長編 #3881の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「涼原さん、いつの間にいたの? 恥ずかしいとこ見られたな」 「もうすぐ部活だって言いに……。それより、ピアノ、弾けるなんて知らなか った」 「俺達も初耳でさ」 勝馬が言って、立島が続ける。 「食べ終わってから、ピアノを触ってたんだ。誰か弾けるかって、冗談半分に 聞いたら、相羽が少しならって言うから、聞かせてくれってなってね」 「どうせ『ねこふんじゃった』ぐらいだと思ってたのに、これだもんな」 唐沢も、少しばかり芝居がかっているが、感心した風に何度もうなずいてい る。次に、相羽の後ろからのしかかるようにもたれて、 「色々と驚かせてくれる奴だぜ、この」 と、背中に拳をぐりぐり当てる。 「いててててっ。やめろって」 「何で弾けるんだ。習ったのかよ」 「当然、習わずに弾けるもんか。五年生ぐらいまで、習ってたんだよ」 「今はやってなくて、こんなに弾けるのか。くー、うらやましいぜ、こいつ」 また拳を当てる唐沢。今度はさらに勝馬も加わったから、とうとう相羽は椅 子から逃げ出した。 「ちゃんと弾けたんだ」 二月頃、小学校の音楽室でのことを思い出しながら、純子はつぶやいた。 (あのときはほんとに『ねこふんじゃった』だったから、遊びだと思ってたの に……私よりずっと上手じゃないの) それからさらに思い出す。 「あれ、私の記憶違いかしら? 相羽君、転校してきたときの自己紹介で、音 楽が嫌いって言わなかった? この間のクラスでの自己紹介は違ったけど」 純子の言葉に、同じクラスだった男子達も「そう言えば」とうなずき合う。 「確かに言った」 けろりとして答える相羽。 「おかしいじゃない、ピアノが弾けるのに」 「好きじゃなくても、できる場合もあるさ。コナン=ドイルって知ってる?」 いきなり奇妙な質問をされて、純子は目をぱちくりさせてしまう。 すぐに応答したのは立島だ。 「推理作家だろう? シャーロック=ホームズを書いた」 ふうんと思いながら、相羽の言葉を待つ純子。 「そう。ドイル自身は、推理小説にはさして執着してなかったそうだよ。歴史 小説が書きたかったんだってさ」 「ホームズを書いといて?」 大きな声で反応した唐沢。首を振る。 「分かんねえ。何でだよ」 「そこまでは知らない。要するに、僕の音楽嫌いも似たようなものってこと」 分かったような分からないような。純子は少し考えてから尋ねる。 「今は習ってないって言ったわよね? 嫌になったからやめたの?」 「ん。ま、そんなとこ」 曖昧に返事すると、鍵盤に布を掛け始めた相羽。 「他に弾ける曲、ないのかい?」 立島が試すように持ちかけると、相羽は壁の時計を見上げた。 「残念、時間がない。部活だ」 「じゃ、音楽の時間の前かあとに、聴かせろよ」 「うーん、人に聴かせるような腕じゃないからな」 もったいぶっているのか、それとも本当は他に弾ける曲がないのか、相羽は 腕組みの格好をする。 すると、唐沢が怒ったときのような大声で言った。 「うまいって。自信ないなら、最初から弾くなっての」 「今日は特別。試験が終わって、憂さ晴らしに、つい弾いてしまったのであー る。じゃ、またな」 鞄を手に取ると、相羽はそそくさと出て行った。 「逃げたな……」 首を傾げる唐沢も、鞄を持つ。 「ああ、そろそろ俺もテニス部、行かないと」 「……あっ」 純子は大声を出してしまった。 「どうしたの?」 立島が不思議そうな視線をよこしてくる。彼に返事するのもまどろっこしく、 純子は廊下へかけ出した。 「私も委員会、あるんだった!」 委員会が終わり、家庭科室を覗いてみた純子だったが、調理部の活動はすで に終わっていた。事前に、今日は連絡事項だけだから早く終わると聞いていた のだが、念のために見に来たわけ。 (しょうがないか。一人で帰ろっと) 軽く息をつき、きびすを返した。太陽の光を浴び、徐々にオレンジ色がかっ てきた廊下を行こうとすると。 「涼原さん」 相羽の声がした。姿を探すと、壁に沿って縦に走る何かの管の影に見つける。 「……いたんだ?」 意外さが先に立って、そんな返事しかできなかった。 「うん。みんなは帰っちゃったけれど」 「あなたは何で残ってるわけ?」 「話があるんだ」 さりげない口調の相羽だったが、純子は敏感に反応。 「変なの。試験終わって、すぐ言ってくれたら、待たなくてよかったのに」 「他の人に聞かれるとまずいんだ。それに、僕は気が進まないし……」 「何、ごちゃごちゃ言ってんのよ」 怪訝に感じて、目を細める純子。 (話があるって切り出したのはそっちのくせして、気が進まないなんて) 純子がその思いを口に出すよりも、相羽の言葉の方が早かった。 「母さんが、用事あるって」 「相羽君のお母さん? おばさんが私に用事というと……またクッキー、作っ てもらえるのかしら、なんて」 「残念だけど、外れてる」 純子は冗談めかしたつもりだったのに、相羽は、真面目に受け答えした。そ の様子は、どちらかと言えば気乗り薄で、目線は明後日の方を向いている。 純子は、もう一つ浮かんだ可能性を言ってみた。 「じゃあ、まさか、モデルの話……のはずないだろうし」 「そのまさか」 申し訳なさそうに頭をかきながら、相羽はつぶやいた。 純子の笑みが固まり、次いで真顔に戻った。髪が乱れるのも気にせず、隣に 立つ相羽に勢いよく振り返る。 「嘘っ−−よね?」 「嘘じゃないよ。母さんが言ってた。できれば涼原さんのお母さんと一緒に、 話を聞いてほしいって」 「だ、だ、だって、二月のあれは冗談で……じゃなくて、成り行きでやったけ れど、あのとき限りの」 「母さんだって、分かって言ってる」 相羽の口調は、やるせなさを帯びているような節がある。 「AR**の頼みは断りにくいって……。だから、直接話を聞いてもらって、 それから判断してもらおうってことらしい」 「前と同じ、AR**の服のモデルなのね?」 「多分。母さん、困ってる様子だったから……。涼原さんには迷惑な話だろう けど、この通り、頼む。会ってから、断ってくれればいいから」 相羽は純子の前で回って、立ち止まると、真剣な眼差しで言ってきた。 「……いつ?」 「え? じゃ、聞いてくれる?」 「お母さんの都合もあるから分からないけど。私はいいわよ、聞くぐらい」 「ありがとうっ」 よほど嬉しかったらしく、相羽は純子の手を取って上下に何度か振った。 「ちょ、ちょっと。それよりも日時と場所!」 「あ、そうか。今度の日曜日はどうかって言ってた。それがだめなときは、そ の次の日曜。時刻と場所は、涼原さんの方の都合に合わせるって」 「日曜日自体がだめなときは、どうするのよ」 「……さあ?」 戸惑った体で首を傾げる相羽。そこまでは指示をもらってないらしい。 「とりあえず、だめなときでも電話してくれたらいいんじゃないかな? よく 知らないけれど、急いでいる風だった」 「何だか、曖昧な話」 どうも引っかかる。腰に手を当て、相手を見返した。 「普通は、あなたのお母さんから、私のお母さんにお話があるものじゃない?」 「知るもんか。母さんは、まず本人に話すべきねって。所属してもらっている んじゃないからとか言って」 「ふうん」 分からないなりに解釈して、うなずく純子。 「しょうがないわね。多分、今度の日曜は分からないけど、その次なら大丈夫。 今夜にでも聞いてみる」 「ありがとう、助かる」 「あなたのためじゃないわよ。あなたのお母さんが困ってるって聞いたから」 「どっちでもいいよ」 相羽は心底ほっとしたように、額を手の甲で拭った。 「アストロノート」という喫茶店が、待ち合わせ場所に指定された。 母と連れだって、時間ぴったりに行くと、相羽の母ともう一人、AR**の 小栗が先に来ていた。 「お待たせしました」 両手を前に揃え、お辞儀する母親に倣い、純子も頭をちょこんと下げる。 「いえいえ。時間通りです。我々が早すぎました」 小栗が言って、立ち上がると、名刺を差し出してきた。 (あ、そうか。おじさんとお母さん、会うのは今日が初めてだっけ) 大人達のやり取りを眺めながら、そんなことを思う純子。 最初の挨拶が済むと、腰を落ち着け、飲み物を注文してから、本題に入る。 「こうしてお会いするのは、他でもなく、純子ちゃんに再度、モデルをしても らいたいからなのですが、どうですか」 相羽の母から主導権を渡された小栗の問いかけに、純子の母が応対する。 「大変光栄ですわ。一昨日、娘から今日の話を伝え聞いたときも、二人で、信 じられないねって話していたぐらいですの」 普段に比して、丁寧さの強い母の喋り方に、純子は口元を押さえた。それだ けでは足りなくて、下を向く。 「では、お母さんは反対ではない、と……」 表情を明るくする小栗。もっとも、普段から明るい人のようだが。 純子の母は、控え目な動作でうなずいた。 「色々考えたんですけれど、結局、この子自身のことですから、本人に任せま す。ただ……純子に与えられるのが、どんなお仕事なのか、その内容を知らせ ていただきたいのです。やはり、親として心配ですし」 「もちろんですよ。今回だけでなく、将来またお願いするときも、お知らせし ます。それで……」 小栗の視線が純子に向けられた。柔和な顔が、笑みで一層優しげになる。 「あなたはどうですか」 「はい……」 静かに答える。迷いがあるのだ。 「正直に言いますね。本当に、半分半分なんです。やってみたい気持ちと、や りたくない気持ちが半々」 「やってみたい気持ちは歓迎しますよぉ。で、やりたくない気持ちが起こるの には、どういう理由があるのか、教えてくれますか?」 「えと……恥ずかしいのと……私なんかでいいのかなって」 「反響はとてもいいわよ、純子ちゃん」 相羽の母が、勇気づけるように言い添えた。 「出版社の編集部の話では、読者から、名前を教えてくれという問合せが何通 か来たそうよ。おばさんのところにも一件、他の企業から照会があったわ」 「そうなんですか? ……信じられない」 「企業の方は、うちと同業なので、ひとまずストップをかけさせてもらってい ますけどねえ」 と、小栗が顎をなでながら、笑う。以前会ったときの、間延びした物腰にな っている。 「自信を持っていいんですよぉ。そもそも、何かしら光る物がなければ、おじ さんのところの会社だって、二度目を頼みに来やしません。おじさんより偉い 人が、『小栗君、いい子を見つけてきたな』って誉めてくれました」 「は、はあ……」 「それもこれも、純子ちゃんのおかげ。そういう訳ですから、私としては、ぜ ひとも引き受けてほしいんだ」 「私からもお願いするわ」 相羽の母にも微笑まれて、純子は弱ってしまう。 「あの、あの……今度で終わりじゃないんでしょうか……?」 「ええっ? そんなもったいないこと、できませんよ」 びっくり目を作ってから、笑い飛ばす小栗。 「これはお母さんにも見ていただきたいんですが、この通り」 と、脇に置いていた黒い鞄から、一枚の紙を取り出した。 「契約書も用意させてもらってるんです。条件などは話し合って、これから記 入したいと考えています」 契約書と聞いて、純子は目が点になった思いがした。 (こんな大げさにする必要なんて、あるのかしら?) −−つづく
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