長編 #3740の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「皆で写真撮ろうよ!」元気な声で倉山が言う。赤井がむくっと雪の中に埋め た体を起こして「いいですね」と白い息を吐きながら言った。 「僕ら平成5年度3次隊雪合戦隊員4(フォー)と言うのを結成しませんか」 赤井が真顔で言っている。岡田はなんだそりゃ、あまりに幼稚な..。と思ったが、 倉山も菅谷も笑いながら、それいいねぇー、と両手を大袈裟に叩いて賛成してい る。 岡田は苦笑いをした。赤井は変な奴だと思った。時々ばかばかしいことを真顔 で言ったり賛美したりする。しかしそれをバカにされたりせず、どんな人にでも 受け入れられた。それが赤井の魅力だったのだ。 「この『駒ヶ根訓練所』って書いてある、石碑の前で写真撮ろう」菅谷がそち らへ走った。皆もつられて走った。岡田だけ、雪の中で尻餅をついたまま動かな かった。 そこで岡田は泣いていた。 岡田はこのアルバム編集委員会が無事終わったら、思い切り泣こうと最初から 決めていた。男泣きくらいできるほどがんばってやると心に誓っていた。しかし、 泣き始めるとなかなか止まらなかった。何度も何度も目を擦っても、涙は止めど なく溢れてくるのだった。 赤井は岡田が座り込んでいる雪の周りまで戻ってきて、何も言わず肩に手を触 れた。何だかその手はとても暖かい。 こいつ、何もかも分かってるんだな..。 岡田は赤井にまたもほんのちょっぴりの嫉妬心を抱いた。赤井は泣き崩れた岡 田の肩を抱いて、菅谷や倉山が待つところへと連れて行った。 「泣くな、男だろー」と菅谷。 「岡ちゃん、よくやったよ。一緒に私も後から泣いてあげるね」と涙声の倉山。 凍り付いたような右手で、何度も何度も目を擦ったあの夜。忘れはしない。あ のとき撮った写真。皆で一枚ずつ撮った。だから4枚撮った。あの写真..。 「ビィビィ泣いてたね。懐かしいよ。でも赤井君、あとから言ってたよ。ああ やって皆の前で涙流せる男になりたいって..。赤井君、岡ちゃんのこと好きだっ たんだよ..」 さすがにその言葉は岡田の涙腺を刺激した。 「そんなこと、言うなよ..」 「でもホントのことだよ」 「岡ちゃんは男にもてるから」 「女にはもてないけど」岡田は涙声で答えた。 少しの沈黙の後、「岡ちゃん、泣いた..?」と菅谷が疑わしい声で聞く。 しばらく間をおいて「いや..まだ泣いてない」と岡田。 「泣きな。大声で泣いたらきっと気も晴れるよ、少し」 「うん..分かるような気がする。でももうちょっと自分を苦しめたい。泣きた くなったら泣くさ、あのときみたいに」 「うん..」 しばらくまた無言のときが続いた。そして菅谷が思いたったように言った。 「岡ちゃん、ここはアフリカだよ。きっとすごいお金とられてるよね。ごめん ね。私ながながと話しちゃって..」 「とんでもない。よかった。本当によかったよ、菅谷さんとお話ができて..」 「私も..」 「元気出せよ」 「もう少しかかるよ..」 「そうだね」 それじゃ、と言って切るフリをした。そしてもう一度受話器を耳に当てると 「ツーツー....」という発信音だけが聞こえる。今度菅谷さんとはいつ話ができ るだろうか、そんなことをぼんやりと考え、途方もない孤独感を感じた。そして 受話器を抱え、内股でそのまましゃがみこみ体を震わせた。涙を出そうと思った けれど出てこない。歯を食いしばったけれど、涙は出てこなかった..。 岡田の後ろを誰かが通りかかり、脚を止めて背後に立ち止まった。それでも岡 田はその態勢でしゃがみ込んでいた。この人は電話を使いたいのだろうか。ぼん やりとそんなことを考えたが、そのまま岡田はしゃがみこんで震え続けた。後ろ の人はやり過ごし、階段を昇っていった。 顔を上げると、いつのまにか誰もいない隊員宿泊所がそこにあった。しん..と 静まり返って、窓から太陽の光が弱々しく差し込んでいた。ラビナルのそれより も、随分力のない日の光だった。 岡田は受話器を胸に抱えたまま、腹部の激痛を絶える老人のように、眉間に皺 を寄せて立ち上がった。 その後しばらくしてジョルダンの倉山に電話した。倉山もすぐにつかまった。 彼女も隊員宿泊所に来ていた。しかし彼女は菅谷と違い、終始泣きじゃくってい た。 「どうして? どうして、こんなことになっちゃったの? 帰ったらまた駒ヶ 根で集まろうって言ってたのに。また皆で集まろうって言ってたのに。あそこで、 また雪合戦しようって言ってたのに..。赤井君が私に言ったんだよ、生きて帰っ てこいって。私は当たり前じゃん..って答えたけど。どうして彼が死んじゃうの? 彼は死んじゃいけない人なんだよ。彼は生きて帰ってこなくちゃいけない人だっ たんだよ!」 岡田はうんうん、と答えていたが、倉山の声の調子はどんどん上がっていった。 そのトーンは激しく悲痛の色を帯びていたが、赤井に対する母性的な色合いも感 じられた。 「私が交換日記始めよって言ってさぁ..。皆が離ればなれになるのが嫌だった から。だからはじめようって言ったの。赤井君も賛成してくれたよね。赤井君が 成田まで見送りに来てくれたとき、日記は日本に帰っても続けようって言ってく れたんだよ..。だったらさぁ、だったら..!! どうして日本に帰る前に死んじ ゃうのっ!? あんなに皆で一緒にお酒、お酒飲んだのにぃっ!!」 「倉ちゃん..」 「お酒飲んだでしょっ! 岡ちゃんだって..!! 赤井君と一緒にお酒飲むの 好きだって言ってたでしょ!! もうお酒飲めないんだよ..!! 赤井君と..。 どういうことか分かってるっ!! 分かってるの?!」 「分かってるよ..分かってる」 「分かってないっ!!!!!」 「倉ちゃんっ!! 落ち着いて..!」 「誰も分かっちゃいないよぉぉっ!!!」倉山の絶叫が声をさらにうわずらせ た。受話器の向こう側から数人の足音が近付いてくる。倉山の近くに何人かの隊 員が集まったようだ。岡田は一度唾を呑み込んで息を止めた。 受話器の向こうで、倉山さん!落ち着いて! 落ち着いてください!! と数 人の声が聞こえてくる。うわぁぁぁぁ.....という倉山の叫び声が遠のいてい く..。 岡田は目をつむり、歯を食いしばった。受話器が倉山の手からはなれ、いくつ かの何かにぶつかりながら、床に落ちる音が耳に鳴り響いていった..。 訓練所の最終日、壮行会が終わったあと、岡田と倉山のふたりは、2階のロビ ーのソファにふたり肩を寄り添って座っていた。窓の外で無数の星のように降り 続ける雪の玉を見ながら、気持ちのいい酔い加減を楽しんだ。約3ヶ月間におよ んだ訓練生活の回想にふたり酔いしれていた。 会話にほんの少しの隙間が生じたとき、倉山の左手は岡田の右手を探し、指と 指を交じ合わせるように強く結んだ。岡田は拒まず、同じように右手の指先に少 しの力を加え、彼女の手の甲を愛撫した。 倉山は分かっていた。岡田があまり酒に強くなく、たまに酔いに流されてしま うことを。それでもうれしかった。倉山も最後くらい甘えさせてもらおうと思っ た。岡田の肩に彼女の頭をあずけ、少しのあいだ目を閉じた。周りにも他の隊員 がそれぞれのグループに分かれて盛り上がっていたが、ふたりは窓の外を向いて 独自の世界の中へと進んでいた。 「終わってしまったね。訓練も」倉山は目を閉じながら呟いた。 「うん」岡田はすぐ近くに降りしきる、雪の落下角度の多様性を不思議に思い ながら答えた。 「2年経って日本に帰ったら皆で会おうね。それだけは絶対..」倉山は顔を起 こして、岡田の顔をまじまじと見ながら何度も確認するように言った。 「分かってるって。少なくとも倉ちゃんには会いに行くよ」 瞬間的に倉山はキッと睨むような顔で岡田を見た。 「そういう想わせぶりな態度は気を付けなさいね」倉山は目を伏せ軽く下唇を 噛みながら「期待しちゃうじゃない..」と呟いた。そして意地悪そうに、どすん と強くもう一度頭を岡田の胸に投げ出した。 岡田は倉山の健気な気丈さに微笑んだ。 「皆で会おうよ..」倉山がそう呟くと「そうだな。平成5年度3次隊雪合戦隊 員4(フォー)でね」岡田はそう戯けてみた。岡田の胸の中で、こみ上げる笑い を耐えようとする倉山の頭が震えた。岡田は彼女の肩に掛けた手に、優しく力を 加えた。 転がる受話器の音が耳に響いているあいだ、倉山との想い出が頭の中で甦った。 あの頃のふたりに2度と戻れない気がした。岡田は心の中で、あの頃のすべての 想い出に「さよなら」を告げた。 倉山の泣き叫ぶ声が随分遠のいた。岡田は誰かが倉山の側に付き添って介抱し ている様子を想像した。 しばらくすると「もしもし」と別の女性が電話に出た。「岡田さん? 私河野 ですけど」 「ああ、河野さん。お久しぶりです」河野は倉山と同じジョルダンの隊員で、 ジョルダン同期隊員のリーダーだった。 「まりちゃん、昨日からショックで40度近い熱を出したのよ。今日熱は下が ったんだけど、ずっとぼおーっとしてて..。それで昨日から同期皆集まって彼女 を励ましていたの」河野は落ち着いた声で、ひとつひとつの言葉に念を押すよう に丁寧に話した。 「そうだったんですか」ジョルダンの隊員は、皆それぞれに赤井の死を真正面 から受け止めているのだ。岡田はそんな気がして、複雑な気分になった。 「でもいままで一度だってこんな風に取り乱さなかったのよ。岡田さんの声を 聞いて、きっと感情が高ぶったんだと思う。彼女の気持ちも分かってあげてちょ うだいね」河野はまだ、倉山や岡田と同じ25歳だったが、落ち着いた調子は相 変わらずだった。河野の印象は高柳のそれとは少し違う気がした。 「もちろんです。よく分かってるつもりです」 河野とありきたりの会話をして「倉ちゃんによろしく」と言っただけで電話を 切った。倉山が随分と取り乱した様子に岡田は心を痛めたが、それでも何事もな かったように振る舞われるよりはよっぽどましだった。 何だか岡田は倉山と充分な話ができなかったことに満足感を得られなかった。 もう少し誰かと話がしたい衝動に駆られた。しかしそれは誰でもいいわけではな い。岡田は協力隊の手帳をもう一度見て、ひとつの決心をした。香山に電話して みようと..。 ブルガリアの隊員宿泊所に連絡すると、お手伝いさんが電話に出た。片言の英 語を話すと、向こうは日本人だと分かったらしい。近くにいた隊員に代わってく れた。 「グアテマラの協力隊の岡田と申しますが、香山美貴子さんいらっしゃいます か」 「いいえ、いませんけど..」 「それじゃあ彼女の住んでいる家とか、職場の電話番号を教えて欲しいんです。 ちょっと緊急なんですが」 「ちょっと待ってください」とぶっきらぼうに応対される。 奥の方で、どうする? という声が聞こえる。誰? 岡田さんって言う人。俺 が出るよ..。との声。ブルガリアの隊員は同期3人とも女性だったので、同期じ ゃないな、と思った。 「もしもし、お電話代わりました。香山さんですか?」 「はい。香山さんとお話ししたいんですけど..」 「彼女はいませんよ」 「ですから、彼女の家や職場の電話番号を教えて欲しいんです」岡田は少しせ っついた。 「彼女は任短しました。いま頃タイに行ったと思います」彼は面倒くさそうに 言った。 「は....!?」 「ですからぁ、任期短縮して帰ったんですよ、昨日」電話口の彼は、いち隊員 が任期短縮したという出来事を、さも何事もなかったように言う。その声の調子 が逆に岡田を信じさせなかった。 「なんですって!」岡田は我に返って叫んだ。 「とにかく、いろいろもめたんですよ。タイの方に連絡すればつかまるかもし れません。よく分かりませんけど..」 岡田はさすがにショックだった。そして「そうですか」と答えるのが精一杯で 受話器を置いた。受話器が陶器でできているように、ずっしりと手の中に感じら れた。 香山が任短した。あのクールな彼女が..。 岡田はまだ信じられなかった。彼女のショックの大きさを想像すると、耐えき れないほどの重い空気がのしかかってくる。赤井の凶報を受け止めてから、たっ た3日間で決心したことを考えると、どれくらいの葛藤が彼女の中にあったのだ ろうか。岡田がそれを考えるには忍びなかった。 タイに電話しても向こうはまだ夜中なので、夜まで待つことにした。岡田はこ こグアテマラから世界中に電話している自分を振り返ってみて、なぜだかふと滑 稽に思った。
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