど、昨日はどうしても外せない会議があっ て、話を聞く時間が取れなかったのよ」 紀子の瞳に涙がわき起こった。 「あ、あたしがカンニングしたって……いつも授業聞いてないのに、テストがで きるわけないって」 「誰に言われたの?」 「クラスのみんなに……」 「誰かが最初に言い出したんでしょ?誰なの?」 紀子はためらった。 これが一番大変な部分であることはわかっていた。誰かを「チクる」というこ とは、この年代のルールでは、限りなく卑劣な行為であるのだから。由希自身、 密告はするのもされるのも好きではなかった。 「言いたくない気持ちはわかるわ。卑怯なことをするように思えるんでしょ。で も、もっと卑怯なことをしているのは、相手の方なのよ」 それでも紀子は黙ったままだった。 由希はもう一つの原因に思い至った。由希の推測通り、藤澤美奈代がリーダー だとしたら、紀子は自分の言葉の有効性を疑わずにはいられないだろう。美奈代 は「由希先生のお気に入り」なのだから、由希が紀子の告発を信じないことは十 分にあり得ることだ。 「先生は誰一人特別扱いするつもりはないわ。絶対に。それだけは約束する」 「でも……だめです。言えません」 「どうして?」 「言ったら、先生、その人と話をするでしょう?そうしたら、あたしが話したっ て分かってしまいます」 「その心配はしなくていいわ。その子だけに話すつもりはないから。田上さんが、 先生に何か言ったってことは、他の生徒には絶対にわからないする」 「そんな、どうやって?」 「別にこの問題をうやむやにしようって言うんじゃないのよ。そのうちわかるわ」 「……」 「田川さん。先生を信じてくれないかなあ」 「わかりました」紀子はためらいを残しながらも頷いた。「あの……藤澤さんが ……」 由希は頷いた。そして、にっこり笑うと、ぽんと紀子の肩を叩いた。 「後は先生に任せておいて。今日はもうお家に帰りなさい。気分が悪くなって早 退したことにして。お母さんには、先生が話してあげるから。でも、明日は絶対 に学校へ来るのよ。いい?約束してくれる?」 「わかりました」 「よし」由希は立ち上がって、紀子の手を取った。「じゃ、帰りましょう」 「先生」 「ん?」 「すみません。お腹が空いてきたんですけど」 由希は笑った。 「よしよし。じゃ、先生が何かおごってあげる。何がいい?」 「おそばか何かでいいです。新卒の教師の給料なんて大したことないんでしょ?」 紀子はようやくいたずらっぽい笑顔を返した。 「あのねえ……」
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