長編 #3874の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
純子はベッドに身を投げ出すと、仰向けに寝転がった。 (……暇あ) かすかにめくれ上がった服の裾を元に戻し、天井の単調な模様を見つめる。 やるべきことはある。各教科とも宿題が出ているのだ、たっぷりと。大型連 休だろうと何だろうと、簡単には遊ばせてくれない。 ゴールデンウィーク一日目。朝の内に宿題のノルマ分をこなした純子は、昼 過ぎから早くも退屈の虫になつかれていた。 「暑いなぁ」 昼のニュースで、夏日になったと言っていた。風通しをよくしたにも関わら ず、汗がうっすらと浮かぶ。 (出かけようかな……当てないけど。お父さんは明日の釣りに備えて寝溜めし てるし、お母さんは洋裁の仕事で忙しいみたいだし) 相手にしてもらえないのは承知しているけれども、それで我慢できるほど物 分かりがいいわけでもない。 純子は起き上がると、階段を駆け下りようとし、すぐにゆっくりとした歩調 に戻した。父の睡眠を邪魔する気はない。 「お母さん、何か用事ない? 外に出るような」 ハトロン紙に型取りをする母が面を上げた。 「お手伝いしてくれるのかと思ったら、退屈なのね」 「えへへ、そう」 「特にないのよねえ。お友達の家は?」 「みんなにも都合があるから」 「しょうがないわね。おやつでも買ってきてもらおうかしら」 「行く!」 手を叩いて喜ぶと、次にその手を前に出した。 お金を受け取り、着替えてから外に出た。どうせ時間つぶしだし、急ぐ用で はない。いつもなら自転車で行くところを徒歩、それもことさらに、スローテ ンポで楽しもう。 帽子の鍔をきゅっと引き、景色に目を走らせながら進み始める。目指すは第 二小学校より少し先に行った通りにあるパン屋さん。 (あそこの胡桃クリームパン、大好き) 思い浮かべると、ますます食べたくなった。若干、スピードアップ。 道すがら、校舎が見えた。 誰もいないものと思っていたら、存外、騒がしい声が。足を止め、ブロック 塀の穴から覗き込むと、グラウンドでドッジボールをしている小学生十数人の 姿が確認できた。その他にも縄跳びやサッカーに興じている子らもいる。 「暇なのは、みんな一緒なのね」 つぶやいた純子。その背に、声が飛ぶ。 「涼原さんですか?」 え?と振り返ると、すぐ目の前に椎名恵の姿があった。 「やっぱり、涼原さん。男の格好してなくても、ちゃんと分かった」 「−−いつの間に」 少し距離を取り、指差しながら尋ねる純子。 「ついさっきです。小学校に何か用事ですか?」 「そうじゃなくて、買い物の途中なの。まだ一ヶ月ぐらいしか経ってないのに、 何だか懐かしくて、見入っちゃってた」 「急いでなかったら、寄っていきませんか」 「でも、他の五年生、じゃないわね、六年生、知らない子ばかりだから、私が 行っても邪魔でしょ?」 「え? ああ、私は遊びに来たんじゃないんです。飼育当番やってて、うさぎ に餌と水をあげに来たんです」 後ろに回していた両手を前に持ってくる椎名。透明なビニールに、パンの耳 や野菜の切れ端が入っていた。 「そうなんだ? わぁ、懐かしい」 胸の前で手を合わせていると、相手がくすりと吹き出すのが分かった。 「何か変なこと、言ったかしら?」 「い、いえ。涼原さんが、懐かしい、懐かしいって続けて言うから、凄く年寄 りみたいに思えて……」 「……恵ちゃんより年寄りなのは、確かだけどね」 お手上げのポーズをすると、椎名のくすくす笑いはさらに進んだ。 結局、椎名に付き合ってうさぎ小屋へと行き、餌をやったり、簡単に掃除し たりすることに決めた。 「よく食べる。かわいい」 特に小さな一羽に餌を与えていると、キャベツやにんじんの切れ端をかじる その懸命な仕種に、微笑ましくなる。 と、椎名がしゃがみ込み、視線の高さを合わせてきた。 「女っぽくなっちゃ、やです」 「恵ちゃん」 「もう少しの間だけでいいから、古羽相一郎になれる涼原さんでいてください」 「……こう?」 うさぎを放してやり、手をはたくと、純子はため息混じりに長い髪を束ねて みせた。 「はい、そう、そうですっ」 「……ねえ、恵ちゃん。そんなに古羽探偵が好きだったら」 「はい、何でしょう?」 「あの推理劇を書いた人に、あってみたいと思わない?」 「それは思わないでもないですけどぉ……」 伏し目がちになる椎名。 「確か、男の人でしたよね?」 「そうよ」 「私……現実の男って、だめみたいなんです。男子ってみんな、何か汚らしい」 「私達だって、こうしてうさぎの世話をして、土いじりしたり−−」 純子の台詞を、椎名は首を横に振って遮った。 「そういう意味じゃないんです。ただもう、女と男とじゃ違うって感じが」 「そんな変わらないよ。そりゃあね、いきなり古羽探偵みたいなのを探そうと すると、難しいかもしれないけど」 話を合わせつつ、純子は理屈を考える。 「いい面を見てあげようって思うのよ。そうしたら、段々分かってくるから、 きっと。その第一歩に、推理劇の作者はお勧め」 ウィンクしてみせた。 それから立ち上がり、小屋を出る。 「そうですかぁ?」 続いて出て来た椎名が、扉に錠をかけながら聞く。 「疑ってるな。古羽探偵の生みの親よ。探偵以上に格好いい人じゃないと、生 み出せないと思わない?」 「それはそうかもしれないですけど……幻滅するの、恐いし」 「大丈夫。少なくともいい人だってことは、私が保証するわよ。興味はあるで しょ?」 「……うん」 「じゃ、色々と質問するつもりで、一度会ってみたらどうかな。古羽探偵のこ と、知りたくない?」 「それはもう、知りたいです」 うつむいていた顔を起こし、力強く言った椎名。 純子は笑みを浮かべて応じる。 「相羽君−−書いた人、相羽君て言うの。相羽君に頼んだら、新しいお話を聞 かせてくれるかもしれないわよ」 「それ、いいですねっ」 飛び跳ねんばかりに、椎名は黄色い声を上げて喜ぶ。 「それで、また劇をやってもらえたら、最高!」 「そ、それは、どうなるか分からないけど」 たじろぎながら、純子。 「とにかく、会えるように話をしておくから。いつか、ね?」 「はい。お願いします。そのとき、涼原さんも一緒に来てくださいね」 「もちろん。それぐらいは」 椎名とそんな約束をしてから、彼女と別れ、純子は小学校を出た。 (時間取っちゃった) もはや完全に急ぎ足になっていた。 (成り行きで、約束しちゃったけど……相羽君にとっては迷惑かも……。でも、 前に、古羽探偵ファンの子に会ってみたいって言ってたから、平気よね) 自分を納得させてから、一路、パン屋を目指す。 ベーカリー・ういっしゅ亭の木彫りの看板が見えた頃には、また汗をかいて いた。 ドアをくぐる前に、額にうっすらと浮かんだ汗をハンカチで拭く。 「いらっしゃいませー」 レジに立つ女の人の声で出迎えられ、純子は黙って会釈してから、トレイと トング−−パンを挟む道具−−を取った。まずは、お目当ての胡桃クリームパ ンを探す。 あった。 が、一個だけ。 (まあ、いいや。あったんだから) と、その一つをつまみ上げ、トレイに載せた。 (あとは、何にしよう……) 考えている間に、自動ドアの開閉する音がした。間髪入れず、店員さんの声。 新たなお客だ。 髪の毛越しに横目で見ると、詰め襟姿の四人が、「デザートに菓子パンかあ」 とか「おまえ、こんな店、よく知ってるな」等と、わいわい喋りながらやって きたのが分かった。校章から、近隣の高校生らしいと知れる。 何となく居心地悪くて、早く済ませようと純子は思った。 (えっと、お母さんが好きなのは) 考えつつ首を巡らせた瞬間、トレイを持つ手の感覚が変わった。 「え?」 軽くなったのだ。首を戻し、トレイを見やれば、そこは空っぽ。 何が起こったのか理解するよりも早く、純子はさっき来たばかりの高校生の 一人が持つトレイに、胡桃クリームパン一つが載っているのを目にした。 「あ−−」 横取りされた!と純子が気付いたときには、すでにその高校生はレジへ。 「わ、私の……」 抗議しようとしたが、声はどんどん小さくなる。何しろ相手は高校生の男子。 しかも、人相が悪い……ように感じられる。こちらをちらちら見て、ばかにし た風に笑っている。 パンを買ったのは、四人の内の一人だけだった。しかも、買った個数も胡桃 クリームパンを含めて五つだけ。故に会計も早い。 「どうもありがとうございました」 店員の声に送られ、高校生四人は行ってしまった。 「……」 呆気に取られていた純子だったが、やがて悔しさがこみ上げてきた。 (な、何よー!) 店員の人が見ていなかったのかと思い、レジの方へ恨めしさを込めて、じっ と視線をやった。が、焼き上がったパンを並べる仕事もしているせいか、その 女の人はたまたま何も目撃しなかった様子だ。 (見てくれてても、あの高校生、恐そうだったから、注意してもらえなかった かなあ……) 弱気になる。 とにもかくにも、菓子パンを何個かトレイに取り上げ、レジに持って行く。 その際に聞いてみた。 「あの……胡桃クリームパン……」 「え? ああ、売り切れてますね」 やや背伸びするようにして、胡桃クリームパンを盛るバスケットが空なのを 確認した店員さん。 「四時まで待っていただけたら、焼き上がりますが」 「あ、はい……そうします」 屈託のない笑顔に、純子はそんな返事しかできなかった。 −−好物を手に入れずに帰るのは悔しくてできないので、純子は四時まで時 間をつぶした。 純子は案外、執念深い。自分でもそう思うことがある。 (どう考えても、間違ってる!) 思い出す度に悔しさが増し、昨夜はよく眠れなかったほどだ。もちろん、胡 桃クリームパン横取り事件のことである。 (せめて、謝らせなきゃ気がすまない!) −−つづく
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