長編 #3715の修正
★タイトルと名前
★内容(1行全角40字未満、500行まで)
「大学側に伝えるべきなのかどうか、判断できん」 「現時点ではストップ。お願いします」 上島が手を合わせ、拝みながら言った。 「他の人にも言わない方がいいです、絶対に。情報を隠しておいて、犯人がぼ ろを出すのを待つ。探偵の基本です」 「は、はあ……そういうもんか」 上島の言に呆気に取られたらしい蔭山は、口を半開きにし、首を傾げた。 「ところで蔭山先輩。何か情報、入ってきてません?」 蔭山の肩にしなだれかかる上島。一歩間違えると、餌を欲しがるひな鳥を想 起させかねない振る舞いだ。 「警察との連絡窓口やってるつもりはないんだけどな。自分だって忙しい身だ し。ま、大した進展はないってよ。教えてくれないだけかもしれないが」 「ええー? じゃ、何にもなしですか」 「そうじゃないの? たださあ、あれだよあれ。えー、アリバイだっけ。アリ バイを聞いてる。高倉君と親しかった人全員に」 「ん? 野瀬さんはどうでした?」 千堂は野瀬を振り返った。 「え−−。事件があってから、頭の中がごちゃごちゃして……。事件前日の行 動を聞かれた覚えがあるけれど、あれがアリバイ……?」 「野瀬さんは、質問にきちんと説明できたんでしょう。だから、改めて聞かな いだけじゃないかな。そうそう、アリバイの時間帯、現時点では多少絞り込ま れてて、火曜−−十九日の午後九時から二十日の午前一時までだそうで」 「当然、その四時間に犯行があったと警察は考えてるんですよね」 上島が念押しする。 「だと思うよ。あとは……火曜の夜、大学に泊まった奴をリストアップしてい るらしい」 「えっ」 短い声を発したのは、該当する上島。 「何だ、君も? 安心しなよ。目撃証言を効率よく得るためだって言ってた。 決して疑っている訳じゃないと」 「どこまで信じていいもんだか」 冗談混じりに言った千堂に対して、当の上島は深刻な表情を見せる。 「そっか。泊まってたのに、何にも気付かなかったなんて……悔しい」 「ま、何か思い出したら、自分から進んで警察に話した方が、あとあとややこ しくなくていいんじゃないか。−−あ、そうだ。プリンター室、週明けまで共 用がが続くから。千堂君、居心地悪かったら、申し訳ないんだけど、この部屋 を三人で使って欲しい」 「いいですよ。短い間だ、我慢します」 「よかった。助かる」 そう言い残し、蔭山は部屋を出た。 残った三人で、また事件についての思考に走る。 「ある程度、メンツがあるはずなのに警察がほとんど情報を外に出さないのは、 本当に進展していないんだと思う」 千堂が口火を切った。 「事件発生から二日ほどしか経っていないのは事実だけど、凶器を見つけたと いう話さえ聞かない」 「凶器……ああ、毒じゃなくて、遺体を……損壊させた道具」 上島はつっかえながら言った。言葉を選んでいるようだ。 「他にも見つかっていない物はいくつかあるし」 千堂はぼそぼそと言った。はっきり、「高倉先輩の頭部」と口にするのは気 が引ける。 上島が野瀬の正面に立ち、意を決した様子で始めた。 「先輩、早く犯人を見つけたいですよね」 「言うまでもなく、早く犯人が逮捕されて、安心したい」 「だったら、ずばりお聞きします。嫌な話かもしれませんが、高倉先輩を恨ん でいた人に心当たり、ありませんか?」 「……警察にも聞かれたっけ」 ふっと力を抜くようなため息をつき、髪に手櫛を通す野瀬。 「心当たりなんてない。殺されるほどの恨みなんて、そうあるもんじゃない。 あったら、私も気付いたと思う」 「高倉先輩、先生達の受けもよかったですしね……」 千堂は、一緒に受けた講義の中で、高倉が発表したときのことを思い起こし た。分かり易い表現を用いれば、かゆいところにいつでも手が届くようになっ ている発表となろうか。質問させる箇所を故意にいくつか用意しておき、教授 や他の院生の質問が飛べば、事細かに応じる。よく練り上げられたレポートと の印象を、千堂は抱いた。 「それじゃあ」 上島は重ねて聞く。 「私、噂に聞きました。気遣って、誰も口には出さないようですけど、もうい いかと思いますから。野瀬先輩と高倉先輩、付き合っていたというのは事実な んですか?」 千堂が止める間もなく、一気に喋った上島。 野瀬は少しだけ、弱々しく微笑み、目を伏せた。 「本当よ」 「す、すみません、先輩」 上島に代わるつもりで、頭を下げた千堂。野瀬は首を緩やかに振った。 「かまわない。私、少し心配になってた。誰もこのことに触れてくれないから、 もしかすると高君との五年間、夢だったのかなって」 野瀬は千堂、上島と、順に視線を移した。 「言ってくれて……ありがとう。ようやく、実感を取り戻せた気がする」 「ごめんなさい、先輩。それで……警察にこのことは?」 「言ってない。調べたらじきに分かるでしょうけど、わざわざこちらから明か す話じゃないと思えて……。疑われるかしら?」 「さあ……。聞かれなかったんでしょ? だったら、いいんじゃないですか」 空気が重くなるのを避けようと、千堂は軽い調子で言った。女二人に対して、 男は千堂一人。そこへ持って来て、こういう雰囲気は苦手だ。 「野瀬さんは疑われていないんですよね? 最初の日にアリバイを聞かれたき りだということは……」 「そうだといいんだけど」 上島の質問に、小さな声で答える野瀬。 「気を悪くしないで欲しいんですけど、私にも教えてください、火曜日の午後 九時以降の野瀬さんの行動」 「気を悪くなんかしない。あなたが本気で取り組んでくれる限り、できること はするわ。あの日は学校を出たのが午後七時。友達と一緒だったから、これは 簡単に証明できるはず。その友達と食事して、家に戻ったのが午後九時十分ぐ らい。私がマンション暮らしだって、知ってたかな? 同じ棟の人何人かと出 会ったから、これも証言してもらえる。帰宅直後に回覧板が隣から回ってきて ね。同じ年頃の女の人で、結構親しいから話し込んじゃって、終わったのが十 時。十時半に学部生時代の友達から電話があって、十一時五十分頃まで長話。 それからお風呂をに入って、眠ったのは零時半頃ね。でも、一度、午前一時三 十分ぐらいに目が覚めた。お隣−−さっき言ったのと反対のお隣が、うるさく て。若い夫婦が入ってるんだけど、時たま喧嘩をやらかすの。それが二時過ぎ ぐらいに収まったのかな。ようやく眠れて、朝、起きたのは七時ちょうど」 「……午後十一時五十分から翌日の午前一時までが、はっきりしないんですね」 上島が疑うような口ぶりをしたので、千堂は割って入った。 「よく考えなさいっての、愛ちゃん」 「な、何が。当然のことを言ったまでで、悪気はないの」 「それは分かってる。だけど、考えてみてくれよ。電話が終わるや、即、マン ションを出たとして……大学まで何分かかります、野瀬さん?」 「二十分は必要よ。もっとも、これは昼間、バスが走っているときの話だけど」 「夜中だから、タクシーでもつかまえなければいけませんね。電話で呼ぶと証 拠が残るから、外で見つけるしかない。僕は詳しく知らないけど、野瀬先輩の 入ってるマンションの周辺は、タクシーの往来は割とありますか?」 「どうかな。多くはないと思うけど、断言できない」 「まあ、ここは昼間と同じ二十分とします。大学到着はどんなに早くても、二 十日の午前零時十分。そうなってくると、研究棟に入るのが大仕事だよ。愛ち ゃんも知っているでしょ。保安のため、零時以降は建物の入口そのものに鍵が かけられる。中からは開閉できても、外からはできない。もしも外部から犯人 が零時以降にやって来た場合、中の者に気付かれることなく内部に侵入するの は、かなり困難だ」 「千堂さんの論法は分かったけど、ほとんど困難とはどういう意味?」 目をぱちぱちさせて、不思議そうにする上島。 「午前零時で建物の鍵が閉まることを見落としていたのは私のミス。でも、そ うなると絶対に侵入不可能じゃないかなあ?」 「少なくとも一つ、方法があるんだ。犯人が高倉さんと約束を交わしていた場 合がね」 「あ……」 千堂は、上島の反応を確かめてから、野瀬の顔を見た。 「野瀬さんを例にしますが、いいですか?」 「今さら何を言ってるのやら。すでに例にされてるも同然。どうぞお好きに」 苦笑する野瀬。その様子を見ると、わずかながら、元気を取り戻しつつある ようだ。 「たとえば、野瀬さんみたいに高倉さんと親しい人なら、事前に約束を取り付 けることができる。『零時過ぎに研究棟の勝手口の前に来るから、中から開け て』、こんな具合に。高倉さんとどの程度親しいのかにも寄るけど、何か理由 付けすれば高倉さん本人からも怪しまれずに、中に入れてもらえるでしょ?」 「なるほどね、分かった。でも、それを認めちゃうと、野瀬さんへの疑いを晴 らせなくなっちゃう」 「そうでもない。誰が犯人であろうと、さっき言ったような方法で研究棟に入 ったのであれば、当然、犯人は高倉さんの部屋に向かうはず。室内では多分、 向かい合って座るから、いきなり殺すなんて無理だ。飲み物を用意してしばら く談笑し、高倉さんが犯人に背を向けるかどうかしたときに、初めて毒物を相 手のコップに入れ得たと思う。これに要する時間は三十分を見ていいんじゃな いかな?」 「理論的じゃないけど、感覚ではそれぐらいかかりそう。認める」 不承不承とした趣はあったが、上島はうなずいた。千堂も満足してうなずき、 話を続ける。 「殺人が行われたとき、すでに零時四十分を過ぎている。これからさらに、遺 体に手を加え、血の始末をやって、現場を密室にし、さらに−−野瀬さん、す みません−−切断した頭部やそのために使った道具を処分する時間を足したら、 一時間じゃ利かないよね。他人の目や耳をはばかりながら行動してるんだから。 それにさ、研究棟を出たあと、どうやってそこの鍵を閉めるのかも問題だよ。 棟内に共犯者がいない限り、難しい」 「……うん。頭部切断は特に時間がかかるはずだから下手すると二時間はかか るかも」 「じゃ、結論は分かったでしょ。零時四十分に最低でも一時間を加えて、一時 四十分。マンションまで帰る時間を合わせたら、二時だよ。一方、一時三十分 に夫婦喧嘩が起きたと証言できた野瀬さんは、確かにその時刻、マンションに いたんだ。以上で終わり」 「千堂さん、意外と熱心ですね」 上島は感心した口ぶりで言ってから、くるりと野瀬へ向き直った。 「疑って、すみませんでした」 「何度も言わさないの。気にしていないから」 実際、野瀬はまるで気に留めぬ風だ。今の彼女は、ひたすらに真相を欲して いるだけのよう。 「その、私、野瀬さんが高倉さんと部屋が離れ離れになるのが嫌で、もめて、 こんなことになったのかも……って、ちらっと考えてたんです」 「凄い想像力」 野瀬が目を丸くした。 「でも、それはあまりにも子供っぽいというもの。そんなことでもめない。部 屋を替わりたくなかったら、提案された時点ではっきり言ってる」 「そうですよね。はは、早とちりでした」 頭に手をやり、ごまかす風に笑う上島。 機会を見計らって、千堂が彼女に言った。 「愛ちゃん。当夜、研究棟にいた人が不審人物を目撃した話や、鍵が開けっ放 しになっていたという話は聞かないでしょ? だったら、事件当夜、研究棟に いなかった人物に関しては、一旦除外していいんじゃない? よほどの動機や 疑わしい点が出て来れば別だが」 「犯人は事件の夜、研究棟内にいた者の中にいる−−この仮説を受け入れると したら、警察がやってるように、棟にいた人達のリストが欲しい」 「リスト作りは簡単だろう。宍戸さんに教えてもらうのが手っ取り早い。鍵を 借りた人の名前が分かれば、あとはその同室者が当日、どうだったかを聞けば いい」 「それだけだと甘いんじゃないですか?」 上島が難癖を付けてきた。 「どこが?」 「だって、トイレかどこかにこっそり潜んで夜を待つというパターンも、ない とは言い切れないでしょう?」 「ああ……いや、待て。肝心なことを忘れていたな。実際の犯行現場は四〇一 号室ではないという見方が強いんじゃなかったか?」 「ええ、警察はそう言っていた」 野瀬が言い添えた。千堂は意を強くして、論理を展開する。 「だったら、自分の部屋を使うしかないんじゃないかな? 犯人自身の部屋で 犯行後、四〇一号室に遺体を移す。そうなると、鍵を借りていた人に絞り込ま れる訳だ」 「さすが、千堂さん」 「感心されても困るな。今のは怪我の功名だよ」 鼻の頭をかく千堂だった。 −−続
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