長編 #3731の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
テーブルを挟んで座っているふたりはどうもチノ(中国人、または東洋人全般の代名 詞)のようだった。マイラはチノが嫌いだった。あの抑揚のない面立ちを見ていると気 持ちが悪くなってきて、まるで感情のない生き物のように見えてくるのだ。化粧のせい かもしれないが、こちらから顔が見えるテーブルの女は特に白い顔をしていて、不健康 そうな表情をしていた。どうしてこの人種は誰も彼もがこれほど醜いのか。目が横に引 っ張られているように細く、まるで愛嬌というものがない。彼女はグリンゴ(白人の俗 称)も嫌いだったが、チノよりはまだ好感が持てた。 マイラはそんな風に心の内側で悪態をついたが、今はそんな嫌悪感を隠さなければな らないと思った。このふたりになにかを恵んでもらおう。肉が少しついた骨でもいい。 食べかけの米でもいい。ポケットの隅にある小銭でもいい。どんな些細なものでもいい からなにかもらえないか、そう思っていた。 ふたりにもっと近付こうと、回り込んで別の柱に寄り掛かった。そしてそのテーブル を遠目から見た。はじめはあまりの飢えのために幻かと思ったが、彼らの目の前に置か れてあるのは、紛れもない夕べ食べ損ねたあのピンチョだった。ピンチョが一本丸ごと 皿の上に置いてあった。昨夜のもののようにできたてで、立ち昇る湯気があるわけでも なかったが、それでもこちらの方が肉が大きかった。それはマイラが幼い頃から思い描 いてきた、夢にまで見たピンチョだった。あたかも金持ちだけがそれをありつける特権 を持っているような、そんな代物が数メートル先のテーブルの上にのっていた。 目を凝らしてじっと見ていると、ふたりともそれを食べようとする気配がまったくな い。その東洋の男は、休みなく喋る女の話に耳を傾けているだけだった。マイラは干上 がってしまったはずの口の中に、唾液が満たされていくのが分かった。ピンチョの肉の 表面にふりかけられたソースの味を想像すると、喉が焼けるように熱くなり、沸き立つ 欲望が全身を貫いていった。 マイラは感覚を失った左手全体を右手でさすりながら、ふ..と自分を失った。それは アスファルトに積もった土埃が、僅かな風に巻かれてあたかも消えてなくなってしまっ た様子に似ていた。 「ピンチョが欲しいっ!」 突然彼女はそう叫んだ。そして彼らをじっと見据えてはなさなかった。きっと分かっ てくれる。きっと私にそのピンチョをくれる、そう信じていた。 ふたりの東洋人がこちらを向いた。彼らの表情はマイラを見ても崩れることはなく、 横に引っ張られた細い目も、少しも大きくなることはなかった。マイラは同情をひくた めに、何度も親指を舐めた。その指が痛くてたまらないような顔をして、ぺろぺろと舌 を出しては舐め、表情を曲げた。 きっとこれでお腹がふくれるだろう。そして自分のコロニーまで歩いていける元気も 出てくるだろう。ああ、なんて素晴らしい。結局このピンチョに出会うために、昨日か らの出来事が運命づけられていたのかもしれない。どんなに辛いことがあっても、時折 こんな風に誰かの慈しみの心が自分を救ってくれるときもあるのだ。そう..。こういう ちっぽけな優しさでいいんだ。それがどんな小さなものだって充分じゃないか。いろい ろなことが巡り巡って自分にふりかかってきても、蛍の光のように小さな輝きがぽつん ぽつんと人生の中に散りばめられていれさえすればそれでいい。 欲張ることはないん だ。この一本のピンチョさえあれば、今までのこともすべて忘れられる。そう、自分が 味わった不幸な記憶もすべて忘れられるんだ..。 彼女は自分自身を恥ずかしいとは思わなかった。きっとそのピンチョ一本で、本当に すべてが変わるような気がしていたのだ。 背後からの太陽に照らされて純白に輝く雲のように、マイラの心は活力にみなぎって いた。 そして彼女は思った。 やはり神様はいたのか..
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