長編 #3831の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
帰宅するなり、樹理は三学年全クラスの名簿を引っ張り出すと、F・F捜し に没頭した。 約一時間後、出た結果は。 「やっぱり……」 知らず、ため息をついてしまう。 (予想通りだわ。当てはまるのは一人だけ。船井さん。船井不二子さん) 伊津森からイニシャルを聞き出したときから、下校時も考えて、船井の名前 しか浮かんでこなかったのだ。樹理は船井ともクラスが同じだから、あるいは 彼女の印象が強く、見落としがあるかもと期待していたのだが、名簿を調べた 結果は空振りであった。 そもそも、イニシャルがFということは、日本人である限り当てはまる五十 音は「ふ」しかない。しかも、名前も名字も「ふ」で始まると来れば、限定は 簡単にできてしまった。 (伊津森先輩の話から、F・Fは間違いなくこの学校にいる。F・Fというイ ニシャルの女生徒は船井さんただ一人。故に伊津森先輩の想っている相手は、 船井さん。証明終わり) 好きでもない幾何の証明問題を頭の片隅に思い浮かべながら、そんなことを 考えた。 が、疑問が起こった。 (証明終わり? ほんとに完璧? ……そうだ、先生かもしれない) 再び名簿を開く。教員の名も掲載されていた。 「……いた。藤枝房江先生。でも、この人って確か、結婚してるはず」 独り言を口にしながら、混乱する樹理。 「子供だっていたんじゃ……だめよ、こんなの!」 「樹理? 何やってるの?」 部屋で一人騒いでいるのを不審がられたか、母親から声が飛んで来た。 「ううん、何でもない! 占いで変な結果が出ただけよ」 適当にごまかし、口をつぐむ。 (船井さんならまだしも、先生はだめ。占いにかこつけて、名前、はっきり聞 いてみようかな……。いや、いっそ……嘘の占いを言えば) ふと思い付いた考えに、身震いしそうになる。 (先輩の言うF・Fが船井さんなのか先生なのか分からないけれど、遠ざける ために嘘を言えば……私にもチャンスが回ってくるかもしれない) 樹理は次いで、この嘘をうまくつき通せるか、自ら占いたくなった。 放課後の図書室は静かであった。 (どうしよう) 中庭に面した窓際の席、それも一番端の椅子に腰掛け、樹理は腕枕をしてい た。 (嘘の占いしちゃった……) 努力せずとも、先ほど、社会科準備室で結果を告げたときの伊津森の表情が、 すぐ思い浮かぶ。しおれた菜っぱのような落胆ぶり。 (他人の運命、変えちゃったかもしれない。私のわがままで) 実際のところ、樹理は伊津森とF・Fとの相性を占ってはいなかった。ちゃ んとした結果を出したくても、樹理がF・Fとは誰なのかを調べようとした時 点で、正しい判断−−少なくとも樹理自身の中での正しい判断を下せなくなっ てしまったから。 つまり、伊津森に嘘を言ったことになるのかどうかも分からない。占うと言 っておきながら占っていない点は、間違いなく嘘であるが。 「あの、すみません。ちょっとどいてもらえませんか」 「−−はい?」 のんびりした調子の声に顔を上げ、肩越しに振り返ると、男子生徒が一人、 立っていた。 眼鏡をかけた、一見まじめ風であるが、どこか滑稽でもある。髪は結構さら さらしているようで、ひょっとしたら眼鏡がない方がハンサムに見えるかもし れない。 「すみません。図書部の者なんですが、そこの机の中に、本が残っていないか どうか、調べたいんです」 「はい。ど、どうぞ」 急いで立ち、場所を空ける。 図書部の男子生徒は、ひょいと首を突き出し、机の中を覗き込む。すぐさま、 手を伸ばした。 「あったあった」 声に抑揚はないが、さも嬉しそうな顔つきになり、彼は本を抱きしめるよう に持った。 「どうも、お邪魔しました。急いでいるので」 「あ、いえ」 樹理が首を横に振る間に、相手は行ってしまった。貸し出しのカウンターの 内側へと入っていく。 見れば、女生徒が一人、待たされていた様子が窺えた。 図書部員の彼は、なかなかてきぱきとした動作で、貸し出しの手続きを終え た。 かと思ったら、カウンターから出て来て、再び樹理の方へ向かってくる。 何だろう?と身構える樹理に、相手は軽く頭を下げてきた。 「改めて、お騒がせしました」 「いえ、あの、私は別に本を読んでいた訳じゃないですから……。ただ、ぼん やりしてただけ」 「いえいえ、同じことですから」 馬鹿が付くほど丁寧な口調である。 「またゆっくり、思索に耽ってください」 「あ、あの」 去ろうとする相手を呼び止める樹理。 「何でしょうか? 本をお探しですか?」 「い、いえ、そうじゃなくて、気になったから。どうして、私がいた机に、探 し物の本があると分かったのかなって」 「……占いをやっている渡部さんになら、分かるんじゃないですか?」 「知ってるんですか、私のこと?」 驚きで目を見開く樹理に、相手は茫洋とした表情のまま、告げた。 「それはもちろん。有名だから。同じ一年生として、羨ましいぐらい」 「ああ、そう……ですか」 その言葉で、ようやく、相手も自分と同じ一年生なのだと分かった。 「だけど、本のある場所までは占いじゃ分からない。図書部員だったら、分か るのかしら?」 「違います。さっきのを見ていたらだいたい分かると思うけれど、ある女子が 借りたいという本が、図書室にあるかどうか調べてた。貸し出しカードの中に その書名の分がなかったから、返却されているはず。でも、該当する図書番号 の書架に、目的の本がない。まさか盗まれたなんて考えにくいから、どこかの 机の中に置きっ放しなのだろうと見当を付け、片っ端から調べていっただけで す。最後に残ったのが、渡部さんのいたその席」 指差す図書部員。 「そうだったの。あちこち探し回っていたなんて、全然、気付かなかった」 「それだけ、考えごとに集中していたんじゃないですか。占いの得意な人が、 それだけ悩むなんて、妙な感じがするなあ」 「……自分の悩みは解決できないんです」 「ふうん。そういうもの? ああ、立ちっ放しもしんどいでしょう。座ってく ださいな」 木製の椅子を手で示す図書部員に、樹理は首を振った。 「もう帰ろうと思っていたところだから」 「そんな。それだと、僕のせいみたいだ。どうぞ、まだ閉める時間じゃないか ら、ゆっくりしていってください」 その口振りが、不意におかしく感じられた。 くすくす笑ってしまう。 「何か変なこと、言いました?」 ほんの少しだけ眉を寄せた相手に、樹理はまたも首を振る。 「変と言うか、図書室をまるで喫茶店か何かみたいに言うもんだから、つい」 「そう思っても、不都合はないと思うけれど。騒がなければ、いつまでもいて くれていい場所です、ここは」 言いながら、何故か彼自身が、手前の席に落ち着いた。 「さあ、どうぞ。退屈でしたら、話し相手ぐらいは務めますよ」 「……おかしな人。図書の貸し出しの仕事はいいんですか?」 「ご覧のように、人も少ないことですし、借りたい人がカウンターに来れば、 すぐに分かります」 硬い口調だが、その響きには、ユーモアがほのかに混じっていた。 樹理はいくらか気分が和らぐのを感じつつ、相手の言う通り、元の席に静か に座った。 「何かないかなあ」 「何の話?」 突然の言葉に、聞き返す樹理。 「渡部さんに占ってもらうとしたら、何があるかなと。僕はこの春、失恋した ばっかりなんで、そっち方面では占ってもらうようなことがない」 「失恋……て、高校に入っていきなり、誰かに告白したのかしら?」 「いえいえ。中学卒業のとき。もう当分会えなくなると分かっていたから、思 い切ってみまして。見事、玉砕。こういうの、修復できるかどうかを占っても らっても、無駄かな?」 「うーん、難しいみたいね」 苦笑いしながら返事。 「打ち明ける前に、私のところに来てくれたら、また違ってたかもしれないけ れど」 「はあ。運がなかったなあ。……あ、失恋の痛手を癒すため、今、小説に取り 組んでるんだけど、こっちの方は成功する?」 「小説? ふうん、図書部って、文芸部みたいなこともするんだ?」 「さあ、どうなんだろう?」 図書部員の変な答に、樹理は肩の力が抜けた。 「どういう意味?」 「いえ、からかったんじゃないです。図書部員で小説書こうとする奴なんて、 僕が初めてだと思うから」 「ああ、なるほど……。まあ、ふられて受けた傷を治すぐらいは、充分できる と思うわ」 「……何だか、簡単だ。もっと凝った占い方をするのかと思ってた」 「あはは。今のは勘。正式に占うんだったら、社会科準備室じゃないと気分が 出ないの、私。慣れのせいかな」 「ははあ。それでも、自分自身のことは占えない訳?」 「……そうなるのよね」 自分の声が、低くなっているのが分かった樹理。小さく、咳払いする。 「どうしてなのかな。超能力者がその力を、自分の金儲けのためには使えない っていうのと似てる」 「……自分が好きな相手から、恋愛相談を持ちかけられたら、どうする?」 何のためらいもなく、樹理は口走っていた。会ったばかりのこの図書部員に、 彼女が抱える最大の悩みの端緒を語っていた。 「……ショックですねえ、それは」 図書部員は唇を尖らせ、いかにも気の毒がるように応じた。 「でしょう? 私も同じ。それで、相手のイニシャルがF・Fって分かってい るんだけど、どうしよう?」 「まあ、人情として、調べたくなる」 「また同じだ。私もそうしたの。で、分かっちゃった。何しろ、イニシャルが F・Fだから。『ふ』しかないでしょ。簡単だったわ。先生と生徒を合わせて も、当てはまるのは二人だけだった」 「F・Fって人が、学校の人なのは確実?」 「相談しに来た人の話から、明らかにそうだと分かったわ」 「ははあ。じゃ、しょうがない。分かってしまうのも当然だ」 「それからがいけなかったのよね……。私、相手の男の人に嘘を伝えちゃって さぁ。F・Fさんには、定められた相手がすでにいますって。−−この嘘、ど う思う、男の人から見て?」 樹理が見つめると、図書部員は特に考える風もなしに、即答してきた。 「そういうこともあって、当然じゃないかと思う」 「……そう思う、本当に?」 「その男の人も、状況判断ができてないのがいけない。渡部さんが自分にそう いう感情を持っていること、少しぐらいは感じ取らなければ」 「そういうもの? じゃあ……えっと、名前、教えてくれます?」 「言ってなかった? これは失敗」 頭をかいてから、図書部員はさらりと言った。 「園田俊明です。一年一組」 −−続く
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