長編 #3840の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
純子は今、戸惑いのまっただ中にある。何故なら。 「一生に一度のお願いだから、母さんの話、聞くだけ聞いて」 相羽に頭を下げられ、頼まれているのだ。 (一生に一度? 大げさなんだから……) いつになく強い調子で頼んでくるものだから、いくらか気圧される純子だっ たが、とりあえず、怒られるのではないと知って、安心もできた。 「涼原さんにしか頼めないんだ」 真顔の相羽。純子の戸惑いは、さらに増幅されて。 「ど、どういうこと?」 「それが……母さんが、とにかく連れて来てほしいって、言ってきたんだ」 「どうして、おばさまが私を?」 ますますわけが分からず、自分を指差す純子。 「何で? いい加減、はっきり言いなさいよね」 「母さんが言うには……その、涼原さん、モデルをやってみないかって……」 「−−今、何て言った?」 「モデルをやってほしいみたいなんだ」 相羽の口から二度、その単語が出るに及んで、純子は笑い出してしまった。 「あはははは。からかってるのね? 嘘つくんなら、もう少しうまく」 「嘘じゃないんだってば。子供の服の写真もいるらしくて」 「……子役のモデルだったら、プロダクションて言うの? そういうところに 頼んで、撮影するものでしょ?」 「そうだろうけど、今回は特別。アクシデントがあったって言ってた」 「どんな?」 「詳しくは母さんに聞いてよ。僕は知らないんだ。とにかく、代役のモデルに なってくれる子が必要とだけ聞いてさ」 相羽の台詞が終わると同時に、その母親が駆けつけた。スポンサー(あの馬 面の人だ)と話をしていたと言う。 「あ、あの、おばさま」 「おばさまじゃなくて、おばさんでいいのよ」 表情から厳しい色が消え、微笑みかけてくる相羽の母。 出鼻をくじかれ、純子は慌てて言い直す。 「おば、おばさん。どういうことなんですか」 「そのままの意味よ、純子ちゃん。おばさん達、今、子供のモデルがいないと 困っちゃうの」 「母さん、そういう言い方はやめてよ」 相羽が、少しばかり声を荒げて、口を挟む。 (な、何を怒ってるのよ) ぽかんとしてしまう純子に、相羽の母は息をつき、口調を改めた。 「そうね。ありのままを話すわね、純子ちゃん。当たり前だけれど、元々、子 供のモデルさんは手配−−ええっと、来ることになっていたのよ。それが、三 日前になって、急にキャンセルされた」 「何かあったんですか?」 「不可抗力−−どうしようもない理由なの。花粉症って分かるでしょう?」 「はい。くしゃみがひっきりなしに出て、鼻水も……」 「モデルの事務所の話では、頼んでおいた子が、それになっちゃったらしいの よね。去年までは何ともなかったのに、体質が変わったとか」 「……花粉症って、かからない人はずっとかからないと思ってた」 正直な感想を述べると、相羽がまた言葉を差し挟む。 「そうじゃないんだ。あれ、平気な人でも花粉を吸い込む内に、突然かかるん だって、テレビでやってた」 「そうなの? 知らなかった」 相羽の母へ視線を戻す純子。 「その症状が思いの外ひどくて、薬を飲んでも押さえられない。だから、キャ ンセルをしてきたわけ。それで、代役を探していたんだけど、スポンサーの人 の気に入る子が見つからなかったのよね。当日ぎりぎりまで、色々と当たって みて、結局、見つからなかった」 (きっと、あの人が探していたんだわ) 純子は、不意に思い出していた。スーツ姿の若い男の人が、携帯電話片手に 駆け回っていたことを。 「ここからが本題になるから、よく聞いてね。さっき、スポンサーの人にどう しましょうって尋ねると、『見学に来ている子達は、おたくの知り合い? 頼 めるものなら、あの中の子にやってもらいたい』と、持ちかけられて……」 ほとほと困り果てた風に、相羽の母は眉を寄せる。 「そ、それが、私、ですか」 まだ半信半疑のまま、純子は聞き返した。気温はさして上昇していないのに、 汗−−冷や汗ばかり出て来る。 (あのおじさん、やけにじろじろ見てくるなと思ってたら……) 相羽の母はうなずいてから、言い足す。 「イメージに合う、と言われてね。迷惑な話でしょうけど、すっかり気に入ら れたみたいなのよ、純子ちゃん。こんなこと頼めた義理じゃないのは承知の上 で、敢えてお願いするわ。どうかしら」 「む、無理ですっ」 即答。その斜め後ろで相羽が、さも当然とばかりに、うなずく仕種。 「理由を聞かせてくれない?」 「理由……。恥ずかしいし、絶対、緊張しちゃうし……」 「おばさんの口から言うのも問題あるかもしれないけれど、そんなことないん じゃないかしら? 推理劇のこと、聞いているわ」 思わぬ反論の材料を手にされていると知り、純子は内心、ぎょっとした。 「うちの子のせいで、突然、主役をやる羽目になったというのに、きちんとで きたんですってね。その度胸があれば、きっと大丈夫」 「で、でもっ。わ、私、ちっともきれいじゃないです。ほ、ほら、見てくださ い、肘なんか怪我のあとが」 長袖をまくり上げ、傷の跡を見せるつもりだった純子。しかし。 「どこに?」 おばさんが首を傾げたように、傷跡はどこにあるのか分からないくらい、小 さくなっていた。 「そ、そのぅ……。あ、お母さんが何て言うか、分からないです」 よい理屈をやっと見つけた。そんな気持ちになって、純子の声が弾む。 「電話してみてくれない? 厚かましいお願いだけど」 純子の手を取り、じっと覗き込んでくる相羽の母。 「母さん、そんな言い方したら、涼原さんが断りたくても断れなくなるだろっ」 先ほどよりも強い調子で、相羽が怒鳴った。 「涼原さんの考えで、選んでもらうようにしなくちゃ……」 「それはよく分かってます。でも、少しぐらい、説得させてもらっても罰は当 たらないわよ。ね、純子ちゃん?」 「は、はぃ」 いつの間にか、舌がうまく回らなくなっている。 「よおく考えてみて。モデルさんに憧れたことって、ないかしら」 「い、いいえ。あります」 こくこくとうなずきながら、素直なところを答えてしまう純子。 「その憧れが、ちょっぴりだけど本物になる。悪い話じゃないでしょう? そ う思わないかな?」 「それは……」 やっぱり女の子だ。気持ちがぐらつく。 「でも、本物のモデルさんて、すっごくきれい。今日見たあの人達だって、見 取れちゃった。そういう人達と並べられるのを考えたら……嫌だなあって。最 初、来るはずだった子供のモデルさんも、凄くきれいなんだろうし……」 「その気持ち、よく分かる。だけどね、他の人と比べることで、価値が決まる んじゃないのよ。モデルは特にね」 「え、でも……」 「モデルのおねえさん達、きれいと思う以上に、とっても個性的だったと感じ なかった?」 「……はい。何だか、自分らしさが出てて」 「それなのよ。自分らしさが出て、輝いていたら、モデルとしては成功なの」 「そうなんですか−−」 いけないと思いつつ、段々その気になる自分が分かる。 純子の気持ちが傾き始めるのを待っていたかのように、スポンサーのおじさ んが近寄ってきた。腰掛けていたときの険しい表情とは違い、にこにこと笑み を絶やさない。 「やあ、お嬢さん。話は聞いてもらえたかな」 「は、は、はい、聞きました。私、涼原純子と言います」 新たな緊張が起こるのを、大きな声を出して押さえ込む。お辞儀して、また 頭を上げると、おじさんのにこにこ顔があった。 「これはこれは、礼儀正しい。私の名は小栗(おぐり)と言ってね。AR** という会社、聞いたことあるかな」 喋り方がおじいさんじみていると感じて、純子は笑いをこらえつつ、黙って うなずいた。口をきゅっと閉じてないと、吹き出してしまいそうだ。 「そこの……宣伝に関係している部署に所属していてね。これまでモデルをし てもらってきた子を気に入っていたので、来られないと聞いたときはがっかり していたんだが……君がいてくれて助かったと思ったんだけどねえ、どうかな」 「あの……本当に私なんかでいいんですか」 「そうですよぅ、いいんですよ。イメージに合ってるからこそ、えっと、涼原 さんを指名させてもらったんだな」 「あの、その、当たり前ですけど、素人です、私。それでも……?」 「いいんだよ。相羽さん、ルミナちゃんのこと、言ったげてよ」 小栗は、相羽の母へ、手振りで合図を送った。 「そうですわね。−−純子ちゃん」 「はい?」 くるりと向きを換えた純子の視界に、おばさんの後ろで手持ちぶさたげな相 羽が入った。 気になったが、今はおばさんの言葉に耳を傾ける。 「今日、来るはずだったモデルが、斉藤(さいとう)ルミナという子なのよね。 そのルミナちゃんも、AR**のモデルを務めたのが、初めての仕事だったの。 もちろん、モデルとしてのレッスンは受けていたとは言っても、素人に毛が生 えた程度と言ってよかったと思うわ。どんな人でも初めてのときがあったんだ から、純子ちゃんが気にすることない」 ここまで言われると、もはや引っ込みが着かない。 (それに、頼まれると弱いなぁ、自分。どうしよう……) 「ちょっと……」 大人達から離れ、純子は、相羽の方に歩み寄った。 「ん? 何?」 「ねえ、相羽君はどう思う?」 つぶやくように小さな声で言いながら、純子は相手の目をじっと見た。 「どう思うって、何だよ」 また怒ったみたいに、相羽。 「自分で決めることだよ。僕は母さんの言葉を伝えただけだ」 「最後は自分で決めるから……あなたの意見が聞きたい」 そう言葉に出してから、純子はやっと気が付いた。 (不安なんだ、私……。やるにしても断るにしても、誰かに決めてもらいたが っている。今だと、きっと、相羽君が言った方に従う) 「−−意見なんて、ない」 すねたような口振りで、相羽は答えるなり、そっぽを向いた。 「好きなようにすればいいだろ。どうしても人の意見を聞きたかったら、富井 さん達がいるよ」 「……うん、分かった」 意見を何も言わない相羽に、かえって感謝して、純子は背を向けた。 相羽の母と、小栗の方を真っ直ぐ見返し、きっぱりと。 「やってみます」 冬に着る半袖は、想像以上に寒かった。ワゴン車の中にいる時点で、すでに スースーしている。 これで外に出たら……と思うと、気が重くなる。 「はい、顎上げてね、ちょっとだけ。うん、いいよ」 桐川登子(きりかわとうこ)の細長い指が、純子の顎の先に添えられる。彼 女は、モデルさんにメイクを施す役目を請け負っていた。 「お化粧、初めてなんです」 「小学生だっけ? 普通、そうよね」 「あの……濃くするんですか」 「ああ! 心配?」 きゃんきゃんした声で、鈴を転がしたように笑う桐川。その表情は、上を向 いている純子には、しかとは見えない。 「はぁ……けばけばしいのは、ちょっと」 乳液か何かを顔に塗られるのを、冷たく感じながら、純子はこぼした。 化粧してもらっていること以上に、すぐ横にいる、さっきのモデルさん達が 気になって仕方がない。暇そうにお喋りしていたのに、純子が入って来ると会 話をぷつりとやめ、こちらを見つめる視線を送ってくる。 「大丈夫っ。基本的なお手入れをして、薄くルージュを引くだけだから。写真 写りをよくするためにね」 「そうなんですか、よかったっと」 ほっとしてお喋りになる純子の口に、指があてがわれる。 「さあ、涼原純子ちゃん! 口紅、行くから、ね」 −−つづく
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