長編 #3862の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
店を出てきた渡会友直は繁華街を外れ、狭い路地を行くと、自分の車にたど り着いた。 近頃、ほんの少しの距離を歩くだけで、疲労感を覚える。そんな歳ではない と自負しているのだが、現実は違うようだ。 「くそ」 舌打ちをした。キーを鍵穴に差し込もうとして、なかなか狙いが定まらない のだ。 (何で外灯がないんだ。こんな暗い道なんだぞ。犯罪が起こる危険性を増長す るかもしれん。政策の怠慢だ。帰ったら妻に言って、新聞に投書させよう) 心中、ぶつぶつと悪態をつきながら、何度目かのチャレンジでようやくキー は穴に収まった。回すと、確かな手応え。 その刹那、膝がかくんと折れた。ふくらはぎの辺りを、何かで殴られたのだ と気付くのに、時間を要しはしなかった。 「何しやがる!」 多少、アルコールが入っていたせいもあったが、渡会は威勢よく反応した。 叫ぶと同時に、右手に拳を作り、後方へ闇雲に振る。そちらに襲撃者が立って いるものと信じていた。 が、空振り。 バランスを失った渡会は、宙を泳ぐように前のめりに何歩か歩き、アスファ ルト道に手をつく。 「この野郎……」 まだ威勢のよさは保っていた。 しかし、四つん這いのまま、背中を何かの凶器で殴打され、痛烈な衝撃を連 続して感じ始めると、身も心も徐々にへばってきた。 ようやく、助けを求めなければということに思い至る。 「助け−−」 襲撃者は予想以上に冷静らしく、渡会は顔面を攻撃され、台詞の中断を余儀 なくされた。 火花が飛んだような気がした。 それでも声を上げようとしたが、今度は後頭部−−延髄の辺りに重い一撃を 食らい、意識が急速に遠のいていった。 ドアの前に立つと、中の声が聞こえてきた。 「これは明らかに僕らへの挑戦です」 早口で訴えるのは、小杉君のようだ。 「言いたいことは分かるけどさあ」 苅谷君のうなずく姿が、目に浮かぶ。小学生にしては太い腕を組み、探るよ うな視線を発言者へ向けているに違いない。 僕−−尾林卓−−はノブを回し、扉を押し開けた。 途端に、みんな静かになり、こちらに注目する。 僕は思わず、吹き出しそうになった。苅谷君が、先ほどの想像通り、腕組み をした格好であったからだ。 「こんにちは、尾林さん」 「ああ、こんにちは。みんな、元気そうだね」 挨拶してきた少女−−志村香恵さんに応えてから、丸テーブルに着く子達を 見渡す。八人全員がいる。火曜の集まりは通常、全員が揃い、遅くまで議論す る。この日だけ、誰一人としてお稽古ごとも塾もないからだ。 日曜は四人、月曜は三人、水曜は五人、木曜は四人、金曜は三人、土曜は二 人が夜遅くになるのもかまわず、塾通いをしているという。……僕が小学生の ときは探偵に憧れていたから、こんな塾なんて、一つも行っていなかった。 「何だか熱心に話していたね。外まで聞こえるほどだったよ」 席に着きながら告げると、八人の小学生は皆一様に、戸惑ったような恥ずか しがるような仕種をした。 「別に気にするほどのことじゃないんだけれど、この部屋の外の廊下は、部外 者も行き来するのだからね。なるべく静かに話すのがいい」 「はい、分かりました、以後、気を付けます」 副団長を任せている江守君が、素直な返事をした。彼に限らず、この場にい る全員が、素直でいい子だ。 「さて。今日は、光井先生からの連絡や指示は、特にないんだ」 私の知らせに、メンバーのみんなはあからさまにがっかりした。 光井先生とは、僕らD.K.C.(ディテクティブ キッズ カンパニー)の 顧問をしていただいている私立探偵、光井秀吾郎のこと。先生の言葉は、僕を 含めた全団員にとって、御託宣にも等しい。僕らは光井先生を名探偵として尊 敬しているのだ。 「そんな顔をするもんじゃないよ。僕らが動き回るような事件が起こっていな いということは、世の中がまだ平和だってこと。喜ばなければいけない」 「でも」 弓川浩子さんが、不満そうに抗議してきた。 「私達がこうしている間にも、光井先生は事件解決のために、世界中を飛び回 っていらっしゃるでしょう? 先生のお手伝いがしたい」 彼女の言葉に続いて、「そうだそうだ」という声がいくつも飛んだ。 僕は苦笑を浮かべ、改めてみんなを見回した。 「指示を待つだけが、僕らの使命じゃないさ。さっきも、何か事件について、 みんなで議論していた様子だったじゃないか。その話を聞きたいな。僕らで解 決できそうであれば、乗り出そう」 八人の顔に、笑みが戻る。 「で、何だって? 挑戦という言葉が聞こえたけれど」 「あ、ほとんど聞かれていないんですね?」 江守君が確認を取るかのように、問うてきた。黙ってうなずきを返す。 「じゃあ、小杉君から説明させましょう。な?」 江守君に促され、小杉君が立ち上がった。いくらか舌足らずな調子で始める。 「白マムシ団の事件、尾林さんも知っているよね?」 「もちろんだよ」 机の上に置いた手を組み、僕は大きく首肯した。 「知らない人の方が、圧倒的に少ないだろうね」 白マムシ団と名乗る犯人グループが夜な夜な、一種の狩りのように人を襲い、 多くの命を奪っている事件だ。恨みや金銭目当てではないのが明白な、恐らく は無差別殺人と思われるだけに、誰もが安心できずにいる。 一昨日だったか、白マムシ団による新たな凶行が起きたと報じられていた。 被害者の名は確か、渡会とか言った。五十になったばかりの、一流企業勤めの サラリーマンだったらしい。 何故、白マムシ団の犯行と分かるのか? 何らかの硬い凶器で滅多打ちにし て殺害する手口が顕著な点等もあるが、最も簡単で明白な理屈が存在する。白 マムシ団にやられた被害者は皆、衣服のどこかにサインを書き残されていたの である。修正用のペンの白い文字で、「白マムシ団」と。 だから、こんなつまらぬジョークが流行っている。「白マムシ団に襲われな いために、夜道を歩くときは白い服を着よう」−−白い衣服に白い文字を書い ても読めないから、という訳だ。 「ついこの間も、七人目の犠牲者が出ました。これを野放しにしておいて、い いんですか」 「無論、いいとは思わない。解決に乗り出そうという方針に賛成するよ。だが」 僕は右手の人差し指を立て、皆の注意を喚起した。 「その前に、何故、僕らへの挑戦だと思ったのか、理由を聞こう」 「それは……」 しばし言い淀む小杉君。どうした訳か、救いを求めるような視線を他の七人 に泳がせている。 「どうしたんだい?」 極力優しい調子で、相手を促した。 「えっと、やっぱり、光井先生が今、日本に不在であるのをいいことに、犯人 はやりたい放題に振る舞ってますから」 「小杉君の言う通りですよ。白マムシ団の犯行は、先生が日本を発ってから始 まってるんです」 豊田君が加勢した。 僕は少なからず驚き、そして感心した。 「へえ、そうなのかい? 全く気付いてなかったよ。恥ずかしいったらないな」 「これを見てください」 豊田君は、引き続いて何かの一覧表を示した。画用紙に黒ペンで書いてある のは、光井先生が日本を発った日を起点に、白マムシ事件の発生を時間軸に沿 って記した物らしい。この犯罪に対する、彼らの熱の入れようが知れた。 「先生がブラジルに向かわれたその翌日、第一の事件が起こっています。それ からはほぼ三日に一人のペースで、犠牲者が出ています」 「……そのようだね。光井先生が不在の三週間足らずで、七人の犠牲者か。犯 行日に共通する、特徴的なことはあるのかな。曜日が決まっているとか……」 「えっと、曜日は違います。あ、ほとんど重なってないっ」 大発見でもしたかのように、語勢を強めた豊田君。 僕だけでなく、他のみんなも身を乗り出すようにして、票を覗き込む。 「ほら。金曜、月曜、木曜、日曜、水曜、土曜……ここまでは正確に三日の間 隔を置いてるけど、一番新しい七件目だけ、六件目から二日後の月曜日に起き ている」 「七件目だけ特別なのかな」 ぽつりと言うと、江守君が否定してきた。 「それは分からないんじゃないですか? 犯人は火曜だけ自由な行動が取れな い人物かもしれません」 「なるほど、それもあるね。じゃあ、白マムシ団と名乗りながら、犯人は単独 犯なのかな? 何人かのグループの全員が、火曜日だけ自由行動を取れないな んて、できすぎのような気がする」 「それも決めつけられないでしょう。特殊な勤務制の職場に勤めているとした ら、話は合います」 「ふむ。あり得る。あくまで一例だが」 江守君の思考、推理ぶりに感心した。彼が中学に上がった折、僕に代わって 団長に就く者にふさわしい。 「言っていいですか」 辺見君が、遠慮がちに片手を挙げた。皆が注目すると、さらに恐縮して縮こ まる。彼はメンバー中、唯一の四年生なのだ。 「いいよ。言ってご覧」 僕が促すと、相手はそれでもまだ緊張した風に顔を赤くしながら始める。 「ぼ、僕が気になるのは、八件目がすでに起きているんじゃないかってことな んです……」 「八件目?」 「だって、七件目が起きてから、今日でもう三日目です。これまで三日以内に 一人を殺してきた犯人が、大人しくしているとは思えません」 僕は、顎に手を当て、彼の意見を考えてみた。 −−そうか。渡会氏死亡の件が報道されたのは一昨日だったから、勘違いし ていた。実際の事件はもう一日前、つまり三日前に起きているのだ。 僕は表情を引き締め、切り出す。 「そのようだ。犯人が仮に、七件目を一日早く起こした調整のため、今度は一 日延ばすことにしたと考えても、明日までに新たな犠牲者が出る危険性は高い」 「食い止めたいものだね」 江守君も真剣な眼差しでつぶやく。対して、豊田君が声を上げた。 「だが、どうやる? いつ、どこで犯行が起きるか予測できれば、まだ何とか なるかもしれないが」 「時間帯は夜、暗くなってからとしか言えないが、場所の方は、かなり際立っ た傾向があるよ」 年齢に似合わない微笑を浮かべ、江守君はメンバーの一人に目配せする。 合図を受け取った方−−これまで全く発言していない沼木さんが、やはり微 笑んだ。 「白マムシ団の犯行を、私達への挑戦と受け取った、もう一つの理由でもある んですが」 静かに始めた沼木さんは、先ほどの豊田君と同様に、一枚の資料を取り出し た。ただ、大きさがまるで違う。広げるとテーブルの大部分を占領するほどの、 僕らの住む市の詳細な地図だ。ところどころに、赤い丸が記されている。とい うことは……。 「お気づきと思いますが、赤丸の場所が、遺体の見つかったところです」 「七つの赤丸が円を描いてて、その中心に犯人のアジトがあるって?」 苅谷君が腕組みをしながら茶化すが、沼木さんと江守君はかすかに笑って否 定した。 「残念ながら、違うと思うわ。確かに、七つの赤丸を結ぶと、ゆがんだ円が浮 かび上がるけれど、中心にあるのは、私達が通う学校よ」 彼女の言葉通りのようだ。僕も通っていたM小学校を中心点とし、半径十二、 三キロ……いや、十五キロほどの円を描けば、全ての遺体発見現場はその内側 に収まるだろう。 だが、疑問も浮かんだ。七つの点の多くは、小学校から見て南東側に集まる 傾向があるようだ。つまり、小学校の所在地を中心に取らずとも、別の円を描 けそうなのである。 僕がそのことを指摘すると、沼木さんに代わり、江守君が応えた。 「そうなんです、尾林さん。この四件目の犯行現場」 と、彼は地図上の一点を示した。 「ここに丸が付くから、どうにか小学校を中心に据えられるかなといった程度 のものなんです。だから軽々しい断定はできませんが、次の犯行が起こる場所 を敢えて探ろうとすれば、この円内である可能性が高いとは言えませんか」 「その仮説を認めるのであれば、いっそのこと、四件ほどが偏っている南東方 向の一帯を調べるのが、より合理的というものじゃないかな」 「はい。ですが、発生順も考えてみたんですよ、僕らは」 「ふむ、発生順ねえ。聞こう」 「この辺りに固まっている四つの現場はそれぞれ、白マムシ団第一、第三、第 五、第七の犯行と見なされています。法則は簡単、奇数番目。犯人は奇数番目 の犠牲者をこの辺りで見つけ、偶数番目の殺人はこれ以外の場所で行っている ……そう考えるのはおかしいでしょうか?」 −−続く
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