長編 #3773の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「そうだけど……」 「じゃ、これでおしまい。いいだろ?」 「う、うん」 やむを得ず、承知する。 (お節介、余計な口出しだったかな……) 「あ、切る前に」 相羽の口調が改まった。 「何よ」 「心配してくれて、ありがとう。それに、ごめん」 「な……」 どういうつもりと言いそうになった。けれど、胸のつかえが取れたような。 起こる、そんな爽快感。 純子の口をつく言葉は、その寸前に、一瞬にして変わった。 「うん。どういたしまして」 「じゃあ、また明日」 「ええ。ちゃんと仲直りしなさいよ」 「分かってる」 「それじゃ。おばさまによろしく言っておいてね」 「はいよ」 相羽の面白おかしい口振りに、微笑ましくなりながら、純子は送受器をそっ と置いた。 二学期最後の児童会が終わった頃には、日もすっかり暮れ、寒々としていた。 「あ、降ってる」 廊下の途中、窓から覗ける外の打ち込みのコンクリートが、色を変えている。 冷え込んでいる上に、雨が落ちてきた。 「傘、持って来てるよね?」 相羽が首を傾け、聞いてくる。 「天気予報、見て来たから。間違って持って帰られてない限り、あるはずよ」 学芸会前の出来事を思い出し、純子は口元に笑みを浮かべる。 相羽も微笑み、言った。 「もし、僕の傘がなくなってたら、送ってくれる?」 「そうねえ、まあ、一回ぐらいなら」 純子が安請け合いすると、相羽は正面を向き、言葉を続ける。 「だったら、送ってもらおうっと。実は傘、忘れたんだ」 「え……」 言葉が途切れて、歩みも遅くなった。 (そんな、今日は寒いし、遅いから、早く帰りたい) とうとう立ち止まってしまい、失言を悔やむ。そんな純子を振り返る相羽。 「何してんだ?」 「あのね、送るのはいいけど、今日だけは勘弁してもらいたい、な……」 言いにくさから下を向く。それから言葉が足りないと感じて、面を上げた。 「送る気持ちはあるのよ。ただ、まさか、今日とは思ってなかった−−」 再び途切れる。何故って、相羽が含み笑いを始めたから。 純子は相羽に追い付き、きつい調子で尋ねた。 「何かおかしなこと、言った?」 「−−ははっ。いや、言ってない。ごめん。本気にした? さっきの、嘘だよ。 傘、持って来てる」 「か、からかったのねっ」 たっぷりの恥ずかしさに、ちょっぴりの悔しさが加わり、顔を真っ赤にして、 相手の二の腕辺りを叩こうとするが、逃げられた。 「待てー!」 そのまま鬼ごっこでもするように、玄関口に到達。靴を履き替えようとする 相羽をつかまえ、その背を叩いたときには、当初の目的を忘れかけていた。 「いて。−−執念深い」 「決めたことを、最後まで、やり遂げる、と言って」 叫びながら追いかけたせいで、息が上がっている。純子は自分の外靴を下に 置くと、その姿勢のまま、肩で一呼吸。 そのとき、間が悪く、お腹が鳴った。 (−−) 全身が、急にひやっとする。焦って、相羽の方を向いた。 (やだ、聞こえた?) 履き替え終わった相羽は、傘を手に取る最中。 「涼原さんの、これだろ?」 と、朱色の傘を、柄を先にして差し出してきた。 動きを止めていた純子は上体を起こすと、靴のかかとを踏んだまま、傘にし がみつく。そして必要以上の大声で。 「う、うん! それ! ありがとっ」 「……どうしたの」 不思議そうな顔の相羽は、傘を渡したあとも、手をそのままの形にしている。 「べ、別に」 前を通り過ぎ、改めて靴をちゃんと履いてから、扉を押して外に。 (よかった、聞かれなくて) 彼女の安堵感は、傘を開く瞬間、相羽がぼそりと言った一言に消し飛んだ。 「気にする必要、ないじゃない。お腹が空いたら、誰だって」 「−−相羽君っ」 両手で傘を握りしめ、向き直った。 「き、聞こえてたんだ……ね」 「うん」 あっさりと言い放つ相羽。対する純子としては、まだ恥ずかしさが去らない。 「知らんぷりするつもりだったけど、涼原さんが大声でごまかそうとして、あ まりにも気にしすぎに見えたから」 「デリカシー、ないのっ」 相羽に怒っても仕方ないと分かっていても、つい。 「そ、そんな言い方、ないだろ。何て言えばいいのかな、恥ずかしがることじ ゃないよ。我慢して収まるわけじゃないんだからさ」 「ああ、そう! 慰めてくれて、ありがと!」 顔を背けるなり、雨の中に飛び出した。あとについてくる相羽。困り果てた 声音が届く。 「待って。怒ったのなら謝るから。けど、ほんと、気にするなよ、こんなこと」 「近くに来ないで!」 純子は思わず、叫んだ。 怒っているんじゃなくて、近くにいられたら、もしもまたお腹が鳴ったとき 聞こえちゃうかもしれない−−そんな意識の現れだ。 「ごめん。でも、誤解だ」 恥ずかしい上、相羽の言い分がよく理解できるだけに、純子も引っ込みが付 かなくて、素直になるきっかけが掴めなかった。 「待ってよ」 「うるさーいっ」 通学路、二人に共通の短い距離を、幼稚な言い合い?をしながら進む。 「そんな−−危ない!」 不意に相羽が怒鳴る。 と同時に、純子の腕が強く引かれた。 「きゃ」 短く叫び、バランスを崩して後方に倒れた純子の目の前を、ヘッドライトを 灯した普通車が猛スピードで行き、水しぶきを起こした。 「……濡れてるんだけど」 純子の下で、相羽の声がする。 ふと気付けば、純子は相羽の膝に腰掛ける形になっていた。 「わっ−−。ごめんなさい! だ、大丈夫?」 慌てて飛び退き、相羽を引き起こした。小さな水たまりが歩道に散見される。 「僕より、純子ちゃんは」 「わ、私は平気」 「そう、よかった」 息をついて傘を拾う相羽は、続けて言った。 「気をつけなきゃ、純子ちゃん。無事だったからよかったけどさ」 「うん。ごめん。周り、注意してなかったわ」 頭を下げながら、純子も傘を拾い上げた。 相羽は改めて息をつき−−今度は芝居がかっている−−、そして諭すような 口調になる。 「だから言ったでしょ。つまんないこと、気にしすぎるなって」 「う、うん。あの、助けてくれて、ありがと……」 「大げさだね。あーあ、びしょ濡れ」 雨の中、歩道に尻餅をついた相羽は、特に下半身が気持ち悪いと見えて、し きりに気にしている。 「ご、ごめん」 謝るのも三度目。 「風邪引かないように、早く帰らないと」 「そんなに弱い体質なもんか。ほっといて大丈夫」 「だって、この前は」 「あれは特別だよ。条件が重なったって言うか」 本人がそう言っても、純子は気になる。 (本当に送って行こうかしら……) 「純子ちゃんこそ濡れてない? 風邪に気を付けた方がいいよ」 「え、ええ。私は平気だってば」 そう言った瞬間、はっと思い当たる。 「……あなた、今、何て言った?」 「え?」 「だからっ。私のこと、何て呼んでた?」 「−−あ」 相羽の澄ました表情が一変し、明らかに狼狽の色が走った。空いている手を 頬の辺りにやり、気まずそうにかく。 「は、ははは……。つい、家で、母さんが使ってる言い方を」 「あなたも言ってるんじゃないの? そうでなきゃ、おかしいわよねえ」 「そんなことない」 きっぱり言ったが、顔はそらしてしまう相羽。 (ちゃん付けなんて、人を子供扱いして……。でも、今日のところはいいわ。 許したげなくちゃ) にこっと笑みを浮かべ、頭を斜めにして傘を肩と首とで挟むと、純子は両手 を揃え、お辞儀した。 「危ないところを助けてくれて、どうもありがとうございますっ。感謝しまー すっ、信一クン!」 「……どういたしまして」 傘を握り、固い表情になっていた相羽は、肩の荷が降りたように深い息をつ いた。 「さっ、行こうぜ」 体面を保とうとするかのごとく、相羽は気障な言い方をした。 「いつまでも立ってたら、本当に風邪を引くよ」 「ねえ、相羽君。冷たいんだったら、コンビニにでも入って、乾かせば?」 歩き出した相羽のあとを追いながら、純子は言ってみた。 「ええ?」 「寄り道はいけないって言われてるけど、こういうときならいいわよ、きっと。 立ち読みか何かして時間を潰したら、だいたい乾く」 「母さんが待ってるから」 気乗りしない様子の相羽。 「万が一、また風邪を引いたら、そっちの方がお母さんに迷惑になるわよ」 「そうかもしれないけど……」 「私も一緒にいてあげようか」 「本気?」 相羽が、じっと見返してきた。 「本気。どうせ、今日は児童会で遅くなるって言ってるから」 「でもな」 そうこうする内に、コンビニエンスストアの明かりが視野に入る。 すると、気乗り薄だった相羽が、急に意見を変えた。 「涼原さん、お腹、空いてるんだよな? よし、行こっ」 「え、え? ちょっと」 手を引かれ、互いの傘をぶつけながら、店の前に到着。 「フランクフルトでいい?」 傘立てに傘を入れると、さっさと店内に入る相羽。純子は面食らいつつも、 追った。 「ちょっと、お金は? ううん、その前に、買い食いしちゃだめって、先生が」 「それを言うなら、寄り道自体、だめなんだよね? もういいじゃない。ちょ っとぐらいなら、お金持ってるから」 レジ横のおでんのコーナーに直行。 「フランクフルト二つ、お願いします」 勝手に注文してしまった。 やがて両手に一本ずつ、串に刺さったフランクフルトを持って、相羽が引き 返してきた。 「いらない」 「遠慮しないで。もったいないこと、できない」 左手の分を前に差し出し、相羽は右手の分にかじりついた。 「お腹空かせたままじゃ、車に注意が向かないかもな。危なっかしくて、こっ ちは心配でたまらない」 「もう……あんたのやることって、強引なんだから」 ため息混じりに言ってから、受け取らされたフランクフルトを小さくかじっ た。−−あつあつで、おいしい。自然に頬が緩んだ。 「一応、ありがとね」 −−つづく
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