長編 #3853の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「おまえはなぜ、それに気づいた?」 シャフトの問いにピエールは無表情にこたえる。 「あなたさまをさがしたからです。わたくしは信じていた。あなたさまはまだこの “イサティス”から――それどころか、この星からさえ、立ち去ってはおられない のだと。なぜそんな確信があったのかはわかりません。単なる思いこみだったのか もしれない」 「あるいは」と、シャフトはからかうように口にした。「愛する者の勘、か?」 応じず、ピエールは真顔でつづける。 「わたくしはこの星の全域を地図にとり、ひとつひとつ細かく検討していった。そ して空白の場所がいくつかあることに気づきました。都市もなく、“貴族”の館も、 実験場もなく、“隷民”たちも踏みこまず、まるで手の加えられていない不思議な 土地があることにね。多少は山奥にある場所だが、さしておもむくのに不便でもな い。自然の峻厳さなどかけらもないような場所なのに、そこにはなぜか人のおとず れた形跡がほとんどない。しかも、今の今まで、だれもそのことに疑問すら抱くこ とをしなかった。わたくしもまた、あなたをさがすという目的がなければ、とうて いそのことには思いいたりもしなかったでしょう。だがわたくしは見つけた。そし てひとつひとつ、自分の足で確認して歩くことにした。そこで気づきました。その 奇妙な“空白”の土地には、かならず、このあわい紫色をした花畑があることに」 「シェルヴュ、と名づけたよ」 「シェルヴュ、ですか」と、ピエールはくりかえした。あいかわらずの無表情な目 の奥に、なぜかうっとりとした光が宿っているようだった。「うつくしいひびきだ。 とてもこの花に似合った名です。だが――そう。おそらく、シャフトさま、あなた がこの花に名をおつけになるまでは、これほどあちこちに点在している花畑のなか の花に、名前すらつけられていなかった」 「だろうな」 シャフトは静かにこたえる。 ピエールはそんなシャフトをまぶしげに見つめながらつづける。 「わたくしはこの旅に出る前に、ジェルダンさまに頼んで、この“空白”の土地を 透視していただきました。こたえは――」 「なにもない。そうだろう?」 「おっしゃるとおりです、シャフトさま。見るべきものはなにもない。ジェルダン さまはそうおこたえになられました。だが――ここにあなたはいた」 「そうだ」 とシャフトはこたえ、四囲をながめまわした。 その視線を追って、ピエールもまたゆっくりと視線をめぐらす。 「ここは“貴族”のかたがたや“大聖母”さまの力――われわれにははかり知れぬ、 目に見えぬ超能力ネットワークからは、完璧なまでに隔絶されている。なぜです?」 いって、じっとシャフトの顔を見つめる。 こたえなど期待していないかのように、陶然とした顔をして。 シャフトは、目をとじてこたえる。 「簡単だよ、ピエール。この花たちが、それを望まぬからだ」 と。 ピエールは、いぶかしげに眉根をひそめる。 「望まぬ? 花が?」 「花たちが、だ。見ろ、ピエール」とシャフトは目をひらき、右手をおおきくひろ げて紫色にゆらめく花畑をさし示した。「この花たちは、言葉をかわしているぞ。 わかるか?」 ピエールは目をむき、背後をふりかえる。 つらなる丘のかなたまで、夜の微風にゆらめく無数の花々。 大気まであわい紫色に染めてしまおうとでもいうかのごとく、周囲にただよう無 量の花粉。 うすきみわるそうに、ピエールは目を細めながらくちびるをかみしめる。 「どういうことなのです? シャフトさま」 口にした言葉が、やけによわよわしげにひびいた。 シャフトは短く声を立てて笑った。 「ネットワークさ、ピエール。この花たちは、つながれているのさ。ひとつなんだ」 ますますわからぬ、といいたげにピエールは、さらに眉間にしわをよせる。 シャフトはつづける。 「わからないか、ピエール。そうだろうな。おれもながいあいだ気づかなかった。 だが、ここにこうして身をひそめて、風に粒子をとばす花たちを見ているうちに、 かれらの交わす言葉がきこえてきたのだ。いいか、ピエール。地の下に複雑にのび、 からまりあう根のネットワーク。これは神経組織とおなじだ」 ピエールはすがめた目を、ゆっくりと見ひらいていく。 それにはかまわず、シャフトはなおも言葉を口にする。 「この花たちは、ひとつの頭脳なのだ」 ざわ――と、森が身じろいだ。 そこにまるで意志がはたらいたかのように感じて、ピエールは思わず背筋をふる わせていた。 「そんな……ばかな……」 それをきいて、シャフトは笑う。苦く。まるで自分のおろかさをつきつけられた かのように。 「なぜそうなったのかは、おれにはわからない。だが、ピエール。おまえには信じ られなくとも、そうなのだ。この花畑は、ひとつの生きものなんだ」 ぼうぜんとしたまま、足もとの確固たる地面が急激に動けば崩壊してしまうとで もいいたげにおそるおそる、ピエールはふりかえった。 つらなる“シェルヴュ”の花々に視線をむける。 うなずきあうかのように、風にゆらめく無数の花片。 かすかな月光。 じわりと、胸の奥底から狂気がわきだす幻像を、ピエールは頭のなかにうかべて いた。 そんなピエールのようすには委細かまわず、シャフトは花畑に遠い視線をやりな がらいう。 「季節がきて花粉をとばすとき、その思考はもっとも活性化する。おれのような、 まったく異質の生命にさえその言葉がもれきこえてくるほどにな。ピエール。シェ ルヴュは、おれたちを恐れている。“貴族”をではなく、もちろん“大聖母”でも なく――おれたち、人間という種族そのものをな。だから人の視線をひかぬよう、 無意識に呪界をはたらかせているのだ。人間という種族が、自分たちのすむこの楽 園を土足でふみにじることのないようにな。だが、それは完璧にはほど遠い。おま えはさっき“空白”の場所がいくつかある、といったな。最初はこのシェルヴュの 花畑は、この星中、いたるところにあったはずだ。それを人間がふみにじり、ほろ ぼしていった。だからこそ長い時間をかけて、シェルヴュたちは人の意識を自分た ちからそらすすべを獲得していったのだろう。それでも、まれには迷いこむ者がい る。おれのようにな」 シャフトはいとおしむように花畑をながめやる。 そしてつづける。 「最初におれがここにきたとき、おれは“智の真珠”をとおして“大聖母”の叱責 ――いや、拷問をうけてもうろうとしていた。だが、このシェルヴュの群生に足を ふみ入れたとき、おれはいつのまにかその拷問から解放されていることに気づいた のだ。いや、拷問から、だけじゃない。ものごころつくずっと以前から、つねにお れの心の底にひそんでいた、愛という名目の凝視そのものから、解放されたのだと いうことにな」 ぼうぜんとした思いで、そんなシャフトの言葉を背中でききながらピエールはシ ェルヴュの群生をながめやっていた。 ひとりごとのような口調で、シャフトはつづける。 「そのとき、おれは初めて気づいたんだ。おれたち“貴族”は、“大聖母”の生み 出した理想の子どもたちなのだ、とな。大きな力をもちながら、決して母には逆ら わず、いつまでもその庇護のもとに母の思いどおりの生きかただけを生かされてい るのだとな。ピエール。“イサティス”は、永遠のゆりかごという名の地獄だ。そ しておれたち“貴族”は、自由意志すらもつこともできずに甘やかされた地獄で生 かされつづける人形なのだ」 「だから」と、ピエールは、シャフトに背をむけたままぼうぜんとつぶやく。「あ なたは大聖母さまにそむいて……」 「そうだ」と、凶猛に笑いながらシャフトはこたえた。「おれはそのことに心の底 で気づいていたのだ。いや、おれだけじゃない。イサティスの“貴族”どもは、お れの兄弟たちはみな、心の底ではそれに気づいているはずだ。そのいらだちがおれ を、そしてやつらを、あれほどまでに残酷に、無慈悲な存在にしたてあげているの だ。“智の真珠”をえぐりだし、ほんとうにひとりになったときに、おれはようや くそのことに気づいたんだ」 背中でききながらピエールは、言葉さえなくただたたずんだまま花畑に茫漠とし た視線を投げかけているばかりだった。 が、やがて追跡者は、ゆっくりとふりかえっていった。 「ですが――“大聖母”さまは強大です。特殊能力を発達させて生まれてこられた、 あなたがたすべての“貴族”をあわせたよりも、なお強大です。あなたのその反逆 は絶望的だ」 「どうかな」と、シャフトはくちびるの端をゆがめながらそういった。「おまえは 知っているだろう。“貴族”の死など、“イサティス”がかたちをなしたころから 絶えてなかったはずだ。それがサライの死によってくつがえされたのだぞ」 「それはあなたさまが……“智の真珠”の束縛から……」 「そうだ」とシャフトは凶暴に笑いながらそういった。「それもまた、“貴族”が 生まれ出てきてから絶えてなかったことだ。そしてサライを死にいたらしめるきっ かけをつくった“外界”からの侵入者の存在も、な」 反論を口にしようとしてピエールは――丘にうちあげられた魚のようにあえぐこ としかできない自分に気づいていた。 声を飲み、くちびるを閉じ、じっと、眼前に腰をおろす美貌の反逆者の姿を見つ める。 そしてながい間をおいて、口をひらく。 「そう……あなたなら、できるかもしれない。ただし――ここで生きのびることさ えできたなら」 にやりと、シャフトは笑った。 「そして、おまえはおれを殺しにきたのだ。そうだろう? ジュジュの、心の底の 望みをかなえるためにな。そしてここでなら、おまえにもそれが可能だ。大聖母の 視線はここにはとどかない。それに――」 「それに」とピエールがあとをつぐ。「シャフトさま、あなたご自身の“力”もま た、ここでははたらかない。シェルヴュの群生の“呪界”にさまたげられて……」 「そのとおりだ、ピエール」シャフトは、樹幹に背をもたせかけた姿勢のままそう いった。「おれが“貴族”をはじめて殺した者となったように、おまえは“貴族” をはじめて殺した“隷民”となることができる、というわけだ。もっとも――おま えがおれを、殺せれば、の話だがな」 そして嘲笑でそのくちびるのはしをゆがませながら、シャフトはピエールをじっ と見つめる。 その視線を受けるピエールの双眸のなかに――何かがうごめく。 かなしみとも――愉悦ともとれる何かが。 「シャフトさま」と、かすれた声音でピエールはいう。「わたくしはあなたさまを 愛しています。……憎んでいるのと、おなじくらいに」 その醜貌を、笑いのかたちにかすかにゆがませた。 つぎの瞬間―― 銃声。 白熱の光条が夜の闇をまばゆく切り裂いた。 そのまま、ふたりはむかいあったまま硬直した。 ながい時間。 白い煙が、静かに夜空に立ちのぼる。 そしてふいに――ピエールの醜貌が、歯をむきだしにして笑う。 「シャフトさま」かすれた声音で、呼びかける。「わたくしはあなたさまを――」 そのまま、静かに崩れ落ちる。 紫色の花弁が群がるただなかへと。 花びらが夜に音もなく舞いあがり、あわい色の微粒子をつめたい大気のなかへと まき散らす。 そして――紫一色に染めあげられた景色のなかに、ただ一点。血の赤が、地をゆ っくりと染めはじめる。 ピエールの岩板のような胸につきたてられたナイフのあいだから、滝のようにふ きだしながらその赤は、ゆっくりとその輪を大きくひろげていく。 半身をのりだした姿勢から、シャフトは糸が切れたようにどさりとふたたび背後 の樹幹に身をあずけ、ながい、ながいため息をつく。 遠い空のかなたを、見透そうとでもいうようにながいあいだ無言のままながめや り―― そして静かに、たおれ伏したピエールに視線をむけて、ささやきかける。 「おれは奇跡を起こすだろう」そして、あらたにつけられた肩口の傷口に手をやり、 わずかに顔をしかめる。「“貴族”も“大聖母”も、この世界からとり除いてやる。 かならずな。そのときまで、おれは死なない」 たおれ伏したからだはぴくりとも動かず、ただ流れだす血流ばかりが音もなくひ ろがっていく。 そのうしろで、無数の花たちが声もなく、いつまでも風にゆらめいていた。 シャフトは静かに目をとじる。 ――了
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