長編 #3875の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
純子は休日にしては朝早くから、自転車に乗って出かけた。 行き先は言うまでもなく、高校。 (あの四人に−−ううん、パンを取ったあの高校生にうまく会えるかどうか分 からないけど、手がかりはこれだけ) 後先考えず、とりあえず張り込んでみようという発想だった。 高校まではかなり距離があり、前日に比べるといくらか気温は戻していたも のの、到着した頃にはまた汗ばんでしまっていた。 「……静か」 こっそり様子を窺うが、校内は静まり返っていた。只今午前十時過ぎ。運動 系の部活動も、今日は全て休みなのかもしれない。 (どうしよう) ブロック塀にもたれかかり、途方に暮れていると、道路を挟んだ反対側の歩 道を、自転車が行くのが見えた。 「……あれ?」 相羽だと気付くのに時間はかからなかった。 彼も純子に気付いた。その途端に自転車を停止させ、降りると、行き交う自 動車をやり過ごしてから、道を渡ってきた。 「どうしたの? こんなところに来るなんて」 「相羽君こそ」 陽光のまぶしさに目を細めながら、純子は聞き返した。 自転車のスタンドを立てた相羽は、その太陽のある方角とほぼ九〇度をなす 向きを腕で示した。 「僕の家は、結構近くだよ」 言われてみて、地図を頭の中に思い描いてみた。 確かに、中学とは反対方向だが、距離で言えば、相羽の住むマンションはこ こから遠くない。 「それで、涼原さんは? まさか、この高校に用があるとは思えないし」 「うん……それが、まあ、用があると言えばそうなるのよね」 「意味が分からない」 首を傾げる相羽に対し、純子は悔しさも手伝って、いきさつを話して聞かせ た。聞いてもらいたかったのだ。 「それ、本当? ひどいな」 「でしょっ? 私、悔しくて悔しくて、見つけて、謝らせようと思って来たの に……誰も来ていないみたい」 奥歯を噛みしめながら、高校の校舎を見やった。 「うーん、仮にその高校生を見つけたとしても、謝らせるのは、難しいんじゃ ないか? 危ないかもしれない」 「だって……」 言ったきり、言葉が続かない。勇躍、家を飛び出してきた純子だったが、相 手が恐いことは恐い。 「安全な方法なら、高校の先生に事情を話して、注意を呼びかけてもらうって のがあるかな」 「そんな回りくどいこと、したくないの。直接、言わなきゃ、だめよ」 「理屈は分かる。けど、相手を見つけ出す手段さえ、見当つかないじゃないか」 「だから、こうして高校に……」 「分かっているのは、ここの生徒ってだけ? 学年や何か部活をやっているか なんて、分からない?」 「無理よ、見えなかったもの」 「だったら……」 身体の前面で腕を組み、考える仕種の相羽。やがて言った。 「休みの日に高校に来るよりも、パン屋で待ちかまえていた方が可能性あるん じゃないかな」 「そうかしら」 納得できない。 「たまたま来て、意地悪して行ったのよ、あれ」 「それなら、五個もパンを買う?」 「……ついでに買ったのかもしれない」 「じゃあ、何故、五個なのかな」 「え?」 「四人だったんだろ、その高校生達。一人一個で、合計四個でいいじゃない。 あと一個は? 大きなパンで、みんなで分けたのかな」 「そんなの、分かんない。一人が二個食べたのかもしれないじゃないの」 ちょっとだけ、頬を膨らませる純子。 相羽は苦笑して、自説を展開した。 「仮にそうだとして、胡桃クリームパンを取ったのはどうして? お金を出し て食べるからには、好きな物を選ぶはずだよ。思い付きで意地悪したとしても、 あまりにも手際よすぎやしないか? 事実、胡桃クリームパンはその時点で、 君が持っていたのが最後の一つだった。想像だけど、涼原さんが持っていたの が唯一の胡桃クリームパンだったからこそ、その高校生は横取りした。つまり ……そのパン屋さんにはよく通っているということじゃないかなあ」 「……飛躍しまくりよ、それ」 「うん、分かってる。でも、ここで張り込んでいるよりは、よほどいいと思う」 「相羽君の考え方が当たっているとしてよ。今からパン屋に行って、どうなる って言うの? 昨日買ったばかりで、今日またお店に来るものかなあ?」 「それは多分無理。たださ、パン屋の人に聞けば、その高校生のことを知って いるかもしれないじゃないか。何度も買いに来ているのなら、記憶に残るもの だよ。まず、僕の考えが当たっているかどうか、確かめてからということで」 微笑む相羽を見て、純子は肩をすくめた。 「分かったわ。さすが、推理小説好きね」 そうして自転車に跨る。 背後で、スタンドを外す音が聞こえた。 幸いなことに、うぃっしゅ亭のレジ係は、昨日と同じ人だった。 「はい、覚えていますよ」 加えて、記憶力もいいらしい。 純子のことを覚えていたのは、何度かこの店を利用している上に、昨日は胡 桃クリームパンが焼き上がるのを待っていたから印象に残ったのだろう。 だが、その前の客である高校生四人についても、実に正確に覚えていた。 「あの四人のお客様の中で、よく利用されるのは、直接パンをレジにお持ちに なった方お一人だけです」 「あ、あの」 言いかけて、口ごもる純子。よほど、「昨日、パンを横取りされたんです。 次に来たとき、文句言ってください」とでもお願いしようかと考えたが、その 前に。 「その人、普段、どんなパンをよく買いますか?」 「お客様と同じです。胡桃クリームパンですよ」 純子自身を手で示しながら、笑顔で答える店員。 純子は、わざわざ着いて来た相羽と顔を見合わせた。 (どうやら、当たってたみたい) 感心しつつ、さらに聞く。 「ど、どのぐらいの割合というか……どのぐらいの間隔で、この店に来ますか、 その人?」 店員は右手人差し指を顎先に当て、しばし思い出そうとする仕種を見せた。 「ほとんど毎日ですわ」 「毎日、ですか?」 「はい。毎日、お昼過ぎか、夕方に。そうですね、胡桃クリームパンを二個お 買い上げいただいた日の翌日は、お見えになりませんけど」 「それは、要するに、一日一個の割合ということでしょうか?」 後ろから、相羽が確認を取る。 彼に視線を合わせ、店員は「そうなりますね」と微笑んだ。 「よっぽど、好きみたいね」 自分も好きだけど、毎日は食べない。純子は半ば圧倒される思いで、つぶや いた。 「そんなにおいしいんだったら、食べてみようかな」 相羽はそう言うなり、トレイとトングを手に取った。 「お金、あるの?」 「パン代ぐらいなら。えっと、どこかな」 きょろきょろする相羽に、「そこよ」と小さな声で教える純子。朝方のせい か他に客はいないとは言え、何となく気恥ずかしい。 「ふうん。想像したいたよりも、やわらかそう」 そんな感想を漏らし、話題のパンを取る相羽。一つ載せたところで、純子へ と振り返った。 「涼原さんも?」 「わ、私は」 「これぐらいなら、おごるから」 今は食べたい気分じゃないのと純子が答える前に、相羽は二つ目も載せ、レ ジへと向かった。 「ありがとうございました」 会計が済み、お辞儀をする店員に、相羽も軽く頭を下げた。 「こちらこそ、お話、聞かせてもらって、助かりました。多分、また来ます」 店の外に出て、駐車場−−パン屋だけでなく、商店街のための−−の片隅で 袋を開いた。 「いらないって言ったのに」 両手を振って断ろうとした純子だが、パンの入った袋を押しつけられてしま った。 「今、入んないなら、持って帰ってよ。−−うん、やわらかくて、匂いもいい」 一口かじって、何度かうなずいた相羽。 「あ、クリームも胡桃の味がする。ん、粒が入ってる。これも胡桃か」 「味見の感想もいいけど、これからどうするのよ」 純子の口調は、いくらか刺々しくなっていた。 パンを半分まで食べたところで、相羽は答えた。 「決まってるでしょ。あの店の常連と分かったんだから、待ってればいいよ。 昨日、問題の胡桃クリームパンを一個しか買わなかったんだから、今日、来る 可能性はかなり高いだろ。時間帯は、お昼過ぎか夕方だと分かったし。今日は 休みだから、昼過ぎかな」 言うだけ言って、相羽はひょいと立ち上がった。何をするのかと見ていたら、 単に喉が渇いただけだったらしく、近くにあった缶飲料の自動販売機の前に立 つのが確認できた。 「何かいる?」 また聞いてきた。 「いらなーい!」 距離があるので大声で答えると、相羽は缶紅茶一本だけ手にぶら下げ、戻っ て来た。 「相羽君。このまま待ってて、うまく昨日の高校生を見つけられたとして…… どうしたらいいと思う?」 「ん?」 紅茶を飲み始めたばかりの相羽は、戸惑ったように瞬きをした。缶から口を 離し、手の甲で唇を軽く拭ってから答える。 「さっき、自分で言ったじゃないか。抗議するんだろ」 「そ、そりゃあ、さっきはそう言ったけれど」 「−−何だ。やっぱり、高校の先生に言いつけた方がよかったんじゃないの?」 声を立てて笑う相羽の横で、純子はむくれた。 「どうせ……」 「怒らないでよ。まだ気になってるんだ。四人なのに、五個もパンを買ったわ けが」 「え? それはだって、さっきも言ったけれど、一人で二個食べるからかもし れないし」 「高校生達、特にお腹を空かしていた様子だった?」 「何、その質問? 分からないわよ−−そうだわっ」 思い出した。 (あのとき、四人の誰かが言ってた) 少し間を取り、自分の記憶に誤りないことを確かめる。 「お腹、空かしていなかったと思う。『デザートに菓子パンか』とか何とか言 ってたから。多分、昼ご飯を食べてから、まだあまり時間が経ってなかったん じゃないかしら」 「となると、決まりだね。一人で二個は、ちょっと多すぎる。昼飯前の僕でも、 こうして少し、残しそうなぐらい」 冗談のつもりなのか、指先に残ったパンの小さなかけらを振る相羽。 「大きなパンを二個も食べる必要はない。だいたい、お腹が減ってるんなら、 菓子パンよりもおかずパンを選ぶと思う」 「そっか。でも、それがどうつながるの」 「その高校生、えっと、パンを実際に買った高校生にとって、胡桃クリームパ ンは特別なんじゃないかな。また想像になるけど。ひょっとしたら、自分が食 べるんじゃないのかもしれない」 そう言った相羽は、最後の一切れを口の中に放り込んだ。 「自分では食べない? じゃ、何のために買うのよ」 「たとえば、家族の中に胡桃クリームパンが大好物の人がいる、だけどその本 人は事情があって買いに行けないから、代わりに買ってきてあげている、なん てのはどう?」 純子には返事のしようがなかった。絶対にない話ではないだろう。 (相羽君が言うと、何だかありそうに聞こえてくる) そう感じている自分を見つけて、純子は慌てて首を振った。 「どうしたの?」 缶に口を着けたポーズのまま、不思議そうに尋ねてくる相羽に、純子はもう 一度、首を振った。 「ううん、何でもない何でもない」 −−つづく
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